中学生の頃。④
③の続きです。部活と宿題に明け暮れた夏休みが終わり、中学1年生の2学期が始まった頃、周りの女の子たちは恋愛の話題で持ちきりでしたわたしが進学したのは公立の中学校で、その校区にあるAとBの2つの小学校から進学してきます。わたしのいたA小学校は全体的に皆精神的に幼くて子供らしい子たちが多かったのですが、もう一つのB小学校は大人っぽい子が多く、既に付き合っている子たちも数組いました。いつどこでキスした、とか家に行ってイチャイチャしたとか先生が教室にいない時にはそんな話が普通に飛び交うようになりました。そんなB小学校の子達に感化されたのか、わたしと同じA小学校から来た子達もだんだんと恋愛の話をすることが増えていったように思います。「しぃちゃん(わたしのあだ名です)は誰が好きなの?」と好きな人がいる前提で聞かれても、わたしは男子を好きになるという感情が小学校の頃からよくわからなくて、「みんな好きだよ〜」とふざけた感じで言うのがいつものことでした。もちろん「気が合う」とか「この子と話してると楽しいな」くらいの感情はありましたが、誰かと付き合うとかかっこいいなとか、そういう気持ちは良くわかりませんでした。でもわたしは本や漫画を読むことが唯一の趣味でもちろん少女漫画も大好きだったので、この頃に恋愛に全く興味がないわけでもなかったと思います。(成績が下がると母親に漫画を全て捨てられてしまうので、漫画を読みたいという欲求がわたしが授業中に真面目に勉強する理由の一つでした)友達や先輩の恋バナを聞くのも好きだったので、リアルな世界では恋愛についてもっぱら聞き役に徹していました。家では相変わらず、何かと理由をつけては母親になじられる毎日でした。鉛筆や箸の持ち方がおかしい。(モラハラ家庭で育った割に正しい持ち方ができませんでした。両親ともわたしのおかしな持ち方に気づいていなかったのです。自分ではわかっていたので社会人になるまでには直しましたが)態度が悪い。(不用意に言葉を発するとこちらが傷つくような返事が返って来るので、母親がいるとわたしは無口でそれが無愛想で態度が悪く見えたと思います)部活で活躍できなくて恥ずかしい。これでは試合も見に行きたくない。努力が足りない。(わたしは運動神経が悪くて体を動かすことに不器用で、運動神経抜群の母親にはいつも馬鹿にされていました。母親がわたしが所属していたバスケ部の試合を見に来たことは一度もありません)弟はこんなに可愛いのにあんたはなんで可愛げがないのか。(母親は弟を溺愛していました。わたしが同じ頃に同じだけできていたことも、弟ができると手放しで褒めました)毎日毎日、自分は親にも好かれないダメな人間なんだと思い落ち込みました。学校から帰る途中、いつも母親からなじられることを想像して気持ちが沈むけれど、弟がいるから、弟と一緒にご飯を食べて、一緒に遊ぶひとときのためにわたしは毎日家に帰っていました。もちろん他に帰る家もなかったので、帰るしかないこともわかっていましたしだから友達と恋バナをしていても、自分が誰かを好きになることも、ましてや誰かに好かれることも想像もできなかったのです。ところがそんなある日。授業が終わって部活が始まる前、突然同じクラスの男の子に体育館裏に呼び出されることになるのです。続きます。