誠実さに対して、不誠実さが返ってきた時
誠実さを示してたのに、不誠実が返ってきた、
そんな経験をした方のご参考になればと思い、
記事を書きました。
先日、
私が今まで誠実に対応してきたにも関わらず、
ある人から不誠実な対応をされるという
経験をしました。
正直、不快でした。
今回はちょっと時間がかかりましたが、
気持ちの整理がついたので、
私が使った気持ちの整理方法を
ご紹介しますね。
何度も何度も不快感が出てくるので
まずはこの不快感の裏にあることを
じっくりと観てみました。
マインドフルネスでは、
自分に起こっていることに注目するので、
この場合も、
その「不誠実な人」には目を向けず、
私の中の「不誠実さへの不快感」を
よく観察していったのですが、
まず出てきたのが
怒り。
丁寧に説明したのに結果的に無視されたこと。
私の気持ちが全く伝わっていないこと。
見せかけだけの薄っぺらい言葉を使う人への嫌悪。
生々しい感情は怒りの形を取ります。
その下にかくれていたのが
悲しみ。
とても誠意を込めて説明したことが
踏みにじられ、傷つけられたような想い。
「わかった」と意思表示があったのに、
わかっていない対応をされたことへの落胆。
怒りがひいていくと、でてきたのは
こんな悲しみでした。
ここでもう一歩踏み込んで、
この怒りと悲しみは一体どこから来るのか、
自分に聴いてみました。
出てきた答えは、
誠実さに対しては誠実さで対応するべきだから
私の純粋な誠実さは理解されて当然だから
でした。
更に一歩踏み込んで、
その考え方は「例外のない真理なのか」、
自分に聴いてみました。
出てきた答えは
それは理想であって、絶対的な真理ではない
でした。
ここで気づいたのは、
私の怒りも悲しみも、結局は
自分が描いた理想と現実の間に
ギャップがあるから生まれてくる
ということ。
つまり、
この怒り・悲しみを手っ取り早く消化するには、
自分の理想にしがみつくのをやめればいい。
ということになります。
つまり、
怒り・悲しみの素になっていた考え方を
↓のように書き換えればいいわけです。
誠実さに対しては誠実さで対応するべき
➡誠実さに不誠実さを返す人もいる
私の純粋な誠実さは理解されて当然
➡私の誠実さが理解されないこともある
アドラー心理学には「課題の分離」という
考え方があって、
そもそも相手が私の言動をどう解釈し
どう対応するかは私の課題ではないのです
この書き換えができるか、
今はできなくても、書き換えたいか。
答えがYesなら、怒りも悲しみは
消えていくか、あるいはぐんと弱くなります。
私の場合、答えはYes。
そして、最後に
相手が誠実であろうが不誠実であろうが
私はいつも誠実でありたい、
と思いました。
こういった「不条理」なことには
まずは自分の心の中に
何が起こったのか(起こっているのか)、
よく見据えて、理解してから、
今の自分に何ができるのか、
自分はどうしたいのかを
穏やか、かつ理性的に考えるのが大切です。
「不誠実なことをした人」にどう対するかは
また別の問題で、次のステップですが、
「自分はどうしたいのか」がわかると、
対し方もおのずと見えてきます。
生きている以上、
傷つくことや落胆することを
避けて通ることはできません。
そして私たちは、傷つく度に、
生々しい感情に触れるのを恐れ、
視点を外に向けて、人を責めたり、
自分の本当の気持ちや
思い込みに目をつぶってしまいます。
心が「痛い」と感じる時は
自分の中の何かが成長したがっている印、
アップデートしたがっているサインかも。
怖がらないで、自分の中を覗いてみましょう。
自分と面白い対話ができるはずです。
私の経験がご参考になれば嬉しいです
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