年賀状の印刷をした。
自分で文字を書くスペースが小さければ、年賀状を書くのも楽だろうと思って、もともと入っているデザインを変更する。
印刷してみたら、自分で文字を書くスペースがない。
「ああ。もう。」
めんどくさいのでそのまますべて印刷してしまう。
宛名の字もバランス的にどう考えたってでかすぎると思うけれど、これもまためんどくさいので、そのまま印刷してしまう。
やたらと字ばかりがでかい年賀状ができあがる。
新年早々、あちこちで「しょうがねえな、あいつは」と苦笑している上司や友人の顔が目に浮かぶ。
「まあ、いっかあ。うさぎ年だし(意味不明)。」
そんなことを言ってくれるとは思わないけれど、そう言ってくれることを願うばかりだ。


そういえば、この前のうさぎ年のとき職場の女の子に、バニーガールのシルエットが浮かんだ年賀状を出した。
うさぎって言ったらバニーだろ。
正月に、彼女の家に、その年賀状が配達されて、彼女の家では全員でその年賀状を見たのだという。
その女の子の妹はその年賀状を見て激怒。
「こんな失礼な人と仕事をするの、やめたほうがいい!」
彼女の家では正月早々、家族でもめたのだそうだ。


あれからもう12年。
あの子と結婚していれば、子供ももう中学生かあ、なんて思う。
別に結婚なんて話は1ミリもなかったけれど、もうしそうだったら、そうだよなって思う。


23日の休日に、友達と諏訪大社に行った。
ひとくちに諏訪大社といっても実際には上社前宮、上社本宮、下社秋宮、下社春宮と4つもあり、実際にこの順序ですべてをまわった。

My Kiasu Life in JAPAN-前宮

↑この写真はまあまあだな。階段の上で画面が真っ二つな点を除けば。ちなみにこれは前宮。


上社本宮以外は参拝者も少なくて、以前、戸隠神社をまわったときの参拝者と比べ、さびしい気がした。
上社と下社のあいだでは、上諏訪のうなぎの小林でひつまぶしを食べ、サンリツ服部美術館ではハーブティーを飲んだ。
小林のせいろで蒸したうなぎは肉厚でおいしかった。


僕は以前から、サンリツ服部美術館のティーラウンジから眺める諏訪湖が、一番きれいな諏訪湖のように思っている。風が強かったせいか、この日の諏訪湖は少し波立ち、色も濁っていたのが少し残念だった。


下社春宮では万治の石仏も見た。
もう何度も見ているが、見るたびにどこか新しくなっているような気がする。


松本パルコに寄り、その後、国営アルプスあづみの公園のライトアップも見に行った。

My Kiasu Life in JAPAN-ライトアップ1

↑うーん。実物よりしょぼく写ってしまう。

以前も来たことがあるけれど、基本的には変わりがなかった。
すごいお金がかかっているんだろうなあ、と思うと同時に、国営の公園だからそれは俺たちの税金かあと思うと、深いものがある。


My Kiasu Life in JAPAN-ライトアップ2
↑まさかの手ぶれ。妙に伸びる山下達郎の曲にあわせて点滅してたから(言い訳)。


ラーメンを食べたあと、雪の舞うなかを高山村の雷滝に行く。
もう真っ暗で、懐中電灯がないと2メートル先も見えない。
雷滝に行く階段には雪が積もっていた。1歩1歩慎重に下っていく。


雷滝の裏側に辿り着いた。
この滝は裏側から滝が見られるので、うらみの滝なんて呼ばれている。
でも、真っ暗で、懐中電灯に反射する水しぶきのほかは、ほとんど何も見えず、苦労した割にほとんど何もいいことがなかった。


週末は実家に帰ることにした。
24日、8時頃まで残業をして、それから高速道路に乗った。
姨捨のサービスエリアで温かいそばを食べながら、「ああ、今日はイブだっけ」と思った。
今日も仕事をいっぱい頼まれたけど、あれがプレゼントだったのかと思うとサンタに文句を言いたい気分にもなる。


25日の土曜日には、親戚の家で法事があり、葬儀にも参列した。
久しぶりに大勢の親戚に会った。
亡くなられたのは85歳の大叔母様で、8人の子供を育てたのだという。
喪主の挨拶が、看病等で苦労をしたことについては何も触れず、故人を悼む気持ちにあふれていて感動したし、こういう挨拶をしないといけないんだな、と思った。


日曜日、昼食の用意をしているときに、姉から電話があった。
「明日はあなたの誕生日でしょ。」
「ああそうだ。忘れてたよ。でも、ただの日常があるだけだよ。」
「そうでしょ。年取るとそうなるのよ。」


そういうものなんだと思う。
つまりは、そういう人生を自分で選択してきたのだと思った。

火曜日の夜、おいしいものを食べに行く会のメンバーで(俺と女性2人。別にロマンチックな関係ではない)須坂市米子にあるシアン・シアンというホームレストランに行った。
テーブルは2つだけ。暖炉があり、火が燃えている。
シアン・シアンとはフランス語で犬の意味らしい。レストランのなかには犬の写真がいっぱい飾ってある。
場所がなかなかわかりづらいが、家全体をライトアップしているので、まわりにほとんど明かりのない米子地区では、ナビをつかって近くにまで行けばたどり着くことができる。


料理は洋食、和食、中華のコースが日によって決まっているらしい。
僕が予約したわけではないのでよくわからない。
とにかく、僕たちが食べたのは洋食のコースで、とてもおいしかった。
特にデザートに出てきた熱々のスフレは絶品で、これが家でできないものかと真剣に考えた。


金曜日は忘年会で、善光寺前にある藤屋御本陣で食事をした。
僕が幹事だった。
女性が多い飲み会で、いつもとは違う豪華な食事がしたいというので、ここにした。
食事は確かにおいしかったけれど、あまりに飲み過ぎて、食事を楽しんでいる余裕が僕にはなかった。
メインが出てきた頃には、もう何もかも、どうでもいいような気分になっていた。


それから、何件もはしごをして帰った。もう何時に帰ってきたのかもわからない。
記憶は一応はっきりしているものの、酔っぱらったあとの俺は、どうしてあんなに何軒もお店に行かなくてはならないのか、意味がわからない。
「俺はなんていうか。。あほだな」
猛烈な自己嫌悪に襲われる。海老蔵が記者会見で言っていたように、「行くのはお止めなさい」って今の俺なら言ってあげられるのに、と思う。


7時30分頃に目覚めると、熱いシャワーを浴びる。頭がすっきりしたところで、勇気を出して財布を見る。2千円しか入っていない。
酔った頭で、どうやって帰りの代行料金や駐車料金を計算して、ギリギリまで遊んで帰ってくることができるのか、不思議だ。


土曜日は午前中に実家まで帰った。
あまりに気持ちが悪く、母に吉野家で買った豚丼を渡すと、自分は部屋にこもって寝ていた。
嫌な夢をいっぱい見た。もう3次会とか行くのはやめようと、何度も思った。
でも、こんな決意も3日くらいでがたついてしまうのだと思う。


日曜日には、体調が回復していた。
月曜日からは、まっとうな人生を送ろうと思った。
できることなら、小林麻央のような人に「生まれ変わらないといけませんね」なんて言ってもらいたいものだけれど、まあ、言われたら言われたで腹が立つんだろうなあ、俺の場合は。


年賀状を印刷するために、プリンタを買ってきた。
キャノンのプリンタ・コピー・スキャナのついた複合機が8000円くらいだった。
「こんなに安いんだ。」
「どうですか?インクも?」
「インクって付いているんじゃないの?」
「一応、テスト用のインクは付いているんですけれど、すぐなくなっちゃうんですよ。」
黒とカラーインクを買うことにしたら、インクだけで4000円以上するという。
「複合機が8000円なのに、インクだけで4000円もするの?」
「お客さん。コピー機やプリンタの業界は、水商売って言われていて、インクで稼ぐんですよ。」
わかったような、わからないような説明をされる。やれやれって感じだ。
それでも、僕がスキャナを買ったら絶対買おうと思っていた「読取革命」というOCRソフトが複合機に付いていて、すごく嬉しかった。仕事で使っているけれど、認識能力がとても高い。このソフトだけで、1万2千円くらいしそうだ。


家に帰って、パソコンにドライバを読み込ませる。
ついでに、以前、ほかのパソコンにインストールした画像編集ソフトもインストールすることにした。
DVDドライブからバリバリとすごい音がして、それから静かになった。
「シリアルナンバーを入れてください」
という画面が出たので、入れようとして、ふと気がついた。
シリアルナンバーはDVDに付箋で貼っていたのだ。
それで、あんな大きな音がしたのか。。
DVDを取り出すが、付箋はどこにも見つからない。
「ああ、もう。」
パソコンを分解して、DVDドライブを外し、内部で破れて滑車の部分に巻き込まれている付箋を発見する。
なんとかピンセットで外す。そしてまたパソコンを組み立てる。


パソコンは元通りになったけれど、すっかり疲れてしまい「もう年賀状なんか来週でいいや」と思う。
シリアルナンバーはもう2度となくさないようにDVDに直接、油性マジックで記入した。


佐藤孝幸の「ただいま授業中 会社法がよくわかる講座」(かんき出版)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-会社法がよくわかる講座

全編を通じて、本当にわかりやすい本で、会社法の全体像がとてもよくわかる。
M&Aの説明も、よくここまで、と思うほどにコンパクトにまとまっているし、ホワイトナイトの意味を初めて知った。
会社法をきちんと学習した後にも、もう一度読み直したいと思った。

水曜日に人間ドックに行った。
そのための準備がかなりのストレスだ。


「朝食を食べますか」
1毎日食べる、2時々食べる、3食べない


問診票にはこんな項目が山ほどある。余計なお世話だと思う。
どっかに質問を全部まとめた「4うるせえ」って選択肢がないかなあ、と思いながら、泣きながら回答を埋めていく。


人間ドックまでに2回、検便もしなくてはいけない。
詳しい描写はあえてしないけれど検便をするたびに、これもまた泣きそうになる。
何かの刑罰のような趣さえある。


水曜日の人間ドックは朝の8時20分からだった。火曜日の夜9時から何も食べてはいけないのに、気がつくと夜10時頃、無意識のまま冷蔵庫から出した野菜ジュースを手に持っている。
「いかん、いかん」などと言いながら首を振り、自分を止めなくてはならない。本当にめんどくさい。


朝、病院まで裏道を走っていったら予定よりもかなり早く病院に着いた。
予定の時間よりも早く、レントゲン撮影に入る。胸部レントゲンではなく、CTスキャンだった。
「肺ガンなどの見落としが少ないから」なのだそうだ。


先日、アメリカ版のYAHOOを見ていたら、CTスキャンによる被爆の問題が取り上げられていた。CTスキャンは大量の放射線を使用するため、癌の危険性を高めるという記事だった。健康な人は避けた方がいいと書いてあった。日本を含め、多くの企業が放射線量を少なくしたより安全な製品を開発している最中なのだと。


イギリス人の友達も、健康診断で胸部レントゲンなんか絶対にしない、という。
「癌になるかもしれない」と言う。
この辺りの感覚は、なかなか日本人とは相容れない感覚だ。


僕は、こういう機械は大好きなので、喜んでスキャンしてもらう。
超音波の機械で、あちこちも診てもらった。


身長や体重などの検査の後、いよいよ胃カメラの検査になった。
僕はこれがとても苦手で、いつも苦しくて仕方がない。


「前回も麻酔をしてもらったけれど、とても苦しかった。今回はもっと麻酔を多めでお願いします。」
そう看護師に頼む。内視鏡室で腕の血管から血を採ると同時に、麻酔をしてもらう。


目を覚ましたら、別室で寝ていた。
看護師に「もう1時間30分も寝てるから、そろそろ起きた方が」と言われる。
まるで、飲み過ぎた日の翌日のように、採血のときからの記憶がまったくない。
不安だ。何か変なことを口走ったり、していないだろうか。
もちろん、誰も何も言わない。不安だ。
まだ寝たりない気がしていたけれど、頑張って起きる。


それから医師の診察があった。
CTスキャンの重要性を(特に僕が聞いたわけではない。僕はただ「ふむふむ」と賢いフクロウのように頷いていた。何しろ眠くてなあ。)教えてくれた後、「あなたは特に問題ない」って言われて、「そうですか。よかったです。ありがとうございました。」って答えた。


病院の近くの寒くて凍えるようなそば屋で(暖房が入ってなかったから)、コートを着たまま温かいおろしそばを食べて、家に帰った。
それから、4時間くらい、ぐっすりと寝た。すごく気持ちがよかった。
俺は本当に寝るのが好きなんだなあ、と思った。


金曜日は職場全体で行う大きな忘年会だった。


それで土日の週末と月曜日の朝まで実家に帰っていた。
実家では山口県の母の知り合いから冷凍のふぐをいただいたので、ふぐ鍋にして食べた。
母は普段よりは元気そうだったけれど、それでもどこかつらそうだった。


山本憲明の「朝1時間勉強法」(中経出版)という本を、職場の昼休みに読んだ。2日ほどで読み切った。


My Kiasu Life in JAPAN-朝1時間勉強法

それなりにためにはなった。やる気も出てきた。
でも、なんというか「間違いノートを作る」等の細かいノウハウを除けば、タイトルがすべてであり、それに尽きる。


佐藤孝幸という人の書いた「ただいま授業中 会社法がよくわかる講座」(かんき出版)も実家で寝ながら半分以上読んだ。
新しい会社法が全く理解できなかったので、初心者向けの本を読むことにしたのだ。


My Kiasu Life in JAPAN-会社法がよくわかる講座

今まで、委員会設置会社とか代表執行役っていったい何?と思っていたのだが、この本の説明はわかりやすくて、とてもよくわかる。この本を元に、どのような会社の機関設計が可能なのか、今後、まとめようと思った。

4年ほど前まで使っていたパソコンを売りに行った。
モニターは17インチ。
ちょうどそのくらいの大きさのモニターを実家で使うコンピューター用に欲しかったので、流用して使おうと思っていたのだけれど、富士通のそのモニターは、ピンの形状が特殊で流用ができない。
富士通のモニターのピンの形状を、通常の15ピンに変換する器具は存在するが、1万数千円かかる。
それだったら、新しいモニターを買った方がいいと誰もが思うし、僕ももちろんそう思う。


古いパソコンの売値はモニターも併せて、100円だという。
「100円だったら、手続きなんていいよ。適当に捨ててくれれば。」
「それがダメなんですよ。警察がうるさくて。それと、このパソコンの入っていた段ボールと発泡スチロール。お客さんの方で捨ててください。」
手続きにあれやこれやの手間暇をかけて、100円をもらう。


段ボールを大きなため息をつきながら台車に載せていたら、気の毒に思ったのか「いいですよ。段ボール。特別に、こちらで処分します。」と言ってくれた。


それから新しいモニターを買うために、モニター売り場に行く。
最近の新しいモニターは左右に不必要に長く、エクセルには向いているが、ワープロソフトでは、扱いづらい。
電気店で眺めていても、俺が必要としている、正方形に近いモニターはもはや売っていない。世の中は俺の意志とは無関係に動いていくものだよな、ということを感じるのは、こんなときだ。
結局、一番安い1万2千円の18.5インチのモニターを買った。僕にはこのくらいでちょうどいい。


先日、職場の女の子に、ボーナスで何を買うか聞かれたけれど、考えてみると欲しいものなんてもう、そんなにないな、と思う。
今、僕が必要としているものは、愛と時間と学力だけど、どれも売っていないし、売っていたとしても高くて手に入らない。
さびしい話だなあ、と思うけれどそれも仕方がないことだ。


土曜日には大きな会議があって、朝の通常通りの時間から仕事だった。
僕は市民会館の大きな会場でキューを出す係だった。
「はい、1分前です。30秒前です。3、2、1。始めてください。」
「はい。OKです。」
ほぼ1日、こんなことをいろんなところでしゃべっていた。
別に大した仕事じゃないけれど、ほかにもいろんな人からいろんなことを頼まれたりしたので、結構忙しかった。


思ったよりも疲れていたのか、仕事を終えて、長野から車で2時間ほどかかる実家に帰る途中、何度も睡魔に襲われ、サービスエリアで仮眠を取りながら帰った。


実家で母を見舞う。
声は元気そうだったけれど、頭が痛いと言って頭に冷えピタを貼って寝ていた。
「気の毒だなあ」と思うけれど、何もしてあげられない。
「私は大丈夫。」
そういうけれど、あまり大丈夫じゃなさそうな顔をしている。
母の健康も俺のボーナスじゃ買えないしなあ、と母を見ながら思った。

土曜日の朝から石川県の橋立というところに日帰りでカニを食べに行った。
片道300キロ近くあり、当然のことながら運転時間も片道4時間くらいかかる。
女性を2人連れていた。
俺はどうも女性が複数の旅というのが多くて、なかなか1人の女性を連れての旅ということがない。
あまり自覚はないが、悲しい旅だという人がいてもおかしくはない。


長野は晴れていたが、天気予報で北陸は雨の予報が出ていた。
天気が悪いんだろうなあ、と思いながら家を8時30分頃に出発した。


「雨、大丈夫かなあ。」
「大丈夫。私、晴れ女だから。」
先輩の女性が、まかせなさい、というように言う。
その人の旅行日程と、低気圧は全く無関係だと言いそうになるが、僕もようやく大人になってきたので、そういう大人げないことは言わない。
「じゃあ、大丈夫ですね。」


小布施のPAから高速道路に乗り、蓮台寺のPAで一休みしただけで、一気に片山津ICまで走った。
途中、パラパラと雨が散っていたが、大降りにはならなかった。
日が途中で明るく差すこともあり、そんなときには虹が見えた。
「確かに晴れ女っているのかもしれないな」と思ったりした。


車のなかで、先輩の女性が好きだという山下達郎のCDを聴いていた。
僕は今まで山下達郎の曲をまともに聴いたことがなかった。
聴いていると、たまらなく恥ずかしくなってくる。
例えば、「ラッキー・ガールに花束を」という曲は、「運命をLover 感じるよ今 君に会えたのは Desnity」なんて歌詞で、それを妙に粘り着く歌い方をされるので、とても素面では聴いていられない。
サビは「真っ白な未来へ 連れて行っておくれ」で、歌われるたびに、「(勝手に)いってらっしゃい」って言いたくなる。


以前からカニを食べに行こうと、その2人の女性とは話しをしていた。
でも、そんなに休みも取れないし、今しかないなあ、ということでカニ食べ旅行に行くことにしたのだった。
週末、母親の面倒を見ることができなくて、そのことだけは、実家の母親や姉に、申し訳がないような気がしていた。


目的地は石川県の橋立にした。カニが美味しいと聞いていからだ。
でも、なかなか予約が取れなくて、唯一予約が取れたのが山本屋というお店だった。


午後1時30分からと予約していたのだが、山本屋に到着したのが午後12時30分だった。
店の前から携帯電話で連絡をする。
「1時30分から予約していたものですが、思ったよりも早く着きそうなので、早く行ってもいいですか?」
「いいですよ。大丈夫です。」
「っていうか、もう着いちゃっているんですけど、もう行っちゃってもいいですか?」
我ながら、俺はなんてバカな発言をしているんだと思うが、仕方がない。


店の入り口からもうカニの美味しそうな匂いがしていた。
僕たちは、一番安いコースで注文をしていたので、あまり期待はしていなかったけれど、食事をする場が個室だったので、テンションがあがった。


My Kiasu Life in JAPAN-山本屋の窓から見た景色

↑山本屋の窓から見える日本海。写真が下手なので、写真で見ると実につまらない。


香箱カニ、刺身の盛り合わせ、ブリ、茹でたズワイガニ、焼いたズワイガニ、カニ雑炊などたっぷりと食べた。
茹でる大きなカニは、調理前にまだ生きている状態で見せてくれる。
橋立のタグが付いていて、口から泡を吹いていた。


My Kiasu Life in JAPAN-かに


↑茹で上がったカニ。「で、それで何?」「それだけ。」俺が撮ると見た人の想像力をかき立てない写真になってしまう。


僕は、おなかがいっぱいで動けなくなるほどに食べた。
個室だったので、ぐったりと横たわってみたりもした。


食べ終わって、勘定を済ませてから、一緒に行った先輩の女性が「おみやげにカニを買って帰る」というので、3軒ほど隣のお店に買いに行く。
値段がびっくりするほど高い。カニ1杯が最低でも1万5千円ほどする。
値段の高さに驚いていると、「これから時化てくるから、この1.5倍くらいにまで値段が上がる。まだ安いよ。」とお店の人は言う。


「橋立のカニってこんなに高いのかあ。」
目の前に並んでいるカニを見ながら、今日、自分たちが、食べた料理を足していく。
「俺たちの、払ったお金じゃ足りないね。」
「お店、赤字だったんじゃない?」
「そうかもね。」
そう言えば、最初に山本屋のおねえさんが「漁が不漁のときは、カニの価格も上がるんですよ。それでも、約束してしまったことですから。」と(そのときは)意味不明なことを言っていたなあ、と思い出す。
結局、先輩の女性は500円のカニせんべいを買って帰ることにしたみたいだった。


午後3時30分頃に出発し、片山津ICから高速に乗る。
安宅PAという小さなPAで一休みして、それから休みも取らずに車を走らせる。
新潟県の新井PAの辺りで、突然、車のアラームが鳴った。
なんとまさかの燃料切れだった。


ガソリン満タンでスタートしたのに、まさか1日で使い切ってしまうとは。
新井PAから一般道に降りて、ガソリンスタンドを探して、改めてガソリンを満タンにした。
そしてそれからまた高速に乗って、長野まで帰ってきた。


長野に着いたのは午後7時30分頃だった。
喫茶店で3人で軽くケーキを食べながら、話をした。


「これ、2人からのプレゼント。」
小さな包み紙を渡される。
「ここで開けていい?」
「だめ。家に帰ってから開けて。」


家に帰ってから、開けると、なかにガソリン代+αくらいのお金が入っていた。
そんなのいいのに、とは思ったけれど。
なんか、こういう心遣いができる人っていいよなあ。って思った。


土曜日の夜、別に必要もないのに、睡眠導入剤を飲んでみた。
翌朝、効きがいつまでも残っていて、延々と眠り続けるんじゃないかと思った。
不必要に飲んじゃいけないんだなってことがよくわかった。


そんなわけで、日曜日はほとんど寝て過ごした。
商法のテキストは何とか読み終わったけれど、溜まったままの洗濯物や、勉強予定だったテキストを見つめるたびに、ダメ人間になった気がした。

職場の女性2人と3人で長野の「ワインビストロ ベルジェ」というフレンチ・レストランに行った(正確には、フレンチのビストロに行ったって書くべきなんだろうけど)。
この店を知っているという女性が予約を取ってくれたけれど、予約を取るのが大変で2週間くらいかかったらしい。


レストランは狭くて、僕たちが着いたときにはすでに満席だった。
飲み物以外のメニューは小さな黒板に書いてある。
前菜とメインとデザート。
プレートが3つだけだというので、少ないかなあと思ったけれど十分な量があって楽しめた。
僕は車だったのでお酒は飲まなかった。
でも、おいしい料理を食べるとそれだけでストレスが消えるような気がする。
食べ終えてすごく幸せな気分になったけれど、もう食べちゃったと思ったら、少し悲しくなった。


車の左側の電動ドアミラーが壊れて格納ができない。
三菱自動車に修理に出して見積もってもらったら、2万円はかかるという。
ドアミラーなんて壊れていてもよさそうなものだが、中途半端に格納されて、元に戻らないので、変な角度で止まってしまう。
先日、高速道路で左側のドアミラーが中途半端に開いたままで走っていたら、少しばかり怖かったので修理に出すことにした。


そしたら、今度は車止めのない駐車場で、前方の壁に近づきすぎて、フロントを0.1ミリくらいの深さで10センチほどこすってしまった。
気にしないといえばしないけれど、気になるといえば気になる。
修理店に持って行ったら、2万円ほどかかるという。
「たったこれだけのキズで?」
「この塗装には真珠が入っているから高いんですよ。」
「真珠?」
「パールです。」
よくわかったようなわからないような会話をして、そして結局、それも修理に出す。
車はお金がかかるよなあってため息混じりに思う。


先日、インターネットで某団体の募集要項を見ていたら、応募できない人のなかに「成年被後見人及び被保佐人(準禁治産者を含む)」っていう項目があった。
ちょっと調べてみたら他の会社や団体にもこのフレーズはけっこうある。


「成年被後見人及び被保佐人」はわかる。問題は、括弧のなかの「準禁治産者を含む」の意味だ。
確か、民法の改正で禁治産者が成年被後見人に、準禁治産者が被保佐人に名称を変更したんじゃなかったんだっけ?被保佐人のところに「準禁治産者を含む」ってあえて加えてあるのはどんな意味なんだろう?


それで本格的に調べてみた。そうしたら、理由がわかった。
禁治産者=成年被後見人だけど、準禁治産者=被保佐人ではないらしい。


というのも、旧民法では浪費者も準禁治産者の宣告を受けられたのだけど、現民法では浪費者は準禁治産者の宣告が受けられない。準禁治産者>被保佐人なのだ。


それで、旧民法下で浪費者として準禁治産宣告を受けた人は、被保佐人にはなれなくて、準禁治産者のままなのだそうだ。知らなかった。


それにしても、いろんな団体の総務の人って、そういった細かい、超レアなケースまでよく知っているんだなあって感心した。それと同時に、そんな細かいレアなケースを一般的な制約として書く必要が本当にあるのか、ってことも正直言うと、思った。


金曜日の夜にまた実家に帰った。
長野にいると遅くまで起きているものだが、実家に帰ると9時30分頃にはもう寝てしまい、翌朝7時過ぎまで寝ている。
そして昼寝もたっぷりとする。
どう考えても寝過ぎだが、それでも寝足りないような気がする。


寝る部屋に置いてある蟲師という漫画を読みながら、部屋に蟲でもついているんじゃないかと思う。ギンコが俺の部屋に来たら、「それは”眠たりず蟲”という蟲の一種だ」なんて言い出しそうな気がする。

高校時代に、数学者の矢野健太郎の数学エッセイを読んでいたことがある。
そのときに印象深かったのが、ツルカメ算の解き方だった。


ツルカメ算というのは、ツルとカメの頭の数と足の数だけが(なぜか)わかっていて、それぞれ何羽と何匹いるのかという問題だ。
例えば、ツルとカメの頭の数が3つで、足が10本あるというときに、ツルとカメはそれぞれ何羽と何匹いるのでしょうという問題がツルカメ算の典型例だ。


このとき、ツルは足が2本で、カメは足が4本だというのが大前提としてある。足を別のカメに1本食べられちゃって足が3本のカメ、というのも現実にはいるかもしれないけれど、そういうことは考えないことになっている。


矢野健太郎がいうには、イメージとして頭のたびに2本ずつ足を切り捨てると、ツルはもう足がなくなり、残った足は、すべてカメの足になるのだという。
つまり、頭の数が3であれば、2倍の6本の足を切り捨てる、ということになる。


先の問題だと、足の数は10本だったから、頭の数の2倍である6本の足を切ると、残った4つの足がすべてカメの足ということになる。
計算式で書くと
10-(3×2)=4(←カメの足)


これがカメの足で、カメはまだ頭1つに対して足が2本残っているから、これを2で割るとカメの頭の数が出る、ということになる。
計算式で書くと、
4/2=2(←カメの頭の数)


仕事帰りに、車のなかでこのことをふと思い出して、いろんな数でツルカメ算を暗算してみた。確かにそう考えると、答えは出るけれど、まだまだ簡単にできるよなあ、と思った。


それで家に帰ってから考えてみた。
矢野健太郎が言った解き方は、つまり、
(足の数-(頭の数×2))/2=カメの数
ということだ。


でもこの式は、もっと簡単になる。実際に計算してみると、
足の数/2-頭の数=カメの数
になる。これだと簡単だ。ツルカメ算が暗算で解ける。


足が100本、頭が30。ツルとカメはそれぞれ何羽と何匹?と聞かれたら、
100/2-30=20(←カメの数)
30-20=10(←ツルの数)


ツルカメ算以外には使えないし、現実にはこんなツルとカメの頭の数と足の数だけがわかっているなんて問題がそもそも生じないけれど、まあ、こうやって計算すればできるよな、ってことがわかった。


でも、できた計算式
足の数/2-頭の数=カメの数
にどうしてなるのかを、今度は考えてみた。


この式は、どうやら足の数だけに着目した式のようだ。
まず、/2の意味は、足の数を半分にすることを意味している。
つまり、ツルの2本の足を1本に、カメの4本の足を2本にする。
そこから、さらに、頭の数の分だけ、足を切り捨てる。
そうすると、ツルの分の足はなくなり、カメの足だけが、1本だけ残る。


結構、残酷な式だな。と思った。


土曜日は職場で消防訓練があって、それを済ませたあと実家に帰った。


実家に帰ると、とりあえず寝て、起きてから任天堂DSの「うっかり」をなくそう! 文章読みトレーニング 読みトレ(ベネッセコーポレーション )というソフトを始めた。もうこのソフトも使い始めてから7か月ほどが経っている。


My Kiasu Life in JAPAN-読みトレ

もともと未だにケアレスミスが多いので、どうにかならないものかと以前から思っていた。
考えてみると、僕はあまり「国語」というのを勉強したことがなくて、今までなんとなく来てしまったことに思い当たった。読解力など特に教えてもらったことなど一度もない。


もともと小学生向けのソフトなので、大人の僕がやれば簡単だ。
1日にトレーニングは3回までしかできないが、そんな制約は大人の僕には無関係なので、DSの基本設定で日付をいじって、1日のうちに何度も解いた。


日曜日の朝、ようやくすべての問題をクリアした。
このソフトはランク判定で「しっかり」さんになるのが目標だが、僕は「しっかり」を通り越して、「すっきり」さんや「ばっちり」さんだった。最高の「ぴっかり」さんまでにはとうとうなれなかった。


途中、退屈で投げ出していたこともあったが、終わってみるとなかなかいいソフトで、ある程度、ケアレスミスが少なくなったような気がする。


初歩向けといえば、佐藤孝の「一発合格!らくらく宅建塾2010」(週刊住宅新聞社)も買ってきて、ときどき民法部分を読んでいる。


My Kiasu Life in JAPAN-宅建塾

学説間の争いなど無視をして、宅建に受かるための知識を思い切りよく書かれているので、確かに、初学者にはわかりやすい。


寝ながら、中古で買った高野文子の漫画「棒がいっぽん」(マガジンハウス)も読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-棒がいっぽん

「美しき町」などの短編を読んでいると、昔の(60~70年代の頃?)空気をコマの間に感じる。あの頃の団地住まいの若者のささやかな波風を、今もリアリティを持って感じさせる。
いい人になるのか悪い人になるのか、その差はほんのわずかだと、この漫画を読むと感じる。悪い人になるのもタイミングと感情なのだ。
そうであっても、できる限り、いい人の側になりたいと思うし、この漫画はそう願っているように思う。そしてこの漫画は、それが大変で、その割に報いも少ないものだということも、正直に教えてくれて、飾らないところに好感が持てる。


今、きちんとした勉強としては商法のテキストを読んでいるが、委員会設置会社だの代表執行役だの監査役の設置は任意でいいだの、僕が勉強していたときとはまるで違う世界が展開していて、別の星の制度を学んでいるような気がするほどだ。
しかし、そういつまでもテキスト読みに時間もかけられないので、理解できようができまいがさっさと読んで、次のテキストに向かいたいと思う。


***おまけ***


ツルカメ算以外には、本当にこの考え方は使えないのか、考えてみた。
例えばこんな問題。


【問題】150円のボールペンと50円の消しゴムをあわせて12個買い、1000円払いました。それぞれいくつ買ったのでしょう。


考え方を応用すれば、決して無理な話ではない。ちょっと考えてみた。


単価の高い方(この場合はボールペン)をAとし、単価の低い方(この場合は消しゴム)をBとする。


(全体金額-Bの値段×全体個数)/(Aの値段-Bの値段)=Aの数
(1000-50×12)/(150-50)=4


でも、ここまで来たら、方程式の方が確実だよなあ。
やっぱり、暗算で解くのはツルカメ算限定かあ。

大体シャワーで済ましてしまうから、風呂にはあまり入らないんだけど、それでもたまに入ったりする。
風呂に入っている間、退屈で仕方がない。
宿舎の風呂は、薄黄色のつまらないプラスチックの色合いで、味わいというものがない。
機能的にもジャグジーが付いているわけでもないし、俺の場合は若い裸のお姉さんが入ってくるなんてこともないしなあ。


結局、本を選んで読んでいることが多い。
どうしても水に濡れるから、読み終える頃には随分と水を吸って厚くなっている。


風呂のなかでしぶとく読んでいたドン・ウィンズロウ の「犬の力」(角川文庫)の下巻をようやく読み終わった。

My Kiasu Life in JAPAN-犬の力 下

風呂に入る機会も少なかったから、もう3か月くらいの間、読んでいたと思う。
もはや誰が捜査員で、誰が麻薬の元締めかもぼんやりとしてきていたけれど、下巻の後半からの話の勢いは素晴らしく、気がつくと、風呂から上がってもずっと読み続けていた。
ひとつひとつの文章が短く、たたみかけてくる感じがする。shorter is better(文は短いほどいい)のお手本のような本だ。


捜査官が全人生を賭け、麻薬密売人たちも、その犯罪に加わる人達も、麻薬に全人生を賭ける。
誰かに疑われれば、それが仮に誤情報だったとしても、命はない。


投資する金の額といい、消費される命の数といい、読んでいて気が遠くなるほどだ。
人生を賭けて、麻薬の元締めを逮捕したとき、捜査官は撃たれて身体はボロボロになり、そして裁判のためにほぼ軟禁状態に置かれることになる。


でも、その元締めが本当に捕まったと、力を失ったのだとわかった15分後には麻薬組織には新しいリーダーが産まれ、麻薬を仕切り出す。
麻薬というダークサイドの力と金があまりに大きすぎて、抵抗ができないのだと思う。
絶望的なまでの連鎖に、読んでいて「これでは麻薬戦争は永遠に終わらないな」と思った。


今週末も水曜日も実家に帰った。
母の具合は一進一退といったところで、良くも悪くもなっていない。


相変わらず、実家に帰ると寝てばかりいる。自分と母親の分の食事を作り、食べて、後片付けをして、眠る。こんなに睡眠が必要なのだろうかと思うほどに寝る。寝過ぎると悪夢を見るというが、結構めんどくさい仕事がらみの夢や、比較的楽しい夢を見ることが多い。
やっぱりどこか疲れているのかもしれない。


勉強はほとんど進んでいない。
それでもこの週末、静かだけど、やる気が出てきたように思う。



**おまけ**


詩を書いてみた。
書いたばかりのときって、いいのか悪いのか、本当にわからないなあ。



俺のやり方


軽トラの後ろに ドラムセットを乗せて
おまえの家にたどり着いた
日曜日の朝8時
近くの農家のおじさんが 不思議そうに俺を見ている


軽トラの後ろから ドラムセットを降ろして
おまえの庭で組み立てた
モンキーでボルトを締める
牛乳配達のおじさんが 悲しそうに俺を見ている


※俺は歌う。君のために。
力一杯ドラムを叩きながら
ヨーコ、愛してるよ!
ドカドカドカドカ
バシャンバシャン
ヨーコ、愛してるよ!
ドカドカドカドカ
バシャンバシャン
どうかこの音とともに
君に愛が届きますように。


2階にある君の部屋の窓が開く
俺は期待を込めた眼差しで
ドラムスティックを握りしめて窓を見つめる
このバスドラの1音でも、君のハートに届けばいいと
俺は足を踏み鳴らす


窓の向こうから、君の親父が怒鳴っている
何を言っているのか、さっぱりわからない
だって、俺のドラムの音が大きすぎるから


(※くりかえし)


1階にある君の家のドアが開く
俺は期待を込めた眼差しで
ドラムスティックを握りしめてドアを見つめる
このバスドラの1音でも、君のハートに届けばいいと
俺は足を踏み鳴らす


ドアの向こうから、君の母親がやってきた
何を言っているのか、さっぱりわからない
だって、俺のドラムの音が大きすぎるから。


(※くりかえし)


君の母親が俺の腕をつかむ
俺は期待を込めた眼差しで
ドラムスティックを握りしめて彼女を見つめる
彼女は気の毒そうに、ヨーコは彼氏の家に泊まりに行っていて
昨日の夜から留守だと言う


(※くりかえし)


今では俺のドラムセットの周りに 人垣ができている
君の親父が母親が、農家のおじさんが、牛乳配達のおじさんが
俺を気の毒そうに、悲しげに見ている


俺はやれやれと言って 手を止めて
ご静聴ありがとうございましたと お辞儀する
パチパチと力のない拍手が聞こえた


ドラムセットを軽トラに積み込むとき
君の親父が言ってくれた
俺は個人的には 今の彼氏より 君の方が好きだけど
君はなんて言うか 出遅れたんだと


先週彼は同じ庭で トランペットを吹いたんだって
君の親父が母親が、農家のおじさんが、牛乳配達のおじさんが
軽トラに乗った俺に 手を振ってくれた

また来るねと俺はいい、もう勘弁してくれと君の親父さんが言った

一昔前までは、飲み会というとお店から出入り禁止を言い渡されるぐらい大騒ぎをしたものだ。
俺も騒いでいたけれど、周りの仲間たちも俺に輪をかけたようなひどい飲みっぷりだった。
ウイスキーを飲むときに、友達にチェイサーを頼むと、「はい水。」なんて言いながらビールジョッキに入った日本酒を渡される。


その日本酒を「やっぱり水はさっぱりして、うめえなあ。」なんて言いながら、一気にあおっている友人の姿が目に浮かぶ。
あまりに飲み過ぎて、はしゃぎすぎて、注文しすぎて、全国でチェーン展開をしている居酒屋から「もう日本酒はありません。」なんて言われたこともある。


酔うと必ず下半身を露出してしまう癖のある友達の「屋上で花火をしたんですよ。ロケット花火を自分のお尻に突っ込んで打ったら子供たちが大喜び」なんて話しが飛び出す席では、飲み会での俺のささやかな暴言など、取るに足らないものだった。


最近は、飲み会の後ブルーになることが多い。
みんながかなりまじめに飲んでいるということもあるし、飲み会の場にはいても、飲まない女性が多いという環境のせいもある。
素面のときに酔っていたときの自分の発言を思い出すたびに「何を言ってたんだ、俺は」と頭を抱えたくなる。


昔は、2日酔いなど当たり前で、まともに歩けない状態で会社に行ったこともある。文字どおり這って会社に行ったのだ。
地下鉄で1駅乗ると吐き気がし、そのたびに満員の電車を降りて休んで、また乗った。
最後は、会社の最寄り駅の階段を苦労してよじ登り、タクシーで出勤した。


吐くのも当たり前だった。
会議で発言をするたびに、気持ち悪くなってトイレに吐きに行った。
「外務省の人が「あの人、あんな状態でも会議に出てきて発言するなんてすごい」って本当に感心していた。」
と喜ぶべきなのか、情けなさで泣くべきなのかわからないようなことを言われたりした。


最近は、年のせいか、2日酔いが怖くて仕方がない。
もう吐くような無茶な飲み方はしていない。
でも少し体調が悪いだけで、「ああ、苦しい。おなかが痛い。気分が悪い」と思ってしまう。
それから、昨日の飲み会での自分の発言を思い出す。思い出せないこともある。「俺、何を言っていたんだっけ?」
無理をして思い出すと頭がずきずきしてくる。ちょっとおしゃれに言うと「もし家がワラでできていたら、吹き飛ぶような」ため息が出る。


先週の水曜日が飲み会だった。もう何も思い出したくない。
思い出すたびに、全力でクロールを泳ぎたいような気分にさせられる。


今週末も実家に帰ってきた。
母のために食事を作って、それからアマゾンで買ったデロンギのオイルヒーターを台所に設置した。
姉の発案で、台所の床にキャンプでよく使う銀マットを敷き、その上に安物のラグを敷いたら、部屋全体が暖かな感じになった。


姉「オイルヒーターなんて何で買ったのよ。電気代がかかるだけで、暖かくならないって知ってるの?」
俺「知ってるよ。いいんだよ。」
姉「洗濯物は誰が干したの?」
俺「お母さんが干したんだよ。まさかこんな土砂降りの日に洗濯物を干すなんて思わないだろ。」
姉「なんで、ちゃんと見ていなかったのよ!」
母「とても外の空気は気持ちよかったのよ。」
姉「こんな寒い日に外に出たら、自殺行為じゃない!」
俺「うるせえな。」
姉「うるせえって何よ!あなたがちゃんと見ていないのがいけないんじゃない!」
俺「俺がいる間は、家に来なくていいよ。うるさいから。」
姉「ちゃんと見てなさいよ!」


銀マットを協力して敷いていたときまでは仲が良くても、時間が経つと姉との会話はいつも険悪な空気になってしまう。


実家に置いてあった、段ボール2箱分の音楽CDをコクヨのMEDIA PASS!というソフトケースに入れ替える。重くてかさばるプラスチックケースからCDを取り出して、MEDIA PASS!に入れ替えるとスペースは3分の1程度にまで減るし、重量は半分以下になる(ようなあくまで感覚だけど)。


移し替える際にCDケースを分解する必要があって、それで爪がだいぶ傷ついた。今も痛くてたまらない。それから、母は今でも金属製のペン先にインクをつけて手紙を書くのだが、母が仕事で使うこたつを姉と移動するとき、そのペン先を右手の小指に突き刺してしまった。
「もう、めんどくせえなあ」血がかなり出たが、母のペン先についていたインクはこれからも消えることなく、入れ墨のように俺の右手の小指にあるんだろうなあ、なんて思うと少し感慨深いものがあった。


そんなことはともかく、CDを入れ替える際、俺は自分の聴いてきた音楽の道みたいなものを振り返ることができた。


意味がよくわからないほど、ストーンズやミック・ジャガーのアルバムは何枚も買っていることがわかった。
意識はしていなかったけれど、ヴァン・ヘイレンなんかもよく買っている。同じアルバムを2度も買っているあたりは気の毒に、若年性の健忘症なのだろうか。
スネークマン・ショーもいろんな種類を買っていて、本当にバカだと思った。


近藤真彦、鈴木亜美、永井真理子、陣内孝則、かまやつひろし、なんかのCDを自分が持っていることに腰を抜かしそうになった。本当に俺は聴く気があって買ったのだろうか?それとも、自分に対する何かの罰ゲームだったのだろうか?


「彼らは世界が黄色になる日を待っている」というレモン星人のレモネーターというアルバムやアンナ・バナナの「甘蕉ヶ丘」などというアルバムもなぜ?という気になる。


ラウドネス、モッズ、スターリン、ARBなんかのアルバムを見ると、俺も迷い道にずいぶんとはまっていたんだなあ、と思う。


それでも、スティングやマイケル・ジャクソン、ジョン・レノン、などの超メジャークラスのアルバムが出てくるたびに妙に嬉しかった。意外とビートルズは少ない。高校時代であんな音楽は卒業したから、それはそれでいいのだと思う。


クラッシックでは、グレン・グールドはどこがいいのかわからないなりによく聴いていたから、あるのは理解できるけれど、なぜかマーラーのオーケストラがいっぱいある。チャイコフスキーは派手で好きだからわかる。でもなぜ、マーラーなのか。せっかく出てきたのだから、聴いてみたい気はする。


ストーン・テンプル・パイロッツやスタートレックⅤのサントラ、クラプトンなど、聴きたいアルバムもいくつも出てきて嬉しかった。でもあれほど好きだったトイ・ドールズのアルバムなどはどこにもなく、また楽しい時代を台無しにしたニルヴァーナのアルバムも見つからなくて、残念だった。


そして今回、一番、気になったCDは「伊藤真の元気が出るCD」だ。サブタイトルは「すべての受験生に熱い思いをこめて!」。内容がまったく思い出せないし、なぜ、自分が持っているのかも思い出せないけれど、ぜひ聴きたい1枚だ。
トラックには、1私はこういうふうに頑張った!伊藤真生い立ち編、2試験前日の気合いの入れ方、3元気を出すための方法論・・と、俺の最近の2日酔い並に頭がずきずきしてくるようなタイトルが並ぶ。


9α波を出そう!リラックス編まで来ると、ちょっと危険な香りすら漂い始める。
おまえもちょっと飲み過ぎてたんだろ、と伊藤真の肩を叩いてやりたいような気分になった。




PS.この文章を書いた後に、この「伊藤真の元気が出るCD」を聴いてみた。中学生の頃、カイロの街を重い荷物を持ち、ホテルにも泊まれず命がけで歩いたり、中学受験時代にはたった1人で倉庫のようなところにスノコを敷いて暮らしていたなどと伊藤少年もなかなか大変な人生を歩んできたようだ。
内容は、思ったよりもはるかによく、個人の自己実現を図るには、他人を批判したり陥れたりすることが重要なのではなく、むしろ他人に思いやりを示し、その人のためによいことをしてあげることが大切だ、という哲学を示したときは感心した。
もっとも、スランプ脱出のために、街で会った人を尾行すると楽しいとか、丑三つ時にロウソクの火を見てみよう、などと到底、一般性のない提案をしてみるあたり、主張に洗練さが欠けており、なんだかなあ、という思いにさせられるところも多少あって笑えた。

今年は国勢調査の年だ。
国勢調査員の人が、何度も調査票を届けたいというメモを入り口のドアに残していくので不思議に思っていた。
「ポストに入れておけばいいのに。」
国政調査員の人に会ったときに聞いたら、直接渡さないといけないことになっているらしい。仕事とはいえ、たいへんだなあ、と思った。
心から「お疲れ様です」と声をかけた。


そう、声はかけたけれど、どうせ出さなくてもわからないだろうと思っていた。
国勢調査の用紙も危うく、「うるせえよ」などと言いながら、ゴミ箱に捨ててしまうところだった。


国政調査員の人が来て、「まだ提出されていないようなので、受け取りに来ました」と言う。
「提出してないけど、そんなことわかっちゃうの?」
「わかっちゃうんです。」
「わかった。でもまだ書いてないからこれから書く。」
「じゃあ、1時間後に取りに伺います。」
「いいよ。届けるよ。何度も申し訳ない。」


書いて、その人の家まで行って提出した。
申し訳ないなあ、という気持ちとともに、俺にはこんな面倒な国政調査員は無理だという気持ちと、この調査が国政にどう反映するのかわからないし、壮大な税金の無駄遣いのような気がする。みんな真面目だよなあという気持ちだった。

最近、職場の広報番組を制作してもらうために、いろんな人を連れてテレビ局に行く機会が多い。
今週までに、長野の地方テレビ局4局のうち、3局を回った。


以前、名古屋の東海ラジオでの収録に付いていったときには、その金魚鉢のようなきれいなスタジオに心拍数が上昇したものだが、長野の地方テレビ局のスタジオは倉庫の延長みたいなところが多く、出演者に付いているだけということもあって、さほど緊張もしない。


もっとも出演する人は、毎回、気の毒なほど緊張をしていて、表情も固い。
俺とついさっきまで車のなかでバカな話をして笑っていたのに、スタジオでアナウンサーの隣に座っただけで、背中が丸まり、小声になってしまう。
アナウンサーが優しく声をかけてくれる。
緊張が和らぐのか、ちょっと笑顔をみせて、本番に入る。


素人なので、どうしてもシナリオを本格的に読んでしまう。
顔を上げてカメラを見て、次にアナウンサーを見て、なんてことはとてもできそうにない。
数年前に劇団の人と話したとき、劇団の人は「人に注目されるのが好きだ」と言っていたのだが、素人に同じ感覚を求めるのは難しい。


収録が一応、終わると、アシスタント・ディレクターかディレクターが僕に「こんな感じでいいですか?」と聞いてくる。
本音を言うと、もう20回くらい撮り直さないとだめだろ、と思うのだけど、「早く終わらせろ、これ以上は無理だ」という出演者を含む複数からの無言の重圧を感じて、つい「OKです。」と言ってしまう。


「なかなかよかったよ。」そう出演者に言うとき、自分でもそれが本音なのか諦めなのかわからなくなっている。
これが大人になったということなのだろうか?と思ったりする。


今週末は、職場の文化祭のようなものがあって、土日とも出勤した。
この文化祭の準備のせいで、今週もかなり忙しかったが、先週のように僕が責任者というわけではなかったので、精神的にクタクタになるようなことはなかった。
「どう動けばいいのかわからない。」
準備の段階で、そう文句を言いながらフロアを漂っている人を見かけても、「俺も」なんてつぶやいているだけで済む。
改めて責任者って大変だよなあと思う。


「どうすればいいんですか?」
詰め寄られている責任者の姿を見るたびに胸が痛んだ。


仕事が忙しいのを理由に、最近は勉強もあまりしていない。
勉強をしないときには、部屋の整理整頓をすればいい、というルールを決めたら、部屋の整理整頓ばかりしている。
ユーキャンのテキストの「民事執行法・民事保全法・供託法・司法書士法」も今週、一応、読み終わったが、理解したというのにはほど遠く、今、こうして表紙を見ても、内容が全く思い出せない。
そろそろ、本気を出さないと取り返しがつかなくなるという思いだけがある。


日曜日は、その文化祭があって、そのあとは打ち上げで飲みに行った。
もう、かなり酔っぱらっているので、僕が何を書いているのか、僕もよくわからない状態だけど、今のところは、そんな感じだ。