年賀状の印刷をした。
自分で文字を書くスペースが小さければ、年賀状を書くのも楽だろうと思って、もともと入っているデザインを変更する。
印刷してみたら、自分で文字を書くスペースがない。
「ああ。もう。」
めんどくさいのでそのまますべて印刷してしまう。
宛名の字もバランス的にどう考えたってでかすぎると思うけれど、これもまためんどくさいので、そのまま印刷してしまう。
やたらと字ばかりがでかい年賀状ができあがる。
新年早々、あちこちで「しょうがねえな、あいつは」と苦笑している上司や友人の顔が目に浮かぶ。
「まあ、いっかあ。うさぎ年だし(意味不明)。」
そんなことを言ってくれるとは思わないけれど、そう言ってくれることを願うばかりだ。
そういえば、この前のうさぎ年のとき職場の女の子に、バニーガールのシルエットが浮かんだ年賀状を出した。
うさぎって言ったらバニーだろ。
正月に、彼女の家に、その年賀状が配達されて、彼女の家では全員でその年賀状を見たのだという。
その女の子の妹はその年賀状を見て激怒。
「こんな失礼な人と仕事をするの、やめたほうがいい!」
彼女の家では正月早々、家族でもめたのだそうだ。
あれからもう12年。
あの子と結婚していれば、子供ももう中学生かあ、なんて思う。
別に結婚なんて話は1ミリもなかったけれど、もうしそうだったら、そうだよなって思う。
23日の休日に、友達と諏訪大社に行った。
ひとくちに諏訪大社といっても実際には上社前宮、上社本宮、下社秋宮、下社春宮と4つもあり、実際にこの順序ですべてをまわった。

↑この写真はまあまあだな。階段の上で画面が真っ二つな点を除けば。ちなみにこれは前宮。
上社本宮以外は参拝者も少なくて、以前、戸隠神社をまわったときの参拝者と比べ、さびしい気がした。
上社と下社のあいだでは、上諏訪のうなぎの小林でひつまぶしを食べ、サンリツ服部美術館ではハーブティーを飲んだ。
小林のせいろで蒸したうなぎは肉厚でおいしかった。
僕は以前から、サンリツ服部美術館のティーラウンジから眺める諏訪湖が、一番きれいな諏訪湖のように思っている。風が強かったせいか、この日の諏訪湖は少し波立ち、色も濁っていたのが少し残念だった。
下社春宮では万治の石仏も見た。
もう何度も見ているが、見るたびにどこか新しくなっているような気がする。
松本パルコに寄り、その後、国営アルプスあづみの公園のライトアップも見に行った。
↑うーん。実物よりしょぼく写ってしまう。
以前も来たことがあるけれど、基本的には変わりがなかった。
すごいお金がかかっているんだろうなあ、と思うと同時に、国営の公園だからそれは俺たちの税金かあと思うと、深いものがある。
↑まさかの手ぶれ。妙に伸びる山下達郎の曲にあわせて点滅してたから(言い訳)。
ラーメンを食べたあと、雪の舞うなかを高山村の雷滝に行く。
もう真っ暗で、懐中電灯がないと2メートル先も見えない。
雷滝に行く階段には雪が積もっていた。1歩1歩慎重に下っていく。
雷滝の裏側に辿り着いた。
この滝は裏側から滝が見られるので、うらみの滝なんて呼ばれている。
でも、真っ暗で、懐中電灯に反射する水しぶきのほかは、ほとんど何も見えず、苦労した割にほとんど何もいいことがなかった。
週末は実家に帰ることにした。
24日、8時頃まで残業をして、それから高速道路に乗った。
姨捨のサービスエリアで温かいそばを食べながら、「ああ、今日はイブだっけ」と思った。
今日も仕事をいっぱい頼まれたけど、あれがプレゼントだったのかと思うとサンタに文句を言いたい気分にもなる。
25日の土曜日には、親戚の家で法事があり、葬儀にも参列した。
久しぶりに大勢の親戚に会った。
亡くなられたのは85歳の大叔母様で、8人の子供を育てたのだという。
喪主の挨拶が、看病等で苦労をしたことについては何も触れず、故人を悼む気持ちにあふれていて感動したし、こういう挨拶をしないといけないんだな、と思った。
日曜日、昼食の用意をしているときに、姉から電話があった。
「明日はあなたの誕生日でしょ。」
「ああそうだ。忘れてたよ。でも、ただの日常があるだけだよ。」
「そうでしょ。年取るとそうなるのよ。」
そういうものなんだと思う。
つまりは、そういう人生を自分で選択してきたのだと思った。