火曜日にジムに行き、初めてボディ・ヒーリングというスタジオ・プログラムに出てみた。
ジムに通い出して3ヶ月ほどになるが、スタジオ・プログラムは出たことがなかった。
見ているだけで、あの動きについていくのは無理だと思っていた。そしてたぶん、その通りで、周りの人に迷惑をかけてしまう予感があった。


ほぼ毎日、ジムに通っているという友達が「ボディ・ヒーリングなら動きがゆっくりだし、たぶん、ついていける」と声をかけてくれたので、出てみることにした。
ボディ・ヒーリングは、太極拳とヨガとティラピスの合体したものだという。
「ヨガをしたことはあるの?」友達がスタジオに入る前に聞いてきた。
「Wiiでね。少しだけ。」
「Wii…。」
友達は少しあきれたような顔をしていた。


ボディ・ヒーリングは、思っていたよりもかなりハードだった。
まわりのみんなはすごく動きがきれいだったけれど、僕は自分の動きに全く自信が持てなかった。
僕はインストラクターの動きをずっと見ていなくてはならなくて、「床に視点を」なんて言われても、ついつい不安になってインストラクターを見ていた。


インストラクターは鏡のように、僕たちとは反対の動きをする。
慣れている人は違和感がないのかもしれないが、僕には大ありだ。
インストラクターが「右手を広げて」と言いながら左手を動かす。
そしてそれで僕は混乱してしまう。


精神的にも肉体的にもぐったりと疲れた。
でも、終わってみて、やり遂げた感があった。


「意外と体、柔らかいんだね。」そう友達に言われた。
「まあね。9年間、剣道をしていたし。」
答えながら、剣道と体が柔らかいことと何か関係あるのかよ、と自分で突っ込みたくなったけど、特に友達は疑問に思わなかったようで「ふーん。」と言っていたので、それ以上は何も言わなかった。


まだまだ動きについていけないけれど、来週からまたボディ・ヒーリングのクラスには出てみようと思った。


週末は、電車に乗って名古屋に行った。
きれいな秘書さんと、昼はデパートやユニクロをブラブラと歩き、本屋に行った。
でも、ユニクロでヒートテックの下着を買ったほかは、ほとんど何も買わなかった。
夜は、昔一緒に勉強をしていた弁護士さんに会い、すごく美味しい料理をごちそうしてもらった。


その昔、司法試験の勉強をしていた頃、下北沢にあった彼のアパート近くのステーキハウスで、やたらと大きくて固いステーキを食べたことを思い出した。
今では、こんな美味しいものを食べられるようになって、彼は成功したんだなあ、と実感した。


最近、僕は思う。
自分の置かれた状況が悲惨だと嘆くのは、多くの場合、誰かがそのような状態になるように仕組んだのではなくて、自分がそうなるように選択を繰り返した結果なのだと。
彼は、僕よりもはるかに努力をしたから、今の生活を得たわけで、僕も自分を救いたかったら、それなりの努力をしないといけないんだな、と思った。


翌日もきれいな秘書さんと三越でランチをして、デパートをぶらぶらした後、また長野まで電車に乗って帰ってきた。
雪が積もっている寒々しい景色を電車の窓から眺めながら、僕はもっと「シンプルに、努力をしよう」と考えていた。


LOSTのシーズン3を見終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-LOST season3

最初は違和感があったけれど、途中からすごく面白くなってきて、次はどうなるんだと毎日寝る前1~3本ずつ見ていた。
このドラマは、見ている側が考えるところが多くあるので僕向きだ。
途中、引き延ばしにうんざりすることもあるけれど、いいドラマだよなあって、見終わると思う。
シーズン4も絶対に見ると思う。

正直、もうやめられない。


***おまけ***


名古屋のホテルに泊まったとき、壁にポスターが貼ってあって、そこにチョウの写真が載っていた。下にButterflyの文字が書いてある。


フライはわかる。羽虫は大体フライなんだと思う。
でも、なぜチョウがバターなのかわからない。花の蜜を吸っているだけで、バターは関係がない気がする。


家に帰ってから調べてみた。


黄色のチョウがバターの色に似ているって話しや、魔女がチョウに化けてミルクやバターを盗むっていう迷信から、バターフライになったのだそうだ。


ふーん。って思った。

先日、知り合いが就職試験を受け、そこで「内田クレペリン検査」をしたという。
「内田クレペリン検査」は足し算をして、その答えの一桁目を書いていく検査だ。

就職時の適性検査と言うことで、多くの企業や学校などが採用している。
僕も何度か受けたことがある。自分自身の就職試験の時ももちろん受けた。


昔の司法試験には心理学なんて選択科目もあって、その科目を受けた先輩がいた。
僕は自分が就職試験を受ける前に、この先輩と話しをして、「内田クレペリン検査」についての豆知識を聞いていた。


「どのくらいできたかはあまり重要じゃない。普通の人は、最初頑張って、だんだん能率が落ちてきて、最後にまた少し頑張る。休憩をしたら、前半より少しできているけど、やっぱりだんだんと能率が落ちてきて、最後に少し頑張る。だから、Wを横にしたような形が普通の人で、これが真っ直ぐだったりすると精神的に問題があると判断される。」
その程度の知識だったけれど、このわずかな知識を元に、試験の時には、きれいな曲線を描くことに全力を傾けていた。
就職できたのは、その先輩のおかげだったのかもしれない。


ところで先輩の言っていたことは本当だったのだろうか。
就職試験を受けた知り合いの人と、どういう曲線が理想なのかを話しているうちに、気になってネットで調べてみた。
この検査では「どのくらいできたか」ということも重要な指標らしい。
そうだったんだ、なんてこったって思ったけれど、大体は先輩の言ったとおりだった。


もっとも、そのネットの知識が正しいかどうかは、僕にもわからない。
検査する側がいろいろと秘密にしていることもあるらしいから。


家に帰ってから、自分も性格検査をしてみようと思った。
ネットでいくつかの性格診断をしてみた。


僕がやってみたなかで、当てはまっているなあと思ったのは16類型性格診断というもので、僕はINTPというタイプの性格だった。
この性格判断で僕がとても納得したのは、INTPタイプの人は「考えや構想や計画がどんなに最終的なものに見えても、土壇場になって「新しいデータ」が手に入ると変えてしまう」という分析で、僕自身、この性格が命取りになっているとずっと思っていた。


この性格に気づいたのは、麻雀をしているときで、僕は新しい牌は古い牌に勝るとどうも思いこんでいて、全く不要な牌でも、引いた牌がドラだったりするとついつい手を変えてしまう。それまで押さえていた危険牌を出して直撃を受けたり。


最近では麻雀もやめてしまったけれど「やっぱり麻雀に向かない性格なんだな。」と改めて思った。それから、何でもかんでも新しい知識が優れているという思いこみもなくしていかないと、と思った。


週末は実家に帰った。
土曜日は、一周忌の準備をしていた。そして、日曜日は本番で、朝から忙しかった。
昼前には姉も来て、お膳を作る手伝いをしてくれたので助かった。
10名前後の会だったが、お寺の和尚様も来るし、全員、僕よりも年配の方々が相手なのでかなり緊張を強いられた。
準備をしっかりしていたためなのか、皆が助けてくれたからなのか、それなりになんとか終えることができた。


こういった法事に対して、僕はいつも無事に終了することに全力を注いでしまい、母を偲ぶなどというところにまで心に余裕が持てない。
本末転倒のような気もするが、今の僕の能力では残念だがこれが限界で仕方がない。


木村泰嗣の「憲法がしゃべった。」(すばる社リンケージ)という子供向けの本を読み終わった。

My Kiasu Life in JAPAN-憲法がしゃべった。


正しい知識をわかりやすく書いていて、こういう本があるから今の子供たちはいいよなあ、と思った。僕がこのレベルで憲法の全体像を把握できたのは、大学生になったあとだった。


大人が読むには少しばかばかしい面もあるけれど、憲法をきちんと勉強したことがない人は、この本を読んでから、勉強をした方が理解も早いだろう。そして、こういう本をこの作者よりも前に出すことを考えればよかったと少し悔しい思いもした。


「サンクタム」という洞窟探検の映画を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-sanctum

ジェームス・キャメロンとでっかく書いてあるけれど、彼は監督をしていない。彼は製作のなかの1人だ。もとは3D映画だから、自宅の小さな画面で見ても迫力は伝わらない。それはわかったうえで見てみた。

My Kiasu Life in JAPAN-sanctum1

酸素ボンベを何本も抱えて洞窟探検に行く人の気持ちが僕にはよくわからない。山登りの方が爽快感があるような気がする。僕は暗闇よりも光が好きなんだと思う。
行かざるを得なければきっと行くとは思うけれど、自分から進んでは僕は絶対に洞窟探検には行かない。
興味はあるけれど「地震が来て洞窟が崩壊したらどうするんだ?」ってつい考えてしまう。


My Kiasu Life in JAPAN-sanctum2

映画を観ながら、洞窟探検というのは、僕が思っていた以上にリスクの高い探検だと思った。
山登りだと最悪の場合でも、低い山ならヘリコプターが救いに来てくれるが、洞窟ではそういった救助方法が全くない。

この映画は実話に基づいているそうだが、かなり悲惨な結末が待っている。
気分が暗くなること間違いなしの映画なので、よっぽど興味がある人以外には、僕はまったく勧めない。

週末は実家に帰って、一周忌の準備をした。
友達にバイトで掃除を頼んで、僕があちこちに電話をして計画を立てている間、ずっと掃除をしていてもらった。


業者に祭壇を組み立ててもらい、だんだんと部屋のなかも一周忌らしくなってきた。
ままごとのようなお椀などもセットをした。

それは仏様へのお膳ということで、ごま和え、煮物、ご飯、漬け物、味噌汁などを祭壇にまつることになっている。
でも、正直めんどくさい。ごま和えなんか僕は作ったこともない。

母の好きだった天ぷらうどんでも出前を頼んで、それですませたいというのが正直なところだ。


雨のなかお墓の掃除にも行き、雑多なものを片付けた。
お墓にも冷たい雨が降っていた。
もう枯れていた花など、いろいろと片付けると、お墓はだいぶきれいになった。


実家で一泊してくる予定だったけれど、あまりにも寒かったので、その日のうちにまた長野まで帰ってきた。
来週はいよいよ一周忌だけど、まだいろいろとやり残していることがあるような気がして、うまくできるのか不安ばかりが残っている。


西成活裕の「とんでもなく役に立つ数学」(朝日出版社)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-とんでもなく役に立つ数学

数学が実社会にどう役立つかについて説明をした本だが、この渋滞学を専攻の先生が訴えたい数学は「セルオートマトン」という普通の高校生が習わない数学で、「虚数とか複素数とか高校時代に習って、本当にムダだと思っていた数学がどう役に立つのか知りたい」なんて動機で本を買った僕はだまされたような気分になった。

書いてある内容も「役に立つ数学も少しはある」程度で、「とんでもなく役に立つ」は大げさだ。


ちなみにこの本によると自然渋滞は、混んできても各個人が車間距離40メートルを保つようにすれば解決するそうだけど、この距離は結局数学で導き出したものではなく、NEXCOのデータによるもので、数学は考え方を示しただけ、というのも予想はしていたけど、がっかりした。
同じコンセプトで書かれている本なら、数年前に読んだ畑村洋太郎の「直感でわかる数学」(岩波書店)の方が、優れている。


僕は中学生の頃は、現代教養文庫(今は廃刊)の自然科学系の書籍が好きで、A.サトクリフの「エピソード科学史(全4巻)」やアルカジイ・レオクムの「ポケットサイエンス(全5巻)」、それからペレリマンの「おもしろい物理学(全2巻)」などをよく読んでいた。
現代教養文庫のなかでも中村浩の「糞尿博士・世界漫遊記」は秀逸で、中学生の頃は本当に一時期、大きくなったら糞尿の研究をしようなんて思っていたほどだった。


My Kiasu Life in JAPAN-糞尿博士・世界漫遊記


ペレリマンには「遊びの数学」という本もあった。


My Kiasu Life in JAPAN-遊びの数学

この本で学んだ知識は、試験ではまったく用をなさなかったけれど、その考え方は未だに僕のなかに染みついている。


特に、縦・横・斜めをどれを足しても合計が同じになる「魔法陣の書き方」などでは、西洋の理屈っぽい回答の後で、インドの方法として、なんでそうなるのか、まったくわからないけれど簡単に「魔法陣」が書き上がる方法が載っていて、世の中には理屈ではなかなか説明できないけれど、正解にたどり着く道があるんだ、ということを体感した。


こういった昔の本の方が、僕には役に立つように思えてならない。
ただもうどれも持っていない本なので、実際には、今読んでどう思うのかはわからないけれど…。


「LOST」には完全にはまり、シーズン2(全24話)も全て見終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-LOST season2

17時間を超える時間をこのドラマを見ることに費やしたことになる。どこにそんな時間があったのか不思議だ。女の子と会ったり遊んだり、電話で話したりすることがないからかもしれない。「愛さえなければ、何でもできる」って事か…。


LOSTのドラマのなかでは「おまえはどう生きるのか?」ということをずっと問われているような気がする。いろんな人生があり、それぞれが重荷や後悔を背負っている。


そんなに手放しで面白いというドラマではないけれど、考えることが多くあって、僕には向いている。漂着した男女の恋愛関係も実にドライな描写でいい。

あまり甘い描写だと、今の俺にはつらいから。


シーズン3もきっと見るんだろうな、という気がしているし、見ないではいられない。


**おまけ**


魔法陣の書き方(インドの方法)


この方法を使うと、奇数の方陣(奇方陣)はすべて書ける。

とりあえず、7*7の奇方陣を書いてみよう。

まず縦に7行、横に7列の枠を書いたらスタートだ。

わかりやすくするため、横の7列にA、B、C、D、E、F、G、縦の7行に1、2、3、4、5、6、7とふって、位置がわかるようにして説明したい。


(1)まず、最上段の真ん中(D1)に1を書く。

(2)次に最下段の真ん中の右隣(E7)に2を書く。

(3)そこから右斜め上に数字を書いていく(F6=3、G5=4)。

(4)右端の枠にまで達したら、その続きを左端の枠から書いていく(A4=5、B3=6、C2=7)

(5)ここまで書くと、1にぶつかって右上に書けなくなる。そうしたら、一つ下の行から、また右上に書いていく(C3=8、D2=9、E1=10)。

(6)最上段にまで達したら、その続きを最下段の枠から書いていく(F7=11、G6=12)。

(7)右端の枠にまで達したら、その続きを左端の枠から書いていく(A5=13、B4=14)

(8)ここまで書くと、8にぶつかって右上に書けなくなる。そうしたら、一つ下の行から、また右上に書いていく(B5=15、C4=16、D3=17、E2=18、F1=19)

(9)最上段にまで達したら、その続きを最下段の枠から書いていく(G7=20)。

(10)右端の枠にまで達したら、その続きを左端の枠から書いていく(A6=21)。

(11)ここまで書くと、15にぶつかって右上に書けなくなる。そうしたら、一つ下の行から、また右上に書いていく(A7=22、B6=23、C5=24、D4=25、E3=26、F2=27、G1=28)。

(12)右上の角まで達したら、一つ下の行に数字を書く(G2=29)。

(13)右端の枠にまで達した場合と同様、その続きを左端の枠から書いていく(A1=30)。

(14)最上段にまで達した場合と同様に、その続きを最下段の枠から書いていく(B7=31、C6=32、D5=33、E4=34、F3=35)。

(15)ここまで書くと、29にぶつかって右上に書けなくなる。そうしたら、一つ下の行から、また右上に書いていく(F4=36、G3=37)。

(16)右端の枠にまで達したら、その続きを左端の枠から書いていく(A2=38、B1=39)。

(17)最上段にまで達したら、その続きを最下段の枠から書いていく(C7=40、D6=41、E5=42)。

(18)ここまで書くと、36にぶつかって右上に書けなくなる。そうしたら、一つ下の行から、また右上に書いていく(E6=43、F5=44、G4=45)。

(19)右端の枠にまで達したら、その続きを左端の枠から書いていく(A3=46、B2=47、C1=48)。

(20)最上段にまで達したら、その続きを最下段の枠から書いていく(D7=49)


これで、どの行を足しても、175、どの列を足しても175、対角線を足しても175になる魔法陣が完成する。


ここ数年、自宅では平日、シャワーを浴びるだけの生活が当たり前で、湯船にゆっくりとつかるなんてことをしたことがなかった。


最近、湯船につかったまま本を読むのが大好きになって、家に帰るとすぐにお湯をふろおけに溜めるようになった。
温かい風呂に入って、マンガ雑誌や週刊誌、雑多な本などを読む。


風呂から出ると、もう眠くなってしまう。
この1週間、平日4日のうち、2日も8時間寝た。
寝過ぎだと思う。


風呂に入って、寝るのが趣味だなんて、おまえの前世は枯れ木か?なんて、自分に文句を言いたくなったりする。
もう少し勉強すればいいのに、って本当に思う。


週末は実家に帰った。
そろそろ本格的に一周忌の準備を始めなければいけなかった。
でも、打ち合わせのために何件か電話をかけると、あまりの寒さにすべてのことが面倒に思えてきて、「あとは来週の俺が頑張れ」と思って、布団に潜り込んだ。
そして、ケーブルテレビでずっとプロレスを見ていた。


諏訪魔は強いなあ、と小学生のようなことを思いながら、全日本プロレスの試合をいくつも見ていた。
努力の結晶のような肉体同士のぶつかり合いを、努力から世界一遠い俺がぼんやりと見ていると思ったら、情けなさが増してきた。
でもこの日も8時間近く寝てしまった。


日曜日、朝から打ち合わせの電話を何本かかけた後、長野に帰ることにして実家を後にした。
長野に着いてから、とりあえずジムに行って50分くらいバイクをした。
忘年会やら通風やらで、ジムにももう1か月以上行っていなかった。


久しぶりに体を動かしたら、体も喜んでいるような感じだった。
バイクをしている間に、いろんなことを考えた。


もう残りの人生を考える年齢で、今さら野球選手になるのも楽器をマスターするのも難しいから、諦めるところはもう完全に諦めないといけない。ゴルフだって、そんなに好きじゃなかったらしなくていい。


でもやらなくてはならないことは、嫌がらずにちゃんとやろう。それから、楽しいと思えることも積極的にしよう。必要な勉強もきちんとやろう。健康にも気を配ろう。なんてことを考えていた。


まだ少しだけど、前向きな気持ちが生まれてきて、それで何というか、少し僕はほっとした気分になった。


沼田まほかるの「九月が永遠に続けば」(新潮文庫)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-九月が永遠に続けば

書店で平積みになっていて、「エロティックで怖い」なんてポップが書いてあったから、かなり期待していたんだけど最後までつまらなかった。ドキドキすることなど一瞬もなかった。でもまあ、この程度ではエロさも怖さも感じないというのは年のせいかもしれない


「アザーガイズ 俺たち踊るハイパー刑事」という映画をDVDで見た。


My Kiasu Life in JAPAN-other guys

全体としてテンポが今ひとつだったけれど、何度か爆笑した。パトカーがプリウスで、そのことを同僚からからかわれたりする。そういう時代だよなあ、と思った。


My Kiasu Life in JAPAN-other guys2


My Kiasu Life in JAPAN-other guys1


前半、ヒーロー役の刑事が殉職するシーンは、何度思い返しても笑える。
映画そのものは人に勧めないけれど、そのシーンだけはみんなに見せたい。


http://otherguys.jp/
↑そのシーンはないけれど、「予告編」で雰囲気だけはわかると思う。

社内報に新人紹介のコーナーがある。
新人が自己紹介などを載せるコーナーで、「最近読んだ本や映画」なんて欄もある。


いつまで経っても新人紹介のコーナーを書いてこない新人がいると担当者から相談を受けたので、すぐにその新人に電話をした。
「もう、とっくに締め切りは過ぎているんだぞ!」
「今すぐ書かないとダメですか?」ぼんやりとした声でそんなことを言うので「今すぐ、書いて持ってこい」と言って電話を切った。


急いで書いてきたのだろう。
手書きの原稿を持ってきたので「ありがとう」と言って受け取った。
すぐに帰ろうとしたので、「ちょっと待て」と言った。
「最近読んだ本や映画って、本当に「女性セブン」でいいのか?」
「ダメですか?」
「いや。いいけど…。」
いろんな人がいるなあ、と思った。それから、やれやれと思った。


最近、職場でコーラを飲むのをやめた。今まで毎日リットル単位で飲んでいたので、いつかコカ・コーラの会社が表彰してくれるんじゃないかと思っていたけれど、そんな気配は全くなかった。


僕が飲むのをやめると、職場にある自販機のコーラの売り上げが相当落ちると思うけれど、諦めてもらうしかない。最近は、お茶や水を飲んでいる。キリギリスになったような気分になるが、通風の痛みを思うと「これが僕の大好きな味」と思いこむしかない。


家に帰ってきてからも、痛風予防のため、あまり肉料理は作らず、野菜中心の料理をするようになった。そのせいなのか、最近、お腹に大量のガスが溜まるようになった。下腹が張って痛いくらいだ。炭酸飲料をやめたら、体にガスが溜まるようになるなんて、なんだか不思議だ。


それから、最近はやたらと眠たくて仕方がない。少し、鬱気味になっているのかもしれない、なんて思ったりする。そんな原因は確かにいろいろと思い当たる。


そんなわけで、今週末は、ほとんど寝て過ごした。寝ながら、そろそろ母の一周忌なのだから準備をしなくては、とは思うけれど、なかなかやる気が出ない。


寝たまま、海外ドラマの「LOST」をシーズン1から見た。


My Kiasu Life in JAPAN-LOSTseason1

ちゃんと考えながら見ないと、よくわからないドラマで、最初はなかなか気分が乗らなかった。
でも「あれだけ評判のいいドラマなのだから」とダラダラと6話あたりまで見たところで、ようやくLOSTの波に乗れたような気がした。


週末だけで19話まで見た。逆算すると、どれだけ自分が暇だったかと思う。


上司から借りていて、なかなか読みすすめられなかった鈴木隆雄の「骨から見た日本人」(講談社学術文庫)もようやく読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-骨から見た日本人

後半の結核や梅毒の話しになってから、若干面白くなって読みすすめることができた。
吉原という遊郭も、こんなに梅毒に感染している人が多ければ、なかなか楽しめないなあ、なんて思った。
僕が想像している江戸よりも、実際の生活はかなり貧しく、そして伝染病も蔓延していて、実際の江戸は厳しい環境だったんだなあ、と思った。


土曜日の昼には、全身マッサージをしてもらいに比較的家の近くにあるマッサージ店に行ったが、そこの中国人のおばさんが微妙に怪しくて、やたらと「お兄さん、真ん中のマッサージはいらない?」と聞いてくる。
真ん中っていうのが、あそこのことだとすぐに思いついて「いらない」ってずっと言っていたんだけど、微妙に触ってくる。約束していた60分が終わる頃には、体は確かに楽になったけれど、精神的には、かなり疲れた。


日曜日の昼には髪の毛も切りに行った。改めて床屋の明るいライトの下で見ると、随分と勢いよくハゲ散らかしていて「これだけ勢いよく抜けてれば、抜け毛の心配をしなくなる日も近いな。全部抜けちゃうから。」なんてかなり自虐的なことを思って、おかしくなって暗く笑った。


家に帰って食事をしたら、また異様に眠くなって、数時間の昼寝をしながら「間違いなく俺は鬱になってるな」と思った。それから「思い当たることもいっぱいある」って思った。


ちょっとだけテレビで見た、雪の降り積もった戸隠の奥社に行く杉並木が美しく、「俺に彼女がいたら連れて行ってあげるのになあ」なんて思い、そして前の彼女も連れて行ってあげればよかったなんて、どうしようもないことを思ったりした。
それから、やれやれと思った。

12月27日に誕生日を迎えた。僕は帝王切開で生まれた。なんでも翌日は医者が忘年会があるということで、本当ならもう少し先でも良かったのに27日に生むことになったのだそうだ。昔、その時の医者に聞いたら僕が生まれたときを撮影した8ミリのフィルムもあるのだという。当時は出産は産科の医師に限らなかった。普通の町のお医者さんだった。古き良き時代ということになるのだろう。


彼女とまだ付き合っていたとき、10月頃だったか、見合いの話が2件ばかり来たことがあった。どちらも断ってしまった。「誕生日くらいまでは一緒にいたい」って言ったのは彼女の方なのに、などといろいろと思い出して「なんだかひどい話だな」と思った。
こんな寂しい誕生日を迎えるとは思わなかった。


誕生日は、FACEBOOKに登録しているせいが、外国の友達からお祝いのメールがたくさん届いた。何通も英語で返事を書いた。寂しい誕生日もいろいろと忙しいもんだなあと思った。


2011年は、母と姪と叔父を失い、とてもつらい年だった。多くのものを失って、得たものは少なかった。
そんなに優れた映画も見なかったし、本も読まなかった。
旅行でシンガポールに行ったぐらいだけど、でも振り返る気はあまりない。


28日には、職場の同僚と飲みに行った。代行がつかまらなかったし、他にもいろんなことがあって、つい飲み過ぎてしまった。29日は二日酔いでずっと苦しんでいた。もうしばらく酒は飲まないようにしようと思った。


実家には30日に帰った。実家は寒かった。不在の間に届いた荷物を受け取ったり、いろんな人に礼状を出さなければならず、それなりに忙しかった。


でも基本的には寝ながら、ずっとヒストリーチャンネルやディスカバリーチャンネルばかり見ていた。
特に印象深かった話は次の2つだった。


1 有袋類と有胎盤類では、小さなうちから乳首を吸って成長する有袋類の方が、へその緒からふんだんに栄養が供給される有胎盤類よりも脳が大きくなるチャンスが減る。それで進化の途上で争う場面になると、有袋類は有胎盤類に負けてしまう。


2 マリアナ海溝では、古く重いプレートがマントルに落ち込んでいる。そうするとプレートが消滅して足りなくなってしまうので、地球の反対側の大西洋中央海嶺で、地下からマグマが吹き出し、あらたなプレートを作っている。そうして、ぐるぐると地球上のプレートはベルトコンベアーのように消滅と再生を繰り返している。


31日もほとんど寝ながらテレビを見て過ごした。
今年も殻付きの生牡蠣がいくつも届いていたが、とても殻を剥くような気力がなく、すべて姉に渡してしまった。

姉は体調が悪いらしく、疲れた顔をしていた。
「牡蛎、少しくらい食べればいいのに。」
「いいよ。いらない。」
家に戻ると僕はダラダラと過ごし、ほとんど掃除もしないまま、新年を迎えた。


2012年を迎えても、取り立てていうことはない。
こんな寂しい正月もないもんだと思ったけれど、だからといって誰かと酒を酌み交わすなんて気にもなれない。
近所の人を見かけたときに挨拶したほかは、ほとんど人とも話さず、どこにも行かなかった。


寝転がって前の彼女が貸してくれたキャムロン・ライトの「エミリーへの手紙」(NHK出版)を読んだ。
一人の老人が亡くなり、彼が孫娘に残した手作りの本が、残された家族を救うという話だ。
多くのいいことが書いてある。
ただ今の僕にはつらさが増す本だった。俺にはもう何をやってもハッピーエンドはないわけだし。
「そしてどうするんだよ、この本。」と思った。もう返しようもない。


ニュージーランドにいるフィンクルが、メールで、痛風や二日酔いにはジュニパーのオイルが効くのだと教えてくれた。抗酸化作用があって、元気も出てくるらしい。今度アロマショップに行ったら、買ってこようと思った。

水曜日と木曜日の夜は2日続けて忘年会だった。


水曜日の夜は、代行のタクシーがなかなかつかまらず、駐車場で30分くらい待った。
よっぽど他の店に行って飲もうかと思ったけれど、めんどくさくなって車のなかで音楽を聴いていた。


翌朝は飲んだ翌日だとは思えないほど、体が楽だった。
1次会で帰ればこんなに二日酔いで苦しまずに済むのかと、今更ながら大発見のように思った。


もっとも後から冷静になって考えれば、随分と食べたし、ビールもワインも呆れるくらい飲んでいた。
1人だけなのに「よっぽど他の店に行って飲もうか」と思うあたりがもう完全に酔っぱらっている。


木曜日の夜も忘年会で、この日もかなり飲んだ。ビールをメインにして、途中から焼酎も飲んでいた。
料理がうまくて、すごく食べた。
もう随分といろんな目に遭っているので、酔ったときの自分の行動については、自覚がある。
僕は酔うと、まず陽気になって、食べる量に歯止めが効かなくなる。次に金銭感覚がなくなり、代行で帰れるギリギリの金額まで飲む。そしてそれ以上飲んだときには道徳心を失う。


1次会からバクバク食っていたから、その程度には酔っていたのだと思う。上司に誘われて、5人の同僚と一緒に2次会へ。
そしてそのあと、また1人でフラフラと飲みに行きそうになり、車を駐めた駐車場の前を通りかかったら、そこに代行のタクシーが止まっていたので、そのまま家に帰った。


「こんな忘年会のピークの日に代行がつかまるなんて」驚いて、そう代行の運転手に話すと「明日、休日ですから。飲む人はこれからまだ飲みますよ」ということだった。「代行のピークはもっと後の時間です。」
今まで代行がつかまらなかった理由がわかったような気がした。


家に着いてから、焼きそばと焼きうどんを作って食べた。
この異常な食欲から、その程度には酔っているんだと自覚していた。


それでも翌日の金曜日は楽だった。
2次会で帰れば、こんなに二日酔いで苦しまずに済むのかと、今更ながら大発見のように思った。


金曜日の午後には、ゆっくりと本を読みながら風呂に入った。
西村賢太の「小銭をかぞえる」(新潮文庫)という本だった。


My Kiasu Life in JAPAN-小銭をかぞえる

こんな本格的に徹底したダメ男にも尽くしてくれる女がいるのになあ、と読みながら溜息が出た。こいつよりは俺はましだと思いながらも、現実にはこいつよりも俺の状況は劣っているなあ、と思ったら心底情けなくなってきた。


それで特に用事はなかったけれど、実家に帰ることにした。
考えてみたら、明日はクリスマスイブだった。
クリスマスイブは3連休だからと計画を立てていた自分がバカみたいだった。
本を読み終わって、ゴミ箱に投げ捨てながら「バカみたい」の「みたい」は余計だな、と思ったりした。


2時間ほどかけて帰った実家は寒かった。湯たんぽと電気敷布で布団を温めて寝た。
寒さのせいか何もする気が湧かなかった。
ゴミが出るからと料理もせず、腹を空かせたまま、ヒストリーチャンネルを見ながら寝た。


翌朝の土曜日は、いろんな人が集金に来たり、不在の間の郵便物を受け取ったり、なかなか忙しかった。
それでも3時頃には再び実家を出て、2時間ほど運転をして、宿舎に戻ってきた。


実家からの帰り道、運転しながら「足が痛いなあ」と思っていた。
ときどき、アクセルから足を離す。
寝ながら湯たんぽをぶつけたのだろうか?なんて心配をしていた。
でも大したことはないような気がしていた。


長野についてから、風呂にまたゆっくりと入った。
それから日本酒を少しだけ飲んで、もうこんなつまらないクリスマス・イブはさっさと寝てしまおうと思って、ベッドに入った。


少し寝たあと、激痛で目が覚めた。
「くそう、やられた。」と思った。
この痛みは知っている。通風の発作だ。
右足の足の裏全体が痛い。
前回の発作は8年くらい前だっただろうか?そのときは、寝たままかかとを骨折したんじゃないかと思った。
今回は経験があるので、対処ができる。でも、痛い。
泣くほど、眠れなくなるほどに痛い。


尿酸値が高めなのは知っていたけれど、そんなに指摘もされなくなって、薬も全く飲んでいなかった。
女の子に振られてから、髪の毛もえらく抜けたし、思ったよりも体にショックが来てるんだなあなんて思っていたけれど、まさか失恋がこんなに痛いものだとは。まじで泣くほど痛い。


「うう。痛いよう。」
痛みのあまり踊り出したくなるほどだが、現実には右足を地面につけることさえできない。


応急処置の基本はRICE処置だ。
R(REST(動かさない))、I(ICING(冷やす))、C(COMPRESSION(しっかりと縛る))、E(ELEVATION(心臓より高く上げる))。


右足を氷水のように冷たいシャワーで濡らす。痛いんだか冷たいんだかわからなくなってくる。
湿布を巻く。それから歯医者で歯が痛いときに飲めと言われて使わなかったロキソニンがあったのを思い出して、それを飲む。


なかなか眠れないので、テレビで映画を2本見た。
1つは「ロサンゼルス決戦」というSFアクションだった。


My Kiasu Life in JAPAN-battle LA

今度のアメリカが迎え撃つ敵は強い。敵の攻撃を受け、主人公の仲間の兵が負傷するたびに「俺も痛いけど頑張る」なんて思った。


My Kiasu Life in JAPAN-battle LA1

冒頭、敵の宇宙人たちは東京湾から攻撃を開始することになっているのだが、ロサンゼルスと違って、東京には武器らしい武器もないし、あっという間に占領されちゃったのか、と思った。


My Kiasu Life in JAPAN-battle LA2

開戦から勝利までのドラマを2時間でまとめる脚本家の力量には、単純にすごいよなって思ったし、痛風で足が痛いときに見るには共感ができていい映画だったけれど、そんなに映画として感心するような映画ではなかった。


もう1本見た映画は「セックスと嘘とビデオテープ」という映画で、この映画は見ようと思いながら何年もなかなか手が伸びなかった映画だった。
評判だけはすごくいい映画だったけれど、疲れそうなのでやめていたのだ。


My Kiasu Life in JAPAN-sex,lies,videotape

見て最初に思ったのは、俺はこういう脚本は絶対に書けない、ということだった。
問題を抱えている夫婦と、夫の不倫相手(妻の妹)。そしてそれを客観的な立場で見ている夫の旧友。
でも客観的に、人畜無害な顔をして、覚めた目で見ている夫の旧友も、自分自身では気づかない問題を抱えている。


My Kiasu Life in JAPAN-sex,lies,videotape1

この映画を見ながら、テレビでコメンテーターとして偉そうに話している人たちのことを思った。「嘘をついている」のは、誰なのか。問題を抱えているのはいつも他人で、人を批判している自分には問題がないのか。そんな問題意識を、この映画から僕は感じた。
問題を撮る側も問題を抱えているのではないかという視点が、そして、それを本人は自覚していないという視点が、僕には新鮮だった。


My Kiasu Life in JAPAN-sex,lies,videotape2

でもこの映画は人には薦めない。僕が今まで思っていたとおり、疲れる映画だからだ。


足の痛みは、日曜日の朝、起きたら軽くなっていた。もちろん、足を地面につければ痛いが、寝たままなのに痛い、なんてことはなくなっていた。


どうしても郵便局に行かなくてはならず、そのときは痛みを無視して車を運転して行った。でも、戻ってきたときには、足が再び痛くなっていて靴が脱げず、しばらく玄関口でうなっていた。やはり何があっても応急処置中に患部を動かしてはいけないのだった。


ぐったりとした気分でテレビを見て、それから痛み止めを飲んで寝た。
窓の外は雪が降り始めていた。多くの人には素敵なホワイトクリスマスだ。
明日は朝から職場では雪かきになるのに、俺は歩けない。
困ったなあと降り積もる雪を見ながら思った。

ふと思ったのだけど、英語には曜日という単語がない。
英語で、曜日って欄を作ろうと思ったら、なくて、「そう言えばそうだなあ」なんて思った。


まあ、そんな話しはどうでもいい話だ。


1年近く付き合っていた女の子と別れることになった。
僕とは結婚できないから別れるのだそうだ。
僕はいいけど、彼女が僕じゃだめらしい。
彼女が結婚できそうな人に「付き合って」って言われて、別れることを決めたみたい。
よく泣く女の子で、別れるときも電話の向こうで泣いていた。


「幸せになれよ。」
なんて電話で言って別れた。
俺と別れて、それで幸せになればそれでいいや、なんてそのときは思った。


翌朝起きて、昨日のことは現実だったんだっけ?と思った。
本当だ。現実だったんだ。もう今日から電話もできないのか、と思った。
俺、耐えられるのかな?


朝、ベッドの上で、ぼんやりと考えていたのがビートルズのイエスタデイの歌詞だった。
ビートルズなんて10年以上、聞いていない。
イエスタデイの歌詞は、こんな風に始まる。


「昨日、全てのやっかいごとはすごく遠くにあるようだった。今はここにある。昨日のことを、僕は思っている。」


確かにそんな歌詞だった。そして別れた直後よりも、これから、だんだんといろいろときつくなってくるんだろうな、と思った。
それからなぜか、天井を見つめながら、2本の釘にひもの両端を結んで、丸く描いたら楕円が描けるんじゃないだろうか?と思いついた。
あとから全部その通りだとわかった。


週末は一緒にいることが多かったので、週末のプランを考えるときに、未だに彼女のことを考えてしまう。それから、もう彼女はいないんだっけ、とがっかりする。


本当においしそうに食事をする子だったので、料理を作ってあげるのは楽しかった。
でももう、スーパーで食材を買うときも、あの嬉しそうな顔をして食べてくれる彼女はいないのかと思うと、食事なんてどうでもいいような気になる。
そして実際、1人でどれだけ頑張って料理をしたところで、もう意味なんかない。


当たり前だった生活がなくなって、本当に寂しくなってしまった。
昔は1人の生活が好きで、飲み歩いていたけれど、もう飲み歩くのもそんなに魅力を感じない。
そしてまた、女の子なら誰でもいいってわけでもない。
また一人の生活に慣れるまでしばらく時間がかかるなあ、と思う。


そんなわけで最近は、夜、時間がたっぷりある。
勉強すればいいのだろうけれど、時間ができたからその分勉強をしっかりなんてほど融通が利く俺でもない。
ジムにもなかなか行かなくなってしまった。
テレビはつまらないうえにクリスマス一色で、うるさい。


評判のいいマンガを何冊か買って読んでいる。
よかったのは、諫山創の「進撃の巨人」(講談社)。4巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-進撃の巨人1

My Kiasu Life in JAPAN-進撃の巨人2

My Kiasu Life in JAPAN-進撃の巨人3

My Kiasu Life in JAPAN-進撃の巨人4

人を食う体長数十メートルの「巨人」と人類との戦いを描いている。
設定がなかなか細かくできていて、こういう筋の通し方というのが、僕はかなり好きだ。


僕にとって「進撃の巨人」よりもさらに面白かったのは荒川弘の「銀の匙」(小学館)というマンガで、2巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-silverspoon 1

My Kiasu Life in JAPAN-silver spoon2

このマンガは、都会育ちの主人公が進学コースを諦めて、北海道の農業高校に入学するというマンガなのだが、かなり「いい」マンガだ。
このマンガを読むと「俺は高校時代に何をやっていたんだろう?」と本当に情けなくなってくる。


北海道の農業高校の生活は、ムダに悩む暇がない。
俺が特に優れていると思ったのは、このマンガの作者は女性なのに、きちんと思春期の男の気持ちが描ききれていることだ。
ほとんどの少女マンガの欠点は、有能な男が描けていないことだが、このマンガはその点も本当によく理解ができていると思う。


その他、水沢悦子の「花のズボラ飯」(秋田書店)、吉本浩二の「ブラックジャック創作秘話」(秋田書店)なども評判がよかったので読んでみたが、どちらもそれほど引き込まれなかった。


「花のズボラ飯」の主人公「花」ちゃんはかわいい主婦なのだが、どこか無性に腹が立ってくる。あまりに生活がすさんでいるからだろうか?「花はズボラ主婦」っていうのが、正しいタイトルなのだと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-花のズボラ飯

料理のマンガのように見えるけれど、肝心の料理はかなりだめだ。宅配ピザがおいしい、なんていう回を見ると、あまり作者も料理を好きじゃないんだろうなあ、と思う。


「ブラックジャック創作秘話」は、手塚治虫の人となりを知りたいと思う人にはいいのだろうが、僕にはそのニーズが全く欠けていたので、あまりピンとこなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-blackjack

ただ、「銀の匙」で北海道で働く農業者の話を読んだり、「ブラックジャック創作秘話」での手塚治虫の集中力などを読んだりすると、俺は本当に甘いよな、と反省をさせられる。


反省しただけで、ではそれをどう生かすのかは、なかなか難しい。
そのあたりは、残念ながら「花のズボラ飯」の方に親和性が高そうだ。

金曜日の夜、職場で忘年会があった。170人も参加するすごい規模の忘年会だった。
以前はそこで出される芸はびっくりするほど下品だったそうだが、最近は洗練されてきたのか、それなりに立派な芸であるものが多い。
今年のオープニングはスティーブ・ジョブズの物真似からスタートで、そのセンスの良さに驚いた。


そこで飲んだあと、2次会に後輩を1人連れて飲みに行った。
やたらと濃い焼酎を「強いですねえ」なんて言われながら飲んでいた記憶がある。
1時過ぎまで飲んで帰ってきた。


当然のことながら、翌日は二日酔いで、朝から頭も重く気分も悪かった。
ベッドから動く気力もなく、ベッドに寝たままダメージのセカンド・シーズンをほぼ一気に見た。
10時間以上テレビを見ていたと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-damages2

このドラマは、最終回のシーンが随分と前の回から挿入されている。
フラッシュバックドラマというのだそうだが、もどかしさが募る。
最終回の衝撃的なラストにたどり着くまで、視聴者を飽きさせない工夫だというのはわかるけれど、途中からはさすがに飽きてしまい、もうさっさと終わらせてくれよ、と泣きたくなるような思いで見ていた。


My Kiasu Life in JAPAN-damages2-1

ただ、ここのところ「ダメージ」を見続けて、僕の中でいい影響もあった。
ダメージの映画の中で、高圧的なボス、パティは、こんなことを新人の弁護士に叩き込む。
価値のあることは最後まで言い切る。問題が起きてもなんとかして切り抜ける。価値がないと判断したものは口にしない。感情的になるのは恥だ。


金曜日にはちょっとした偉い人向けのプレゼンをする必要があって、そのときに僕はかなり気分的に余裕があった。話しながら、俺は「ダメージ」から相当影響を受けているなあ、と思ったことが多々あった。


土曜日の夕方から二日酔いが回復をしだすと、今度は食欲が止まらず、家にある炭水化物を食べ尽くすような勢いで食事をした。
土曜日は朝からよく晴れた一日だったのに、ほとんど家の外に出ることもなかった。


きっと今日のこの一日をかけがえなないものにした人も世の中には多いだろうに、と僕は思う。もう1人、僕がいたら、彼はもっと上手に1日を使ったかもしれないのに。
僕はいつもそんな風に思う。
現実の僕は結局ムダに過ごしてしまった。


日曜日も清々しい朝だった。
でも朝食を作って洗濯をしたら眠たくなってしまい、風呂に入って、昼寝して、結局だらしのない一日を過ごしてしまった。
夕方には、ある人と会う約束をしていたのに、それすら忘れてすっぽかしてしまった。
何をやっているんだよ。俺は。
自己嫌悪で煮詰まってしまいそうだった。


夜になって「本当に野球のシナリオ作ろうかなあ?」なんて思ったんだけど、たった90分でどうしたら練習、初戦から決勝戦までの描写ができるのか見当も付かない。
それで、参考までにと思って実写版「キャプテン」という映画を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-キャプテン

俺、最近の子役がなんで「天才」って呼ばれるか本当によくわかった。
実写版「キャプテン」の子役は棒読みで、文化祭の劇を見ているみたいだった。
もうちょっと演技がなんとかならなかったのかよ、と残念な気持ちで最後まで見た。
でもまあ子供向けの映画なんだから、子供には、この程度の演技で十分といわれればその通り。


そして、肝心の流れなんだけど、そちらは入部から地区予選決勝まで、テンポよく進んでいて、違和感もなく、「こんな風にちゃんとまとまるもんなんだ」と感心した。

火曜日に代休を取った。年末に向けて代休を取れる日が、考えてみたらもうあまりなかったからだ。


貴重な平日の休みだったので、まず運転免許証の更新をした。
朝8時30分から受付というので、8時25分頃に行ったら、もう人がいっぱいいて、受付の説明も始まっていた。
不必要に長い説明のあと、2列に並ばされて受付に向かう。火曜日の午前中という時間帯のせいか、年配の方が多い。随分と混み合っていた。


今まで理由があって青い色の免許証だったが、今度から金色の免許証になる。
講習会場に行くときに「優良ドライバーの方」と呼ばれる。講習の時間が短くて済むという特権があるらしい。
「交通事故を起こさない運転の仕方」といったDVDを見て、それから、新しく改正した交通法規のお話を聞く。それから、教則の本なども3冊くれる。


教則の本の表紙の絵は「ちびまる子ちゃん」だが、工夫はそこだけで内容は徹底的につまらない。無理矢理買わせるだけだから、売る側はべつに誰も読まなくてもかまわない。この辺りの世の中の仕組みというのは、少し深く考えると大変に腹立たしい。


免許証取得の手続きが終わったのは9時30分頃で、その頃は受付もガラガラだった。写真を撮る係の人も手持ちぶさたのようだった。


確か、受付は9時30分まで大丈夫だったはず。
ゆっくりと9時過ぎにくれば、くだらない説明も聞くことなく、受付に並ぶこともなく免許の更新ができたのか、と少し後悔をした。


家に戻って、コンテスト用に書き上げたシナリオをもう一度読み返して印刷をした。
内容はともかくとして形式的なミスをなくそうと思った。
全部チェックして、郵便局に書留で出した。
「この脚本が、俺の人生を劇的に変えてくれたりしないかなあ。」なんて期待を込めて。


そして、家に帰ってもう一度読み返していたら、「OMG!!」1ページ目の1番最初の台詞が形式的なミスをしたままだった。
心の底からがっかりした。


それから、電気店に行って冷蔵庫を買ってきた。
今まで、45リットルしか入らない冷蔵庫を使っていた。でも、あまりに容量が小さく、またフリーザーもなかったのでとっても不便だったのだ。


100リットルくらいの冷蔵庫を買いたいと思っていた。いろいろとあったけれど、機能の割に安い冷蔵庫があったので、それを買うことにした。ドアに傷が付いているから安いのだそうだ。僕は全然気にならない。


でも、今までの小さな冷蔵庫を廃品として出そうと思ったら、国内の弱小メーカーの製品ということでリサイクル料が6000円近くかかった。


土曜日にその冷蔵庫が届いた。今までの倍以上の大きさなので、いろいろとすごく入る。
ビールも6缶、いっぺんに冷やすことができる。
便利だと思ったけれど、土日で入れたビールをいっぺんに飲んでしまい、その辺りは今後の課題となるところだ。


土日は、これ以上ないほどダラダラと過ごした。
海外ドラマ「ダメージ」のシーズン1を全て見終わり、それから「息もできない」という韓国映画を見た。


「ダメージ」は、途中から先が読めてしまい、シーズン2にどうやって繋げるのかというところを中心に技術的な視点で見ていた。
もうそんなに感心もしなくなってきた。


「息もできない」は久しぶりに、僕にとっていい映画だった。


My Kiasu Life in JAPAN-breathless

主人公は、がさつで口汚く、人を平気で殴るチンピラ。
借金の取り立てをしている。
人にどう優しさを向けたらいいのか、まともな生活の送り方も知らない。


My Kiasu Life in JAPAN-breathless1

彼を恐れない不良少女と出会ったことで、彼のなかで何かが変わる。
不良少女も絶望的な環境で生活をしていて、彼女自身も救いを求めている。
口汚く殴ってくる男、そして殴り返す少女。
そのなかに伝わる深い理解と、互いに対する言葉にできない思いやり。


My Kiasu Life in JAPAN-breathless2

優れた韓国映画を見るたびに、僕は昔は俺たちも持っていたムダな熱さを感じる。
賢くなった日本では、この映画に出てくるような主人公が生きていく隙間がない。


でも、こういう生きることに不器用な人が社会の中で足掻いている姿に、僕はすごく胸を打たれる。それが本当の怒りや悲しみだからだ。
日本人は、もうリアルに怒ったり悲しんだりしない。どんなに自分が悲しくても「てへぺろ」なんかですましてしまう。もう自分の感情すら表に出すことが恥ずかしいという世の中になってしまった。


この映画を人にすすめて、いい映画だといってもらえる自信はない。でも間違いなく優れているし、もう今更戻れないけれど、昔の日本はこうだったんだよなあ、とどこか韓国がうらやましい気分になる。