ふと思ったのだけど、英語には曜日という単語がない。
英語で、曜日って欄を作ろうと思ったら、なくて、「そう言えばそうだなあ」なんて思った。
まあ、そんな話しはどうでもいい話だ。
1年近く付き合っていた女の子と別れることになった。
僕とは結婚できないから別れるのだそうだ。
僕はいいけど、彼女が僕じゃだめらしい。
彼女が結婚できそうな人に「付き合って」って言われて、別れることを決めたみたい。
よく泣く女の子で、別れるときも電話の向こうで泣いていた。
「幸せになれよ。」
なんて電話で言って別れた。
俺と別れて、それで幸せになればそれでいいや、なんてそのときは思った。
翌朝起きて、昨日のことは現実だったんだっけ?と思った。
本当だ。現実だったんだ。もう今日から電話もできないのか、と思った。
俺、耐えられるのかな?
朝、ベッドの上で、ぼんやりと考えていたのがビートルズのイエスタデイの歌詞だった。
ビートルズなんて10年以上、聞いていない。
イエスタデイの歌詞は、こんな風に始まる。
「昨日、全てのやっかいごとはすごく遠くにあるようだった。今はここにある。昨日のことを、僕は思っている。」
確かにそんな歌詞だった。そして別れた直後よりも、これから、だんだんといろいろときつくなってくるんだろうな、と思った。
それからなぜか、天井を見つめながら、2本の釘にひもの両端を結んで、丸く描いたら楕円が描けるんじゃないだろうか?と思いついた。
あとから全部その通りだとわかった。
週末は一緒にいることが多かったので、週末のプランを考えるときに、未だに彼女のことを考えてしまう。それから、もう彼女はいないんだっけ、とがっかりする。
本当においしそうに食事をする子だったので、料理を作ってあげるのは楽しかった。
でももう、スーパーで食材を買うときも、あの嬉しそうな顔をして食べてくれる彼女はいないのかと思うと、食事なんてどうでもいいような気になる。
そして実際、1人でどれだけ頑張って料理をしたところで、もう意味なんかない。
当たり前だった生活がなくなって、本当に寂しくなってしまった。
昔は1人の生活が好きで、飲み歩いていたけれど、もう飲み歩くのもそんなに魅力を感じない。
そしてまた、女の子なら誰でもいいってわけでもない。
また一人の生活に慣れるまでしばらく時間がかかるなあ、と思う。
そんなわけで最近は、夜、時間がたっぷりある。
勉強すればいいのだろうけれど、時間ができたからその分勉強をしっかりなんてほど融通が利く俺でもない。
ジムにもなかなか行かなくなってしまった。
テレビはつまらないうえにクリスマス一色で、うるさい。
評判のいいマンガを何冊か買って読んでいる。
よかったのは、諫山創の「進撃の巨人」(講談社)。4巻まで読んだ。
人を食う体長数十メートルの「巨人」と人類との戦いを描いている。
設定がなかなか細かくできていて、こういう筋の通し方というのが、僕はかなり好きだ。
僕にとって「進撃の巨人」よりもさらに面白かったのは荒川弘の「銀の匙」(小学館)というマンガで、2巻まで読んだ。
このマンガは、都会育ちの主人公が進学コースを諦めて、北海道の農業高校に入学するというマンガなのだが、かなり「いい」マンガだ。
このマンガを読むと「俺は高校時代に何をやっていたんだろう?」と本当に情けなくなってくる。
北海道の農業高校の生活は、ムダに悩む暇がない。
俺が特に優れていると思ったのは、このマンガの作者は女性なのに、きちんと思春期の男の気持ちが描ききれていることだ。
ほとんどの少女マンガの欠点は、有能な男が描けていないことだが、このマンガはその点も本当によく理解ができていると思う。
その他、水沢悦子の「花のズボラ飯」(秋田書店)、吉本浩二の「ブラックジャック創作秘話」(秋田書店)なども評判がよかったので読んでみたが、どちらもそれほど引き込まれなかった。
「花のズボラ飯」の主人公「花」ちゃんはかわいい主婦なのだが、どこか無性に腹が立ってくる。あまりに生活がすさんでいるからだろうか?「花はズボラ主婦」っていうのが、正しいタイトルなのだと思う。
料理のマンガのように見えるけれど、肝心の料理はかなりだめだ。宅配ピザがおいしい、なんていう回を見ると、あまり作者も料理を好きじゃないんだろうなあ、と思う。
「ブラックジャック創作秘話」は、手塚治虫の人となりを知りたいと思う人にはいいのだろうが、僕にはそのニーズが全く欠けていたので、あまりピンとこなかった。
ただ、「銀の匙」で北海道で働く農業者の話を読んだり、「ブラックジャック創作秘話」での手塚治虫の集中力などを読んだりすると、俺は本当に甘いよな、と反省をさせられる。
反省しただけで、ではそれをどう生かすのかは、なかなか難しい。
そのあたりは、残念ながら「花のズボラ飯」の方に親和性が高そうだ。