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道普請人HP, http://coreroad.org/

これまでルソン島北部の州立大学を協力機関に土のう工法の普及、農村インフラ整備活動を行ってきた。今回は国際協力財団の助成を受けて、日本のNPO特定非営利活動法人ジーエルエム・インスティチュートとフィリピンのNGOPhilippine Rural Reconstruction Method)と連携して農村に直接入り渡河部の通行性向上について検討した。ルソン島中部の山間部のヌエバ・ビツカヤ州で活動した。


三度の食事に必ずお米を食べる、というぐらいの主食ぶりで、田んぼが広がっている。河川の水は恵みである一方、雨季には洪水になり渡れなくなり村が孤立する、という問題を抱えている。

 


プロジェクト対象地域近くの様子

 


川向こうの田んぼからお米を道路沿いまで水牛(カラバオ)で運ぶ



川向こうの田んぼからお米を道路沿いまで水牛(カラバオ)で運ぶ



川向こうの田んぼからお米を道路沿いまで水牛(カラバオ)で運ぶ



ここからジムニーに積み町へ運ぶ



町に至るまで、川が何度か道を横切る。川のおかげで水を利用しお米ができる。乾季で水位が低いとよいが、雨季の増水時には渡れず孤立してしまう。



人は橋をかけてきた。




橋は橋でも、沈下橋。





町の外れ、農村部の近くではコンクリート舗装工事が進んでいる。国や州発注工事では大型機械も投入される。



今回の事業対象地域。町の中心から約10 km。州政府が渡河部の両側の道路をコンクリート舗装した。中抜け状態の渡河部には橋建設が計画されたが、長年この状態のままという。

 

洪水時の水位より高い位置に桁を設置する橋が最も有効だが、橋台、橋脚の設計施工を考えると大掛かりになる。住民参加だけでは困難だ。



左からアシスタントの大学院生、村長、市より同行したエンジニア

村人はもちろん永久的な桁橋を期待しているが、今年度の自分達の事業で対応できることとして、まずは一歩アクセスを改善しようと、沈下橋の構造を提案した。

 

市のエンジニアも本気だ。市として、自分達の仕事としてコミュニティによいインフラを提供したいが、予算が厳しい。NGOが支援に来てくれることに感謝しているという。

 

測量道具、補助員、4輪駆動車を今回の調査に、投入してくれた。設計案を話合い、施工方法を検討した。市の機械を投入しようとエンジニアが言ってくる。

 

コミュニティ、市ともに自分達でなんとかしていきたいとの思いを持っている。限られた予算にもどかしい思いをしていることが伝わってくる。NGOとしてとても働きがいのある事業になりそうだ。

マリアノ・マルコス州立大学の先生の提案で、郊外の農村部の様子を視察し今後どのように土のう工法を普及していくか、どんな構造物に適用できるか、検討した。

一つのアイデアは、田畑の一角に土のうで基礎を作りコンクリートを打って平場をつくり、お米の乾燥場にしてはどうかというものだった。


写真に示すように、コンクリート舗装された道路上に広げられている様子を良く見かけた。路肩に車が寄るときは、お米の上を平気で車が通る。そのため、お米に石が混じることも多いそうだ。

 

イルコスノルテ州のビガン市には、スペイン統治時代の建築が残っていて世界遺産に登録されている。そのためか、新しい知事が観光事業に力をいれているらしい。

 


エコパークの様子。

 




エコパーク内にはプールや、郷土資料博物館、バンガロー、木の上の家などアスレチック施設などが設置されていた。

 


別場所にはドラゴンフルーツパークがあった。
フィリピン,ルソン島北部の北イルコス州にあるマリアノ・マルコス州立大学が、2007年来の協力機関である。地域の大学としての普及活動、関係のあるNGOを通して土のう工法が普及することを期待してのことである。

土木工学科教官を中心に、
技術面で工夫しながら定着しつつある。できた盛土構造の歩道も修繕を繰り返しながらも、7年の月日に耐えている。

学外への普及に向けては、大学の創意工夫がよりほしいところだ。

今回公益信託大成建設自然・歴史環境基金の助成を得ることができ、事業実施のための打合せを開始した。

窓口で大学の渉外部門を担当するシャーリー先生はとても活発である。

総長に土のうに関する事業のこと、自分が行くこと、そのために大学の来客用宿舎や現場視察等のために大学公用車の利用について、相談し段取りをつけておいてくれた。

きっとそこで出た話なのだろうと思うが、団体理事長の教授が所属する京都大学の土木工学科のシラバスについて、工学系教官らに説明してほしいとの要望が来た。

NPO職員の自分にそれは重荷だとの思いだったが、将来のことや今後の業務につながることとして、引き受けた。



発表の様子



大学運営の教官らが聴衆

土木工学科の先生方も来ていた(向かって左後方)



質問では「エンジニア」の資格をえる経緯から、大学受験の制度などについて聞かれた。

いろいろ質問が出たのはよかったと思う。シャーリー先生がせっかく企画してくれたこの場が無為なものにならないか、心配だった。なんとか一役買えたようだ。



発表のあと、「Certificate of Recognition」の認定書をいただいた。上写真中自分の左隣が、シャーリー先生



大学の宿舎でいただいた晩御飯、マンゴー好きとばれて、朝昼晩とマンゴーが出てきた。ちょうど収穫シーズンでよかった。



夕食後、シャーリー先生が連れて行ってくれた大学の町にある世界遺産のパオアイ教会。観光業を盛り上げているようで、ライトアップされていた。



昼間の石造バロック様式のパオアイ教会

写真を整理していると、過去フィリピン、ラワグで活動した様子が懐かしく思い出される。これもNGOとして狭い範囲になってしまうけど、継続して活動している、活動することができた結果だと思う。



2010年に池護岸を設置し始めたときの様子。写真中の一人の女性エンジニアは、カナダに移住したそうだ。



2010年1月の建設中の様子



2010年1月の建設中の様子

2014年4月の様子。土のう表面は粘土層でおおわれ、植生された。

2009年1月の歩道PhaseIIの様子

2014年4月の歩道PhaseIIの様子、構内移動用の歩道部に屋根がつけられたなど、変化もみられるのが面白い。



まだ、このオフィススペースもあった。



果肉の黄色いスイカは、いつも新鮮だ。とても甘い。



土のうで構築された盛土の歩道や池の護岸。2007年4月に完成したPhase Iをはじめとして、完成よりすでに4年から7年が経過した。

雨季や台風時に盛土の横断方向に水の流れが生じるphase Iでは、なんどか崩れた箇所がある。その都度大学のエンジニアが中心となり、カルバートを設置しセメントソイル入りの土のうで周辺を補給するなど維持管理されてきた。



盛土中央部に設置されたカルバート

水田の粘土質の層の上に盛土しているため、左右に広がるように沈下は生じている。



手前の天端に設置したコンクリート版を見ると、中央部がへこみ端部が上がっている様子がわかる。

それでも学生らが実習として参加して完成した盛土は、7年たっても学生、職員らに利用されている。

よく実績あるの?と聞かれるが、着実に年月を重ねることでその答えが明らかになってきた。大学の事業担当者も手応えを感じている。


四年ぶりに、フィリピン、ラワグへやってきた。マニラの喧騒には慣れないが、北へ飛行機で一時間のラワグは空港に着いたところから懐かしい感じがする。

公益信託大成建設自然歴史環境基金の助成を受けることができ、ラワグにあるマリアノ・マルコス州立大学と連携した事業を実施するために帰ってくることができた。

観光地として地域の活性化を知事が中心となって進めているようで、新しいホテル、案内看板が充実しているように見える。

フィリピンでもちょうど夏、のようで少し動くと汗ばむ。地元の人もタオルを片手に歩いている様子が見える。

早速2011年8月に酒井職員が現地入りし担当した現場の様子を見に行く。

2011年8月の様子

2014年4月の様子

池に浮かぶ島の斜面がセメントソイルを中詰めした土のうの壁で補強されている。



表面の袋材は紫外線で破れて消滅しているが、中詰材が固化してコンクリート擁壁のようである。土のうと土のうの境目に袋材がわずかに見えた。

一見、コンクリートアーチ橋に見えたが、桁には木材が利用されていた。

ここは、植物など自然観測ができる場所として大学内に設けられた施設であった。




施設のゲートと看板



盆栽のコーナーもあった。



学生たちも清掃など維持管理に従事している。植物園のような環境で勉強している姿もあった。そして、彼らの研究がはかどるようにか、WiFiネットワークが整備されていた。

大学内の設備の拡充も進んでいるようだ。土のう工法のプロジェクトが、大学内からどう外部へ出ていくようにするか考えないといけない。

今日は、事務所に思わぬところからの来訪者があった。

京都信用金庫の金融担当の方だった。お金を借りないか、という営業なのだが、ホームページを見て飛び込みで来てくれたらしい。

先方もどんな組織か、不安だったと思う。

事業体として、お金を借り当座や発展に向けた資金繰りを進めることも、ありうる話ではないか、と思っていた。

地域の団体が、社会貢献活動することをサポートしたい、とのことらしい。しっかり、ウェブ上で公開している財務諸表は確認されていたようだった。

資金繰りは実は常に気になるし、返す当てのないお金は借りないつもりだ。でも、地域の銀行さんが事務所に営業に来てくれるような団体になっていることが、うれしい。
ミャンマーでは、建設会社を引退された方に、専門家として現場施工を見ていただいている。

今日は日本でミャンマー事業の経過の報告を受け、今後の予定を確認の打合せをした。10月に開始して以来、これまで3回現地で活動していただいた。各々3週間から4週間の滞在である。

3月は猛暑で大変な環境の中、活動いただいた。

それでも現地にいると張りがあり体調がいいんだ、と言われている。「ありがとう」と言われることが心地いいようだ。

現場でなされた工夫は聞いていても大変参考になる。非常に落ち着いて頼りになる。

こんなに技術力のある方を、単発の契約で現地に入っていただけることは、運営面でも本当に助かる。

73歳のご年齢とはとても思えない元気さだ。自分達も負けてられない。



本団体の理事をお願いしている、田中建材株式会社

http://www.tanakakenzai.co.jp/ 

の田中稔社長。

2005年からのお付合いである。理事長の木村教授が、建設技術展に田中建材株式会社が出展されていた木質加熱アスファルト舗装の技術に注目されたことから始まった。

当時博士課程の学生であった自分が、土木学会誌の記事でその技術を紹介させていただいたり、年次講演会で発表したりした。

道普請人設立時から個人会員としてご支援いただている。京都での講演会や展示会、総会にと毎回ご出席いただき、コメントを頂戴している。

滋賀県高島のご出身で、三方よしの近江商人を彷彿させる。経営者としては大先輩であり、知見をいただき法人運営に活かしたい。

今回は新たなお願いをし、ご協力を得ることができた。4月から修士課程に進む学生さんに、現場監督見習いとして体験させてもらう。先日、打合せに行ってきた。



彼はザンビアで住民参加を得て橋を建設するテーマに取り組む。昨年行ってきた様子を、お世話になる田中社長らに説明した。

忙しいなか、気をよく受入を承諾していただいた田中社長に感謝である。学生さんには、頑張ってほしいと思う。

「日本の良さを世界に広めてほしい」との田中社長からの激励に、学生さんはもとより自分も期待に応えるべく精進していこうと思いを新たにした。








同志社大学リーディング大学院、グローバルリソースマネジメント、キャリア形成支援セミナーで講演した。

高校の同級生からのメール連絡がきっかけだった。高校時代、一緒に集まる仲間ではなかったけれど、お互い名前と顔がなんとなくわかる程度だった。

彼は福祉社会学の分野で博士号を持ち、いろいろな大学で勤務し今は同志社大学にいる。博士課程に属する学生の修了後のキャリア形成を支援する部署で2年前から働いているそうだ。

国際協力の世界ではどんな就職先があるのか、まるで自分の子供の将来を気遣う親のように調べている。担当者に会いに行ってどんな人材のニーズがあるかなどを把握している。自由な発想で思いつくことはどんどん調べて行動を起こすことは、彼の研究者としての素養によるのかもしれない。

博士課程を出てNPOを運営する自分の様子も、一つのキャリアパスとして示してほしい。そんな彼の思いに、自分も共感し手前味噌の話になるが、熱く語らせていただいた。

NPOも7年目になり、そろそろこんな生き方もあると世にアピールしていくことだと、思うようになった。もちろん、さらなる精進をしていかないといけない。

今後も高校時代の友人との連携が楽しみである。