リキャップCBによる株主入れ替え
《CB発行で得た資金を自社株買いに充てるリキャップCB》
元来、「リキャップ(Recapitalization)」というのは資本コスト引き下げのために行われる、資本構成の変更のことである。
資本コストの引き下げには、負債で資金調達し、この資金で自己株を取得する必要があるが、その負債の調達手段として、転換社債(CB)が用いられるものを「リキャップCB」と呼ぶ。
このスキームは、すぐには株式に転換できないCBで資金を調達し、その資金で自社株買いを行うことで、株主還元が実施できるうえ、会社の成長を通じて株価を上昇させれば、将来CBを株式に転換させ、資金負担を軽減させるメリットがある。
日本では2008年2月にヤマダ電機がユーロ市場で新株予約権付社債(転換社債)を最大で1,500億円発行する一方、700億円の自社株買いを実施したのが代表例である。
《自社株買いに応募する既存投資家・CBを購入する新規投資家》
先のヤマダ電機のCBの発行条件は以下の通りである
クーポン(金利):0%
満期:2013年/2015年
株式転換価額:14,175円(発行時株価:9450円)
ここで注目すべきは、ゼロクーポンと株式転換価額の高さである。
通常、CB等を発行する場合の転換価額は発行時点の株価の+2.5%~+5%程度に設定されるのが通例であるが、今回は50%増しとなっている。
当然この転換社債を購入する投資家は、ヤマダ電機の株価が、CBが株式に転換できるこれからの5年もしくは7年の間に、転換価額を大きく上回っていくことを期待して購入したはずである。
一方、自己株買いに応ずる既存株主は、今後ヤマダ電機の株価がそれほど上昇しないであろうから今のうちに株式を処分しておいたほうが良いと考えて自己株買いに応募するはずである。
つまり、今回のCBの発行と自己株買いの組み合わせは、ローリスク・ローリターンを好む株主からハイリスクハイリターンを許容できる株主に入れ替えることを意図したものであることを意味している。
《ハイリスク・ハイリターン型の事業変革を意図》
ヤマダ電機の今回のファイナンスは、「希薄化を抑えながら、ゼロクーポンのメリットを享受する」というのが本音かもしれない。
しかし、同社の現在の株主構成では、より大きなリスクをとった事業展開が困難なことから、より大きなリスクを許容できる株主を、会社が能動的に選別することによって、リスクを取れる事業構造への改革の下地を作ろうとしているとも受け取れる。
《CBとは新株予約権という価値ある「権利」が付いた債券》
ここからは、少し道を外れるが、そもそもヤマダ電機は借入金であるCBをゼロクーポンで発行できたのか?
そもそもCB(Convertible Bond)は、「新株予約権」の付された「社債」である。
「新株予約権」とは、、「予め決められた株価で株式に転換できる権利」のことであり、権利を行使するか否かは購入者の自由である。
したがって、株価が上昇すれば転換権を行使して株式を取得し、市場で売却することで売却益が得られる。一方で、思惑が外れて株価が上昇しなかった場合には、新株予約権は放棄し社債の満期に元本を受け取ればよいことになる。
では、この「新株予約権」の価値はどのくらいなのか?
将来株価が上昇し、権利が行使された場合の予想利益額を推計する「ブラックショールズ・モデル」によると、ヤマダ電機の新株予約権の価値を試算すると11.5%となる。
つまり、ヤマダ電機は新株予約権という価値のあるものを社債に付けた結果、利払い額をゼロとすることができたわけである。
成長なき金利の低下は財務活動による経営効率化を活発にする(マイクロソフトの自社株買いの例)
《自社株買い原資をすべて社債で賄ったマイクロソフト》
2010年9月下旬、マイクロソフトが計47億5000万ドル(約4000億円)の社債を発行した。
マイクロソフトはS&PとムーディーズからそれぞれAAAの格付けを取得しており、同社の社債は投資家の人気を集め、そのうちの3年債は表面利回り0.875%というまるで日本の債券のような利回りで発行された。
このニュースが衝撃を与えたのは社債発行で得た現金の使い道であった。同社は47億5000万ドルを、株式の買取(自社株買い)と配当の増額へ使用すると発表したのである。
《低利の借入で高利の自社株を買取り、WACCを下げる》
企業が社債を発行し、その資金を事業拡大に使用せず株の買取に使用するとはどういうことなのか? これには、2つ考え方があると言われている。
1つ目は、企業が「株価が割安に評価されている」と考えている場合である。
株式市場の自社に対する評価が低いと感じている場合、自社株買いを行うことで、株式が割安であることを投資家にアピールすることができる。
2つ目は、企業が「市場に投資家の要求利回りを上回る投資機会がない」と考えている場合である。
この場合、安い金利で市場から借入を実施し、高い要求利回りの株式を買い取ることで、その企業全体への要求利回り(WACC)を低下させることができる。
企業にとっては高い要求利回りの株主の株を買い取るため、高い買い物ではあるが、その効果として低い市場の収益率に企業の実態を合わせることができる。
《金利の低下局面では、財務活動による経営効率化が活発となる》
金利が低下すると、企業の資金調達が活発となり、企業の設備投資に回り需要を生み出し、需要が雇用を増やすというのが経済学の教科書に書いてある一般的な流れである。
しかし現実には、低金利であっても、市場の成長が期待できない環境下では、企業は雇用拡大や工場の建設といった自前での事業拡大より、財務活動による経営効率の向上を選択してしまうのである。
企業の配当政策はフリーキャッシュフローの発生状況に応じて決まる
《フリーキャッシュフローは、投資家に返還すべきもの》
そもそも企業は何のために配当を行うのでしょうか?また、何%の配当性向が適当なのでしょうか?。
この答えを解くカギが、ファイナンス理論で使う「フリーキャッシュフロー(FCF)」です。
FCFは、企業が保有する資産・事業が生み出したキャッシュフローから、「企業が将来成長していくために必要な投資」と、「企業規模に応じて増加する運転資本」を控除した後に残るキャッシュフローであり、いわば企業として手元に残しておく必要のない、余剰なキャッシュとなります。
この余剰キャッシュは企業として使い道がなければ投資家に返還すべきものであり、有利子負債の返済や株主への還元(配当や自己株式の取得)に振り向けられます。
つまり、FCFの発生状況が自ずと配当性向や総還元性向を決定することとなるのです。
《フリーキャッシュフローは、成長ステージによって異なる》
それではFCFと企業の成長段階には何らかの相関性があるのでしょうか?
まず、企業が設立された当初は、売上高もほとんどない一方で、将来の成長のための投資案件を多数抱えていることから、事業から生み出したCFはすべて投資に振り向けざるを得ません。
このため、配当したくとも原資はないし、投資家も配当よりは、企業経営者が企業しています。
したがって、このフェーズにある企業は配当をすべきではありません。
成長につながる投資に資金を回し企業価値を増大させていくことを期待
次に企業が順調に成長し、売り上げ規模も大きくなってくると、事業活動で得られるCFが大きくなっていく一方、成長投資や運転資金の増加も一巡し、FCFは均衡化してきます。
企業としては配当の原資はないものの、最適資本構成に近づける(借入金を増やし自己資本を減らす)ために、借入を行って配当もしくは自社株式の取得を行うことは可能です。
さらに企業が成熟していくと投資必要額以上にCFが生み出され、行き場のなくなったCFは現預金として積みあがっていくことになります。近い将来、買収や大型設備投資に充てる目論見があるなら別ですが、そうでなければ余剰キャッシュとして投資家に還元すべきということになります。
このように、企業の配当政策はFCFの状況によって規定されるものであり、企業の成長段階によって変化していきます。
《成熟期を迎えたマイクロソフトの空前の株主還元計画》
マイクロソフトは2004年7月20日に4年間で総額750億ドルという史上空前の株主還元計画を発表しました。マイクロソフトは1975年の創業来、“配当しない会社”として知られ、株主も、配当よりも再投資によって得られるキャピタルゲインに期待する向きが強いのが特徴でした。
同社は、この計画を発表した時点の前年度期末(2004年6月末)現在で、総資産の64%にものぼる現預金(605億ドル)を保有しており、配当を従前通り据え置いた場合、毎年100億ドル近い現預金がバランスシートに積みあがっていくことが予想されました。
以上のように、マイクロソフトはまさに成熟しきったステージあったわけで、株主への利益還元計画は成長企業から成熟企業に移行したという経営陣の認識を反映したものであったといえます。
キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)
《現金は、在庫や売掛金の姿を変えて社内に滞留している》
現金が、在庫→売掛金→現金と形を変えて1回転する日数(CCC)
具体的には、売掛金回転日数+在庫回転日数-買掛金回転日数となる。
売掛金回転日数=売掛金残高÷1日当たり売上高
在庫回転日数=在庫÷1日当たり売上原価
買掛金回転日数=買掛金残高÷1日当たり売上原価
《CCCはある時点の静止画像に過ぎない》
例えば、在庫の回転日数は月末の在庫を使って計算するが、日々の在庫が月末の在庫と同じとは限らない。
企業活動は日々変動しており、月末に在庫がたまたま多かったかもしれないし、少なかったかもしれない。
つまり、CCCをよく見せたいと思えば、月末の在庫を減らせばいい訳で、机上で数字だけを追っていても問題の本質にはたどり着けないのである。
MBOで経営陣は株主の重圧から解放されるのか
《MBOとは「経営陣によるホンの一部の株式の買取り」》
「MBO(マネジメント・バイ・アウト)」は、「実際に経営している人」が、自分の会社を買収することです。
しかし、実際は、ファンドがほとんどの株を買い取り、経営陣がほんの一部の株を買うことになります。
というのも、経営陣がいくら資産家でも株の買い取りに拠出できる金額は数億円~数十億円程度であり、MBO後の株主構成を見てみると、たいていはファンドが大株主として君臨する構図となります。
ファンドは、買った株式を必ずいつかは売却します。そして買った株をその値段以上で売却するため、企業価値の向上を経営陣に要求することとなります。
つまり、MBOとは、経営陣が「会社を支配すること」でもなければ、「自由な経営ができること」でもないのです。
《長期的な経営ができるのがMBOのメリット》
では、なぜMBOを望む経営者がいるのかということになりますが、ひとつは「長期的な経営ができる」という点が挙げられます。
例えば、4年後の大きな利益獲得を目指し、敢えて向こう1~2年間は、コストを増やして利益を下げてでも体力をつけたいと考える経営者がいると仮定します。
しかし、「1~2年後も利益を下げるな、そして4年後も利益を上げろ」と、大多数の株主に言われてしまえばそれまでです。
彼らは、将来企業が失速するよりは、経営者のビジョンを理解し、じっくりと経営に付き合ってくれる株主が存在するなら、そういう株主とともに経営をやって行きたいと思います。
それがファンドということになります。
《経営陣は財務レバレッジを効かせて大きなリターンが得られる》
では、経営者がMBOをする理由は、それだけなのでしょうか?
ここで、MBOにより、経営陣&ファンドがある企業の全株式を250億円で買収したと仮定します。
そして、買収金額のうち100億円はファンド&経営陣の自己資金で、そして残り150億円は銀行からのローンで集めたと仮定します。
買収金額250億円=ローン(銀行)150億円+自己資金(ファンドと経営陣)100億円
3年後にこの会社の価値が上がって、「20%高い値段」で他の企業に売却するか、IPO(再上場)できたとすると、売値は250x120%=300億円となります。
売却金額300億円-ローン返済150億円=株主に残る金額150億円
このとき、株主に残る金額は約150億円となります。
つまり、企業価値は20%しか上がっていないにもかかわらず、元金が3年間で50%も増えたことになるのです。
このカラクリはローンにあります。
総額が20%増えても、返済金額は150億円のままであるため、テコの原理が働いて、株主へのインパクトはその分大きくなります。このテコのことを英語でレバレッジ(Leverage)と呼ぶ。MBOは通常「LBO」でもあるのです。
《MBOのファンドは借入資金の返済義務を負わない》
ここでLBOについて整理をしておきましょう。
「LBOとは買収する相手の資産や収益を担保に、買収する資金を調達して買収すること」です。
M&A(企業の合併・買収)におけるLBOとは、買収先企業が将来生み出すCFや保有する資産を担保にして、買収資金を借り入れることとなりますが、最大のポイントは、「買収者はその借入金に対して債務を負わない」という点にあります。
例えば、すかいらーくのMBOのケースでは、「本来の買い手(現在の株主)」である、野村プリンシパル・ファイナンスやCVCキャピタルパートナーズには債務が及ぶことはありません。
両社が出資したSNCインベストメントが旧すかいらーくを買収し、吸収合併することで、新すかいらーくに債務が引き継がれる。つまり、自分が買収された時に使われたお金を、自分で返済するのです。
先ほども述べたように、財務レバレッジを効かせることで、成功したときの経営陣のリターンは大きくなりますが、失敗した時の損失も大きくなります。しかし、ファンドには債務返済の義務がないことから、失敗した時のリスクを回避することができ、うまみは大きくなります。結局ファンドは借入金調達の仲介をしているに過ぎないのですが、その過程でちゃっかり大株主の座も確保しているのです。
《MBOに向いているのは、CFが安定している会社》
ここまで、見てきたように、MBOを実現させるためには、「いかに、金融機関からそのローンの調達ができるかどうか」にかかっています。
ローンの出し手としては、キチンと毎年返済されることが重要となるため、金融機関は今後被買収会社がきちんと安定的に稼げるかどうかを重視します。
つまり、常時、確実に需要があり、日銭が稼げる衣食住関連の企業では、MBOが行われやすく、一方で、収益のブレの激しいIT企業や、半導体企業ではMBO案件はなかなか成立しずらいということになります。
自社株買いを行うと株価が上がるのはなぜ?
《自社株買いは応じた株主のみに資金を返還する株主還元策》
自社株買いとは、過去に発行し、株式市場に出回っている自社の株式を、時価でお金を払って市場から買い戻すことを言う。
自社の既存株主に対して一定の金額(通常は株式の時価)を払って株式を買い戻すことから、株主には株式と交換に株主から預かっている資金を返還することになる。
配当も株主に株主から預かっている資金を返還する点では同様であるが、相違点は以下の通りである。
■自社株買い: 自社株買いに応じた株主のみに資金を返還する。
■配 当: すべての株主に一定金額を返還する。
《商法改正で機動的な自社株買いが可能に》
自社株買いは、2001年10月の商法改正により、使用目的を定めない金庫株として取得・保有することが可能となり、2003年9月の商法改正によって、定款変更を行うことで、取締役会の決議によって一定の範囲内で自社株買いを機動的に実施できるようになった。
日本の上場企業の株主配分総額(配当と自社株買いの総額)は、2004年3月期の6兆円程度から2008年3月期には12兆円へと倍増した(2008年5月26日付日経新聞朝刊)。このうち38%程度が自社株買いによる株主還元である。この数年間、上場企業は株主への利益還元を前向きに捉え、実施してきているということになる。
《手許現金を使った自社株買いは株価に影響を与えない》
以下のような企業A社のケースをもとに考えてみよう。
(1)発行済み株式総数: 1億株
(2)株価: 1000円
(3企業価値(時価): 1200億円(うち現預金100億円)
(4)有利子負債(簿価): 200億円
A社は手持ちの現預金100億円全額を使って自社株買いを実施したとする。現状の株価ままとすれば1000万株の自社株を市場から買い戻せる。資産の時価総額は現金100億円が減少したことから1100億円となる。
一方、有利子負債の金額は変化しないので、株式の時価総額は900億円(自社株買い後の企業価値: 1100億円-有利子負債額: 200億円)となる。市場に出回っている株式数は9000万株に減少するので、1株あたりの時価は1000円となり、株価は変化しない。(図-1参照)
《自社株買いで株価が上昇するのはアナウンスメント効果のおかけ》
ところで、実際の株式市場では、自社株買いを発表したとたんに株価が上昇するケースが多いが、これは上述のファイナンス理論が現実に即していないのではなく、以下のような別の原因によるものである。
■自社株買い=経営陣が現在の株価は実力に比べて低すぎると判断している場合
経営者は一般市場参加者に比べ、自社に関しての各種の重要な内部情報を有している。
「経営陣は外部者が知り得ない内部情報に基づいて現在の株価は低すぎると判断したために自社株買いを行った」と市場が解釈した場合、市場参加者は当該企業の株式を購入しようとする。
このような効果を一般に「アナウンスメント効果」と呼んでいるが、企業による増配のアナウンスも同様の効果を持つ。
逆に、自社株買い以外に有望な資金使途(投資機会)がなくなったと解釈されると、株価にマイナスに働く可能性もある。
■現預金を過剰に保有している企業がその過剰現預金を株主に返還した場合
有益な投資機会に乏しい成熟企業では、経営者が規模の拡大を追求するあまり、非効率的なプロジェクトに余剰資金を投資する、すなわち過大投資する危険性がある。
このような場合、余剰資金を自社株買いに充てることで、経営者は非効率的なプロジェクトに投資しないという意思をマーケットに伝えることができ、株価は上昇する。
《企業価値向上には、有利子負債調達による自社株買いが有効》
企業価値の向上という観点から見て、ファイナンス理論的に有効な自社株買いは、有利子負債の調達による自社株買いとなる。
これは、有利子負債を導入し、この資金でもって自社株式を買い戻し、資本構成を最適化しようとするアプローチである。
有利子負債を増加させ、これによって調達した資金で自社株買いを行った場合、有利子負債の節税効果によって企業価値は増加する。
たとえば、先ほどのA社の場合、100億円を有利子負債で調達すると企業価値は有利子負債の持つ節税効果のため40億円増加する*。株式の時価総額は1000億円-100億円(自社株買い)+40億円(節税効果の現在価値)=940億円となり、株価は1044円(940億円/9000万株)に上昇することになる。(図-2参照)
*有利子負債の増加額をΔD、利率をrD、法人税率をtとすると、年間の節税額 = ΔD × rD × t となるが、これをこのCFのリスクの大きさに見合った割引率で現在価値に割り戻した額が節税効果の現在価値となる。
このCFのリスクをどう考えるかには諸説あるが、最も簡単で一般的なのは、この節税額を生み出した有利子負債そのものとリスクと同じという考え方であり、この考え方に準じれば、
節税効果の現在価値 = ΔD x rD x t / rD = ΔD x t となる。
イノベーションとは新結合
《イノベーションとは新たな組み合わせ》
企業におけるイノベーションと言えば、まず技術革新が思い浮かぶ。
作れば売れる高度成長の時代は、いかに効率よく低コストで質の高いモノを作るかが目標だった。そこで重要な意味を持っていたのが、新製品の開発や生産の効率化、コストダウンなど、すべて技術が絡む革新であった。
それが今世紀になると、もはや新しい技術だけではイノベーションと呼べなくなってきた。情報や通信、市場環境や顧客の動向など、技術の周辺にある様々なほかの要素と技術とを組み合わせることが、極めて重要になってきたのである。
イノベーションという言葉を経済や企業経営の世界で広めた経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターは、「イノベーションとは新結合である」と主張している。
具体的には、新結合によって生み出される新製品、新市場、新生産方式、新規顧客、さらには新しい経営組織の実現といった従来にない創造的なモノの開発や方式、システムの導入が、企業のあり方を大きく変えていくのだ、という発想である。
例えば、携帯電話は今や、いつでもどこでも会話できる通信機器、という当初の目的をはるかに超越し、電子メールの送受信や画像のやり取り、チケットの予約、さらには電子決済のような機能やサービスが結びついてきている。
また、アップルの「iPod」や任天堂の「Wii」は、いずれも技術的に特に高度というわけではない。社外に点在する技術や人材、生産拠点などを取り込みながら、自分たちの思いを商品の形で実現させ、結果として大ヒットになった。
《コツコツと顧客の潜在的なニーズを呼び起こせ》
では、イノベーションを起こすにはどうすればよいのか
まずは、マーケットや人間、社会をよく観察し、「これが欲しかった!」と消費者(顧客、ユーザー)に気付かせ、潜在的なニーズを引き出すことである。
そのためには、目に見える、実感できる「小さな革新」から取り組み、消費者に投げかけてみることが重要である。企業が市場で消費者と対話を重ねながら地道に製品やサービスに磨きをかけ、実績を積み重ねていくとき、その延長線上にイノベーションがある。
イノベーションは、まず「ありき」ではなく、後からそう呼んでもらえるものなのである。
「擦り合わせ」と「モジュール化」
《モジュール化が水平分業モデルを生みだした》
「製品のモジュール化」とは、インターフェイスや機能が標準化された単機能部品同士を組み合わせて、全体として統一的に機能する製品を構築できるシステムを意味します。
CPUやメモリ、ハードディスクなど標準化されたインターフェースから構成されるパソコンは、モジュール化製品の典型といえます。
モジュール化には以下のメリットがあります
(1)製造コストの低減(設計・製造工程が単純である)
(2)部品の組合せ自由度を向上(部品単位で低価格・高性能・納期の早いメーカーを選択できる)
(3)部品の生産設備を持つ必要がなく(最終製品メーカーの)リスクが低い
(4)独立した部品開発が可能となり、部品ごとに特化した優良企業の創出を促す。
米国製造業では、元来、調整努力をなるべく減らし、分業を重視する傾向がありました。そこに1990年代にデジタル技術が登場し、部品やモジュールを世界中から外部調達し、組み合わせて最終製品を造る「水平分業モデル」が爆発的に伸びました。
《モジュール化が価格低下を招く》
一方で、モジュール化は、誰もが簡単に同質の製品を組み立てることが可能となるため、差別化要素は価格に収れんされ、低コストな製造会社の参入により、競争が激化し、製品価格が下落していきます(製品のコモディティ化)。
この代表例が、液晶テレビです。
液晶テレビは、「デジタル制御技術」の発達により、「液晶パネル」と「画像処理LSI」を調達するだけで、誰でも簡単に組み立てられるようになりました。
さらに、これらモジュールの汎用品が市場に流通し始めることによって、コスト競争力のある新興国のEMS(電子機器の受託製造サービス)が台頭し、一気に低価格化が進みました。
《日本製造業の強さを支える「擦り合わせ」》
「擦り合わせ」とは、部品を独自に設計し、互いに調整しながら組み合わせることで、高品質な製品をつくりあげる作業または業務プロセスを指す言葉。東京大学の藤本隆宏教授が日本製造業の強さを支えるものとして指摘しました。
この代表例が、自動車です。
自動車は、エンジン,サスペンション,シャシー,ボディなどのモジュール全てが乗り心地に影響するため、個々のモジュールごとに切り離して開発していたのでは、十分に乗り心地を向上させることができません。
モジュール同士を連携させたときにより良い結果を得られるよう、モジュール自体にも手を入れたり、調整したりするのが普通です。
《「擦り合わせ」は労力と時間がかかる》
擦り合わせの問題点は、労力と時間がかかることです。
モジュールを互いに組み合わせてみて、その結果をモジュールの仕様に反映することは、つまりは仕様変更に他ならず、場合によっては一種の手戻りといえます。
擦り合わせは、効率を落としたりコストを上昇させる要因にもなるため、すべてを擦り合わせしていては利益に結びつきません。
そこで、製品の競争力を高めるコア技術には擦り合わせを用い、それ以外の部分はモジュール化で効率を高めるといった、擦り合わせ適用対象の絞り込みが重要となります。
この成功例が、インテルです。
インテルは、MPUの中で、演算機能と外部機能をつなぐPCIバスなどの内部技術に擦り合わせ要素を押しこみ、ブラックボックス化する一方、外部とのインターフェースについては標準化を主導して、同社のMPUを前提条件にして完成品が設計される基盤をつくりました。
つまり、クローズな部分とオープンな部分を戦略的に切り分けたことが成功につながったということです。
経営戦略の本質(その3 競争相手に勝つ)
特定の事業に経営資源を傾斜配分した後は、競争相手に勝つために経営資源をどう使うかを考えるステップとなる。
《自社の強みがどこにあるかを知る》
自社の競争優位となる源泉を分析するツールとしてマイケル・ポーターが提唱した「バリューチェーン(価値連鎖)」がある。
バリューチェーンは、企業の製品やサービスが顧客の手に渡るまでの一連の活動を各プロセスに分解し、それぞれのプロセスにおける付加価値とコストを把握する。それによって、企業の競争優位の源泉がどのプロセスにあるのかを明らかにすることが目的としている。
事業を左右する社内外の環境を把握したら、次は競争相手を分析する。その際に役立つのが、ポーターが考案した「5つの競争要因」というツールである。
競争相手と聞けば、同じ業種のライバルを思い浮かべるのが普通だろう。ポーターのツールが優れているのは、眼前のライバル以外にも目を向けている点だ。具体的には「新規参入者」「買い手(顧客企業)」「売り手(供給業者)」「代替品」の4つである。
日本の家電メーカーを例に説明する。競争相手はもはや、かつての国内のライバルメーカーだけではない。新規参入者としての韓国や中国のメーカーが台頭している。
他方、「買い手」である家電量販店は、PB商品でメーカーのシェアを脅かす。資源価格が高騰している折、原材料メーカーから値上げを強く求められてもいる。また、多くのアナログ製品が一気にデジタル製品に置き換わったように、常に代替品が出現するリスクに直面している。
《市場で勝つための「成功条件」の分析》
事業の環境や競争相手を把握したら、次は市場で勝つための自社の強みや弱みを分析し、
(1)強みをさらに強くする
(2)弱みを強みに変える
(3)新たな成功条件を作り出す
という3つに取り組み、売り上げや利益、市場シェアなどの目標の達成を目指すことになる。
経営戦略の本質(その2 事業の選択と集中)
《ビジョンの次は、事業の選択と集中》
的確なビジョンを作ることができたら、次はいよいよ第2段階の経営資源の配分へ進むことになる。それには続行する事業と撤退する事業とを峻別し、「どこで戦うか」を絞り込む、いわゆる「事業の選択と集中」である。
しかし、やみくもに「事業の選択と集中」ができるわけではなく、まずは、企業を取り巻く状況を分析しなければならない。
このときに有用な考え方が、「ライフサイクル」である。
《自社が属する産業や市場のライフサイクルを知る》
まず考えなければならないのは、個々の事業が属している産業や市場の成熟度だ。
産業や市場にはそれぞれ寿命がある。事業を取捨選択して経営資源を配分し直すには、事業の属する産業や市場がどの段階にあるのかを考慮しなければならない。
以下の図は、産業や市場のライフサイクルを示した概念図である。
重要なことは、自社の事業がどのフェーズに位置しているか判断して、次の手を打つための判断材料にすることである。
例えば、成熟期になってから策を考えるのでは手遅れになるので、成長後期には次のアクションを考えておく必要があり、また、既存事業の成長が鈍ってくる前に新しい事業を始めなければ、企業の継続的な成長は難しくなる。
《全ての製品が同じライフサイクルをたどる訳ではない》
製品のすべてが、導入から成熟を迎え、衰退の経路をたどる訳ではない。
「導入」からいきなり「衰退」へ向かうものもありば、「成長」から「衰退」へ向かうものもある。
■「導入」→「衰退」
そもそも顧客ニーズがない、あるいは顧客ニーズが顕在化していないなどの理由が考えられる。
前者はシーズ発想であったため、顧客ニーズとマッチしていなかったということであり、
後者はタイミングが早すぎたということである。
例えば、1990年代前半にEC事業を立ち上げたとしても、インターネットの普及レベルが低く、うまくいかなかったと考えられる。
■「成長」→「衰退」
新しもの好きな人たちはキャッチできたが、大衆のニーズ喚起に至らなかった
一過性の商品であった、などが理由として考えられる。
《産業や市場の中での自社のポジションを知る》
経営資源の配分に当たって、実際には、事業が属する産業や市場のライフサイクルだけでなく、事業そのものの競争上の位置も勘案して、事業の取捨選択を行う。それを図化したのが、いわゆる「事業ポートフォリオ」である。
「事業ポートフォリオ」は、下図のように、横軸に「相対マーケットシェア」、縦軸に市場の成長率を取った4つのマトリクスで表現する。
「相対マーケットシェア(MS)」とは、自社と自社以外の業界最大手とのシェアの比率である。
MS>1 自社が業界最大手であり、数字が大きいほど、2位とのシェアの差が大きいことを意味する
MS=1 自社ともう1社で市場を2分している
MS<1 業界最大手とのシェアと比較したときの自社のポジション
市場の成長率、相対シェアを基にマトリクスを作成すると、図のように「金のなる木」「花形」「問題児」「負け犬」の4つの象限に分けられる。
ここでのポイントは、
・相対シェアが高いほど、キャッシュの流入は大きい
・市場の成長率が高いほど、キャッシュの流出は大きい
ということである。
成長している市場では、新たな広告宣伝費、設備投資が必要となるため、出ていく資金大きくなると考えられる。一方、市場の成長が鈍化する時期には、資金はある程度回収されているので流出は小さくなると考えられる(下図参照)。
つまり、各象限の特徴は以下の通りとなる
■金のなる木
✔市場が成熟し、新規参入が少ない
✔最も高い利益(キャッシュ)を生みだす
✔衰退する可能性がある
■花形
✔市場が成長途上にあり、新規参入が多い
✔事業投資が多く、利益(キャッシュ)は少ないorマイナス
✔今後の成長が期待できる
■問題児
✔企業の相対シェアは低いが、市場が成長途上にある
✔事業投資が多く、利益(キャッシュ)は大きくマイナス
✔花形への転換が期待できる
■負け犬
✔撤退の対象事業
✔利益(キャッシュ)はマイナス
✔他社の撤退まで持ちこたえれば、金のなる木への転換の可能性がある
《キャッシュを「問題児」に集中投資するのが定石》
上記のとおり、「金のなる木」に対しては、過大投資をしても市場の成長は望めない。
また、「負け犬」は何ら企業価値を生まないため、撤退及び売却の対象となる。
つまり、「金のなる木」及び「負け犬」の売却で得たキャッシュを「問題児へ」投資して「花形」に育て、将来的には「金のなる木」に成長させるのが定石である。
例えば、日産自動車では、「日産リバイバルプラン」で「問題児」の領域に落ち込んでいたガソリン乗用車に経営資源を集中。その代わりにトラック事業や航空宇宙事業の売却や撤退を決めて実行した。
主力事業や創業事業が撤退・縮小対象となる場合、「創業時の事業だから残したい」「事業を始めた会長の目の黒いうちはやめられない」といった理由をよく耳にする。
しかし、「聖域なき構造改革」なくして、経営資源の適切な配分など望むべくもない。
《定石にこだわらない》
事業ポートフォリオは、「製品(事業)には寿命がある」「マーケットリーダーのみが勝者」を前提としているが、実態はこの前提と違う状況も存在するため、必ずしも定石にこだわる必要はない
■「負け犬」は常に「負け犬」ではない
✔業界によっては、「負け犬」のポジションであっても、差別化をはかることで収益性を維持するという方向が十分ありえる。
■「金のなる木」でも再投資が価値を生みだすことがある
✔イノベーションで競争条件が変更され、市場成長率がさらに高まる可能性がある場合は、「金のなる木」への再投資に大きな価値がある
✔参入障壁が大きく、ライフサイクルが長い事業(製品)では、新たな事業を育てる必要性がなく、「金のなる木」への再投資が最も効果的である
ここで大事なことは、事業の続行・戦略転換・撤退を決定するにあたり、
✔事業の属する産業や市場の成熟度
✔競争上の位置
の2つを考慮するということである




