国内総生産
<GDPは生産=支出=分配の3面等価が成立する>
国内の経済活動をマクロ的な視点で見た場合に、生産、分配、支出の3つの側面から算出した額は等しくなるという原則
つまり、生産されたすべての製品やサービスの付加価値は、社員の賃金や企業の利益など、必ず誰かの所得として分配され、分配された所得は、支出を通じて利用または消費されるということ。
それぞれの額は、生産面は国内総生産(GDP)、分配面は国内総所得(GDI)、支出面は国内総支出(GDE)で表わされる。
<GDPの構成要素(数値は2009年度実績)>
| 分配面からみたGDP | |||
| 2000 | 2009 | ||
| 雇用者報酬 | 271 | 251 | 一部は租税・社会保険料として政府へ再分配される |
| 営業余剰・混合所得 | 94 | 75 | 一部は利子・配当として家計、政府へ再分配される 一部は法人税として政府へ再分配される |
| 固定資本減耗 | 100 | 103 | |
| 生産・輸入品に課される税 | 43 | 39 | 消費税・固定資産税等 |
| 補助金 | -4 | -4 | |
| 統計上の不突合 | 0 | 10 | |
| 合計 | 504 | 474 | |
| 支出面からみたGDP | |||
| 2000 | 2009 | ||
| 民間最終消費支出 | 283 | 280 | 概ね新規の財貨・サービスに対する家計の支出 |
| 政府最終消費支出 | 86 | 95 | 公共サービスの提供に要した費用 (公務員の人件費を含む) |
| 民間総固定資本形成 | 93 | 77 | 民間設備投資 |
| 公的総固定資本形成 | 34 | 21 | 政府設備投資 |
| 在庫品増加 | 2 | -3 | |
| 財貨・サービスの純輸出 | 6 | 4 | 輸出-輸入 |
| 合計 | 504 | 474 |
OLCの地震リスク対応型ファイナンスによる資金調達
《資金調達の概要》
オリエンタルランドは6日、「新株予約権付劣後ローン」で500億円を調達すると発表した。返済期限は60年後。将来、大規模地震が発生した際に運転資金に充当する。株式を取得できる権利である新株予約権を付けることで、借入金利を抑制する仕組みになっているのが特徴だ。
みずほコーポレート銀行、中央三井信託銀行など4行から、OLCが新たに設立した特別目的会社(SPC)を経由して9月中に借り入れる。現預金や国債などで運用し、地震発生時の資金需要に対応する。
契約では関東地方にマグニチュード(M)7.9以上の大地震が起きた場合は返済する必要が生じる。この時、OLCはローンを現金で返済するか、新株予約権(最大約1100万株相当)を融資額に応じて無償で割り当てるかを選択できる。
このスキームの採用で金利は最初の5年が年1%程度、それ以降では年2%程度に抑えることができた。劣後ローンは一部が自己資本とみなされ、「テーマパークの拡充など成長投資用の借り入れとは区別される」(広報部)という。
《なぜ劣後ローンは自己資本とみなされ、成長投資用の借入と区別されるのか?》
劣後ローンとは、企業が倒産や破綻に至った際に、元利金の支払順位が他の債務よりも劣る借入金のことであり、その見返りとして、金利が高く設定されたり、新株予約権が付与されたりします。
一般債務を返済した後に返済される債務であるため、自己資本に近い性格を持つということです。
成長投資用の借入と区別される理由についてOLCは以下のように説明しています。
「当該ローンに劣後性があることにより、今後、成長のために大規模な資金調達をする場合でも、与信や調達金利への影響が低減されます。」
《なぜ、劣後性を有した超長期・低金利の調達スキームが実現できたのか?》
OLCは以下のように説明しています。
「銀行の回収手段確保のため、巨大地震の発生等、当社の信用力が悪化してしまうような事態の発生の際には、期限前返済方法の仕組み(現金以外の資産=株式)を導入することにより、劣後性を有した超長期資金の調達を可能といたしました。銀行は、弁済された現金以外の資産の売却を通じて資金回収を行うことも可能となります。」
《地震等の発生時に返済を迫られては意味がないのではないか?》
OLCは以下のように説明しています。
「当社の事業及び業績に大きな影響が発生している状況下においては、本新株予約権が行使されることにより、劣後ローン契約に係る負債が消滅し本資金調達による資金が返済不要な資金となると共に、当社の資本増強が達成されることとなり、財務基盤の毀損を限定化することが出来る仕組みを採用しております。」
つまり、地震が起こったら、新株に引き換えてもらって返済はしないということでしょう。
OLCは以下のように説明しています。
マーケットリスクプレミアムの短期変動をWACCに反映させるべきか
《株価の下落=投資家の期待利回りの上昇》
S&Pによる米国債の格付け引き下げをきっかけに、先週は世界の株式相場の多くが下落した。
その結果、1株あたり利益を株価が割った「益回り」は、東京市場で7.26%(8/11)まで上昇した。
これは、投資家が配当と値上がり益を合わせて、7.26%のリターンを期待していると言い換えることができる。安全資産である10年国債利回りは1%程度だから、リスク資産である株式に対しては、両者の差の6%強の超過リターンを求めるていると言ってもいいだろう。
投資家の期待する超過リターンが高まれば、資本コストが上昇し、WACCは上昇してしまう。企業はWACCを上回る企業価値を生み出す必要があるから、事業のハードルが一段と高まったともいえる。(日経ヴェリタス8/14 57面 一部抜粋)
《マーケット・リスクプレミアムの短期変動をWACCに反映させるのは適切?》
確かにWACCを構成する株主資本コストは、CAP-M理論を前提とした場合、以下のように表現される
株主資本コスト=無リスク資産の利回り+(マーケット・リスクプレミアム)×β
マーケット・リスクプレミアム=市場の平均期待利回り-無リスク資産の利回り
つまり、上述の記事は、マーケット・リスクプレミアムが6%強まで上昇ししたため、WACCも上昇し、企業は従来以上の経営努力が必要となるというものである。
ところで、社内意思決定のハードルレートにもなりうるWACCを短期のリスクプレミアムによって変動させることは適切なのだろうか?
そもそもマーケット・リスクプレミアムは、将来の期待値を過去のデータから予測しているにすぎない。
将来の予測には、株式市場の暴落、経済の拡大、不況、競争、スタグフレーションなどを多く含む長期間のデータを見るほうが、直近の短い期間のデータを見るよりも、より適切であると考えるのが自然である
目先の市場動向に一喜一憂して、適切な投資が行われないような事態を起さないことが肝要である
原発事故に学ぶ 「最悪時」前提に設計をみなおせ
《人間は都合の悪い事柄はなかったことにする習性がある》
東日本大震災で津波被害や原発事故を拡大させた背景として共通するのは、「自然や原子力という本来制御しきれない対象物を「完全に制御できる」と人間が考えたことではないか。
人間には、見たくないものは見ない、考えたくないことは考えない、都合の悪い事柄はなかったことにするという習性がある。
今回被災地を回って気付かされたことは、人々は「自然は必ず元に戻す」という原則をあえて見ないフリをしていたのではないかということである。どれだけ防潮堤を建設しても、かつて津波が襲い失われた地域はいつか再び津波に見舞われる。先人たちは、「ここより下に家を建てるな」という石碑を建てて、そのことを後世に残そうとしている。実際石碑まで津波は来ていなかった。
それでも人間は都合よく忘れてしまう。問題なのは経験が判断の邪魔をしてしまうことだ。「長く生きてきたが、ここまで津波が来たことがない」という経験が、即座の避難行動を妨げたケースもあるのではないか。
《想定の及ぶ範囲の確定に恣意が入り込む》
「想定外」という言葉があるように、人間はあらかじめ想定の及ぶ範囲を決めないと考えられず、範囲の確定でようやく考えられるようになる。
しかし、範囲を決めるのは当事者である人間である。つまり、範囲を決める線引きの際に「欲、得、便利さ」が入り込む余地があることを認識しておく必要がある。
安全性の実現手段には、人間がセンサーやシステムを使って危険を回避する「制御安全」と事故が起きても製品や機械そのものが安全な方向に働くように設計されている「本質安全」がある。
福島原発も当初は本質安全の考え方を取り入れてきたようだが、コスト削減や効率性の観点から制御安全の考え方に変わっていってしまったのではないか。
原子力はエネルギーを取り出すのに大切だが、極めて危険なものだという前提で付き合うべきだった。完全に制御することはできないうえ、制御が外れると暴走を止めるのは容易ではないと認識しておくべきだった。そうした認識があれば、あれほど密集して6基が立地することもなかっただろうし、緊急の発電施設を離れた高台に設置することもできただろう。
最も重要なのは、事故が起きても「危険が拡大しない」設計思想なのである。
(2011.5.30日本経済新聞 経済教室 畑村洋太郎 抜粋)
日本の電力業が「低廉で安定的な電気供給」を実現できた理由
<独占企業に緊張感を与えた経営形態をめぐる対立>
1951年の電気事業再編成によって誕生した9電力各社は、1950年代後半から70年代初めにかけての日本経済の高度成長期に、企業努力を重ね、活力を発揮して「低廉で安定的な電気供給」という公益的課題を達成した。
では、なぜ、地域独占の民間企業体が、このような大きな成果をあげることができたのか?
その理由の一つに「官と民の緊張関係」が挙げられる。
この時代は、電力国家管理の復活をもくろむ政府と、民営9電力体制の定着を目指す民間電力会社とか、官営か民営かを巡り、つば競り合いを繰り広げた。
戦前の電気事業法が廃止されたのは1950年であるが、経営形態をめぐる対立が深刻で、戦後の電気事業法が制定されたのは、実に1964年になってからである、その空白の14年の間に、9電力各社は、競い合って経営合理化に取り組んだ。
その結果、電源の大容量化、火力発電の熱効率向上、火力発電用燃料の油主炭従化、水力発電所の無人化、送配電損失率の低下などが急速に進み、水力発電に固執し、火力発電では、石炭に傾斜した政府は、敗北を喫し、新電機事業法では、民営9電力体制が法的に認められることとなったのである。
(2011.6.9 日本経済新聞)
豊かな国と貧しい国とはどこで分かれるのか?(アダムスミス『国富論』
《ピン工場で実感した分業の威力》
技術革新を経済成長に結びつけるうえで、産業革命には何が欠けていたのか?
アダム・スミスの教えによると、それは「市場」である。
スミスが刊行した「国富論」は、「豊かな国と貧しい国はどこで分かれるのか?」と問いかける。
そしてスミスの原体験に基づいて、その答えを冒頭で示している。
スミスの訪ねたピン工場では、10人の作業者が別々の工程を担当し、1日に5万本を生産していた。一方、すべての工程を一人で担当すると、10人で200本が限界である。この200本と5万本の差が分業の威力にほかならない。
《大きな交易圏を築いた国ほど生産性が上がり豊かになる》
工程を細分化していくとラインの生産能力も向上する。このため、市場の大きさが分業の程度、すなわち生産性の水準を規定する。
つまり、大きな交易圏を築いた国が高い生産性を誇り、富を蓄えることができるというものである。
人が特定の物質の生産に特化しても、ほかに必要な物質は他の人から買えば済む。お互いが需給調整しなくても「神の見えざる手」が皆を導いてくれるから物資の不足は心配しなくてもよい。これが「国富論」教えである。
(神戸大学教授 三品和広)
上司は「問いかけ」をするのが仕事
《問いかけで部下に考えさせる》
上司は、「問いかけ」をするのが仕事。実際、部下に課題やノルマを与えるとき、私はいつも「問いかけ」をするように努めています。
まず、最初の問いは「なぜ、そうなったの?」です。
部下が相談に来た場合、「どうしますか?」と尋ねる部下に対し、私は「なぜ、そうなったの?」と聞きます。
第二の問いかけは、「それで、君自身どうしたいの?」です。
ここで、、部下から「こうしたい」という提案が出るのを待ちます。部下によっては、なかなか答えが返ってこない場合もありますが、緊急性の高い案件でない限り、答えが出てくるのを待ちようにしています。
答えを聞く前に上から指示を出してしまえば、その部下の成長は止まってしまいますし、自発的に仕事に取り組む意欲も引き出せないからです。
この場合、問いかけをする側としては当然、経験知に裏づけされた自分自身の答えをもっておかなければなりません。
そして、「最終責任は自分が負う」「部下の案を試させてうまくいかなかったら最後は自分が出て行って解決する」と腹を決めておかなければなりません。
その限度内に納まるうちは、部下の自主性に任せるわけです。
(双日 加瀬 豊氏 プレジデント2011.1.31号)
自分の役割を果たしながら周囲へのアシストを忘れないインテル長友
自分の役割だけに満足することなく、果敢にはみ出していく長友の「野性」
人はその言動に人柄が出るように、たったひとつのプレーがその選手の存在やパーソナリティーを雄弁に語ることがある。たとえば、先(3月6日)の長友佑都のイタリア、セリエAの初ゴールには、彼のスタイルとメンタリティーがものの見事に表れていた。
シュートも素晴らしかったが、何よりこのゴールで強烈な輝きを放ったのは、長友佑都という選手の世界レベルの「野性」だ。
「野性」とは、リスクを引き受ける覚悟のことだ。失敗したらどうしよう、余計なことをして評価を下げたらどうしよう……などと考えていたらゴールは奪えない。「行く」と決めたら覚悟を持って攻めていく。その勇気が長友にゴールをプレゼントしたのだ。
自分の役割だけを果たすのはプロとして最低限の仕事だ。自分のポジション(役職)に満足することなく、臨機応変に果敢にチャレンジを挑む。言い方を換えれば、自分自身をはみ出していくことができるのが優れた選手なのである。
臨機応変に自分の枠をはみ出していく。人の仕事やそのやり方に口を出すということではない。自分の役割を果たしながら、周囲へのアシストやサポートにも労を惜しまない……ということである。
長友の献身的なランニングは、多くの場合、徒労に終わる。それでも彼は、チャンスのある限り走り続ける。献身的とは、単なる犠牲的精神のことではない。何事も最後まで諦めることなくタフに戦い続ける勇気のことだ。
そうした屈強な精神の持ち主が、国や言葉の壁を越えてチームメイトから信頼されていく。必要なときには、また求められたときには、自分の枠をどんどんはみ出していく。その姿勢の大切さを、長友佑都が教えてくれる。
(青島健太 オヤジ目線の社会学)
コンセッション方式による社会資本整備
《社会資本の事業運営権を売却し経営委託する方法導入へ》
民間資金を活用した社会資本整備(PFI)を見直す政府の最終案が明らかになった。
まず上下水道事業など14分野(鉄道や港湾施設、浄化槽、国・地方の医療施設等)を対象に、事業運営権を民間に売却し経営委託する新方式(コンセッション)を導入。民間の経営ノウハウを採り入れることで、柔軟で質の高いサービスを提供する。企業や銀行の参画を促し、国や自治体の財政負担を軽くする狙いもある。
政府は月内にもPFI法改正案を閣議決定し、国会提出する方針。
改正案ではこのほか、水道などの専門知識を持つ自治体職員らを民間に派遣できる制度も整備。現在は公務員の民間への長期出向が実質的に認められず、PFIの妨げになる恐れがあるためだ。
法改正をにらみ、自治体の動きも活発だ。東京都中央区が検討に着手している。東京・銀座と晴海をつなぐ次世代型路面電車(LRT)整備計画などで新方式の採用が有力。
《コンセッションは将来のCFを担保とした行政の資金調達手段に過ぎない》
国や自治体が、鉄道などの様々な公共施設を所有したまま、開発や運営に関する事業運営権を民間事業者に譲る仕組みのこと。
concessionは、政府が権利を与えることを意味する。税金でつくったインフラには通常、私権を設定できず、運営権の設定は難しかったが、法改正で制度を整え、企業が長期安定的に経営に参画できるようにする。
ただし、コンセッション方式は万能ではない。行政は運営権の売却で得た収入によって負債を解消できる半面、利用者である市民に将来の通行料や運賃などとして、のし掛かってくる恐れがあるからだ。ある意味、社会資本整備に受益者負担を明確にすることになる。
(日本経済新聞3/9 一部加筆)
日本のMBOは株価のゆがみをついた財務的行動
《MBOの本来の目的は、経営の短期志向からの脱却》
MBOとはそもそも企業の行動を変える目的でオーナーを変えることそのものです。
頻繁に入れ替わる株主からのプレッシャーで経営が短期志向になることを防ぎ、経営陣が思い通りに動けるようにするのが目的だといわれています。
ところが、ここ数年の日本のMBOブームをみると、必ずしも行動変化が起きているとはいえません。
日本の最近のMBO案件は、内需関連の企業がほとんどです。これらの多くは、成長企業というより、多額の現金を資産に持ち、投資もあまりしないが、収益は比較的底堅いという安定企業です。
《MBO企業は内需安定型で借入れによる調達が合理的》
内需志向の安定企業がMBOを選ぶのは、株式市場で株価が割安な一方、低金利下で財務が安定しており負債による資金調達が容易にできるからです。
つまり配当利回りが借入金利を大きく上回っており、経営陣は借入をして自らの株式に投資することが合理的な行動なのです。
日本のMBOの現状は、株価のゆがみをついた財務的な行動にすぎないともいえます。すなわち、企業がより大きな価値を生みだすためのオーナーチェンジになってはいないのです。
(日本経済新聞2011.3.3 経済教室)