借金をすればWACCは下がり続けるのか(最適資本構成の考察)
《株主資本コストは負債資本コストより高い》
近年、さすがに株式での資金調達は金利を払わなくていいので、コストが安いと考える人は減りましたが、そもそもなぜ、株主資本コストは(rE)は負債資本コスト(rD)よりも高くなるのでしょうか?
それは、株主の方が債権者よりも、大きなリスクを背負っているからです。
例えば、借入と株式によりそれぞれ10億円調達し、合計20億円で事業を始めたとします。
事業が成功し、資産価値が時価25億円まで上昇した場合、増加した5億円は株主のものとなります(儲かったからといって借入返済額(10億円)に変動はない)。
一方、事業に失敗し、資産の時価が12億円に減少した場合、この失敗は株主が負担することになり、株主の持分は2億円に減少してしまいます。
債権者はどちらの場合も10億円を得ることができますが、株主は15億円を得るか2億円しか得られないかと変動幅が大きくなります。
企業価値は、債権者に優先的に配分され、株主は「残り物」にしか権利がないため、分配額に対して大きなリスクを負うのです
《負債比率を上げてもWACCは下がらない》
では、株主資本コストより負債資本コストのほうが低いという前提下では、自己資本を減らし借入を増やせば(D/Eレシオを低くすれば)増やすほど、WACCは低下するような気がします。
これに対しては、1958年に、F.ModiglianiとM.H.Millerという二人の経済学者が「法人税の存在を想定しない場合、資本構成は企業価値に影響を与えない」(MM理論第1命題)と説明しています。つまり、企業価値が不変であれば、WACCも不変であり、借入を増やしてもWACCは変わらないということになります。
「でも、負債の割合を増やせば、WACCは下がるのでは?」と思うかもしれませんが、ここで先ほどの「なぜ株主資本コストが負債資本コストより高いのか」というのが活きてきます。
負債の割合を増やせば、株主の取り分は少なくなり、リスクが高くなるため、当然株主はより高い利回りを求めます。この結果、負債比率上昇によるメリットを相殺してしまうのです(MM理論第2命題)。
これを式で表現すると以下のとおりとなります。
re=r-(r-rd)R/D
re:株主資本コスト
r :株主資本100%の会社の株主資本コスト
rd:負債資本コスト
R :株主資本金額
D :負債資本金額
《負債の節税効果によってWACCは下がる》
ここまで、単に負債比率を増やしてもWACCは下がらないことを説明してきました。
それでは、法人税の存在を想定した場合はどうでしょうか?
先ほどの説明のとおり、D/Eレシオが上昇すると、株主資本コストは上昇します。
一方、負債資本コストは、D/Eレシオがある程度の範囲内に収まっている限りにおいては、負債の節税効果の分だけ、WACCは緩やかに下がっていきます。
負債資本コスト、つまり、支払利息は税務上損金となるため、節税コスト分を控除して考える必要があるのです。
以上の節税効果を数式化すると以下のとおりとなります。
有利子負債の増加額: ΔD
利率: rD
法人税率: t
年間の節税額 = ΔD × rD × t
節税額の永続価値= ΔD x rD x t / rD
節税効果= ΔD x t
永続価値算定に用いる割引率をどう考えるかには諸説ありますが、最も簡単で一般的なのは、この節税額を生み出した有利子負債そのものとリスクと同じという考え方です。
《借入にはデフォルトリスクがあるため、WACCは必ず上昇に転ずる》
では、最後にD/Eレシオを極限まで上げれば、WACCも極限まで下がるのでしょうか?
もちろん答えはNOです。
負債資本コストは、D/Eレシオがある一線を超えた段階で上昇を始めます。これは、負債のデフォルトリスクが高まることから、債権者が高い金利を要求することによります。
したがって、WACCは、一旦は緩やかに低下するが、一定程度を超えた段階で再び上昇に転じることとなるのです。
以上の内容を図解すると以下のとおりとなります
逆利回り革命の蔓延
《株式は配当利回りこそが重要視される「債権化」へ向かっている》
1958年、米国で起きた「利回り革命」から半世紀。資本市場の拡大を支えた議論が大きく揺らいでいる。
「利回り革命」とは、株式配当利回りが国債利回りを下回っている現象を言う。もともと、株式は価格変動リスクが大きいため、投資家は利率(クーポン)が確定し元本が保証されている国債よりも高い利回りを要求していた。
それが、1958年に株式の成長性を買うということで、株式の配当利回りは国債利回りよりも低くてもよいという投資理論が資本主義の黄金時代到来とともに米国で登場した。”
英国のFTSE100採用銘柄の配当利回りは6月末で3.5%。英10年物国際利回りの3.4%を上回る。すでに慢性化している日本のほか、米国、ドイツ、フランス、イタリアなど軒並み逆転か、ほぼそれに近い状態にある。この「逆利回り革命ともいえる現状は、長期的な成長への信頼の欠如が背景にある
一方で、利回り革命を地でいくのが新興国だ。ブラジル、中国、インド。いずれも配当利回りが長期金利の水準を下回る。企業は配当の増額より利益の蓄積を優先して、次の成長を目指すべきだとの市場の期待がある。
(2010/7/6日本経済新聞 一目均衡 藤田和明編)
(2003/3/25日経BPネット 水野和夫)
ターミナルバリュー
《個別のCFが算定できない場合に用いるターミナルバリュー》
ターミナルバリューとは、事業や企業の生み出す将来のキャッシュフローを試算してその価値を計算する際に、個別にキャッシュフローの試算ができない期間(例えば5年目以降)以降について算定された永続価値や残存価値のことです。
以下の3種類の方法が代表的ですが、ここでは継続価値の方法について記載します。
・継続価値による算出(DCF法による永久還元方式の活用)
・清算価値による算出(資産価値の金額換算)
・マルチプル法による算出(PERやEV/EBITDA倍率の活用)
《継続価値は事業が未来永劫続くのが前提》
継続価値とは、事業が未来永劫続くという前提のもとでの残存価値になります。以下の3種類が典型的ですが、いずれもCFは算定可能な最終年度の数値を用います。
なお、継続価値は「算定可能な最終年度の翌年度期首時点での現在価値」であるため、NPV法を用いる場合は、さらに現在時点まで割り引きます。
例えば、5年間算定期間があり、その後は継続価値を用いる場合、5乗で割り引きます(6年目期首=5年目期末)
また、継続価値がキャッシュインフローの大部分を占めることもあるため、成長率を用いる場合は、それが恣意的でないことを慎重に判断する必要があります。
■永久年金(Perpetuity)
一定額の受け取りが永久に続くCF
土地や耐用年数の十分長い不動産などの資産価値の計算などに用いられる
■割増永久年金(Growing Perpetuity)
毎年の受取額がある一定の割合で永久に増えていくCF
成長が著しい新興企業の企業価値の計算などに用いられる
■年金(Annuity)
ある一定額の受け取りが特定期間続くCF(nは受取期間)
社債の現在価値の計算など広範なものに適用される
企業買収は「負け」から開始
《企業買収には買収プレミアムがつきもの》
M&Aの世界では、売り手のほうが買い手より、はるかにリスクが低いというのが一般的な認識である。M&Aでは平均して、企業の株式時価総額に対して30~40%程度の買収プレミアムを支払う。M&Aの買い手は対象会社の経営権を取得するため株式市場で株を買う投資家とは得るものが異なる。
したがって、支払う金額も異なるというのがプレミアムの理由だ。つまり、M&Aは売り手にとって、プレミアムを受領して当該事業に対する投資を終了し、投資の利回りが決まる行為なのだ。撤退して儲けが決まるので、リスクは基本的にゼロである。
《実際に儲かるかどうかは買収後の経営次第》
一方、買い手側からみると、プレミアムを支払って当該事業に対する投資を開始するので、実際に儲かるかどうかは買収後の経営次第だ。いわば「負けから始める」高リスクの投資である。支払ったプレミアムを上回る価値の創出に成功しない限り投資利回りはマイナスになってしまう。
もともとリスクの高い買い手側でのM&Aに成功するためには、第一に買い手側は成功確率がせいぜい50%程度の高リスク戦略であり、負けから始める勝負だと理解することである。第二は、負けから始める以上「なんとなく」ではなく、綿密な行動プランとしての計画を持っていることが必要である。第三に計画だけあってもこれを実行する権力がないと意味がないため、原則として過半数の株式を取得して経営権を持たなければならない。
(2010/6/22日本経済新聞 経済教室 服部暢達寄稿)
会計に関わるうえでの原点
“会計上常識とされている考え方や慣行をすぐにあてめるのではなく、改めて何が本質であるのかを問い、会計の原理原則に立ち戻って判断しなければならない。そのため一般に認められている「適正な会計基準」をむやみに信じるのではなく、経営の立場から「なぜそうするのか」「何がその本質なのか」ということを特に意識して私は問いかけるようにしてきた。”
“問題は、本来限定的にしか当てはまらない「常識」を、まるで常に成立するものと勘違いして鵜呑みにしてしまうことである。このような「常識」にとらわれず、本質を見極め正しい判断を積み重ねていくことが、絶えず変化する経営環境の中では必要なのである。”
(稲盛和夫の実学 経営と会計 稲盛和夫著)


