悪臭の漂う息をまき散らし兄弟はこの地にやって来た。
のどかな田園風景、月夜に照らされ青々とした稲が風に揺られて波打つ緑の絨毯のようだった。
「兄貴・・・腹減った」
弟はよだれを垂らしながら獣の様な牙を口から覗かせた。
「その辺に歩いている人でも食らうか・・・」
兄貴と呼ばれていた者は鋭く乾いた視線を辺りへやる。
ちょうど夜風に当たりながら散歩でもしているのか一人の老人がとぼとぼと歩いているのが見える。
「あいつにしよう」
老人の目の前に現れた2体の大きな体をした獣。
悪臭を放ちむき出した牙からよだれが垂れている。
この世のものと思えぬ生き物に遭遇し心臓が止まるほど驚く老人。
悲鳴を上げる暇もなく首を折られてしまった・・・
老人を片手で引きずり山へ向かう兄弟の獣達。
辺りは何事もなかったかのようにしんと静まり返る。
それから1ヵ月ほどたったある日
夜な夜な被害者が出ているこの村に恐ろしい獣を退治してくれるかもしれないという人物が現れる。
猟友会や警察が動くが一向に犯人が捕まらない。
被害者は村の子供から老人まで様々で、以前は夜だけだったのが昼間でも人がさらわれるようになってきていた。
しまいにはスクープを狙ってやって来た報道陣までもが被害にあい行方不明になる始末。
ほとほと困り果てた村長は、たまたま村にやって来た全国の土地を癒して廻っているという風変わりな巫女とその一行に出会う。
藁にもすがる気持ちで相談してみると巫女は役に立てるかもしれないと快諾。
村長と村の青年団の男性数名と巫女御一行とで、初めに被害にあった老人が歩いていた散歩コースを辿っていた。
田畑へ水を引くための用水路にかかった小さな橋を渡り終えた頃に巫女がつぶやく。
「この辺りに鬼のような獣が2体いる」
年は20代半ば位にみえる「簡単に言えば巫女の様な者です」と名乗った女性。
目が合うと心の奥底まで見透かされているかの様な恐怖を感じた。
巫女は何かを感じたかのようにハッと視線を遠くへ移し人とは思えぬ速さで軽々と走り出して姿を消した。
姿が見えなくなった巫女を目の当たりにして村長と青年団が驚きざわつき始める。
と、同時にドーーン、パンッ、と何処からともなく破裂音やら地響きが起こり始める。
「おぉ今日は随分と張り切っているな」と巫女御一行のひとりの男がつぶやく。
「な、何が起きてるんです?」村長が聞くと
「獣を見つけたんでしょう。あなた方やこの土地を穢さないように違う所でお仕置き中ですよ。ここであるがここではない。ちょっとした魔法を使っています」
「ま・・・魔法ですか・・・」村長は理解できずキョトンとしていた。
しばらく異音が続いた後、急に静寂が訪れる。
風が山を駆け抜ける音・・・鳥がさえずる音・・・
終わったのか?と辺りを見わたす村長達・・・
すると
ドドドドドドドドド
メキメキメキ・・・
奇妙な音が聴こえてくる
音の原因は何だと一同がキョロキョロとしていると
小さな橋を渡った道端の茶色く乾いた土がモコモコと盛り上がってきている。
何が起こっているのかと凝視する。
盛り上がった土から何かが出てくる。
・・・・木だ。
同時に巫女が姿を現す。
いくつもの木の枝やつるがまるで蛇のようにウネウネと上へ上へと伸びる。
やがて束になり大樹になった。
太い幹の上に卵型に空洞ができて枝の檻のようになっていた。
その空洞の中には白濁した液体に満たされたように見えるガラスの不思議な球体があった。
「よくもこんな所に俺様達を閉じ込めやがったな!」
球体の中から声が聞こえる。
獣たちがこの球体に囚われているようだ。
兄弟が球体の中で暴れたり悪態をついたりする度に大樹がかすかに光り養分が土の中へ還っていくかのように見えた。
この光や獣兄弟の声は村長達には聞こえていないようだった。
突然、奇妙に出現したこれまた奇妙な大樹にただただ圧倒されているようだ。
「人を食らった分、悔いながら人やこの地に奉仕せぇ」
巫女はそう言って木の幹をパシッと叩いた。
ゴォォォォンと球体の中に轟音が響く。
「うわぁぁぁ」「やめろぉぉぉ!!」何故か獣兄弟が苦しむ。
巫女がスッと村長の側へ近寄る。
「これで獣は悪事を働くことはなくなりましたよ」
村長はホッとした。
「ですが・・・いったいこれはどういう事なんです?」
この突然現れた大樹について村長は巫女に聞いた。
「簡単に説明すれば、いわばこの木は地球の手です。獣たちをこの手の中に封印しました。そして獣たちの底知れぬ生命力を吸い取っています。その吸い取られた力・・・養分は浄化され神聖な力として地球やこの土地へ還ります」
続けて巫女は話す。
「この木に触れれば不思議と体力は回復し、癒しと浄化をもたらします。神のように祀れとは言いませんがパワースポット的な感じで管理して頂けると助かります。あと・・・」
「・・・あと?」
「この木に供えた水で淹れたコーヒーは格別ですよ。そういえば酒蔵さんがありましたよね?お酒造りの時にもここに供えた水を使うと少量でもとても美味しくなると思いますよ。水はペットボトルに入れた水道水で大丈夫です。ただし供える時は必ず木に触れるように供えて下さい」
「そしてこの木はあらゆるものの力を増強させるものです。良きものも悪しきものも。なので『心正しき者以外触れるべからず』と注意看板でも立てておいてください。何か問題が起きた時はまた私が対処に来ます」
そう言うとニッコリ笑って巫女は歩き出した。
「あ・・・あの!お待ちください。村の女達が食事を作って集会所で待っております。せめてお礼をさせて下さーい」
村長達は巫女御一行を追って走り出した。
「さて、できる限りの脱出法を試みてどれもさっぱり成功しないがどうしたものか・・・」
考え込む兄を横目に弟は球体の外を眺めている。
「兄貴、今日も人が沢山だ」
「だろうよ、俺様達のありがたい力にあやかりに群がってくるあさましい人どもめ」
兄はため息をついた。
兄弟は幼い子を連れた母親に目が行った。
「かーちゃん元気かなぁ・・・」弟は自身の母が恋しいらしい。
「そうだなぁ・・・」
「兄貴あの子かわいいなぁ、ほら俺達に手を振っているよ」
「俺様達がみえるのか??」
幼い子は母に手を引かれながらも一生懸命に兄弟たちに手を振って笑っていた。
「なぁ、弟よ。あの巫女は何故俺達を生きたまま捕らえたと思う?」
弟は一旦考える素振りを見せるが「わからねぇ」と子に手を振り返している。
「それにだ。お前、あの子供を見ても美味そうだと感じてねぇな。不思議と俺様も人を食らいたいとも腹が減ったとも思わなくなっている。変だと思わんのか?」
「そりゃ~兄貴、この球体が何か俺達にしているからじゃないか?」
「ほぉー。なんだ?俺様達は地球の加護を受けながらも人や地球へ力を還しているって事か?」
「俺達このまま浄化されて善になってしまうんじゃ?おぉ・・・恐ろしい」
弟は身震いした。
「それはねぇよ。善と悪、陰と陽、男と女、対する2極のものや事は偏りなく均等だ。いうなれば俺様達は『必要悪』だ」
「・・・・ん??まてよ・・・」兄は何かを思いついたかのように考え込む。
「そういえば俺様達が『カラス』にそそのかされてこの地へ来た時、奴ら地球の次元上昇だのアセンションだのなんだかゴチャゴチャ言ってなかったか?するとだ、地球に等しい二極はいらねぇ。もしかすると善や光で満たされた世界になるかもしれん。そうなると俺様達は必要悪でもなんでもなくなるし、存在できるかも怪しい・・・」
「つまり・・・?」弟は兄の顔を覗き込んだ。
「くそっ!あの巫女め!これはアイツからの挑戦状だ!」
「どういうこと???」弟は混乱した。
「つまりだ、巫女は『この地球は癒され光の世界になるけどお前たちは悪のままどこまでこの星で存在し続けられるかな?』ってほくそえみながら俺様達をこんな玉っころに閉じ込めやがったんだよ!」
イラつく兄に反応するかのように木が光る。
すると弟が「そうかなぁ・・・俺には巫女は『気が向いたから守って光に満たされた世界をお前達にも見せてやる』って言っている様に感じてるよ、だって俺達を消そうと思えばすぐ消せただろうし、現に俺達たしかに力を吸い取られているとはいえ何も消耗している様に感じていない・・・」そう呟いた。
兄弟はお互いに顔を見合わせた。
「なんなんだ??あいつ・・・」
「ほら、俺達の栄養を貰って人が喜んでるよ。なんだか俺も嬉しい」
弟はニコニコと微笑んでいる。
兄は何かを察したかのようにハッとした後、弟につられて微笑んでいた。