こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。
モンテッソーリ教師のめぐみです。
ご訪問いただきありがとうございます。
自己肯定感と自己受容について
広辞苑(第七版)で調べたのですが…
どちらも載っていませんでした!
一般的ではない言葉なのでしょうか?
三年前に改定された広辞苑なのに
載っていないんだ!?
それにはびっくり![]()
自己肯定感は
自分を肯定する感情のこと。
自分にはできる
自分には存在価値がある
自分は必要とされている
自分が好き
・・・
こういう感情が自己肯定感
だと思うのですが、
たしかに、こんな感情を
持っているときはあります。
ですが
いつでも100%
自己肯定している人っているのかな?
誰かに否定されたら?
大事な仕事で失敗したら?
そんなつもりはなかったとしても
誰かを傷つけたりしちゃったら?
少しでも
一瞬だとしても
自分を否定する感情が
湧いてくることもあるのじゃないかな。
自己肯定感の反対は
自己否定感だと思います。
自分には無理
自分には生きる価値がない
自分は必要とされていない
自分が嫌い
・・・
私は
こういう感情をもつときもあります。
自己肯定感と自己否定感。
多かれ少なかれ
どちらも自分の中にある
感情なのかもしれません。
自己否定感←ーーーーー→自己肯定感
全部で100%のこんなグラフがあって
間をゆらゆら動いているイメージ。
自己肯定感が90%で
自己否定感が10%のときもあれば
自己肯定感が10%で
自己否定感が90%のときもある。
こんな感じなのじゃないかな〜
なんて思いました。
ちょっと話を離れますが
昨日佐伯和也さんの
家庭を安全基地にする親のためのBASE講座
にサポートスタッフとして参加してきました。
佐伯さんのブログはコチラです
講座の中で
自己否定が強い人は
他人とのコミュニケーションで
無意識のうちに、他人を使って
自分の自己肯定感を上げようとする。
そんな話がでました。
ゲーム理論というそうです。
ゲームのパターンも色々あるので
よかったら、調べてみてくださいね♪
自己否定の強い人は
色んなゲームを仕掛けるのですが
そのゲームで相手も自分も
結局嫌な気持ちになる。。。
そして、人間関係が破綻していく。。。
そんな不毛なゲームを
繰り広げてしまうのです。
そのうちの1つ
『世話好き』をご紹介します。
自己否定の強い親が
子どもに世話を焼いているとします。
子どもが鬱陶しがって拒否すると
「あなたのためにしているのに!!!」
とキレる。
誰かに貢献することで
自己肯定感を上げようと
しているのだそうです。
自己否定感が強いと
無意識に破滅の道へ進んでしまうのです。
あれまぁ。。。。
ゲームのパターンを見ていくと
私も身に覚えがあるものが
ちらほら、ちらほら。
自己肯定感を感じたいっていう欲求が
自分の中にあるのでしょうね。
マズローの法則(5段階欲求説)に
承認欲求というものがありますね。
自己否定感が強いと
自己肯定したい気持ちも強くなり…
だから承認欲求も強くなるのかな???
あ、私の解釈ですけれど。。。
マズローの法則について書いた記事はこちら♡
自己否定感を下げるか
自己肯定感を上げるか。。。。
あなたは、どちらをしますか??
思うんですけど
そのどちらかを直接変えようとしても
結構難しくないですか??
自己否定感を下げようとすると
自己否定している自分を否定する…
って。。。
結局否定してる。
自己肯定感を上げようとすると
自己否定している自分を肯定する…
例えば
「自分は生きる価値がないんだ」
という気持ちを肯定するので
結局自分は生きる価値がないんだって
認めているわけで。。。笑
冗談ですが(笑)
エンドレス感ハンパないですよね。
新しい分野に踏み出したときとか
アウェイ感満載なところに入ったとき
自己否定感がムクムクと湧き上がってきます。
自分には無理なんじゃないかって
必要とされていないんじゃないかって
不安な気持ち、湧いてきませんか?
ひと時も不安が現れず
「私ならできる!!!!!」
って感じていたら
それは逆にポジティブに
偏っているんじゃないかな?
例えば
自分が不登校で家にいて
勉強を何もしていないのに
大学受験を受けるとしたら
不安になりません?
「無理かも・・・」って
思うのが普通じゃないかな。
ポジティブに偏っていたら逆に心配。
だから
自己否定することって
ある程度は必要なのではないでしょうか?
現状を否定して
切り拓いていく力だって
何かを成し遂げるには
必要になると思います。
もっときれいになりたい。
もっと〇〇ができるようになりたい。
と今の自分を否定することは
原動力にもなります。
だから、
そんな自己肯定している自分も
自己否定している自分も
どちらもそのまま
受け入れちゃえばいいんです。
これを自己受容といいます。
知らないうちに誰かを傷つけて
自己嫌悪に陥っている自分も
仕事で失敗して
恥ずかしい思いをした自分も
中々上手く出来なくて
ダメダメな自分も
こんな自分も全部オッケー。
私が私自身を生きていることが
すでに素晴らしいんだから。
まるごとそのまま受け入れるんです。
本当はただの出来事が
起きただけなんです。
それは良くも悪くもない。
それに対して評価しているのは
自分です。
自分を評価しているのは
自分なんです。
誰かを傷つけたなら
反省して謝ればいいのです。
間違いは誰にでもあります。
失敗は誰だってしますし、
いつだって成功のもとです。
中々上手く出来なくてもいいじゃない?
少しずつできるようになるっていうのも
それはそれで楽しいものです。
ダイエットのリバウンドのような
揺り戻しが少なくなります。
どうやったら上手く出来るのか
方向性を変えたり
細かいところに
目を向けてみるのもいいかも。
一旦受け入れてからでないと
どうすればいいのかが
見えてこないかもしれません。
だから、自己肯定感よりも
自己受容が先なんです。
受け入れてからでないと
否定が肯定に変わることは
難しいと思います。
あったとしても
それは一時的なものだったり
無理やり思い込んでいるだけ
かもしれません。
まずは、しっかりとオッケーを出しましょう。
これは子どもについても
同じです。
子どもが、何か暗い顔で
「全然上手く出来ない。
私って、ダメ人間。」
みたいに話してくれたら
どうしますか?
「そんなことないよ」
と直接肯定感を上げようとしたり、
「なんでそんなことしたの!?」
と責めたりしたらブブブーです![]()
(いや、別にそれでもいいんですけどね笑)
親の自己否定感が強いと
子どもを責めたりしてしまいます。
これもゲーム理論なので、
責めていることに気が付いたら
そこから自己受容していきましょう。
まずはそんな子どもに
オッケーを出してあげましょう。
全然上手くいかなくてもオッケー
ダメ人間って思っていてもオッケー
あなたがあなた自身を
生きていることが既に素晴らしいんだから。
そうやって一旦受け入れてから
話を聴いてみると
また今までとは変わってくるかも
しれませんね。
「そうなんだね。
全然上手くいかないって思っているんだね。
ダメ人間だって思っているんだね。」
もしかしたらその続きを
話してくれるかもしれません。
また
「どんなところが上手くいかないの?」
と質問してみてもいいのかも。
いずれにしても、
全面的に一旦受け入れてから。
目的は
子どもの自己受容力を
つけること。
今この一瞬だけ
気持ちが上がればいい
わけではないのです。
コツコツコツコツ。
確かにすぐには結果は出ないけれど
確実に子どもは変わっていきます。
大人より、子どもの方が
柔軟で、変化も早いですよね(笑)
途中で抜かされるかもしれませんね笑
自分を自己受容しながら
子どもを信頼して
成長を待ちましょう⸜(๑⃙⃘'ᵕ'๑⃙⃘)⸝⋆︎*
自分の成長も
子どもの成長も
楽しみですね。
ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。
こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。
モンテッソーリ教師のめぐみです。
ご訪問いただきありがとうございます。
今日偶然にも
息子の学校の先生に会いました。
先生「いかがですか?」
私「元気です。
中学はフリースクールに行きます。」
「本人が行きたいって言っているんで。」
先生「そうですか。良かったです。」
先生「とっても優秀な子だったから。」
先生「本当にもったいないですよね。」
私「ありがとうございます。」
こんな感じの会話をしました。
私は、この場を
無事に切り抜けられてよかったと
そのことだけにホッとしていました(笑)
(色々質問されたらいやだな~って思っていたので)
後からこのときの会話を思い出し
胸がチクりともしなかったのはなぜか??
と、振り返ってみました。
「とっても優秀な子だったから」
「本当にもったいない」
以前の私は
こういう言葉をもらうと
傷ついたり、怒りが湧いてきたりしました。
誉め言葉なのだろうか?
それとも、
今を批判している言葉なのだろうか?
きっと心優しい先生なのでしょう。
不登校でなければ
栄光輝く道に進んでいたのに
って思ってくれているのかも。
いや、そこまでは思っていないか(笑)
以前だったら、
昔と今を比較して
今の息子のことを
「かわいそう」って思ったかもしれません。
でも、今は
優秀ってワードに反応しないんです。
もったいないってワードにも反応しないんです。
「もったいない」があるとすれば
本心ではやりたくないと
思っている勉強をして、
どんどん自分の心とは
違う方へ歩いていって
しまうことかもしれません。
そのことで
成績などの一部分を切り取って
優越感を感じたり、
劣等感を感じたりするように
なったりすることかもしれません。
また
頑張っていない
(と自分では思っている)人をみると
批判したくなることかもしれません。
もちろんそういう人ばかりでは
ないことも知っていますけれど…
もしそうなっていったら
それは、もったいないのかも。
また、
本心では「行きたくない」と
思っている学校へ行って
自分の心よりも周りが決めたことに
心を合わせていくことも
もったいないって思います。
人生のうちのなるはやで
自分の心に従う生き方を
身につけたらいいと思う。
これは私の経験からそう思います。
詳しくは、こちらの記事をどうぞ♡
優秀というのは
ある1つの側面だけに
スポットライトを
当ててみていると思います。
1つの面は優秀かもしれませんが
全てが優秀って人は
きっといないと思う。。。
目に見えて分かる面ではなくても
いろんなところにスポットライトを当ててみれば
その人にとっての「優秀」は必ずあります。
だけど…
優秀ってやっぱり比較した上でのものだから
優秀じゃなくてもいいかなって思います。
優秀でなくても
何人かの熱烈なファンがいたら
その方がいいな。
優秀でなくても
そのことをやっているときが
めちゃめちゃ楽しかったら
その方がいいな。
優秀でなくても
誰かに何かを貢献できるなら
そしてそのことに幸せを感じるなら
その方がいいな。
折角息子のことを優秀だったって(過去形)
言ってくださったので
どんなところが優秀だったのか
もっと細かく見ていこうと思います。
お世辞とか慰めてくれただけ
かもしれませんけど(笑)
そんなことはもはやどうでもいい!
例えば…
集中力。
やりたいこと、知りたいものに対しては
すごい集中力を発揮します。
発想力。
よく、誰にも思いつかないことをする
って言われています。
観察力。
感受性が強いのも影響してか
他の人が気が付かないようなところを
よくみていたりします。
考える力。
周りの考えとは別に
自分の考えを持っています。
調べる力。
やりたい、知りたいとなれば
色んなツールを使いこなして調べます。
応用する力。
面白そうってことを
自分なりに変えたり
発展したりすることがよくあります。
こうやって書いていくと
誰にでもあるような力ですね。
だけど
こんなところが特に素晴らしいんだって
親が思っているのと、いないのとでは
これからのコミュニケーションが
変ってくるのかなって思います。
なぜなら
こういう力って
学校でなくても
どこにいても
伸ばしていくことができるからです。
だったら、そういった力が
伸びていくように少し意識して
いるといいのかな。
そういう意識って
コミュニケーションをとるときに
自然と出てきますもの。
子どもと色んな話をする中でも
伸ばしていけたらいいですよね。
もったいないも
優秀も
とても偏っている言葉だと思います。
繊細な言葉でもありますよね。
誰かに対して迂闊には
言えないと思うような言葉。。。
こういう言葉を言われたときに
四方八方から
眺めてみたら
色んなことが見えて来るかもしません。
物事は、色んな側面を持っているんです。
捉え方も、色々出来ると
生きていくのが楽になります。
そういう力を
是非子どもにも身につけて
欲しいなって思います。
まずは親から…
親の考え方って
子どもに伝わっていきますから。。。
ね( •̀∀︎•́ )✧︎
ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました。