不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~ -27ページ目

不登校はプレゼント ~不登校や病気などの試練は、本来の自分らしい輝きを取り戻し生きるための素晴らしい贈り物~

子どもの中には、人生の道しるべとなる内なる教師がいます。
本来持っている生命力を取り戻し、子どもが内なる教師の声を聞き、力を発揮できるようサポートしていきましょう。
不登校や病気などの試練は、とても素晴らしい贈り物になり得ます。

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

子どもの不登校って

 

ものすごい力を持っている出来事だと思います。

 

 

 

 

その力には

 

破壊力があるかもしれませんが

 

うまく使うと人生180度変わるかもしれません。

 

 

 

 

いい方向に180度です。

 

 

 

 

 

 

それは、私にとっても例外ではなく


もう少し未来になって振り返ったときに

 

息子の不登校は

 

人生のターニングポイントだって

 

言っているんじゃないかな~

 

なんて思っています。

 

 

 

 

 

もちろん、いい意味で、ですよ!

 

 

 

 

 

人生のターニングポイントだと思う理由を

 

大きく3つ挙げてみます。

 

 

 

 

1.今まで抱えていた生きづらさを

  根本から変えていけたこと

 

 

2.毎日が幸せで

  それが拡大していること

 

 

3.子どもとの関係、

  家族との関係はもちろん

  いろんな人との関係が良くなっていること

  

 

 

 

これはもちろんまだまだ途上です。

 

また、他の人と比べられるものではありません。

 

 

 

 

伸びしろが多そうでワクワクします。

 

 

 

 

 

そして…

 

親がこんな風に変わっていけば

 

親のコミュニケーションが変わり

 

子どもとのコミュニケーションが変わり

 

そして、子ども自身も変わっていくと思います。

 

 

 

 

 

そりゃそうですよ。

 

 

親が今までとは違う生き方をして

 

コミュニケーションを変えていったら

 

自動的に子どもも変わっていきますよね。

 

 

 

 

それは目には見えないほどの

 

小さい変化から始まるかもしれませんが

 

数年経ったら、きっと

 

大きな変化になっているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは、ターニングポイントになる理由を

 

みていきましょう。

 

 

 

 

1.今まで抱えていた生きづらさを

  根本から変えていけたこと

 

 

2.毎日が幸せで

  それが拡大していること

 

 

3.子どもとの関係、

  家族との関係はもちろん

  いろんな人との関係が良くなっていること

 

 

 

 

3つ書きましたが

 

どれもひとつながりのものですので

 

まとめて書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

子どもが不登校になると

 

今まで当たり前だと思っていたことが

 

覆されます。

 

 

 

 

例えば、

 

『子どもは学校に行きながら

 

勉強や友達や仲間と切磋琢磨し

 

社会人への道を歩いていく』

 

 

と、なんとなくでも

 

当然のように思っていたことが

 

出来なくなるかもしれないと思うんです。

 

 

 

 

その際感じる、焦り、絶望、悲しみ。

 

 

 

大げさに聞こえるかもしれませんが

 

本当に感じるんですよ。

 

 

「終わった」感を!!

(※人によって感じ方は異なります)

 

 

 

 


 

 

 

 

ここで気が付きます。

 

 

 

学校に行くことに対して

 

疑問にも感じずに生きていたことに。。。

 

 

 

学校ありきの世界に染まっていたんですよ。

 

 

 

 

それは

 

学校で学びながら大人になること

 

を含みますが

 

それだけではありません。

 

 

 

 

考え方が、学校的なんです。

 

 

 

 

正しいかどうかを気にしたり

 

周りと比較して、判断したり

 

自分の心の声よりも

世間や周りの声を基準にしたり。。。

 

 

 

そういう学校的な判断に

染まりに染まっていたことに気が付きました。

 

 

 

 

 

子どもの心をしっかりと見ずに

 

学校に戻そうとすることは

 

学校的な考えに染まっているということです。

 

 

 

だって、明らかに行きたくなさそうなのは

 

見ればわかります。

 

 

 

なのに、無理して

学校に行かせようとするのはなぜ?

 

 

自分だって、そうして生きてきたんですよ、きっと。

 

 

 

 

 

嫌いな体育の授業があるから

学校に行きたくない。

 

 

友達と喧嘩しちゃったから

学校に行きたくない。

 

 

少し気分が落ち込みがちだから

仕事休みたい。

 

 

 

・・・

 

 

 

そんなことを思ったこと

 

多かれ少なかれ

 

誰にでもあるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

それを親に言うとどうなるか。

 

 

 

「そんなこと言ってないで、

早く学校行きなさい。」

 

 

「行けば大したことないってわかるから。」

 

 

「病気でもないのに学校は休めない。」

 

 

「休んだら、どんどん勉強が遅れるし

行きづらくなるわよ!」

 

 

 

…と、取り合ってもらえませんでした。

 

 

 

 

 

学校に通っていたときがそんなだから

 

入社して、なんとなく休みたいときでも

 

無理して行きます。

 

 

 

例え体調不良で休んだとしても

 

罪悪感を感じてしまう。

 

 

 

 

確かに会社の同僚には

迷惑が掛かるかもしれません。

 

でも、持ちつ持たれつ、じゃないですか。

 

みんなで協力しあえばいいじゃないですか?

 

もちろん、責任が伴うこともあるでしょうから

一概には言えませんけれども…

 

 

 

それはどれもこれも

 

学校にいかなければいけない

 

という考えがあったからです。

 

 

 

一度サボってしまったら

 

取返しがつかないことになると

 

考えられていたのではないでしょうか。

 

 

 

それはつまり

 

子どもには自分で解決する力が

 

ないと思われているということ。。。

 

 

 

自分のことを自分で考えて

 

解決する力を育てられて

 

こなかったんですよね、きっと。

 

 

 

だから、強制しないといけないと。。。

 

 

 

 

 

 

長々書きましたが

 

今まで当然だと思い込んでいたものが

 

実は当然ではなかったことに

 

気が付きました。

 

 

 

 

 

ここでは

 

学校教育で培った固定観念を書きましたが

 

他にも沢山あります。

 

 

 

 

 

・・・というか、驚くことに

 

生活の大半のことや、考えることが

 

自分基準でなかったり

 

誰かと比較して判断したり

 

正しいかどうかを気にしていたり。。。。

 

 

 

 

 

 

そんな中をよく生きてきたな、私。

 

 

 

 

 

生活のあらゆることを

 

自分がやりたいか、やりたくないか

 

ワクワクするか、ワクワクしないか

 

そういう自分の心を基準にしていくように

 

変えていきました。

 

 

 

 

 

本当に精神の奥深くに染みついているようで

 

今でも、あれ??って思うこと沢山あります。

 

 

 

 

いつの間にか

 

〇〇しなければいけない

 

って自分を追いつめていることもありますよ。

 

 

 

 

 

でも以前よりはなくなりました。

 

 

 

ですから、毎日ハッピーです。

 

 

 

だって、自分基準で動けるのですからね。

 

 

 

今まで感じていた生きづらさが

 

薄れてきたかなと思います。

 

 

 

こうやって

 

自分に対してゆるく優しくなれると

 

余裕が出てくると思います。

 

 

 

そうすると

 

子どもや家族、他の人に対しても

 

ゆるく優しくなれますね。

 

 

 

 

 

 

 

自分基準で動くってことは

 

自分を認めるってことだと思います。

 

 

 

 

 

他の誰とも比べずに

 

ジャッジせずに自分を見られるので

 

劣等感や優越感を感じません。

 

 

自分でいることに幸せを感じられます。

 

 

 

自分はこのままでオッケー!って

 

思えるようになる。

 

 

 

 

自己受容が出来てくるんです。

 

 

 

 

 

そしたら、他の誰かのことも

 

許せるし

認められるようになってくるでしょう。

 

 

 

 

 

・・・とは言ってもまだ道半ばですので

 

誰かの批判などに

ときどきワナワナしたり

 

誰かへの共感力のなさに

ズドーンと落ちたりしますけど(笑)

 

 

 

 

 

 

それでも、

 

今までの人生に比べて

 

生きるのが楽になりました。

 

 

楽しくなりました。

 

 

 

だから

 

子どもの不登校は

 

私のターニングポイントです☆

 

 

 

 

 

 

どうして変わっていけたかというと

 

そういうトレーニングができるような

 

コミュニティに身を置いていたから、

 

とも言えます。

 

 

 

 

1人だったら、できなかったと思います。

 

 

 

 

 

私にとってのそういったコミュニティは

 

いくつかあるのですが

 

不登校や親子のコミュニティに限定して

 

こちらでご紹介させてください。

 

 

 

1つは

木村優一さんの

シアプロジェクト

シア・プロジェクト概要 - 不登校対応支援機関 SIA PROJECT (futoukou24.jp)

 

 

 

2つ目は

佐伯和也さんの

家庭を安全基地にする親子のコミュニケーション講座Base

子どもはみんな天才だ!佐伯和也 公式ブログ (ameblo.jp)

 

 

 

リンクを貼らせていただくので

 

良かったら見てみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

何かの出来事が起きたら

 

それはきっと何かを

学ばせてくれるためのものです。

 

 

 

それが正しいかどうかは関係ありません。

 

私は、そう考えることにしています。

 

 

 

 

子どもの不登校も

 

きっと自分に何かを

 

学ばせてくれるものだと思います。

 

 

 

 

 

不登校自体は

 

子どもの課題です。

 

 

 

学校に戻るにしろ、社会に戻るにしろ、

 

子どもが自分で乗り越えていくものです。

 

 

 

ですが

 

子どもをサポートすることは必要です。

 

 

 

 

どんなサポートが

 

子どもの力になるでしょうか?

 

 

 

 

私もまだまだですので

 

楽しみながら

 

サポートも模索していきたいです(●︎´ω`●︎)

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。

こんにちは。

 

 
モンテッソーリ教師のめぐみです。
 
ご訪問いただきありがとうございます。
 
 
 
 
 
突然ですが、私はHSPなのじゃないかな~
 
って思います。
 
 
 
繊細さんです(✿︎´ ꒳ ` )♡︎
 
 
 
HSPやHSCという言葉は
 
ご存知でしょうか。
 
 
 
 
HSPは、
 
Highly Sensitive Personの頭文字、
 
Wikipediaによると
 
『高度な感覚処理感受性を、気質として持つとされる人のこと。』
 
だそうです。
 
 
 
HSCは
 
Highly Sensitive Child
 
HSPの子ども版ですね。
 
 
 
診断名とかはつきません。
 
日本には5人に1人くらいの割合で
 
いるそうです。
 
 
 
 
視覚や聴覚、触覚、味覚などの
 
センサーが敏感だったり、鋭かったりします。
 
 
 
 
 
5人に1人だったらそんなに珍しくないですが
 
それでも少数派。
 
 
 
 
 
 
一般的な感覚の人との
 
感じ方の違いによって
 
生きづらさを感じていることも多いようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
色んなタイプがいるそうですが
 
私の場合は
 
他人の感情を感じ取りやすいところや
 
思考が深く深くなりがちなところがあります。
 
 
 
 
 
こうやって書くと、いいところでは??
 
 
と思えるのですが
 
そう単純ではなくて、
 
 
相手のちょっとした感情の動きに傷ついたり
 
相手が気持ちよく過ごせるように
気を使いすぎたり
 
相手に合わせて自分を変えていったり
 
相手優先にしたり…
 
というようなことをしやすくて気疲れします。
 
 
 
 
 
また、
 
いろんなこと、特に危険なことなどに
 
気が付きやすいので
 
先の先まで危険回避のために考えて動き
 
実際には余計なことばかりして
 
疲れ果ててしまったりします。
 
 
 
 
まだまだ色々とありますが…
 
 
 
 
せっかくいいものを持っているのに
 
それを生かすことができずに
 
ずっと短所だと思って生きてきました。
 
 
 
 
 
 
 
不登校のお子さんの中には
 
HSCの気質を持っているお子さんも
 
いるのではないかなぁと思います。
 
もちろん、不登校でもHSCでないお子さんもいますし、
HSC傾向があっても学校に通っているお子さんは沢山います。
 
 
 
 
 
いろんなことを受け取りやすいですから、
 
周りの人がそれとは違う感覚だとすると
 
我慢することも多くなり
 
ストレスもたまりやすいかもしれません。
 
 
 
 
 
例えば
 
味覚が鋭い我が家の息子にとっては
 
同じ食材でも、おいしいと感じるものもあれば
 
食べにくいと感じるものもあり
 
食べにくいものを食べるのは
 
苦行のように感じているかもしれません。
 
 
 
 
 
普通の感覚の人にとっては
 
少し我慢すれば食べられるものでも
 
感覚が鋭い子にとっては
 
それが本当に辛いものです。
 
 
 
 
 
ですので
 
『残さずに食べられる子どもが、いい子』
 
という考えの大人しか周りにいなかったら
 
 
 
「自分はダメな子」という
 
自己否定の気持ちを感じるようになったり
 
 
 
「誰も自分の気持ちを分かってくれない」
 
といった孤独感や無力感を感じやすくなります。
 
 
 
 
 
 
 
そういう経験が沢山積み重なって
 
周りへの不信感や
 
自分への自信のなさを
 
募らせていくのかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
私は、幼稚園に通っていたころから
 
周りとは違うんだっていう
 
感覚を持っていました。
 
 
 
 
そのころから
 
「どうせわかってもらえないんだ」
 
って諦めてしまうことも多かったと思います。
 
 
 
 
 
誰かが怒られたり
 
喧嘩したりするのを見ることもいやで
 
勝ち負けがあるゲームや
 
運動会なども
 
あまり好きではなかったですね。
 
 
 
 
 
ですので
 
集団が平和に過ごせるように
 
気を配ったり
 
自分が合わせて我慢したり。。。
 
 
 
 
 
そういうことに疲れると
 
集団から離れて
 
1人を好むようになったこともあります。
 
 
 
 
 
 
就職して企業に勤めるようになってからは
 
めちゃめちゃ気を使っていました。
 
 
 
 
上司が気持ちよく過ごせるようにと
 
上司が求める部下像は何かを
 
無意識のうちに探って
 
そういう部下になれるように
 
自分を変えようとしていました。
 
 
 
 
 
でも、苦手なことをしているので
 
うまくできずに
 
自分の力も発揮できず
 
落ち込むことも多かったです。
 
 
 
 
 
今思うと、頑張る方向性が
 
全く違うということがわかりますけどね(笑)
 
 
 
 
 
 
それだけ、HSPという性質に振り回されて
 
ストレスを感じながら生きてきたのです。
 
 
 
 
 
 
 
それが変わってきたのが
 
ちょうど1年前です。
 
 
 
 
 
ある尊敬する人から
 
こんな質問をされたのです。
 
 
 
 
 
「あなたの天才性は何ですか?
 
他の人には難しいことでも
 
あなたにだけ簡単に
 
できてしまうことがあるはずです。」
 
 
 
 
 
 
残念ながら、最初は思いつきませんでした。
 
 
 
でも、2、3日考えていると
 
もしかして???と思い始めます。
 
 
 
もしかして
 
他人の感情に敏感に気が付くのは
 
自分の天才性になるのでは???
 
 
 
 
いろんな細かいところを感じられるのは
 
自分の天才性になるのでは???
 
 
 
 
 
頭で考えるよりも
 
感覚に耳を傾けて
 
直感で動けるのは
 
自分の天才性になるのでは???
 
 
 
 
 
 
 
そのことに閃いてから
 
毎日の感じ方が
 
まるで変っていました。
 
 
 
念のため・・・
 
天才性と書いてますが、
特別にすごいわけではなくて
誰でも何かの天才性を必ず持っている
という前提のものですので、あしからず
 
 
 
 
他人の感情を感じ取ったとしても
 
そこに合わせて自分を変えるのではなくて
 
自分はそのままでいいんだって思うだけで
 
ぐっと楽になります。
 
 
 
 
それに、他人の細かい感情の動きに
 
共感しやすいということは
 
コミュニケーションしていく上で
 
とても素敵なメリットになります。
 
 
 
 
 
 
細かいところを感じて
 
危機回避のために「〇〇しなきゃ」って
 
思い始めたらそれは大変ですけれど、
 
別の場面で生かせればとてもいいと思います。
 
 
何かを学ぶときなんて、丁度よいですよね。
 
 
 
 
そして
 
直感が鋭いって
 
めちゃめちゃ良くないですか?
 
 
 
自分の能力を生かしていくには
 
無意識下に働きかけて
 
直観力を使えるようになるといいって
 
聞きます。(今度ブログに書いてみようかな)
 
 
 
いや、私はまだまだ
 
直観力を使えていないと思いますけどね。
 
 
 
鍛えてみたいと思いますね。
 
 
 
 
 
 
今回の記事のタイトルは
 
『繊細さんは安全基地があると
 力を発揮しやすい』
 
です。
 
 
 
 
 
ここまで読まれて
 
お気づきの方も
 
いらっしゃるかもしれませんが、
 
 
 
HSPやHSC気質を持っている人は
 
その特性を素晴らしいものだって
 
自分で認められさえすれば
 
生き方がぐっと楽になり
 
力を発揮しやすくなると思うのです。
 
 
 
 
子どもの場合、自分では
 
中々気づきにくいかもしれませんね。
 
 
 
 
ですが
 
親御さんが子どものそんな気質を
 
素晴らしいものなんだって
 
心から認められたらどうでしょうか。
 
 
 
 
そして、その気質にあった
 
生き方ができるように
 
サポートできたらどうでしょうか。
 
 
 
 
 
繊細さんは5人に1人かもしれませんが
 
いろんなタイプがあるので
 
その分野での繊細さんはもっと少ないです。
 
 
 
だからその気質は、天才的なものなんです。
 
 
 
 
 
例えば
 
防犯センサーだって
 
人にも猫にも鳥にも反応するものよりも、
 
人に限定して反応したり、
 
さらには、怪しい動きをする人や
 
家族以外の人に反応するセンサーの方が
 
高機能な気がします。
 
 
 
 
例えがおかしいかもしれませんが(笑)
 
そんな感じです。
 
 
 
 
それに
 
天才性は誰かと比べる必要なんてないんです。
 
 
 
子どもがそのことを誇りに思い
 
力を生かしながら、
 
幸せな生き方をして
 
さらには、誰かを助けたり
 
幸せにしたりできたら
 
素晴らしいな~って思います。
 
 
 
 
全ての子どもには
 
素晴らしい力が備わっています。
 
 
 
 
それは子どもによって違うものですし
 
優劣もなく、みんな天才です。
 
 
 
 
 
子どものことをよ~くみて
 
天才性、見つけてあげたいですね。
 
 
 
 
ここまでお付き合いいただき
 
ありがとうございました。
 

こんにちは。

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

突然ですが、このケーキ

 

我が家の小6男子が作りました。

 

 

市販のスポンジ6段重ねのショートケーキです。

(ショートケーキ感が感じられませんが笑)

 

 

苺は3パックの贅沢使い☆彡

 

 

 

 

 

料理が好きかどうかは知りません。

 

 

だって、全然やらないし。。。

 

 

 

普段まるで料理はしないけれど、

電子レンジでチンすらしない

 

ときっどき、3,4か月に1回くらい

 

何か作りたくなるらしい。

 

 

 

前回は、確か…

 

トンカツだった気がします。笑

 

 

 

 

 

今回は、2,3日前に

 

ケーキを作りたいと言い始めました。

 

 

 

 

スポンジケーキを3個と

 

苺を3パックと

 

生クリームを買ってきてくれない?

 

 

 

との依頼。

 

 

 

本日買い物があったので

 

そのついでに買ってきました。

 

 

 

 

 

 

こういうとき、

 

自分で買いに行くときと

 

「買ってきて」とお願いされるときがあります。

 

 

 

お願いされたときは、

 

よっぽど嫌な理由がない限りは

(私がそれをしたければ)

 

買ってこようと思っています。

 

 

 

 

以前は

 

自分でやりたいなら自分で買いに行くべし!

 

って思っていました。

 

 

 

 

それって、結構突き放されているように

 

感じたのじゃないかと

 

今になって思います。

 

 

 

 

 

私もいろんな人に助けてもらって

 

甘えているのに

 

息子にはそれを許さないって

 

優しくないですよね。

 

 

 

 

 

どうしても行きたくないときもあるので

 

そういうときは行きませんけれどね。。。

 

 

 

無理すると、それがどこかで爆発してしまいますからね。

 

 

 

 

 

 

…というわけで

 

息子からの依頼の品を

 

買ってきました。

 

 

 

 

息子氏、張り切って作っていましたよ。

 

 

それがこれ(笑)

 

 

  

 

 

テキトー感がすごい!!

 

 

そして、見たことないようなタワー状のケーキ。

 

 

 

 

 

以前の私だったら、

 

 

「スポンジ6段重ね?

苺3パック?

はぁ!? 

食べ物は遊びじゃない!!!」

 

 

とでも言っていたかもしれませんね。。。

 

 

 

 

 

 

以前は

 

子どもが食べ物で遊んだりすることを

 

許せませんでした。

 

(いや今回も別に

遊んでいるわけではないですけどね…)

 

 

 

 

食べたくても食べられない人がいるのに!

 

 

息子には食べものに真面目に向き合う人に

 

なってほしいと思っていました。

 

 

 

 

 

 

子どもが食べ物に

 

真面目に向き合っていないように見えれば

 

嫌悪感のようなものが浮かんでくるし、

 

早く止めなきゃ、分かってもらわなきゃって

 

思っていました。

 

 

 

 

 

 

その思いの裏側には

 

 

息子が誰かに行儀が悪いと思われたらどうしよう

 

息子が非常識だと思われたらどうしよう

 

そう思われたら息子がかわいそう

 

 

 

 

…そして、

 

私の育て方が悪いって思われたらどうしよう

 

私自身が人間として

備わっているものが備わっていない

ダメ人間だって思われたらどうしよう…

 

 

 

という気持ちが隠れていたんです。

 

 

 

 

 

 

こうやって書いてみるとすごく良くわかるのですが

 

いもしない誰かにどう思われるかを気にしています。

 

 

 

 

 

いもしない誰かのために生きている!!

 

 

 

いもしない誰かのために

 

息子をコントロールしようとしてる!!

 

 

 

 

 

それって、おかしくないですか!?

 

 

 

 

 

私の人生ですらない

 

息子の人生なのに…

 

 

 

 

 

 

 

私自身が

 

自己受容できていないから

 

周りに受け入れてもらおうと

 

頑張っちゃう。

 

 

 

 

 

 

先日書いた記事を思い出しました。

 

マズローの法則(欲求5段階説)の

上から2番目、承認欲求について、です。

 

 

自己承認できていないから

他者承認されたくて動いちゃう。

 

 

それと似ているのかなって思います。

 

 

その記事はこちらです。

よかったら読んでみてくださいね♡

 『マズローの法則✧︎安心で安全な場所が必要なわけ✧︎』こんにちは。モンテッソーリ教師のめぐみです。ご訪問いただきありがとうございます。先日のブログで「勉強したい!」と書いたのですけど、『モンテッソーリ教師の学びが…リンクameblo.jp

 

 

 

 

 

私が自分を認めていないし

受け入れていないから

 

周りからの承認を求めて

 

息子を変えようとしていたんです。

 

 

 

 

 

 

周りから受け入れてもらえないかも???

 

と思うと不安になって心配になって

 

子どもをコントロールしたくなっちゃうんです。

 

 

 

 

 


以前はそんな私でした。

 

 

 

 

 

これじゃあ、気が休まらないですね。

 

いつも気疲れしていたのは、

 

このせいかもしれません。

 

 

 

 
 
 
私が昨年参加した佐伯和也さんの
『家庭を安全基地にする親のためのBASE講座』
 

今はサポートスタッフをさせていただいています

 

BASEで、「遊びの解放」という言葉を知りました。

 

佐伯さんのブログに

遊びの解放について書いてあるので

もしよかったら読んでみてくださいね。

 

 

 

 

遊びの解放とは

 

子どもの遊びに制限をかけないことです。

 

 

 

 

子どもの遊びを制限しないことで

 

子どもが自分から学んでいくということを説いています。

 

 

 

 

 

学びは、科目の勉強も含むのですが

 

人生全体からの学びもあります。

 

 

 

 

我が家は、1年ほど前にBASEに参加してから

 

遊びの解放を実践してきました。

 

 

 

 

 

遊びだけでなく、子どもの生活すべての解放。

 

 

 

学校行くか行かないか、から

 

お風呂に入るか入らないか、

 

食事を何回取るか、何時とるか、みんなと食べるのか、

 

夜寝る時間に、朝起きる時間(昼???)

 

 

 

 

などなど、すべてのコントロールを解いていきました。

 

 

 

 

本当に大丈夫なの??

 

って不安になったり、イライラしたりします。

 

 

 

そのたびに

 

不安なんだね。

 

って気持ちを受け入れて

 

 

なんで不安なのだろう?

 

って自分に向き合いました。

 

 

 

BASEのコミュニティーの中には

 

お風呂に入っていない先輩や

 

自由気ままな食生活の先輩

 

昼夜逆転でも元気な先輩が

 

沢山いるんですよね。

 

 

 

そして、みんな大丈夫なんです。

 

 

そういう少し先を行く子どもを見ていると

 

不安は減りますよね。

 

 

 

あとは、それを自分が受容できるかどうか。

 

 

そうやって一つずつ考えていけばいいんです。

 

 

 

そして

 

子どもだけでなく

 

自分に対しても解放してきました。

 

 自分を解放して、旅に出た記事はこちら♡『。.:*・゚罪悪感は幻・゚*:.。家族を残して旅行するの巻』こんにちは。国際モンテッソーリ教師(3〜6歳)のめぐみです。ご訪問いただきありがとうございます。子どもを家に置いて遊びにいくことに、罪悪感を感じていました。こ…リンクameblo.jp

 

 

 

 

 

そういう段階を経て、今回の

 

スポンジ6段重ねショートケーキタワー(笑)

 

 

 

 

 

息子が「作りたい」と言ったときから

 

ワクワクしていました。

 

 

 

 

いったいどんなものができるのかな?

 

 

写真撮ったり、動画とったり…

 

 

作ったはいいけど、どうやって取り分けるのか(笑)

 

 

 

結局解体して1段ずつ食べたり、

 

 

以前確執のあった

祖父母に、息子自身がおすそ分けしに行ったり。。。

 

 

 

 

しかも、夕食前に作ってしまい

 

大きすぎて冷蔵庫には入らず

 

夕食前に平らげました(笑)

 

 

 

 

 

 

なんだか、学生時代に戻ったような楽しさでした。

 

 

大学生のころに、

 

仲間とくだらないことやって楽しんでいたときのような…

 

 

 

 

家庭は、真面目でなければならない。

 

 

 

今まで、家庭はこうあるべきだ

 

というような固定観念に縛られていましたね。

 

 

 

型の中で、そこからはみ出ないように

 

めっちゃ頑張っていたんだな・・・

 

 

 

 

固定観念を手放すと

 

そこには、幸せな世界が広がっています。

 

 

 

 

今回のケーキ作りにまつわる色々は

 

遊びの解放レベルが5段階位あったとすると

 

レベル1くらいです、きっと。

 

 

 

 

ですが、以前はできなかったことです。

 

 

遊びの解放をすると、

 

子どもの遊びを

 

一緒になって楽しむことができます。

 

 

 

 

 

そういう時間って、貴重だな~って思います。

 

 

 

 

子どもとも仲良くなりますしね。

 

 

 

最初は葛藤はあるかもしれませんが

 

必要とあれば、子どもは少しずつ

 

自分を自分でコントロールできるように

 

なっていきます。

 

 

 

 

色んなことを教えてもらうのではなくて

 

実体験を通して

 

自分で考えながら学んでいきます。

 

 

 

 
遊びの解放は
 
子どもが自分で自分を
成長させるためのツールにもなりますよ。
 
 
 
 
 
ここまでお付き合いいただき
 
ありがとうございました。
 
 
 

こんにちは。

 

 
モンテッソーリ教師のめぐみです。
 
ご訪問いただきありがとうございます。
 
 
 
 
 
ここ最近、何故だか知らないけれど
 
自分の両親の話ばかりしています。
 
 
折角なので、三部作にしようと思います(笑)
 
 
上編、中編はこちらからどうぞ♡
 
 
 
 
 
私の親は、共感的だと思います。
 
でも最初から共感的というわけではなくて
 
こちらの様子をよく見ているんです。
 
 
 
こちらの反応をみて
 
押したり、引いたり
 
方向転換したり…
 
結構柔軟なんだと思います。
 
 
 
 
息子が不登校になった当初は
 
母は「やらなきゃいけないことは、ちゃんとさせないとね」
 
みたいなことを言っていましたが、
 
そこから私が母を避けるようになると
 
態度を一変してきました。
 
 
 
 
(これはマズい。緊急事態かも。)
 
とでも思ったんでしょうかね。
 
 
 
 
そこからは先日の記事に書いたように
 
共感的に受け止めてくれています。
 
 
 
 
 
そんな比較的柔軟で共感的な母ですが、
 
小学4年生から大学2年生頃まで
 
私は長~い反抗期を過ごしてきました。
 
そして、母に対してのものすごい秘密主義。
 
 
 
なんでそんなに反抗していたのか謎でした。
 
 
当時は、嫌悪感もあるし
 
そばにいるだけでイライラすることも多かったのです。
 
 
話せば喧嘩になるし。。。
 
 
 
 
思春期ってそんなものだって思っていたのですが
 
どうやら違うらしい。
 
 
 
余計な関わりをするから
 
反抗するのだと。
 
 
 
ある尊敬する人が
 
それはそのまんま、作用、反作用の法則だって
 
言っておりました。
 
 
 
真っ向から子どもに働きかけるから
 
それと同等の力で反抗するだけだと。
 
 
 
もはや自然の法則。
 
 
 
 
 
子どもに寄り添う形だったら
 
反抗期は生まれないんです。
 
 
 
 
 
 
思春期で体も精神も心も大きく変わるので
 
不安やイラつきなどの感情を
 
自分では持て余すこともあるでしょう。
 
 
 
 
それで親に八つ当たりしてしまうことは
 
あると思いますが…
 
 
反抗期というものは
 
親が生み出しているものなのかもしれませんね。
 
 
 
 
 
 
話が逸れ始めていますが(笑)、
 
私は反抗期が長かったんです。
 
 
 
なぜなら
 
母は正しすぎるし、頼もしすぎたから。
 
 
 
 
ちなみに…
父に対する反抗期はありません。
 
父は、正しすぎず、頼もしすぎない人でしたから(笑)
 
 
 
 
 
 
 
母がいつも正しい考えを持っていて
 
私はそれを超えられないと思っていました。
 
 
 
 
母は元保育士で、介護士で
 
いつもどこでも人気者になるような人でして
 
それは周りの人への共感力が高いから
 
なのじゃないかと思います。
 
 
 
 
愛情深く、共感して寄り添う力があるんです。
 
 
 
 
 
共感して、寄り添いながら
 
相手の間違いを正していく、
 
意識を変えていく。
 
 
 
 
信頼感がある上での洗脳???笑
 
 
そんな感じかもしれません。(違うかもしれません笑)
 
 
 
 
 
 
とにかく、母が言っていることには
 
最初はわずかに違和感があるものの
 
徐々にそれが分からなくなり
 
我慢しながらも
 
納得して受け入れる
 
そんな感じなのです。
 
 
 
 
多分心のどこかは不満があって
 
それで反抗していたのかもしれませんね。
 
 
 
 
 
私が大人になってからは
 
親との距離も離れ
 
反抗するような場面もなくなりました。
 
 
 
 
だから、もう親との関係は
 
何も問題ないのかもしれないな~
 
なんて思っていたのです。
 
 
 
 
 
 
 
そんな中、
 
まだコロナがそこまで広がっていない
 
昨年の3月。
 
 
 
 
 
実家に帰省したときに
 
実家から近くで開催される講座に
 
参加しようとしたのです。
 
 
 
 
そのときに母が
 
「コロナにかかったら大変だから
 
今回は残念だけど、やめておきなさいよ。」
 
と、言ったのです。
 
 
 
私は
 
(そうだよな~。
万が一かかったら大変だもの。
親にも迷惑かけるかもしれないし、
やめておこうかな)
 
と思いました。
 
 
 
でもやっぱり参加したい。
 
 
その気持ちを持っていても
 
親に話して、許してもらう(!?)
 
という選択肢が浮かんできませんでした。
 
 
 
 
それでもやっぱり行きたくて
 
そのときにやっと思いついたのです。
 
 
(母に相談してみよう!!)
 
 
って。
 
 
 
 
 
これだけのことを話すのに
 
勇気を出している自分がいました。
 
 
 
 
「感染対策はちゃんと考えてあるの。
 
マスクもするし、席は離れて座る。
 
アルコール消毒も持っていく。
 
だから、参加してもいいかな。」
 
 
と恐る恐る言っていました。
 
 
 
 
 
母は
 
「じゃあ気を付けてね。」
 
と言いました。
 
 
 
それだけ…
 
 
 
 
 
 
 
この一連の出来事に
 
自分でも驚きを隠せませんでした。
 
 
 
 
 
 
ちょっとした親の指示(命令?依頼?)を
 
疑問に思わずに従おうとする自分。
 
 
 
親の意見を覆そうとするときの勇気。
 
 
 
そして、簡単にあっさり認めてもらえたこと。
 
 
 
別に親もこだわっていたわけじゃないのかも?
 
思いつきだったのかも?
 

 
 
 
子どものころから母に反抗していたのは
 
きっとこういう日常の大したことないことの
 
積み重ねだったんだって、
 
分かったような気がしたのです。
 
 
 
 
 
その日常の大したことないことは
 
多分、私を守ろうと、
導こうとしてくれたことなんです。
 
 
 
 
その愛情に気づいていたからこそ
 
疑問にも思わず従っていたのかも。
 
 
 
 
それは確かに私を守ったり
 
導いてくれたかもしれないけれど
 
必要だったのかな???って
 
今の私は疑問に思います。
 
 
 
 
 
いや、正直いらないでしょう。
 
 
 
 
親が不安や心配から
 
子どもに一方的に考えを
 
押し付けてしまうことは
 
自然とよくやってしまうことです。
 
 
 
私も、息子に色々と
 
押し付けてきたと思います。
 
 
 
 
 
大人が子どものころからの
 
経験の積み重ねで得てきた知識や教訓を
 
子どもに教えてあげたいですよね。
 
 
 
そうすれば、
 
無駄に失敗したり傷つかなくて済みます。
 
 
 
 
 
勉強やスポーツも同じかもしれません。
 
 
 
 
 
人類が長い年月をかけて得てきたことを
 
体系的にまとめて年齢に合う形で
 
少しずつ教えていくことは、
 
親の知識や教訓を教えることと
 
根本の考え方は同じ気がします。
 
 
 
 
でも、、、
 
子どもの気持ちは?考えは?
 
 
子どもはそれを欲しいの?
 
それを知りたいの?

 
 
 
子どもの気持ちに注目していないんです。
 
 
 
 
 
子どもには、
 
自分の求めるものを得ようと
 
涙ぐましい努力をします。
 
 
 
 
お子さんが初めて歩いたり
 
言葉を話したり
 
何かが出来るまで
 
びっくりするほどの努力をしていましたね。
 
 
 
 
 
子どもは
 
そのびっくりするほどの努力をして
 
自分のいる世界でやっていけるように
 
自分を創っていくんです。
 
 
 
 
 
 
子どもは、
 
そういう性質を持っているのだと思います。
 
 
 
 
 
それは、子どもが自分を創っていく力。
 
 
社会の中で、
 
自分を輝かせるために持っている力です。
 
(人類の進化のためにも…)
 
 
 
 
親が、大人が
 
自分たちの不安や、心配や、願望で
 
子どもに何かをさせるための力ではないですね。
 
 
 
 
 
子ども自身が求めることに
 
力を使えるように、
 
サポートしていきたいですね。
 
 
 
 
 
私が母の呪縛から
 
あっさりと解き放たれたことで
 
母とは対等な横の関係になれたと思います。
 
 
 
 
そのあと、無理だと思っていた義母とも
 
横の関係になってきています。
 
義母との関係改善についてはコチラ♡
 
 
思い込んでいることに気が付けば
 
案外簡単に
 
呪縛を解く魔法が見つかるのかも???
 
 
3000文字だわ〜( ゚д゚)!
これを書くのに
こんなに長文必要だったかな?笑
 
 
 
ここまどでお付き合いいただき
 
ありがとうございました(✿︎´ ꒳ ` )♡︎
 

こんにちは。

 

モンテッソーリ教師のめぐみです。

 

ご訪問いただきありがとうございます。

 

 

 

 

先日、

 

親に信じてもらっていることが

 

子どもにとって大きな力になるのじゃないかな

 

という記事を書きました。

 

『信じてもらえることが、何よりの支え』こんにちは。 モンテッソーリ教師のめぐみです。 ご訪問いただきありがとうございます。   両親に信頼してもらえるということが 何よりの支えになるのだな~と感じ…リンクameblo.jp

 

 

 


 

 

 

子どものことを信じられるようになると

 

子どもの選ぶ道に

 

手出し口出ししなくなると思うのです。

 

 

 

 

 

 

アドラー心理学では

 

課題の分離

 

と、いいます。

 

 

 

 

本人の課題は、 

 

本人が解決する自由があります。

 

 

 

他人の課題に踏み込まないことで

 

ものごとも人間関係もシンプルになり

 

お互いが幸せになります。

 

 

 

 

子どもの未来は子どものもの。

 

 

 

だから、子どもが進む未来に対して

 

親があーだこーだと手出し口出しすると

 

子どもの自分で学ぶ機会を奪ってしまいます。

 

 

 

 

 

子どもが選ぶ道は不完全に見えるし、

 

しかも

 

誰もやっていないような新しいことを

 

やろうとしていたとしたら

 

そりゃあ不安にもなりますよね。

 

 

 

一度しかない人生、

 

明らかに失敗しそうなこと

(と親が思い込んでいること)に

 

時間をかけるのはもったいない。

 

 

 

取返しが付かなくなる前に

 

なんとかしなければ。

 

 

 

 

 

そうやって

 

子どもの人生に制限をかけてしまうのです。

 

 

 

 

 

 

先日の記事のように

 

私の事を信じてくれていた親が、

 

今までずっと

 

子どもを信じる姿勢だったかというと

 

全然そんなことはありません(笑)

 

 

 

 

 

親が誘導するように

 

進んできたことが

 

実は結構あります。

 

 

 

 

 

 

それは、、、

 

高校卒業後の進路を

 

決めようとしていたとき。

 

 

 

 

今じゃ公言するのが恥ずかしすぎるのですが

 

私はメイクアップアーティストに

 

なりたかったのです(。・・。)笑

 

 

 

中学、高校と

おしゃれをすることが大好きでした。

 

 

 

メイクアップアーティストになって

 

いろんな女の子を可愛くしたい!って

 

思っていたんですよね。

 

 

(今じゃ見る影もなく…恥ずかしいわぁ~)

 

 

 

 

 

専門学校に行きたいっていうことを

 

ドキドキしながら親に伝えると…

 

 

 

反対どころか

 

めっちゃ怒られました!!!!

 

 

 

 

普段怒ることのない父親が怒っておる。。。

 

 

「楽な方に逃げるな!」と言われた(笑)
 

 

 

 

いや、確かに大学受験は大変そうで

 

できれば勉強しない道を選びたいという

 

逃げの気持ちも、めっちゃありましたが。。。

 

 

 

 

 

母も大反対。

 

 

それでも母は、

 

メイクアップアーティストになるために

 

した方がいいことなどを

 

母なりに考えてくれていました。

 

 

 

でも、私は子どものころからアトピーで

 

そのために母は苦労していたようなので

 

アトピーだったら絶対に不利になると

 

そう思ったようです。

 

 

 

 

 

私も、親を説得する自信もなく

 

「もし本当にやりたいなら

 

大学を卒業してからやりなさい」

 

と言われたことで納得してしまいました。。。

 

 

 

 

 

所詮その程度のもの。

 

 

…と言えるのかもしれませんが

 

子どものころから親に

 

誘導されて生きていると

 

こんなときに自分の意見を

 

通すほどの自信なんて

 

ないと思いませんか?

 

 

 

 

いや、

 

子どものころから

 

好きなことは結構やらせてもらえていました。

 

 

 

 

中学受験をしたいといえば

 

塾にも行かせてもらい、

 

やっぱりやめたいといえば

 

入塾1週間でもやめさせてくれた(笑)

 

 

 

 

しかも、そのあと、

 

普通の塾に行きたいといえば

 

二つ返事で入れてくれました。

 

 

 

 

でも、

 

正しすぎて、頼もしすぎる親のもと

 

ちょっとした自分の話が

 

なぜか最後は

 

親の意見にすり替えられてしまう。

 

 

 

だから、私はいつも自信がなくて、

 

最後の親の一声で

 

あっさりと意見を

 

変えてしまうような子

 

になっていったのだと思います。

 

 

 

 

 

 

親の反対を押し切って進むほど自信もないし、

 

論破できるほど考えもありませんでした。

 

 

 

 

 

ですので、親に反対されたら最後

 

やっぱり私の考えは間違っていたのねって

 

自分を恥ずかしく思いながら、

 

どうにか自分を納得させて

 

別の道を考えなければいけませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

おそらくここからが

 

ものすごい遠回りだったかなと思います。

 

 

 

 

選んだ進路は、情報系の大学です。

 

 

 

就職先も、通信機器メーカー

 

ソフトウェア開発を

 

10数年やることになりました。

 

 

 色々なことを学び

 

貴重な経験をしました。

 

 

 

 

だけど 

 

情熱を持ってやっていたかというと

 

そんなことはなかったなぁと思います。

 

 

 

 

仕事だから"頑張って"はいました。

 

 

だけど、大好きでやっているわけでは

 

ありませんでした。

 

 

 

 

 

この10数年で学んだことは

 

仕事をすることは

 

大変だということ。

 

 

 

 

 

充実感は感じていましたが、

 

残念ながら

 

楽しくて仕方がない境地には

 

行かれませんでしたね〜。

 

 

 

 

 

あのとき・・・

 

高校卒業後、専門学校を選んでいたら。

 

 

学ぶことが楽しかったのではないかな。

 

 

もしその道が合わなかったとしても

 

自分で気づきたかったな~って思います。

 

 

 

 

親が求める無難な道を選んだことで

 

リスクがある道を選びにくくなりました。

 

 

 

ワクワクしないのに頑張って働くことで

 

失い続けてきたものが沢山ある気がします。

 

 

 

 

 

十数年の遠回りだけでなく、

 

失ったものを取り戻すところからの

 

再スタートです♡

 

 

 

 

 

実際には、完全に無駄かと言えば

 

そうではありません。

 

 

 

 

無駄なものなんて

 

この世に1つもないと思うので

 

全ての経験が学びになっています。

 

 

 

 

 

ただ…

 

 

あの進路選択のころ

 

親には私の気持ちや考えに寄り添いながら

 

話を聴いてほしかったです。

 

 

 

 

 

最初から反対するのではなくて、

 

 

明確な夢を描いたり

 

目標となる人を探したり

 

夢を具体化していく過程を考えたり

 

アトピーだったらどんな

デメリットが存在するのかあげたり

 

途中で路線変更するときに

どんなことをしたら

リスクが少ないのか考えたり…

 

 

もっとそういう過程を大切にしながら

 

一緒になって考えて欲しかったですね。

 

 

 

 

 

そうやって考えるだけでも

 

色々と見えてきますもの。

 

 

 

そういうやりとりが

 

子どもの人生を

 

豊かにしていくと思います。

 

 

 

自分で考えて

 

自分で決めたなら

 

大きな学びにも

 

自信にもつながります。

 

 

 

 

ちなみに親のことは恨んでいませんよ。

 

 

時間を掛けて遠回りした分

 

得たものがたくさんあります。

 

 

気がつけたところからがスタートです。

 

 

 

 

・・・・ということで

 

子どもが進みたい道が出来たなら

 

それが突拍子もないものでも

 

子どもの力を信じて

 

サポートしていきたいです。

 

 

 

 

 

出来るかどうかはわからないけれど・・・

 

 

少なくとも、そうありたいな~って思います。

 

 

 

 

 

ここまでお付き合いいただき

 

ありがとうございました。