20年ぶりの上州 新田太鼓2025年 太田市民文化祭 上州 新田太鼓 2025年10月12日に太田市社会教育総合センター 1F 大ホールにて撮影した太田市民文化祭 上州 新田太鼓です。市民芸能フェスティバルでは一番人気がありました。大ホール一番前の席から撮影したのですが、子連れの若い夫婦一組だけが熱心に見ていました。 ちなみに大ホールの観客ですが、500人まで入場できそうなホールにたった20人ほどしかいなかったです。これは明らかに事前の告知不足と、魅力ある出し物が出せなかったことによります。 上州 新田太鼓の演目では風華と煌響利根が演奏されました。20年前には無かった演目で、演奏者が殆ど入れ替わっていました。20年ぶりに撮影した新田太鼓は撮影間隔が長すぎました。 2025年 上州 新田太鼓 煌響利根
2025年 太田市民文化祭 りんご節 歌謡2025年 太田市民文化祭 りんご節 歌謡 2025年10月12日に太田市社会教育総合センター 1F 大ホールにて撮影した太田市民文化祭 りんご節の歌謡です。その中で七番目の演目は青森県人なら一度は聞いたことがあるりんご節の歌謡だったので、思わずスマホで動画を撮りました。 津軽藩二代藩主津軽信枚の正室だった辰姫は、石田三成の三女として誕生した。慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで父・三成が徳川家康に敗れる。その直後に豊臣家中で親しくしていた津軽信建によって兄・重成とともに津軽へ逃されたとも、高台院の側近・孝蔵主に従って江戸に下り縁組を整えたとも言われる。 慶長15年(1610年)ごろ、信枚に嫁ぐ。2人の仲は良好であったが、慶長18年(1613年)に家康は養女・満天姫(家康の異父弟・松平康元の娘)を信枚に降嫁させた。これに対し津軽家は徳川家をはばかって満天姫を正室として迎え、辰姫は側室に降格となる。 辰姫は弘前藩が関ヶ原の戦いの論功行賞として得た上野国大舘に移され大舘御前と称された。その後も信枚は参勤交代の折は必ず大舘に立ち寄って辰姫と過ごし元和5年(1619年)1月1日、信枚の長男・平蔵(後の津軽藩三代藩主信義)が誕生する。 元和9年(1623年)辰姫は大舘で死去した。享年32。墓所は群馬県太田市の東楊寺、青森県弘前市の貞昌寺。幼い平蔵は江戸の弘前藩邸に引き取られ、信枚の死後に津軽信義となって藩主を継いだ。 りんご節 歌謡
2025年 太田市民文化祭 りんご節2025年 太田市民文化祭 りんご節 2025年10月12日に太田市社会教育総合センター 1F 大ホールにて撮影した太田市民文化祭 りんご節です。市民芸能フェスティバルが開催されているので太田駅から1kmほど歩いて行ってきたのですが、還暦を過ぎた方々に人気の出し物ばかりでアラ還以降の年代には不評でした。 その中で一番最初の催し物は青森県人なら一度は聞いたことがあるりんご節だったので、思わずスマホで動画を撮りました。まずは三味線の音だけお聞きください。この演目の演奏団体は、梅謡会だそうです。 太田市は11年ぶりの訪問で、前回は2014年の太田市尾島ねぷたまつりで撮影していました。青森県から遠く離れた群馬県太田市でなぜ弘前発祥の民謡をやっているかと言うと、ここは藩政時代に津軽藩の飛び地だったことに由来します。 この飛び地は津軽二代藩主・信枚が関ヶ原の戦いで家康本陣に詰めていた功績により、上野国大館(群馬県尾島町)に加増2000石を受けました。信枚の正室だった辰姫が側室に降格されたのですが、辰姫の住居は上野国大館とされたので大舘御前と言う通称で呼ばれました。 太田市社会教育総合センター
水戸プリンスホテル 朝食水戸のレトロビジホがコスパ良し!水戸プリンスホテル 朝食水戸プリンスホテルは他社のプリンスホテルと資本提携がなく簡素な作りでエレベーターが2基あります。大浴場は6人身体を洗うと満員になりますが、鉾田の夏祭りを見終わって遅い時間に着いたので一人しか入っていないです。朝食はバイキング形式なので、朝食時間になると早めにレストランへ向かいます。この辺は早い者勝ちです。バイキング形式は種類も豊富で食べられる量も自分で選べます。ここでは野菜を多く取るようにします。先に野菜を食べると身体の血糖値が抑えられます。味噌汁も根菜類を中心によそってリンゴジュースをいただきます。ご飯やパンは食べません。海外のホテルでもバイキング形式が多いのですが、食べ物が少ないので強制的にパンを食べることになります。海外のパンは日本のように旨くなくパンにバターを塗って焼いたモノが多いです。ジャムやハチミツがあれば塗ります。本来は翌朝鉾田に戻って鉾田病院で皮膚科の薬を処方してもらう予定でしたが、昼の外気温は36℃を記録していたので熱中症に気を付けて行くのを止めました。鹿島臨海鉄道の徳宿駅から3kmほど歩いて鉾田病院に行く予定でした。仕方がないので水戸駅北口でバス路線を探したら、ちょうど東京駅八重洲口に行く長距離バスが朝9時過ぎにあったので一番前の席に陣取って車窓の雰囲気を楽しみながら帰京しました。JR水戸駅 南口
鹿島臨海鉄道 水戸行き2025年 鹿島臨海鉄道 新鉾田発 水戸行き鉾田の夏祭りは続きますが、水戸にホテルを予約したので引き返さなければなりません。鹿島臨海鉄道 新鉾田発 水戸行きに乗って帰ります。その前に撮影で身体が火照ってしまったので、不二家 鉾田店のソフトクリームを店員の許可を取って店内でゆっくりと味わいます。楽天ポイントが使えるので、残高は少なかったのですが支払いに充当します。水分を取っている時間も無かったので、ソフトクリームを食べながらペットボトルで持ってきたお茶を飲みます。これで甚平を着ていて竹を組み合わせて作られた店内の長椅子に座っているとノスタルジックで昭和レトロな気分になります。友人が先に乗って帰った列車の1時間後に帰ります。この時間になると地元民ばかりです。駅名標と車両を撮って水戸駅に戻ります。水戸には駅から歩いて3分の水戸プリンスホテルに泊まります。月末のセール期間で1000円引きで泊まれました。朝食込みで1100ポイントをホテル代に充当して3280円で泊まれましたzzz鹿島臨海鉄道 新鉾田駅名標鹿島臨海鉄道 車両JR水戸駅 南口水戸プリンスホテル
2025年 鉾田の夏祭り 声掛け2025年 鉾田の夏祭り 七軒町 声掛け2025年8月31日に撮影した鉾田の夏祭り。七軒町の山車は敢えて撮らずに声掛けをしている方々に注目しました。凄く盛り上がっています。赤いランドセルをしょっている目立ちたがり屋が、声掛けで回りの参加者が声を合わせます。ここで美人さんがハッキリ映るような角度で撮れました。このシーンの後で同じ場所には留まらずに前へ進んだので、声掛けのパフォーマンスとしては終わりです。YouTubeの動画を見ているとお分かりですが、日中から山車を運行して声がけをしていると疲れが溜まります。まして日中は35℃ほどの猛暑で、外にいるだけで熱中症になってしまいます。「元気がないよ、どうしたの?」の掛け声も致し方ありません。夜も熱帯夜で28℃を超えるほどの暑さです。だいたい掛け声のパターンは2007年から動画の撮影でずっと聞いていると分かってきます。「わーいわーいお祭りだ!」「お祭り好きなら声出そう!」「もっともっと元気良く!」「騒げ騒げ女の子!」などがあります。そんな中、唯一のオアシスとなるのがオカメの出番です。たいてい「出ーた出たオッカメさんが、笑わせて~させて見さえば、やっぱりオカメ!よーいやさー、そおーおーおー、よーいやさー、それそれそれ!」の連呼でオカメの動きを見ていれば自然と笑いが起こります。声がけのネタに切れると「365日間、ずーっとこの日を待ってたよ!」「わーいわーいわーいY!」などになります。最後に声かけを交替したい時は「お次は〇〇声出して~」とか急に指名が来たりします。2025年 鉾田の夏祭り 七軒町 声掛け2025年 鉾田の夏祭り 七軒町の声掛け2025年 鉾田の夏祭り 七軒町の山車
鉾田の夏祭り 山車練り歩き2025年 鉾田の夏祭り 七軒町 山車巡行2025年8月31日に撮影した鉾田の夏祭りです。鉾神社の神輿担ぎが通り過ぎて祭り会場から山車の巡行が始まります。七軒町の山車は前方にある提灯が復活しましたが、提灯スペースに配置されていた若い女の子が道路に降りて声掛けをしています。背の低い3人の子に目が惹かれます。昔、常陸国と呼ばれていた茨城県。常陸国を統一した常陸佐竹氏が慶長5 (1600)年の関ヶ原の戦いでは東西両軍に対し明確な態度を示さなかったため、徳川家康の命により出羽国秋田へ国替えとなり祖先の地を離れました。その際に常陸国中の美人を集めて出羽国秋田へ連れて行ったのが秋田美人の始まりです。鉾田に秋田美人の源流が残っていて鉾田の夏祭りでも目が大きい美人を見かけることがよくあります。この地方独特の姓名で鬼澤・梶間・石崎・田山・磯山・土子さんが鉾田で目立つお名前です。鉾田の夏祭りでは警備を担当している若頭と副若頭が持つ提灯の裏に名前が書かれています。2025年 鉾田の夏祭り 横町 山車巡行
2025年 鉾神社 神輿担ぎ2025年 鉾神社 橋向 神輿担ぎ2025年8月31日に撮影した鉾田の夏祭りです。19時50分頃に今年の夏祭りで当番町の橋向の方々が鉾神社の神輿を担いできました。当番町は神輿を担ぐ役割を担っています。そのため橋向は今年の山車を出していません。山車の中でも橋向が一番好きですが、当番町なら致し方ないです。当番町は持ち回り制で山車を出す8団体が毎年替わりながら担当します。ワッショイの掛け声が小気味よく歩く速度より遅いので何度でも神輿に追いついて再び先頭から撮影ができました。神輿の隊列を見たら男性列と女性列があって、それぞれ進行方向の列となっています。男女混合だと背の低い女の子の方に神輿の持ち手が掛からなくなるので進行方向の列となりますね。弘前ねぷたの場合は担ぎねぷたが神輿のようなもので、さくら組とか幻満舎の担ぎねぷたを見ていると良く分かります。幻満舎の場合は前ねぷたが女性で、本ねぷたは男性が担いでいます。2025年 鉾神社 提灯2025年 鉾神社 橋向 神輿担ぎ
2025年 鉾田の夏祭り 横町2025年 鉾田の夏祭り 横町 音合わせ2025年8月31日に撮影した鉾田の夏祭りです。横町の山車は昔ながらの山車で出し物はひょっとことキツネが演舞していました。横町の音合わせが既に終わったのか行われず、ひょっとことキツネがお囃子に乗って踊っていました。この時点でおかめは見当たらなかったです。出し物の中のヒトは全て男性が演舞しています。鉾田の夏祭り 横町 山車鉾田の夏祭り 横町 キツネ
2025年 鉾田の夏祭り 七軒町2025年 鉾田の夏祭り 七軒町 音合わせ鉾田の夏祭りは昨年の2024年も撮影していたのですが、内容を全て記録していた外付けハードディスクが反応せず壊れてしまったので公開することが出来ません。非常に残念です。仕方がないので、今年撮影した画像とYoutubeの動画をご覧ください。いつもと様相が違って通常の音合わせがありません。或いは会場に到着する前までに通常の音合わせが終わってしまったのかも知れません。2025年 鉾田の夏祭り 七軒町 音合わせ