スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

資生堂 クリームリンス/弓 1976年 CM

1976年 資生堂 クリームリンス1976年 資生堂 クリームリンス/弓

三鷹の弓道場でCM撮影をされたとのことです。モデルの中金玲子さんは、この5年後に雑誌の表紙を飾っています。

週刊平凡パンチ 884号 昭和56年11月2日号
表紙モデル・中金玲子

平凡パンチ 1981年11月2日号 表紙 中金玲子
平凡パンチ 1981年11月2日号 表紙 中金玲子
資生堂 CM - ブラバスの男へ/ブラバス スキンクリーム - 1975年 出演:草刈正雄 加納竜

1975年 資生堂 男を守るブラバス資生堂 - ブラバスの男へ/スキンクリーム
出演:草刈正雄 加納竜

都会の灯りが差し込む最上階へ昇るエレベーターを背景に草刈正雄さんが白い花を持ってキメています。白い花は耳元の髪に埋もれました。

この年からBRAVASシリーズは白石鈴雄さんから草刈正雄さんに替わって、MG5のCMは加納竜さんになりました。

資生堂 - 第三の男/スキンクリーム
出演:草刈正雄 伊藤治 ほか

晩秋の並木道に女性が通り過ぎて、草刈正雄さんが声を掛けようとした瞬間に第三の男が女性を連れて行く。残された草刈正雄さんは寒さを堪え、その場で一人佇みます。

資生堂 CM - 第三の男/ブラバス スキンクリーム - 1976年 出演:草刈正雄 伊藤治 ほか
資生堂 CM - ゆれる まなざし/シフォネット アイカラースチック - 1976年 出演:真行寺君枝 ほか

1976年 資生堂 ゆれる まなざし 真行寺君枝1976年 資生堂 ゆれる まなざし 真行寺君枝 ポスター1976年 資生堂 シフォネット アイカラースチック女優・真行寺君枝ゆれる まなざし/シフォネット
音楽:小椋佳 出演:真行寺君枝 ほか

山口 小夜子さんに続く切れ長の目と黒髪のおかっぱ髪をされている真行寺君枝さんが資生堂 ゆれる まなざし 1976年 CMに初登場した作品。

高校2年生の16歳という若さで資生堂のキャンペーンモデルに抜擢され、鮮烈なデビューを飾りました。

その後は女優として映画、テレビ、舞台、ナレーションなど活躍の幅を広げてきた彼女も2019年に還暦を迎えました。今では化粧品の新ブランド開発も手掛ける真行寺さん。

資生堂のCM「ゆれる、まなざし」は真行寺さんの美しさや個性も相まって未だに語り継がれる名作になっています。

真行寺君枝さん
「ゆれる、まなざし」の頃はまだ16歳でした。モデルとしては小柄だったので、その後は女優になったのです。

自分のアイデンティティも確立される前に社会の荒波にもまれたものですから、じつは日々“窒息状態”だったんです。

とにかく仕事が忙しく、良くも悪くも人の目にさらされる仕事が、いつまでたっても好きになれませんでした。

そんな時、なぜだか分からないのですが頭の上に自然の2文字が浮かび上がってきたんです。

私は東京の片隅の京浜工業地帯で生まれ育って故郷もなかったので、自然や田舎への憧れがあったのかもしれません。

20代に入ってから少し仕事をセーブして、長野県・伊那市にある標高1000mの廃村(芝平)に家を持ち、子どもが小学生になるまで東京と芝平を行き来する生活を続けていました。

大自然の中で心身ともに逞しくもなりました。それまで私は敏感肌で悩んでいたのですが、気付いたら健康的でトラブルの少ない肌に生まれ変わっていました。

NEWS ポストセブンより右下画像と記事を引用

1976年 資生堂 ゆれる まなざし 真行寺君枝 ポスター1976年 資生堂 ゆれる、まなざし 真行寺君枝 ポスター
1976年 資生堂 ゆれる まなざし 真行寺君枝 ポスター
資生堂 CM ひかってるネ あのこ。シフォネット クリームファウンデイション 出演:由利匠子 他

1975年 資生堂 ひかってるネ あのこ。由利匠子資生堂 CM - ひかってるネ あのこ。
シフォネット クリームファウンデイション - 1975年 出演:由利匠子 ほか

ある日の駅ホームでモデルの5人が集まって列車に乗ります。資生堂のCM撮影なので、自分のポーズを決めて乗り込みます。

列車は鈍行の気動車でしょうか?今では見られない列車です。サムネイルに映っている方は由利匠子さんです。

あれからご結婚されて、お名前が朝倉匠子さんになりました。朝倉匠子さんのブログから下の画像を引用させていただきました。

1975年 資生堂 ひかってるネ あのこ。由利匠子 ほか
1975年 資生堂 ひかってるネ あのこ。由利匠子 ほか
資生堂 ベネフィーク 暁の茶事 1976年 CM

1976年 資生堂 ベネフィーク 暁の茶事 土間1976年 資生堂 ベネフィーク 暁の茶事 茶筅と抹茶1976年 資生堂 ベネフィーク 暁の茶事 抹茶おかっぱ頭で切れ長の目をした山口小夜子さんは妖艶な雰囲気を醸し出しています。そして東洋の神秘として、世界的に注目されます。

1972年には、パリコレクションにアジア人として初めてモデルとして起用されました。資生堂のCMやポスターに起用されましたが、その中に茶事に呼ばれているものがあります。

暁の茶事。厳寒の季節に執り行われる茶会に若い女性が招かれることは少ない。彼女をここに誘ったものは何だろう。研ぎ澄まされ磨き上げられた伝統の美しさだろうか。静かに時間が流れてゆく。しっとりと白い肌が揺れる。美しい素肌の習い、資生堂マッサージングクリーム。

1970年代前半のファッション業界は欧米が基準で、それ以外の国のモデルは欧米風のメイクや髪を染めることが多かった。山口は目が小さいことや、髪質が真っ直ぐなことにコンプレックスを感じていたが欧米人の真似をしなかった。

舞台や映画でデザインにも挑戦するようになってからは、特に衣装に身に着ける小物をうまく合わせた。山口小夜子と交流が深かった方によると彼女は小物使いの天才で、ちょっとした帯や紐やショールなどを、東洋的な美を引き立たせる道具として実に上手く使ってみせました。

2007年8月14日 急性肺炎のため死去。57歳没。葬儀は親族だけで執り行われ、2007年9月19日にお別れの会が開かれました。

1976年 資生堂 ベネフィーク 暁の茶事 山口小夜子
1976年 資生堂 ベネフィーク 暁の茶事 山口小夜子
資生堂 ベネフィーク 京人形 1975年 CM

1975年 資生堂 ベネフィーク 京人形1975年 資生堂 ベネフィーク 山口小夜子資生堂 ベネフィーク 京人形 1975年 CM
出演:山口小夜子 ほか

山口 小夜子さんは切れ長の目と黒髪のおかっぱ髪で登場し、日本人ブームを引き起こした。白い肌に切れ長の目の美しさを作り出す繊細なアイライン、高い位置のチーク、くっきり縁取った赤いリップによる彼女のエキゾチックな顔はヨーロッパで熱狂的に支持された。

1973年から1986年まで資生堂のモデルとして専属契約を結び「美」の普遍的イメージを国内外に発信。1973年の『シフォネット』のポスターは、ハーフモデル全盛の時代に黒髪おかっぱのいかにも「日本人らしい」モデルの登場を鮮烈に印象づけ、時代の転換点を体現した。

小さい頃から髪型がおかっぱだったことから、おでこを出すと落ち着かない気分になった。このためモデルデビュー後は様々な髪型にしているものの前髪は、ぱっつん状態を続けた。

1975年 資生堂 ベネフィーク 京人形
1975年 資生堂 ベネフィーク 京人形
資生堂 パール歯磨き 1955年 CM

パール歯磨 琺瑯看板資生堂 パール歯磨き 1955年 CM
今では販売されていない資生堂のパール歯磨きのCMです。

昭和30年(1955年)から全国各地にパール歯磨きのホーロー看板が見られました。CMは1955年に放送されたそうです。

資生堂 パール 歯磨き 1955年
資生堂 パール歯磨き 1955年
資生堂 CM - かわいそうな冬の素肌に/クインテスフェイシャルパック 出演:伊藤るり子

1975年 かわいそうな冬の素肌に CM1975年 かわいそうな冬の素肌にかわいそうな冬の素肌に/クインテスフェイシャルパックは1974年にマッサージ3分は1975年にそれぞれTVCMが放送されました。出演はいずれも伊藤るり子さんです。マッサージ3分で、もう一人の女性はお名前が分かりません。

可哀相な冬の素肌に 1974年 CM

フェイスパックを顔から剥がすだけのCMですが、BGMにエレキギターが静かに奏でられています。加湿器の無い時代に水を張ったやかんが沸いて大量の水蒸気が出ています。

冬の素肌にかわいそうなことなど何一つなく、恵まれた環境の室内でフェイスパックを剥がした伊藤るり子さんが美しいですね。

資生堂 クインテス マッサージ3分 1975年

ある夜のひととき、暖かい暖炉のある室内で二人の女性がクリームを塗った顔面にマッサージをしています。BGMは、昔懐かしいレコードから流れるクラシック音楽です。CDが無かった頃の時代を感じさせますね。

資生堂 CM - マッサージ3分/クインテスフェイシャルパック 出演:伊藤るり子、他

1975年 かわいそうな冬の素肌に
1975年 かわいそうな冬の素肌に

1975年 かわいそうな冬の素肌に
1975年 かわいそうな冬の素肌に
資生堂 CM - 彼女はフレッシュジュース 1975年 出演:マイティー・ルエロン

1975年 彼女はフレッシュジュース ポスター1975年 「彼女はフレッシュジュース」
資生堂 ナチュラルグロウ リップスチック(FL)
モデル:マイティー・ルエロン
音楽:「春早朝」 by りりィ

モデルでマイティーちゃんの物凄く意思が強そうな表情は化粧品モデルのイメージをチョイと変えるくらいのインパクトがありました。

この唇がでっかいポスターで見ると、もっともっとオレンジが強烈でフレッシュジュースという言葉がピッタリ!

ポスターのイメージとは違ってCMのマイティーちゃんはフンワリ優しい雰囲気。服もフワフワだけどキリっとした表情が彼女らしい。

1975年 彼女はフレッシュジュース 大型壁掛け
1975年 彼女はフレッシュジュース 大型壁掛け
資生堂 CM - 海岸通りのぶどう色/ナチュラルグロウリップスチック 出演:マージーホワイト ほか

1974年 海岸通りのぶどう色海岸通りのぶどう色/街角 1974年 CM

1970年代に入ると化粧品メーカーは春の口紅の宣伝でCMソングを多用して次々と成功していきました。ピンク色をインパクトとする春の色があるなら秋の色もあるだろうということで、1980年代になると秋の化粧品をCMソングとタイアップさせ、こちらも次々と成功します。

海岸通りのぶどう色という宣伝も、この秋の資生堂イメージ戦略の一環で、夏の終わりに秋が見えてきたころからCMになったと思います。

「紫色」をイメージカラーにしている理由は、秋=紅葉の色では、あまりに単純で、童謡のように子供っぽい。もっと高度でサイケで、大人っぽく危険な香りのする色を探した結果だと思います。中年以上の年代には秋の色としてワイン、葡萄色という色も秋の色のイメージにあるのではないでしょうか?

資生堂オータム 1974年「車庫」CM 出演:マージーホワイト ほか