スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

資生堂CM - タンゴ/スペシァル口紅・プレスドパウダー - 1965 出演:札辻輝子 ジェリー伊藤

資生堂 プレスドパウダー 1965年 合成 資生堂 プレスドパウダー 1965年 資生堂 プレスドパウダー 1965年 資生堂 プレスドパウダー - 1965年 CM

1963年の「サイコロ」を更に進化させた立体オブジェアニメーション。当時の技術の粋を集めてタンゴのリズムに合わせて動画、写真、オブジェがアニメで合成で動きまくる。一見の価値ありです。

モデルは当時の資生堂の常連、札辻輝子さんとジェリー伊藤さん。カンヌ広告映画祭銀賞受賞の作品、ディレクターは杉山登志氏。

資生堂 パレード 1965 年 CM

FOR MENの文字が、出演者のジェリー伊藤さんを襲います。FOR MENが囲むのは、資生堂男子用化粧品セールの期間限定告知です。1965年2月1日から3月上旬まで行われました。

当時からMG5はあったもののブランドとして確立されていなかった時代は、資生堂男子用化粧品がブランド名でした。

間もなく資生堂男子用化粧品という呼び名が消えてMG5を中心にブランド化された呼び名が資生堂で定着します。

資生堂CM - パレード - 1965 出演:ジェリー伊藤
資生堂 男子用化粧品 1965年 CM 出演:ジェリー伊藤

資生堂 男子用化粧品資生堂 男子用化粧品資生堂は1959(昭和34)年それまでの男性化粧品を統一し「資生堂男子用化粧品」として新たに発売。「ブランド戦略」はなかったものの販売は好調。液体整髪料は含まれていなかった。

資生堂が液体整髪料「資生堂MG5リキッド」(ラベンダー、ジャスミン)を発売したのは1963(昭和38)年2月。半液体の「資生堂MG5ソリッド」と共に発売され当時の価格は300円。他社からも次々と液体整髪料が発売され男性化粧品業界はさながら液体整髪料革命が起こった。

ちょうど資生堂男子用化粧品がリニューアルするタイミングだったのに合わせ、それを基本に整髪料のMG5を加えた。アイテムは全23種類。ブランド名は既に広く知られているMG5。

1967(昭和42)年8月1日に総合ブランドとしての「MG5」が完成。全国一斉に発売された。若者向けなので平均価格は600円と低めに抑えられた。

資生堂 男子用化粧品
資生堂 男子用化粧品
資生堂 ナリシングパック 1965年 CM

資生堂 ナリシングパック 1965年 CM 資生堂 チェリーピンク 1965年 CM 資生堂口紅 チェリーピンク 1965年 剥がすタイプのフェイスパックをナリシングパックと言うのだそうです。ナリシングパックのモデルは当時の資生堂CMの常連、札辻輝子さん。

冒頭に出て来た唐草は資生堂唐草と呼ばれるもので、1920年から資生堂の商品や宣伝広告にデザインされました。唐草は植物の生命力としなやかに無限に拡がる可能性を表し、時代やデザイナーによってスタイルを変えながら資生堂を象徴するデザインとして現在まで受け継がれます。

資生堂 チェリーピンク口紅のモデルは高橋美恵さん。当時の資生堂のファニーフェイスで、化粧品のみならず石けん等のトイレタリー商品まで資生堂CMの出演本数は群を抜いて多いです。

春の高揚した気分を表すかのように、モデルさんも口紅もブランコに乗って揺れています。このブランコ、前後だけでなく左右にも揺れる。その映像は斬新そのもの。当時はそんなブランコが無かったので、このCMのために作られた特注品です。

印象的なCMソングは桜井順氏。歌ってるのはスリー・グレイセス。このキャンペーンを発端に1960年代後半はピンクの口紅が大流行しました💄ACCグランプリを受賞。杉山登志氏の作品。

資生堂 チェリーピンク 1965年 CM
資生堂 MG5 1964年 CM

初期のMG5 デザイン初期のMG5 広告MG5で商品名のMは「モダン」、Gは「ジェントルマン」の頭文字、5は「5つの特徴をもつ」ことを表現しています。

1964年のMG5は、現在のMG5とロゴが違います。この数年後にチェッカーフラッグのような黒と銀のモノトーンのダイヤ文様で、鮮やかさとスピード感を表現した仕様に替わりました。

当時から液体整髪料のMG5は好評だったが、資生堂の企画・開発担当者らは満足していなかった。彼らには男性化粧品という新たな市場を開拓し、日本の男性に化粧品の使用習慣を根付かせるという壮大な目的があった。

生まれたばかりのこの市場を育てるためには、長期にわたるユーザーが必要。今までの中年男性ではなく、高校生や大学生、社会に出て間もない若年サラリーマンがターゲットになる。おしゃれを自然の行為として取り入れていく若者たちに、もっと強くアピールする必要があった。

ちょうど資生堂男子用化粧品がリニューアルするタイミングだったのに合わせ、それを基本に整髪料のMG5を加えることにした。

資生堂 MG5 広告
資生堂 MG5 広告
資生堂CM - メイクアップトーキョー - 1964

Make-Up Tokyo '64年「Make Up Tokyo」この年の春のキャンペーンは秋に控えた東京オリンピックを意識した「東京の24時間を彩る色を口紅とエナメルに」と言う訳で東京の24時間を闊歩する女性達が次々登場します。このキャンペーンが評判を呼び、口紅がずいぶん売れたそうです。

資生堂CM DVDには収録されていない作品なので出演者を特定できません。Make Up Tokyoは、映画館で放映されていたCMです。白黒画像で色の違いが分からないにも関わらず広告として機能しているのは、当時の資生堂というブランドの圧倒的な支持率と信用の証拠でしょう。

資生堂CM Make Up Tokyo ネイルエナメル 1964

Make Up Tokyo
Make Up Tokyo・・・現代にも通用するセンスのあるポスターです
資生堂CM - ヨット/カーマインローション - 1964 出演:札辻輝子 高橋美恵 田中芳子 高瀬恭子

資生堂 カーマインローション資生堂 ドルックス コールドクリームこれが資生堂 カーマインローションです。えっ!中身?只今ご使用中なので、しばらくお待ちください。夏の化粧水がカーマインと言われるゆえんは、このカーマイン・・・

この中に入っているカルミン。それからカンファーなどの働きがとても優れているからです。弱い肌、デリケートな肌の方、是非どうぞ!

暑さに向かって丈夫な肌に整えます。日焼けや口のお手入れにも、もちろん欠かせません。そうです。良く振ってからお使いください。

鈴の音が響いて、また北国に真冬がやってきました。寒さも駆け足。さあ、冬の肌はドルックスと言われるコールドです。

もうマッサージを始めていらっしゃいますか?純白の資生堂ドルックスコールドです。3分間のマッサージ。コスビヨール、ナノリンなどの栄養は充分です。

弱い肌の方、荒れ性の方どなたもお使い下さい。冬の肌に資生堂ドルックスコールドクリーム

記事は、いずれも資生堂CMのナレーションから引用しました。個人的には記事後半のドルックスコールドクリームのCMが好みです。冬に使う寒い季節なのでコールドクリームです。

資生堂CM - 白鳥/ドルックスコールドクリーム - 1964 出演:鈴木美恵子 札辻輝子
資生堂ドルックスオーデュベール 1963年 CM

1963年 資生堂 ドルックス オーデュベール CM 出演 札辻輝子1963年 資生堂 ドルックス オーデュベール CM朝の化粧水が今朝は冷たく冷えています。今はオーデュベールの季節です。オーデュベールは漂白の化粧水。過酸化水素水やその他の作用。

日焼けシミソバカスのないお肌に対します。白い肌は秋の色。ドレッシーな女の色です。資生堂 ドルックスオーデュベールは500円です。

日やけ雪やけ後の肌を整え、ひきしめる収れん化粧水。お肌を瑞々しく整えます。すっきりとした感触で水分を補い、肌をひきしめます。ほのかなジャスミンの優雅な香り。

ドルックス オーデュベールのCMは1963年 秋に栃木県の日光で撮影。湖畔が映っているので、中禅寺湖と尾瀬で撮影したのかも知れません。

モデルは大人向けのCMにピッタリな札辻輝子さん。1963年 資生堂「スペシァル化粧品」と東洋レーヨン トレロンにも出演されています。

1963年 資生堂 ドルックス オーデュベール
1963年 資生堂 ドルックス オーデュベール

1963年 資生堂CM「スペシァル化粧品」
資生堂 ファッションベイル 1963年 CM 出演:高橋美恵

1963年 資生堂 ファッションベイル CM1963年 資生堂 ファッションベイル サイコロ1963年 資生堂 ファッションベイル サイコロ

日本のテレビCM初のカンヌ広告映画祭銀賞受賞。サイコロ型のオブジェをコマ撮りしたクレイアニメーションは当時新鮮に受け取られた。

しかも音楽に合わせてリズミカルに動く。つまりコマ数を厳密に計算しないと出来ない。おまけに置く位置がちょっとズレても失敗する。

実際の作業は大変でフィルムが現像から上がってこないと成功したか分からないので2回ほど取り直したという記録が残っています。モデルは当時の資生堂を代表する高橋美恵さん。

ディレクターは”天才”の名を欲しいままにした日本天然色映画所属の杉山登志氏。

資生堂 ビューティケイク 1963年 CM 出演:高橋美恵
資生堂 モダンカラー粉白粉 山名文夫デザイン 1932年
資生堂 モダンカラー粉白粉 山名文夫デザイン 1932年

モダンカラー粉白粉資生堂練白粉 資生堂企業資料館蔵資生堂 モダンカラー粉白粉は1932年(昭和7年)に発売。最先端のファッションに身を包み銀座の町を歩くモダンガール。柔らかにウェーブをかけた髪、花びらのような唇、ほっそりとした顎に卵形の顔立ち。デザイナーの山名文夫は新しい女性像を次々と生み出したが「モダンカラー粉白粉」のようにパッケージに女性を描くのは珍しい。アール・ヌーボーとアール・デコが見事に調和した戦前資生堂デザインを代表する一品。

山名 文夫(1897年7月17日~1980年1月14日)は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー。日本のグラフィックデザイン黎明期における先駆者の一人で大正から昭和初期にかけてモダンなアール・デコスタイルで知られ、資生堂の現在にもつづくデザイン、紀ノ国屋のロゴ、新潮文庫の葡萄マークのデザインで知られる。

これから一ヶ月ほど資生堂について紹介します。これも長年暖めていたネタで、CM映像が素晴らしかった作品を中心に1980年まで紹介します。

資生堂練白粉 資生堂企業資料館蔵
資生堂練白粉 資生堂企業資料館蔵
200ml 500円…資生堂140年の“洗顔代わり化粧水”が凄すぎた

資生堂 オイデルミン資生堂は今から140年以上前の1872年に日本初の西洋風調剤薬局として誕生しました。その歩みはまさに最上級の「美」と最先端の「知」の融合を追及した歴史でもあります。

1897年に初めての化粧品となるオイデルミンを発売。当時最新の科学的知見に基づく処方と現代のボトルデザインへとつながる芸術性で、たくさんの人々を魅了しました。2006年には角層が美しい肌づくりに不可欠な働きをするということに着目した「コルネオ育成理論」を発表。角層を育み維持するという新しい視点は、化粧品の歴史に新しいステージを拓き女性の肌に輝きをもたらしています。

時代の移り変わりや科学の進歩と共に化粧品を進化させてきた資生堂。これからも高品質なものづくりと美に対する感性を磨き続けていくことで、美しくありたいと願う全ての人の思いを叶えていきます。オイデルミンNより抜粋

資生堂 オイデルミン広告
資生堂 オイデルミン広告