スチャラカでスーダラな日々

スチャラカでスーダラな日々

故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

秩父別駅 正面
秩父別駅 正面

深川から秩父別ゆき秩父別駅 入場券秩父別駅 駅名標留萌本線の位置留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2026年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

秩父別駅
1910年(明治43年)11月23日 筑紫駅(ちくしえき)として開業。
1954年(昭和29年)11月10日:秩父別駅に改称
1971年(昭和46年):駅舎改築。
1992年(平成4年)3月31日:簡易委託を廃止して乗車券の発売終了、翌日より完全無人化。
2026年(令和8年)3月31日 廃止

秩父別 地名の由来はアイヌ語の「チクㇱペッ(我ら・通る・川=通路のある川)」

改称前までは筑紫(秩父別)宛の郵便物が現在の羽幌町築別(ちくべつ)に誤送されるなど、種々の問題が生じるようになった。

秩父別村当局は国鉄当局に対し、駅名の秩父別への改称を希望した。1954年(昭和29年)に至ってようやく駅名は「秩父別」となった。

秩父別駅 駅名標
秩父別 駅名標

秩父別駅 待合室
秩父別駅 待合室

秩父別駅 ホーム側 駅舎
秩父別駅 ホーム側 駅舎
【秘境駅】留萌本線・北秩父別駅を現地調査

北秩父別駅 駅名標留萌本線の位置留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2026年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

北秩父別駅 1956年(昭和31年)7月1日に仮乗降場として開業。2026年3月31日 廃止

北秩父別  「秩父別」の北方に位置するため「北」を冠した。旧待合所はJR北海道・秩父別町どちらの財産でもないことが判明しており、開業時に近隣住民が建てたとみられる。高さ約2.9m、広さ約11.2㎡の木造平屋の建物で、壁面に手書きの駅名標が掲示されていた。

北秩父別駅 駅名標
北秩父別駅 駅名標

北秩父別駅 全景
北秩父別駅 全景

北秩父別駅 運賃表
北秩父別駅 運賃表

北秩父別駅 旧・待合室
北秩父別駅 旧・待合室
石狩沼田駅 正面
石狩沼田駅 正面

石狩沼田駅 駅名標留萌本線の位置留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2026年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

石狩沼田駅  大正10年11月23日開業。かつて札沼線の終着駅。 2026年3月31日 廃止

沼田  地名の由来は町開拓の功労者 沼田喜三郎の姓による。沼田喜三郎所有の農場敷地を提供されて設置されたことから駅と市街が同氏の名をとって「沼田」と命名され、分村を経て村名も1922年(大正11年)に沼田村と改名された。

石狩沼田駅 駅名標
石狩沼田駅 駅名標

石狩沼田駅 改札口
石狩沼田駅 改札口


石狩沼田駅 待合室
石狩沼田駅 待合室
留萌本線 最終列車 深川行 留萌駅 発車シーン 2023.3.31廃止

ありがとう留萌本線 記念入場券 2023.3.31に廃止された留萌本線 最終列車 深川行 留萌駅 発車シーンをYouTubeの映像と記念入場券と共に振り返ります。

このタイミングで留萌本線2回目の廃止を紹介したのは、留萌駅を紹介した時点で留萌~石狩沼田間の最終列車映像が見つからなかったことが理由です。

この項目は記念入場券だけを特集予定でした。昭和末期に留萌駅を撮影したのですが、増毛まで行った時に留萌駅は途中下車していなかったので外観が変わったのに気が付かなかった。

そこでこの項目の最初に平成時代の留萌駅の映像をupしようとしたら、留萌~石狩沼田間の最終列車映像が見つかりました。全国の廃止前の鉄道を乗りに行きましたが、いつ見ても廃止される瞬間は悲しいモノです。

ありがとう留萌本線 記念入場券
ありがとう留萌本線 記念入場券

JR北海道 留萌線記念きっぷ
JR北海道 留萌線記念きっぷ

明日萌駅到着記念証
明日萌駅到着記念証

留萌本線の入場券
留萌本線の入場券

JR留萌線一部廃止に 残すは最終列車だけに ラストランが迫る留萌駅から
真布駅(留萌本線)

真布駅 駅名標留萌本線の位置留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2023年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

真布駅
1956年(昭和31年)7月1日に仮乗降場で開業
2023年3月31日 廃止

真布  真布川のアイヌ語名「シルトゥルノシケオ・マップ」(山の中央の間の川)が由来。シルトルが略された「真布」が当て字で採用された。

真布駅 駅名標
真布駅 駅名標

真布駅 駅名標と待合室
真布駅 駅名標と待合室
1966〜68年頃の留萌本線 恵比島駅

恵比島駅 駅名標留萌本線の位置留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2023年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

恵比島駅  明治43年11月23日開業。
2023年3月31日 廃止

恵比島  アイヌ語の「エ、ピシ、オマ、プ」(浜の方へ行くため、さかのぼる川)が転訛したもの。この付近の住民は昔、増毛の浜に出稼ぎに行くため、この川をさかのぼって行ったため。

恵比島駅 駅名標
恵比島駅 駅名標

JR恵比島駅としての駅舎
JR恵比島駅としての駅舎

ドラマ撮影前の JR恵比島駅 駅舎
ドラマ撮影前の JR恵比島駅 駅舎

国鉄 恵比島駅 駅舎
国鉄 恵比島駅 駅舎:1968年頃
留萌本線C12 66 すずらんロケ列車

明日萌駅 駅舎明日萌駅 出札口『すずらん』は1999年4月5日から10月2日まで放送されたNHK連続テレビ小説第60作目の作品。全156回。脚本は、『あぐり』に続いて清水有生が担当。主人公の一生を通して鉄道員一筋に生きる養父の生き様、家族、太平洋戦争、炭坑と町の栄枯盛衰などをからめながら描いた。

放送された1999年度前半は映画『鉄道員(ぽっぽや)』が公開されるなど、北海道を舞台とした鉄道員の生き様を描く作品の当たり年であった。本作の制作記者発表は鉄道にちなんだドラマとして、1998年10月14日(鉄道の日)に交通博物館で行われた。

全体的にシリアスな作風だが、単発のゲストを登場させるなどコミカルな演出をした。またエピローグにて明日萌駅の来訪者を演じた人物は物語の締めの意味合いもこめて主人公の第一および第二の人生でカギとなる人物を演じた俳優及び女優が多く演じている。

明日萌駅と向日葵畑

明日萌駅 改札口明日萌駅 駅名標11.11.11記念入場券 D型硬券 恵比島駅明日萌駅 到着記念証留萌本線の恵比島駅前に数々のオープンセットが建設され、栃木県の真岡鐵道から蒸気機関車を借り臨時列車を運転してロケーションが行なわれる大がかりな撮影が話題を呼んだ。

この蒸気機関車の運行によってJR北海道で蒸気機関車の動態保存が復活するきっかけとなり、「SLすずらん号」として実際のロケ地沿線の留萌本線で運行し恵比島駅にも停車していたが、ブームが去り乗客が減ったため2006年で休止。

ドラマでの明日萌駅は、当初無機質な鉄道車両(車掌車)を利用した恵比島駅舎を覆う形のオープンセットで設営されたが、大半のシーン撮影終了後の1999年初夏に沼田町によって、既存の恵比島駅舎の隣接に「明日萌驛(昭和初期の設定)」が建設され、駅向かいの旧旅館を撮影時に用いた「中村旅館」へ改修した。積雪がある11月末 - 4月下旬以外のシーズン期間の昼間はそれぞれ中に立ち入り見学することが可能。

1999年夏から当初3年間の予定で設置されるつもりだったが、観光スポット化したため明日萌驛と中村旅館は沼田町管理の施設で所在する。

この恵比島駅からは実際に炭鉱鉄道である「留萌鉄道」が分岐し、旅客営業も行っていたが1960年代に廃止されている。1986年までは現在の明日萌驛舎の所に旧駅舎が存在していた。

旧駅舎のコンクリート土台をそのまま再利用して明日萌驛舎は建てられた。「あしもい」は、北海道のアイヌ語由来地名に似せて創作された架空の地名である。

明日萌駅 駅舎
明日萌駅 駅舎
峠下駅 正面
峠下駅 正面

留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2023年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

留萌本線の位置峠下駅   明治43年11月23日開業。
峠下  地名の由来は、アイヌ語の「ルチシ・ポク(峠の下)」を意訳。2024年4月1日にJR留萌線の旧峠下駅が倒壊しているのが見つかった。同駅を含む石狩沼田―留萌間が昨年3月末で廃線となって建物を管理する人がおらず留萌署は積雪の重みでつぶれたとみている。

峠下駅 駅名標
峠下駅 駅名標

峠下駅 運賃表
峠下駅 運賃表

峠下駅 駅名板
峠下駅 駅名板

峠下駅 駅舎
峠下駅 駅舎
2005年8月10日 留萌本線 東幌糠駅

東幌糠 駅名標
東幌糠 駅名標

留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2006年3月17日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

東幌糠 駅名標留萌本線の位置東幌糠駅  昭和38年12月1日 仮乗降場として開業。昭和62年3月31日 駅に昇格。平成18年3月17日廃止

幌糠  地名の由来はアイヌ語の「ポロ、ヌプカ、ペッ」(大きな野の川)から転訛した。

利用者皆無のため、2006年(平成18年)3月18日に廃駅。廃止直前、当駅は普通列車が2往復しか停車しなかった。廃駅となるのを見越して、駅名標も国鉄時代のままなのかも知れない。

平成18年3月17日に廃止された留萌本線 東幌糠駅。撮影した平成17年8月10日は一日2本しか停まらない駅でたまたま停まる列車に乗れたので撮影出来ました。国鉄の駅名標が特徴。

東幌糠駅 待合室
東幌糠駅 待合室
幌糠駅 駅名標
幌糠駅 駅名標

留萌本線 営業㌔ 73.5km 全線開通 明治40年11月5日 廃止 2023年3月31日

深川-北一已-秩父別-北秩父別-石狩沼田-真布-恵比島-峠下-東幌糠-幌糠-藤山-大和田-留萌-瀬越-礼受-阿分-信砂-舎熊-朱文別-箸別-増毛

留萌本線の位置幌糠駅  明治43年11月23日開業。
幌糠  地名の由来はアイヌ語の「ポロ、ヌプカ、ペッ」(大きな野の川)から転訛した。

藤山駅との間にあった桜庭駅は1990年(平成2年)10月1日に、峠下駅との間にあった東幌糠駅は2006年(平成18年)3月18日に廃止。

幌糠駅 駅舎
幌糠駅 駅舎