先週末のバレンタインデーには間に合いませんでしたが、
ちょうど甘くて美味しいものが食べたかったのと、
ナカラ生活も残すところ
1週間となったので、冷蔵庫にある板チョコ、
使いかけのココアの粉、小麦粉、バター代わりのギーを
消費したかったため、フォンダンショコラを作りました。


オーブンがあれば、材料を準備し始めてから
ものの
30分で食べれるところも魅力的!

あったかいチョコレートには、焼きたてのパンと同じ幸せを感じます。


うちの四姉妹
左上が長女・マプト生まれ、
右上が次女・ナカラ生まれ、
右下が三女・ザンビア生まれ、
左下が四女・ナカラ生まれ。
ナカラ生まれは自作だよ。


長男・ヴィクトリアフォールズ生まれ

あー、パッキングしなきゃ。

「エビが好き」だということに、最近気がついた。

それを人に言ったところ、「よくエビ食べてるよね」と言われたので、
やっぱり間違いではなかった。


ナカラ産ゴシキエビ(伊勢海老)


うら


シャキーン


まずは角?と脚を取って、


二つにする


頭と細い脚はダシを取り


太い脚は茹でる


身は刺身でッ


この人から買いました(2千円でした)


仲買いは漁師が岸に着いた途端に船に群がる

停電が復旧してから、なんとなくまた停電が来るかもしれないという恐れと、
もうナカラでの生活があと
10日なこともあって、あれからバターを買えずにいる。

でも、バターを使いたい時ってのはあるもので、そういう時はギー(
Ghee)を使う。

1
年ほど前にスパイスカレー用に小さめ(それでも500ml)の缶を
購入してからというもの、
1回のカレーで小さじ1杯ずつぐらいしか
使わないので、たんまり余っていた。

これはバターの代わりになるのではないかと思い調べてみると、
ギーは牛や水牛、ヤギの乳を沸騰させて加熱殺菌した後に乳酸発酵させ、
凝固したものを撹拌し、バター状にしたものをゆっくり加熱して溶かし、
それをろ過したものだということが判明。

さらに過熱ろ過の過程で水分、糖分、タンパク質などが除かれるため、
バターよりも腐敗しにくく、平均気温の高い地域においても
長期間常温で保存が可能だという優れもの。

インドでは宗教儀式にも欠かせないもので、しばしばギーは神に捧げられ、
ギーへの賛歌が存在したり、神像をギーで沐浴させたり、
結婚式や葬式にも用いられ、聖なる物質とされているという。(
Wikipediaより)


日本で買える普通のバターからギーを作ることもできるらしいので、
帰ったらやってみようかな。


500mlでたしか2千円ぐらい

停電の1か月間、これまでに増して有難みを感じたものたちがある。


第3位・・・太陽光蓄電エコライト!
真っ暗闇で鍵穴を探す時などこれがあって本当に助かりました


第2位・・・うちわ!!
エアコンがつかなかったので、あおぎながら寝ました


第1位・・・ゴザ!!!
これをシーツとマットレスの間に敷くと、まァなんと快適なことッ

112日の豪雨によるザンベジ川の氾濫によって引き起こされた送電鉄塔10塔の倒壊。

それによる電気、インターネット、電話回線の遮断。
あれから
1か月、普段から不安定だったインフラはさらに弱くなり、
はじめの
2週間は電気も水もなく、どうなるかと思ったが、
3週間目からようやく復旧の兆しが見え始め、停電から1か月の
210日、ついにカオラバッサからの電気が来るようになり、
ナンプラには電気が戻った。

それにより、発電機で日に数時間ずつ町の地区を順繰りに
通電させていたナカラにも、
1日中通電するようになった。

以前からの断続的な停電はあるものの、基本的には電気がある状態だ。
倒壊した送電鉄塔の電線の復旧作業が終わった途端に盗むという
行為に至った輩もいたが、どうにかこうにか復旧にこぎつけたようで嬉しい限りである。

電気を使うテレビ、エアコン、冷蔵庫、コンロ、そして水を汲み上げる
モーターなどなどすべてが滞りなく動くことに感動すら覚える。

帰国が迫る中、私たちの目下の問題は我がチャレンジャーの行き先である。


2年半、苦楽を共にしたチャレンジャー
「まだまだイケます!」

123日(金)停電12日目

昨日の新聞記事通りに朝
5時から昼12時までと夕方17時から
夜中
0時までの間において交代で通電するシステムが整ったというのが、
強ち嘘ではないようで、その時間帯は断続的ではあるが通電するようになった。

朝はテレビでニュースが観られるし、夜は飯が炊けて、
タイミングが良ければ温水が浴びられる。
それこそ夜は電気がつくということだけで気持ちも明るくなるし、
何より安全度が高まる。

エアコンの冷気は素晴らしいほどに涼しく、快適な夜が過ごせる。
もちろん通電すると言われている時間帯でもそれは断続的なので、
ろうそくなどは欠かせないし、通電時間帯以外はもちろん
停電しているので、冷蔵庫で保管しなければならない
バターなどはまだ買う勇気が出ないでいる。

相変わらずインターネットは不通である。
うちのインターネットは電話線を利用した
ADSLで、TDMという電話会社と
契約しているのだが、その電話会社自体もインターネットや
システムがないというのだから、仕方がない。

復旧を待つしかない。

122日(木)停電11日目

ここ数日、断続的に(と言っても合計すると日に数分から
1時間ほど)
通電することがある。

通電すると、どこからともなく歓声が聞こえてきては皆携帯電話の
充電や爆音での音楽、テレビなどをしばし楽しむのである。
しかし通電も長くは続かず、数分から数十分で途絶える。
そうするとまた、どこからともなく落胆の声が聞こえてくるのである。
一日に数回の通電と停電にはそれが繰り返される。

今日の新聞によると、州都ナンプラとここナカラではようやく
半復旧の目処が立ち、朝
5時から昼12時までと夕方17時から
夜中
0時までの間において交代で通電するという記事があった。

ここ数日の通電と停電の繰り返しはその試運転なのかもしれないと、
明るい兆しが少しだけ見えてきた。

30年間の私の人生で10日以上も電気がない生活など初めての経験であったが、
人間慣れれば知恵もつくもので、少しだけ賢くなった気がする。

この
10日の間にいかに少ない水で風呂を済ませるか、
食器洗いや洗濯を済ませるか、いかに早く炭で火を熾すかなど
いくつかの知恵がついた。

大袈裟なのかもしれないが、電気を発明し、これだけの需要に
応えられるよう供給するために尽力してきた多くの人々への
尊敬の念が尽きない。

そしてそれを忘れてしまうほどにシステム化し、
途切れないように運営している日本は素晴らしき国である。
しかも蛇口から止めどなく注がれる水も安全で、かつ飲めるのだ。
もはや驚愕に値する。

兎にも角にも今は一日も早い復旧と、被害に遭われた特に中部の復興を願う。

121日(水)停電10日目

久しぶりに野菜を買いにマーケットに出向いた。
まだ平日の暗くなるまでには時間がある
12時過ぎだというのに
3分の2ほどのお店しか出店していない。
出店しているお店も品揃えがどこか寂しげである。

いつもならあちらこちらから、うちで買ってってよ~!という
お声がかかるものだが、売り子にもあまりやる気がないように見え、
マーケット全体にもいつもは感じる活気がない。

この日は人参が欲しかったのだけれど、
下町のマーケットには人参が
1本もなかった。

いつもなら色彩豊かな野菜たちが所狭しと並ぶマーケットには、
いまや玉ねぎ、じゃがいも、大蒜、ピーマン、トマト、バナナ、
レモン、マンゴー、パイナップル、少々の菜っ葉たちが
こちらも元気なさげに並んでいるだけである。

そういえばハイパーなマーケットの野菜も品薄であった。
常に店頭に並んでいた私が大好きなグレープフルーツも、
ここ数週間姿を見ていない。

売り子曰く、野菜類はナンプラでも品薄であるという。
まァ人参やグレープフルーツがなくても死ぬわけではないが、
南アフリカやナンプラの内陸に野菜の多くを頼っているここナカラでは、
先日の洪水による被害で寸断されている道路が復旧しないことには、
この野菜不足は解決しないのである。

今はまだ店側も在庫を消費しているのだろうが、
ジャブのように色々なところにじわじわと効いてくるに違いない。


いつもならこのように様々な野菜が並んでいるのに、
今はここに大蒜しか並んでいない

120日(火)停電9日目

電気会社の努力の甲斐があってか、昨夜から日に合計で
12時間は通電している。

インターネットはまだ不通であるが、朝から夜まで短い時では数分、
長い時では
20分ほど通電しては切れ、通電しては切れるという具合である。
通電するや否や私たちは携帯電話やパソコンの充電をしたり、
しばしテレビでニュースなどを観ている。

だがこの通電も非常に断続的なので、料理まではできない。
いつも大家さんのお手伝いさんや旦那さんに炭をおこしてもらっていたが、
料理をしたいタイミングで家に誰もいないという時があり、
初めて一から自力で火を熾した。

調理が可能な火力を保てる火を炭で熾すのに、ざっと
45分はかかった。
煙で目は痛いし、体中から香ばしい香りが漂うしで、私にとっては
非常に重労働となった。

新聞によると、倒壊した
10の鉄塔の代わりに5kmにわたって
木製の柱
60本を立て、応急処置としての送電線を繋ぐことになるらしく、
その工事におおよそ
2週間かかるようである。

2
週間後には今まで通りの生活に戻れるのかも現時点では
まったく分からないが、とりあえずどう転んでも
あと
1か月でここナカラをあとにするのだから、
耐え忍ぶほかなさそうである。


マーケットのべニア板で無造作に売られている
コイツらを刺身で食べたら、
サルモネラに侵されて、一時は死ぬかと思った・・・

119日(月)停電8日目

朝、目が覚めるとどこぞから音楽が流れているのが聴こえた。

さァ今日も水汲みから始めるかと重い腰を上げると、
何やらその音楽が大家さんの家から流れていた。
もしや!と思い、急ぎ足で玄関の外にある電気メーターをみると、
なんと通電しているではないか!

期待を胸に膨らませブレーカーをあげると、「ピッ」と通電する懐かしい音がした。
「やったァー!!」と心の中で叫び、家中のコンセントを挿し、
テレビ、扇風機、エアコン、電子レンジ、冷蔵庫、電気コンロ、
洗濯機を順に電源を入れるとすべてが問題なく稼働する。

電気が復活したんだ!そう確信し、久しぶりの電気を楽しんだ。
まだインターネット、携帯電話は不通だが、そんなものは
生活の彩でしかないので、今後また順番に復活すればなんの問題ない。

もう一つの問題である、おおもとの水道も未だ止まったままだが、
まァ何とかなるだろう。もう外で料理しなくていいんだー!

午前中はポルトガル語の授業が家であったのだが、
Lurdes先生の家はまだ電気が復活していないらしく、
うちの様子を見て「電気きたの!?携帯電話充電させて~」とか
「テレビ観てもいい?」と、彼女もしばしの電気を楽しんでいた。

授業が進み
1時間が経った頃だろうか、またしても停電になった。
通電して喜んだのも数時間、またしても電気はあっけなくどこかにいってしまった。
だが期待は持てるのである。

新聞によると、今回の送電鉄塔
10塔が倒壊したことによる停電範囲は
ザンベジア州モクバ、アルト・モロクエ、グルーエの各郡、
二アサ州のクアンバ及びリシンガの両郡、ナンプラ州のナンプラ市、
ナカラ市、カーボ・デルガド州のペンバ市等に及んでおり(モザンビークのほぼ半分の地域)、
電力会社によると二アサ州とカーボ・デルガド州では、
クアンバとリシンガの水力発電がある他、特にリシンガと
ペンバにある発電機が一部の電力供給を行うとみられており、
ナカラについては電力会社が対応にあたっているとあった。

これは
5日前(14日)の記事であるので、本日19日の通電は
まさに電力会社の対応の成果であるといえよう。
しかしナンプラ市については、州都であるにもかかわらず、
代替策がないと書かれていた。

もともとのインフラが弱いうえに、投資などで国内外からの
流入が激しく電力供給が充分でなかったこともあり、
この
1週間でさらに解決せねばならない問題が山積みになったのではないだろうか。


呑気なもんだ


参考:
114日付けO País紙電子版(http://opais.sapo.mz/index.php/sociedade/45-sociedade/33624--chuvas-derrubam-10-torres-de-transporte-de-energia-e-deixam-centro-e-norte-as-escuras.html