この1週間、インターネットにアクセスできずにいた。
TDM(以前のNTTみたいな電話公社)のモザンビーク全体における
システムトラブルで日曜日から金曜日の夜まで
インターネットにアクセスできなかったのである。
TDMの支局でモデムを再設定してもらったり、何度か通ってはみたものの、
全体的なシステムトラブルだったため、待つよりほかなかった。
しかも窓口のオバチャン曰く復旧の目処はたっておらず、
何週間かかるか分からないと言われたものだから、
ついに他の会社でのサービスへの乗り換えも調べ始めていた。
ナカラでインターネットを使うためには、TDMかMovitelおよび
Vodacom、mcel(いずれも携帯電話会社)との月極契約または、
プリペイドでのチャージが必要である。
私たちがナカラに来た当初はMovitelがこの地域に未進出だったため、
まだ仮住まいのペンション暮らしの時にはmcelのサービスを利用していた。
SIMカードの入ったモバイルルーターのUSBをパソコンに差し、
その回線を利用してインターネットにアクセスするという方法である。
これが従量制でまたとんでもなくすぐにチャージがなくなる。
その後、今の家に引っ越してからはTDMとの月極契約を結んでいた。
Wi-Fiも飛ばせるモデムを使用し、
定額制で超えた分は超過料金を支払うシステムである。
これは1,500円ぐらいから13,000円ぐらいまで8段階ほどの
料金プランに分かれていて、月々最大43GBまでのプランが
用意されている。
現在私たちは月々28GB(約10,000円)までのプランで
契約をしているのだけれど、これと同じぐらいの容量を
他社のサービスに移行しようとすると、
Vodacomでは約18,000円かかり、Movitelではなんと
約24,000円もかかってしまうという試算が出た。
会社によっても価格にこんなにも差が出てしまうものなのか。
インフラやサービスが整っていないということで
こんなところにも影響が出るんだなァとしみじみ思った金曜日。
電話局のオバチャンと話していた時、
何の気なしに「私、日本人は好きよ」と言うので、
きっとそれぞれに同じようなことを言っているのだろうと思い、
理由を聞いてみたところ、「だって日本人は肌の色が違う
私たちのことも同じ人として扱ってくれるでしょ」と言う。
この国でも過去に奴隷貿易が行われていただけに、
その言葉が持つ意味は私たちとは少し異なる気がした。
私が他の外国人はそうじゃないのかと聞いたところ、
オバチャンはあるエピソードを話してくれた。
ある日のある仕事中にある外国(欧米)人の代わりに
オバチャンはその人の携帯電話で誰かと話した。
その後オバチャンがその携帯電話を持ち主である
その外国人に返したところ、その人は携帯電話の画面を
ズボンで拭ってから、自分の耳にあてた。
その行為がオバチャンをひどく傷つけたと言うのである。
その話を聞いて、私にはその外国人には悪気はなく
(例えばそういう癖がある人だったり)、
オバチャンの思い違いもあるような気もしたが、
とにかくオバチャンはその行為にひどく傷ついたのだそう。
その話の後、私はそのオバチャンに電話番号を聞かれ、
私の名前もその入力のために教えようとした。
なぜなら私の名前はモザンビーク人には馴染みのない
字ずらだし、その並びは彼らにとって覚えづらいからである。
ところが、オバチャンはあっさりこう言い放った。
「あァ、名前言われても覚えられないし、後で思い出せないから、
携帯には『日本人』って入力しておくからいいわ」
その一言は簡単に私を傷つけた。
ナカラくんだりで生活していると、日本でなんてことなく
手に入っていたものがまったく手に入らないという事態に陥る。
例えば、安くて品質の良い雑貨類や日本食材などである。
それでも最近は、雑貨などはお金を出せば揃うようになってきた。
しかしながらどうあがいても手に入らないのが、日本食材である。
せっかくアフリカに居るのだから、郷に入れば郷に従えの
精神を持って2年ぐらい現地の人と同じ食生活をすれば
いいではないかと思うかもしれない。
私もそう簡単に思っていた。実際に来るまではそう思っていた。
しかし娯楽がほぼ存在しないここナカラでは、楽しみと言えば
「食事」ということになり、これまた事情が変わってくるのである。
ここ以外の途上国でも働き、生活してきた経験のある旦那さんの
「百円均一の菓子コーナー(特にお煎餅の段)が宝の山に見える」
という日本食材に対する熱い思いもこちらに来るまでは
あまり共感ができなかった。
しかしナカラで1年生活してみて、一時帰国した時に行った
百円均一の菓子コーナーを前にした時の私の心境はもはや
旦那さんのそれと寸分も違わなかった。
とはいえ、飛行機で2時間かけて首都まで行けば、キッコーマンの
醤油や豆腐、ほんだしなどが日本よりも高くなるが買える。
ただナカラからだとその飛行機に乗るまでに車で2~3時間かけねばならないし、
何より一社独占の航空会社が販売しているチケットが
往復6万円ぐらいするので到底行く気にならない。
となると、我が愛車のチャレンジャー輸送時や
一時帰国の際に持ち込んだ日本食材が宝の山となる。
たまに日本からの出張者の方々からもお宝を頂戴することもあります。
そうするともうこちらでは手に入らないものは貴重品となり、
ちまちまとケチって使った挙句、例えばお茶殻なども
捨てたくない!という気持ちが強くなる。
結果、今では出し殻も食べるようになった。
緑茶はもうすべて使い切ってしまったので、今は麦茶と
ほうじ茶(紅茶はこちらでも買える)を冷やして
飲んでいるのだけれど、茶殻が出ると天日干しにし、
それを醤油(キッコーマンではないがポルトガルのものや
中国のものが売ってある)と砂糖(モザンビーク産)、
酒(中華商店で買える55度の白酒を料理酒として使用)と
昆布や鰹のだし(持ってきたものとかいただきものとか)で
煮詰めると、佃煮(ふりかけ?)にして食べている。
実はお茶を煎れた時、その栄養の3分の2は茶葉に残るという。
ごみは減るし栄養はとれる。いいことづくしであるので、
これからも貧乏根性全開で生活していきたいと思う。
所用にて、町一番の三ツ星ホテルの予約を取りにホテルの受付までひとっ走った。
用件はすでに入れていた予約の確認と追加での新規予約である。
受付にいた若いスタッフに聞くと、何も分からないと言う。
なぜなら自分は普段ドアマンとしてドアのところに立っているのが
仕事であって、今日は受付スタッフが急病で休んだので
その代わりとして、受付に座らされているのだと言う。
そこで昼休憩に入っていた別の(予約状況の確認ができる)
スタッフを呼んでもらった。
まずは、すでに入れていた予約の確認。
確認は手際よく行われ、間違いなく予約されているよう。
さすが町一番の三ツ星ホテル。
予約管理にコンピュータシステムを導入しているので、確認がスムースである。
次に、それと同日程での新規予約。
これについてはもうシングルの空きがないのでツインになるが、
シングルと同料金でいいと言う。
さすが町一番の三ツ星ホテル。
状況に応じて臨機応変に対応してくれるフレキシブルさがある。
ところで、予約確認書は発行可能か聞いたところ、もちろん出せますと言う。
今ここで前回の分も発行可能であるし、メールで
予約を入れた際にもデータでそれを送信してくれるという。
さすが町一番の三ツ星ホテル。
顧客の要求に即座に応じるその姿勢と満足させるオプションまで提示してくれる。
当然、今ここで前回の分も予約確認書を発行してくれるようお願いした。
彼はコンピュータを確認しながら、新規予約も入力してから、
予約確認書の発行に取りかかり、プリンターも問題なく動いている。
さすが町一番の三ツ星ホテル。
「今はシステムがダウンしているので今は発行できません」や
「インクが切れているので今は印刷できません」などとは決してほざかない。
ところが、ここからモザンビークという国の地方都市である
ナカラのレベルを思い知らされることとなった。
彼が然もありなんと自信たっぷりに私に手渡した予約確認書、
もちろん隅々まで確認を怠ってはいけない。
なぜならここはモザンビークという国だからである。
・・・やはり・・・日付が丸々1か月ずれている・・・。
その後も、やれ電話番号が違うだの、やれ名前のスペルが
間違ってるだのと彼が出す予約確認書に私が赤を入れ、
また彼がその修正にかかるというやり取りを5往復ほど繰り返し、
やっと完璧なものを手に入れることができたのである。
さすが町一番の三ツ星ホテル。
何度やり直しをさせられても嫌な顔ひとつせずに、応えようと努力する。
しかし、ホテルの予約を確認するだけなのに小一時間かかるというのは、
私のような暇人にとっては痛くもかゆくもないけれども、
一秒も無駄にはしたくないビジネスマンにとってはいかがなものか。
受付の彼:「それにしてもセニョーラはポルトガル語が上手ですね、もうモザンビークは長いんですか?」
わたし:「いんや、1年半だけど」
受付の彼:「えぇッ1年半しかいないのに、もうそんなに喋れるんですか!?すごいですね!」
さすが町一番の三ツ星ホテル。
たとえ失敗をしても顧客を逃がさないホスピタリティの精神がある。
その数日後、新聞で面白い記事を見つけた。
経済特区を有するここナカラ郡ならびに隣町のナカラ・ア・
ヴェーリャ郡では、現在いくつもの投資事業が実施されており、
国外(主に先進国)からたくさんの人々が入ってきている。
そこで著しい成長を遂げているホテルおよび観光産業部門に
要求されることの一つは、卓越した質の高いサービスの提供であるという。
そしてこの度、様々な資機材を取り入れた形での能力強化のため、
業務上のパフォーマンス向上を目的とした研修を、
国立雇用促進職業訓練校のナカラ事務所とナンプラ州観光局の
連携により、現在同部門に就業する30名を対象に実施したらしい。
その記事にはまた、現在では同分野における長期の経験を
有する労働者がいても、何かしらの理論的な裏付けなしで
業務を実施している場合があることも書かれていた。
さらに、これまでに一度も同部門に触れたことのない人々が
研修に参加することで認定証を得るなどして、
これらのキャリアに入る希少な機会を得ることにもなると
訓練院の代表は述べている。
研修では、顧客に対する柔軟な対応技術や礼儀作法を
洗練させることも行われ、顧客からの要求にどのように
迅速かつ適切に対応するかということも含まれた。
今後もぜひ継続して研修を実施してほしいものである。
日本の百円均一で揃えられるようなポップな日用品も、
300円ぐらい出せば、ある程度ナカラでも買える
(マッシャーとかフライ返しとかボウルとかカップケーキの型とか)
ようになってきたけれども、服などはまだまだ高い!
新品だとどこでも同じようなものしか売っていないし、
しかも州都ナンプラに比べると1~2割ほど高く、
日本と比べると品質がかなり劣るものが日本で
売っているような値段であるから、もう参ってしまう。
なので、普段洋服はあまり買わないのだけれど、最近は週末に
健康のために旦那さんと家がある上町から下町まで歩いているので、
その途中でなんちゃってウィンドウ(なし)ショッピング
(屋外の掘立小屋に古着が吊るされているから)ができて、楽しい。
新品の洋服は数も少ないので、町では同じものを着ている人を
何人も見かけるため、他の人と違うものを見つけたかったら、
ヨーロッパやアジアからコンテナで入ってくる古着の中から
少しでも状態のいいものを探すしか手はないのである。
しかしこれ、フリーマーケットなどが大好きだった私には
発掘の楽しみがあって、意外と楽しめる。
子ども服から大人の普段着、靴、帽子、下着に水着、
かばんなどの服飾小物はもちろんのこと、
ウェディングドレスなども路上で買うことができる。
古着に抵抗がなければ、毎日がフリーマーケットに来た気分♪
しかも、新品より10倍以上安いのであるから、嬉しさ倍増である。
売り子:「お姉さん、いらっしゃい」
わたし:「これいくら?」
売り子:「175MT(約525円)だよ」
わたし:「ふーん」
売り子:「150MT(約450円)でいいよ」
わたし:「120MT(約360円)にならない?安くしてよ~」
売り子:「セニョーラー、175MTを150MTにしてるんだから、
すでに安くなってるでしょ!」
わたし:「そうか~、じゃ今日はいいわ」
と数軒先の店でまた物色していたら、私が先に見ていた服を
持ってオーナーらしき人物が走ってくるではないか。
オーナー:「セニョーラ~~、これ~、120MTでいいからぁ~」
わたし:「あら、いいの?」
オーナー:「ああ、もってけもってけ!」
こんな具合でする買い物もいとよろし。
とも言わんばかりの凛々しい面持であったが、
一部始終を私は見ていた。
止めをさしたのは彼女だが、すばしっこいネズミに
牙を立て弱らせたのはまめ子ではなかったか…
どうも彼女は要領がいい。
でもまァ良しとして、ご褒美に鶏の足をたんまりとあげました。
ダシを取り終わった大量の足は番犬たちの胃袋に収まり、
前回の豚骨スープと合わせたダシはラーメンスープにし、
細めのパスタをベーキングパウダーを入れて茹で中華風に、
その後はあっという間に我々の胃袋に収まりました。
日頃から様々な外国人や主に高給取りのモザンビーク人で賑わう
ハイパーなマーケットは、業務用スーパーとハナマサが
合体したかのような品揃えである。
肉も色々な種類があり、冷凍や冷蔵の牛肉、豚肉、
挽肉、魚などが勢ぞろいである。(他では買えない)
肉の塊の量り売りから、出来合いの冷凍ミートボールや
パテ、サモサやコロッケのようなものなどもある。
ポルトガル資本なので、ほとんどがポルトガルからの輸入品である。
そこで旦那さんが買い物の途中、拳骨から
とんこつスープを作ると言い出し、拳骨を初めて購入した。

とんこつスープからつけ麺に。
面は太めのパスタで、茹でる時に
ベーキングパウダーを入れると中華麺風になる

旦那さんの誕生日は餃子三昧
皮なぞ売ってないから作る。うまーい
手間をかけざるを得ないのだけれど、
それはそれで贅沢なのかもしれないとも思う。
私の中での「オバチャン」という生き物の定義は、
時に「お節介なほどに世話好き」で
「ふてぶてしいくらい図々しい」のだけれど、
どこか「愛嬌があり憎めない」人である。
この要素に合致すると、私にとって「オバチャン」認定である。
ナカラの電話局にも認定オバチャンが1人いる。
いつ行っても、何かしらをもぐもぐ食べながら仕事をしている。
このオバチャンがまさに「お節介なほどに世話好き」で
「ふてぶてしいくらい図々しく」、
だけど「愛嬌があり憎めない」のである。
先月分のインターネット使用料を支払いに行ったところ、
バナナ片手に対応してくれた。
オバチャン:「あらアミーガ~、元気?」
わたし:「はいはい、元気です。ありがとう」
オバチャン:「ところで先月教えてあげた日本人には会えた?」
実は先月の支払い時、ナカラに他の日本人のご家族が
暮らしているので、会いに行ってごらんなさいということで、
そのご家族が住んでいるという宿泊所を教えてもらったのだけれど、
もうここにはいないということで会えなかったのである。
わたし:「いや、なんかもう日本に帰ったらしいですよ」
オバチャン:「そんなことないわよ!まだいるわっ」
わたし:「いや、でもXXX(その場所)でしょ?いなかったですよ」
オバチャン:「本当?ちょっと待って」
と言い、誰かに電話を掛けるオバチャン。
オバチャン:「やっぱりまだいるわよ。今から行きましょう!
時間あるんでしょ?」
わたし:「あー、えーっと、まァ、はい」
二人でその日本人(だとオバチャンが言い張る)方に
会いに行くことになった。私の車で。オバチャンを助手席に乗せて。
車を走らせていると、オバチャンが言う。
オバチャン:「ちょっと銀行寄ってくれる?」
わたし:「えッ、時間かかる?」
オバチャン:「なーに、すぐ済むわ」
ということで、途中オバチャンのためだけに銀行に寄った。
オバチャン:「ところであーた、今週末ナンプラまで行く?」
わたし:「行かないけど、なんで?」
オバチャン:「この書類をナンプラの電話局まで届けないといけないのよ~」
ここでは郵便システムが機能していないため、
書類などを届ける際には長距離シャッパ(バンタイプの
公共ミニバス)の運転手やタクシー運転手に
乗客を運ぶついでに書類などを運んでもらうのが、
郵便の代わりとなっている。
オバチャンは途中で都合のいい知り合いを見つけて、
その書類を運んでもらうよう頼んでいた。
そしてその後、無事にその日本人の方に会うことができた。
その道中、オバチャンが使っていたカプラナ(ろうけつ染めの
伝統的な布、主に腰や頭に巻く)製の小物入れに私が興味を
持ったことから、カプラナの問屋を教えてもらうことになった。
カプラナはナカラでは公設市場でも1枚(だいたい2m×1mほどの
大きさ)を250MT(約750円)で買うことができるのだけれど、
問屋に行ってみると6枚~10枚セットで285MT(約855円)から
750MT(約2,250円)で買うことができ、柄も市場より
豊富にあったのである。
ほぼ毎日通っていた通りにある店だったのだけれど、
入ったことは一度もなかったので、今まで知らなかったのである。
オバチャンに感謝しつつ戻ろうとすると、
オバチャン:「ちょっとお砂糖買いたいから、(隣にある)
スーパーに寄ってもいいかしら?」
と言うので、まァ砂糖ぐらいなら、
ついでに自分の買い物でもするかと承諾した。
ところが案の定オバチャンの買い物は砂糖だけには
とどまらなかった。
わたし:「もう行きますよ~」
オバチャン:「あら、もう済んだの?今行くわ~
これは息子が大好きだからね(チョコシリアルのこと)」
買い物かごいっぱいの買い物を済ませたオバチャンは、
両手に買い物袋をたくさん下げて、車に向かう。
途中、ビニール袋いっぱいのバナナを持った売り子が近づいてくる。
売り子:「バナナどうですか?」
オバチャン:「バナナ?いくら?」
売り子:「75MTです」
オバチャン:「75MT!?あんた何言ってんのよ!バナナが75MTですって?」
売り子:「えっと、じゃあ50MTにしときますんで」
オバチャン:「50MT?買うわけないでしょ!
あんたここモザンビークよ!はい散った散った!」
と、見事にまくしたてられた売り子はたじたじ、
あっさりと引き下がった。
わたし:「オバチャン、いくらだったら買うの?」
オバチャン:「25MTね、まったくナカラは物価が高くてやってらんないわ」
まァ確かにナカラの物価は他の地域に比べての高い。
そして車に乗るなり、
オバチャン:「じゃあこの荷物を家に置いて行きたいから、
うちに寄ってくれる?」
もうこうなると、どうにでもなれと思うのである。
わたし:「はいはい、近いんだよね?」
オバチャン:「近いわよ、市役所のところだから。市役所どこか分かる?」
わたし:「分かりまーす」
市役所のエリアには一般の人向けの家やアパートも
立ち並んでいるが、市議会の議長の公邸や事務所、
軍関係者や各省庁の宿舎などがあるエリアである。
それをひとつひとつ車の中から丁寧に説明してくれた。
オバチャン:「はい、もうこれであなたもここら辺のことが分かったでしょ?」
オバチャンの旦那さんはナカラ基地で軍のパイロットをしているので、
彼女もその宿舎の一角に住んでいた。
オバチャン:「はい、ここがあたしの住むアパートよ、ここの2階なの」
わたし:「荷物運ぶの手伝いましょうか?」
オバチャン:「いいわ、大丈夫。手伝いを呼ぶから」
と言い、オバチャンは威勢よく階下から2階のベランダに向かって叫んだ。
するとまもなくお手伝いさんが来て、荷物を運び入れ、
オバチャンから夕飯の支度と週末のパーティー用の食事や
お菓子の準備の指示を受けていた。
オバチャン:「そうだ、うちにあがっていく?ちょっと見るだけ。ね?」
わたし:「あー、じゃ見るだけね」
と言ってオバチャンは家を案内してくれた。
アパートなのでこじんまりとしていたが、綺麗にしてあり、
家具などは立派な木製の飾り棚などをあつらえていた。
玄関を入るとまず炊事場があり、リビングまでの廊下部分に
また小さなキッチンとダイニング、その奥は3部屋に分かれており、
6畳程度のリビングと寝室、子ども部屋があった。
どこも清潔が保たれており、かつ整頓され、
とても居心地が良さそうだった。
オバチャン:「これで全部、小さい家でしょ?」
わたし:「いやそんなことないですよ。この飾り棚とかとっても素敵!」
オバチャン:「これね、来る人みんなに褒められるわ!
引っ越してきたとき、ここで作らせたのよ」
オバチャンはシモイオ(Chimoio)という中内陸部の出身で、
旦那さんの仕事の都合でここナカラに暮らしているという。
退職後はシモイオに帰る予定だと話してくれた。
曰く、ナカラは物価が高すぎるので到底暮らしていけないという。
2時間半ほどオバチャンと楽しい時間を過ごした後、
電話局まで彼女を送り届けた。
なんともてんこ盛りな半日であった。
いつものように公設市場で野菜を物色していたら、見かけない野菜と出会った。
売り子:「セニョーラ、これどう?」
わたし:「これ何?」
売り子:「キュウリだよ」
わたし:「えっ、キュウリ?」(不審な視線を投げかける)
なぜなら普段出回っているキュウリとは全然見た目が違ったのである。
その20~30cmほどの緑で細長いゴーヤのような野菜は、
どちらかというと巨大なオクラといった風貌である。
まァ、キュウリもオクラも緑で細長いので、
かぼちゃとキュウリほどは差がないけれども。
わたし:「どうやって食べるの?」
売り子:「皮をむいて、玉ねぎやトマトと一緒に煮たり、炒めたりするよ」
わたし:「ほぉー、いくら?」
売り子:「6本で50MT(約150円)!」
わたし:「じゃ、買うわ」
売り子:「まいどー。食べたら感想聞かせてね!」
というわけで、うちにやってきた巨大オクラの正体を
早速インターネットで調べてみたところ、日本では
トカドヘチマ(十角糸瓜:表面に十の角がある)と呼ばれ、
インド原産で南アジアから東南アジア、東アジアにかけての
広い範囲で栽培されている野菜だということが分かった。
日本でも沖縄や南九州で栽培が行われているらしい。
観葉植物やスポンジとしての利用もあるが、もっとも大きな
利用は未熟果を野菜として炒め物や煮物などに使用されるとのこと。
(Wikipediaより)
キュウリと同じウリ科であるし、
調理方法も売り子の言っていた通りであった。
いつも適当なのかと思いきや、
たまには本当のことも教えてくれるんだなァ。
今夜、ひき肉とナスや人参などと一緒に中華風炒めにしてみようっと。
洗濯物をいくつもの洗濯ばさみで挟み干す便利な道具であるリングピンチ。
ナカラに引っ越してきて間もなく、中華商店でいくつか揃えた。
ところがそのリングピンチの洗濯ばさみを物を挟もうと摘まむと、
洗濯ばさみが全開になる途中で次々に割れてしまうのである。
強い陽射しにさらされているからなのか、
もともと低品質なのかは分からないが、
とにかく次々に割れてしまうので、
洗濯ばさみを開くときは細心の注意を払いながら、
ソフトタッチで開いてあげることが必要になった。
つい急いでいたりすると、
バキバキ割ってしまうので常に平常心が求められる。
(日本で安価に購入したものは、どんなに力んでも
まったく壊れる気配がない)
そして1年半の時を経て、もはや元の姿ではない
別の商品のようになったのである。

洗濯ばさみ(日本からの出張者にいただいたもの)で
リメイクリングピンチ
日本の高い品質管理(たとえそれがmade in chinaで
あっても)にもかかわらず、100円均一店などの
低価格設定には舌を巻かずにいられない。

























