電話局のオバチャンと話していた時、
何の気なしに「私、日本人は好きよ」と言うので、
きっとそれぞれに同じようなことを言っているのだろうと思い、
理由を聞いてみたところ、「だって日本人は肌の色が違う
私たちのことも同じ人として扱ってくれるでしょ」と言う。
この国でも過去に奴隷貿易が行われていただけに、
その言葉が持つ意味は私たちとは少し異なる気がした。
私が他の外国人はそうじゃないのかと聞いたところ、
オバチャンはあるエピソードを話してくれた。
ある日のある仕事中にある外国(欧米)人の代わりに
オバチャンはその人の携帯電話で誰かと話した。
その後オバチャンがその携帯電話を持ち主である
その外国人に返したところ、その人は携帯電話の画面を
ズボンで拭ってから、自分の耳にあてた。
その行為がオバチャンをひどく傷つけたと言うのである。
その話を聞いて、私にはその外国人には悪気はなく
(例えばそういう癖がある人だったり)、
オバチャンの思い違いもあるような気もしたが、
とにかくオバチャンはその行為にひどく傷ついたのだそう。
その話の後、私はそのオバチャンに電話番号を聞かれ、
私の名前もその入力のために教えようとした。
なぜなら私の名前はモザンビーク人には馴染みのない
字ずらだし、その並びは彼らにとって覚えづらいからである。
ところが、オバチャンはあっさりこう言い放った。
「あァ、名前言われても覚えられないし、後で思い出せないから、
携帯には『日本人』って入力しておくからいいわ」
その一言は簡単に私を傷つけた。
