私がこの仕事、自分自身想像もしなかった「介護」という

職業に就いたのには、幾つかの理由がある。

何の資格もないおばさんである私が、直に正社員となれる、

と言う事が一番の理由だが、

自宅から近い所にある、と言う理由もかなりのウエイトを

占めている。

それと言うのも北陸の過疎の山間地に住むものとして、

雪の季節の通勤の大変さ・渋滞をついつい考えてしまうからだ。


そう、私の住む地域、及び勤務する病院は

良く言えば「緑豊かな山間部」に位置している。

どれくらい田舎なのかと言うと、

今朝の仕事先での会話がそれを如実に物語っている

かもしれない



「昨日の夜、クワガタいたんだよぉ。」

と、昨夜夜勤だった

ちょっとおとぼけ、ゲーム好きのK君が言った。

えっ、最近暑くなってきたけど、クワガタはちょっと早すぎない?


「いや、ホントホント。タバコを吸いにベランダに行ったらそこに。」

そうそう、と同じく夜勤だった看護婦さんも頷いている。


「でも、手に乗せてよ~く見たら、これがなんと

背中にプチプチってダニがいっぱいついてて…」


「おもわず“ヒィ~、あっち行けぇ!!”って、

指でピンって弾いちゃったよ。」
とジェスチャーでその様子を再現。


それを聞いた子持ちだけどかっこよくて人気のT君、

笑いながら、

「可哀想に。もしかしたらそいつ、

“たすけぇてぇく~れ~”ってわざわざ病院に来たのかもしれないのに。」



その他、蛾や蜘蛛の話などで盛り上がり、

業務前から爆笑した日であった。


 

中学生の頃、それまでのアニメとは一線を隔した、

「ガンダム」という作品に衝撃を受けた。

そして訪れたガンダムブームに喜んだ、

今は懐かしの「OUT」(ガンダムのパロディマンガが有名な雑誌)世代…

といえば歳がバレるか。

 

だもんで、シャアアムロが登場する劇場版ガンダムの話題には

少なからず心が躍るし、

ガンダムの話題に乗ってくれる人がいれば超ラッキー。

 

実は昨日も、地域の小さな図書館に新しく着任された、

うら若き司書の女性と、「電車男」の話題からガンダムネタに発展。

しかも彼女は「エヴァンゲリオン」にもはまった、というではいか。

同じものが好き、って言う事だけで

ぐっと親近感が湧いてくる。

(かなり一方的かもしれないが)

 

「おいおい、アンタみたいな状況で、しかもおばさんが、

アニメネタで喜んでいいのかい…!!

って突っ込まれそうだが、

それはそれ、現実逃避したっていいじゃないさ。

嵐の前の静けさ、と言える今この時、

はしゃいだっていいじゃないの、

と開き直る今日この頃。


病院を舞台とした有名なドラマは割りと多い気がする。

「ナースのお仕事」「救急病棟」「シカゴコープ」「ER」

といったコメディからシリアスものまで。

どれもが“死”というものをドラマティックに盛り上げられ、

観ている私達は思わず重苦しい気分にさせられる。

 

実は、私が病院のケアとして働きだしてからの三ヶ月の間に、

私の勤務する介護病棟の患者さん約50人から三人の患者さんが亡くなった。

その中の一人(殆ど意識がないような患者さんだったが)を、

勤務して間もない頃、私は実際に見送った。

病室で家族がお別れした後、霊安室で看護士さんが身体を清拭し、

身体中の穴に綿を詰め、(そうしなければ体液が出てくるらしい)

着物に着替えさせ、お線香を上げるのだ。

涙もろくドラマでもすぐ泣くし、

そして何より、“死体”というものに全く慣れていない私、

(“死体”に慣れている人なんて、そうそういるものではなかろうが)

きっとこういう事は苦手だろうと思っていたのに、

意外な事に、「悲しい、怖い、気持ち悪い」という感情より、

正直言うと、

「一体どんな風にするんだろう。」という好奇心が優っていた。

 

 

唯、遺族の方々の姿には流石に神妙な気分になったが、

霊安室脇に霊柩車が横付けされる段になり、

慣れない運転手の下手な運転ぶりに神妙な霊安室の雰囲気も一転、

「危ない!!」「何やってんの!!」とその場は

ワーワー、キャーキャー大騒ぎに。

そしてやっと車を横付けして、遺体を運ぶために

入ってきた運転手の姿をみて思わず笑いそうになってしまった。

今、人気の若手お笑い芸人の一人に・・・似てる!!

これってもしかしてコント!?

 

なんだかオチがついたようで、より一層感慨深くなった

私の「患者さんの死」初体験だった。

昨日テレビのニュース特集で、“胎児の記憶”

を取り上げていたのを偶然観た。

 

そういえば三男が二歳くらいの頃、「生まれる前のこと覚えてる?」

と聞いた事があったけ。

その時は「お腹の中で泳いでいた。」との答えに、

「もしや…」と思ったものだが、

昨日の番組に登場した子供達のそれは

あまりにも具体的で驚いた。

 

「暖かくて暗いところで、こうやって丸くなって、気持ちよかったぁ。」

と胎児の体勢になる子供はまだ分かるが、中には

「丸い点だったのに、細い尻尾みたいのがニョロニョロ生えて…」

精子になる過程から、

ホースの蛇腹のような産道を通ってこの世に誕生するまでを

かなり的確な絵を描いて説明する5歳の子供もいた。

(えっ、それじゃあ魂の出発点は卵子じゃなくて精子から??)

 

そしてもっと驚く事に、お母さんのお腹の中に入る以前の記憶、

「天使と一緒に羽の生えた子供達6人で

“上”から自分のお母さんを選んでいる。」といった事を

絵を描いて説明する子供が二人もいたのだ。

そして「何故お母さんを選んだの?」という問いに、

「優しそうだったから。」!!!

 

ナルホド、「子は親を選べない。」と世間では言うが、

もしかしたら、本当は「子は親を選んでいる」のかも。

そういえば昔のベルトセラー小説「聖なる予言」でも

似たようなニュアンスの事、「自身の修行の為、カルマを断ち切る為、

親を選んで生まれてくる。」という風な事が書いてあったっけ。

と、納得しかけたが…、いや、ちょっと待て。

それなら幼児の段階で虐待され、殺されていく子供達は…?

それを思うと…やっぱりは納得できない。

 

でも、もし我が家の子供達が、我が家を選んで産まれて

来たのだとしたら……

今の我が家の状況を考えると、

なんだかすごく可哀想な気がする。

「えっ、もしかしてオムツ交換とかもするの?

どれだけ給料が良くても、私、絶対出来ない!!と、これが大抵の人の反応。

勿論そうだ、私だってつい最近までそう思ってたんだから。

だもんで、この仕事に就いた事を前の職場の友人に

話す時、なんだか劣等感・引け目を感じなかった、と言えばウソになる。


でも今は違う。仕事にも徐々に慣れ、

この仕事に対する誇りみたいなものも感じられるようになってきた。

そして、以前ほど抵抗を感じることなく

「仕事変わったんだよ。」と言えるように。

そして「色々悩んだけど、この仕事について良かった。」と

負け惜しみではなく思えるようになってきた私自身を、

我ながら逞しくなったものだ、と思える今日この頃。


ところで、我が家には

一応受験生と世間一般では言われる中学三年になったのに、

ひたすらボーっとしている長男がいる。

以前からこの子の将来を憂いていたのだが、

そこにダーリンの病気という不幸。

「こ、これはもしかして私達家族に福祉の道に進め、という

神さまからのお達しなのかも。」

等という考えが突如として頭に浮かんだ。

そうだ、将来、ダーリンの介護やリハビリが必要な時に助かるし、

それになにより福祉関係は就職率100%ではないか!!

私の頭の中で、勝手にそう夢を描いてみたが、

こればかりは強制は出来ない…


しかし、将来何になるにせよこの成績では如何ともし難い。

我が家の現状を訴え、まず高校に行きたいならこの点数を何とかしろ、

と訴えているのだが東風馬耳。

中間テストが始まったというのに、

昨日も今日もテレビを観てぎゃはぎゃは笑っている…

 


 


 

「ヘルパー」という仕事に就いてもうすぐ三ヶ月が経とうとしている。

 

仕事初日、慣れない仕事に戸惑い焦る私に

「直ぐになれる筈がない。そう、一ヶ月、三ヶ月もすると慣れると思うよ。」

と慰められた。

確かにある程度仕事の流れも分かり、

少しは余裕も出てきた。

が、

正直言うと、その日、その日で仕事に対する満足度、楽しさが全く違う。

それは何故か?

それはその日の仕事のメンバーが誰か、

と言う事が一番の要因となっているような気がする。

(夜勤のある仕事なので、シフトは普通の仕事以上に変則的)

こちらで働いておられる方々は、幸運な事にとても良い方達なのだが、

中には言葉のキツイ人もいたりして。

 

その人は仕事が出来る人なので、言う事も分かるのだけど、

ギャンギャン強く言われると緊張してしまって慌ててしまう。

「せめてこういう風に言ってくれればいいのに…。」と

ついつい愚痴が出てしまう。

でも考えてみたら、私も子供に対して日頃ギャンギャン言っているかも…!!

こんな風に言うから、余計に子供はやる気を失くすんだろうな。

と改めて反省。

 

でもきっとこの反省も忘れて、また直ぐにギャンギャン言ってしまうんだろうな、私。

「世界がもし100人の村だったら3」という番組を観た。

その中でフィリピンの12歳の少女が唯一の働き手として、

病床の母親と二人の弟を養うため、ゴミ山で働く。

弟達の面倒を見て、大人に混じり危険を伴うゴミ山お宝空き缶ゴミ袋を拾うのだ。

(我が家の子供達と同じ、いやもっと幼い少女が家族の為に一生懸命働いている!!

 

母親の薬を買うと三日に一度しかご飯をたべられない、という悲惨な状況にも

家族を思いやり、明るい笑顔を忘れない健気な姿に

胸が打たれると同時に、憤りを感じた。

こんな悲惨な状況を放置している国家に対してもそうだが、

目の前で飢えている子供達の姿を平然と追う番組スタッフに対しても。

勿論、世界の現実を訴えて募金を募る、

という番組の趣旨は分かるのだが、

「下らない番組に巨額な賞金を出したりしているけど、

この一家に対して、ちゃんと取材協力費を払ってんのかしら?」と。

きっと100万円でもあればこの母親は手術を受けられ、

当座の生活費も残る筈だから。

 

 

「不幸のドツボにはまってしまった」と自分自身を可哀想がっていたが、

この番組から知った世界の現実と比べたら、まだまだ私達は贅沢だ、

と言う事を実感させられた。

“霊能力者”“超能力”などの不思議出来事は昔から興味があった。

そしてそれらの不思議は、全てがすべて否定出来るものではない、

と今でも思っている。

(勿論中にはインチキも多いのだろうが)

そして今回、突然ふって湧いたダーリンの難病発病に、

「もしかして霊の障りかも」という考えが頭をよぎらなかった訳ではない。

そんな中、病気の事を心配した知り合いに“霊能者”なる人を紹介された。

その人に本当に力があるものか、半信半疑ながら

「溺れる者,藁をも掴む」の心境で行ってみることにした。

 

 

しかし霊など、全く信じないダーリンに「一緒に相談に行こう。」と誘っても、

案の定「イヤだ。」とにべもない。

「あ~ぁ、やっぱり」と思いながらせめて写真を持って

行こうとしていた当日、

驚いたことに「一緒に行ってもいい。」とダーリンから言い出したのだ。

 

思いのほか近かった(車で30分)

そこはごく普通の民家で、

先生も一見すると猫好きでおしゃべり好きな

唯のおばさん。

先に来ていたお客さんと私達にコーヒーを入れながら、

二匹の人懐っこい飼いネコの自慢。

家の中をドタバタと回りながら世間話をしゃべり続ける

先生の姿に、

「この人は本当に霊能者なんだろうか?」と少々心配になってきた頃、

作務衣に着替えた先生が先の客人を別室に呼んだ。

あっ、疑ってスイマセンデシタ。

 

 

私たちの番になり、仏様に神問いに、病気の原因と考えられる幾つかの事や、

今後の事についてのアドバイスをもらった後、

ダーリンの全身を撫でるようにマッサージ。

先生に促されて触ると、不思議な事に強張っていた筋肉が

柔らかくなっていくのが分かる。

こういう事を信じない筈のダーリンも

「触られると熱くなった。」とまんざら信じないわけではない様子。

本当は完治は難しい、と正直諦めていた私だが、

少し希望が見えてきた!!

今日は半日(午前中)勤務だった。

いつもボーっとした感じのK君と、仕事熱心なTさん、

二人の若者とおむつ交換に回っていた時の事。

80歳を超えるおばあちゃん・通称「あやや」は

ご機嫌斜めだったらしく、

「あぁ~、うちに帰りたいよぉ~。」と駄々をこねた。

それを聞いた、K君は「オレもあの日に帰りたい…」

と呟いた。

私は思わず

「K君の“帰りたいあの日”って何時?」

と聞いてみると、

即刻返った答えは「お給料日!!

「あの潤った日々にかえりたい…」だって。

う~ん、ナルホド。

思わず笑ったが、私が帰りたいあの日とは……

やっぱりダーリンが元気な頃、何の憂いもない

平凡な日々。だろうな。

不幸のドツボに片足を突っ込んだ我が家だが、

その上、次男には更に不幸がある。

今年中学生になったとは思えない程チビデブの次男、

信じられない事に、この歳にして全身にセルライトが!!

その上、足が…、恐怖の足クサ男と化してしまったのだ。

この件に関しては保育所の頃から何となく心配は

あったのだが、

ここ最近、急激に酷くなってきた。

次男が学校から帰って来ると、あのなんとも甘酸っぱい臭いが部屋に充満して思わず倒れそうになる。

その臭いだけでその存在を誇示するとは!!

この足クサでは将来結婚なんて

出来やしないのではなかろうか、と要らぬ心配まで

してしまう。

 nioi

このままではいけない。この子の沽券に関わるし、

なによりこの臭い、うぅ~、耐えられない。

部屋中に悪臭が充満してしまうではないか。


そこで私は思い当たった。

イスラエルの軍隊も使っているという宣伝文句の

強力な消臭クリームの存在を。

楽天市場で一番安いのを探し出し、早速購入。

届いたそれに期待を込めて

風呂上りの足クサ男の足裏にたっぷり擦り込んでみた。

「これで我が家に安泰が訪れるワ!」と。

 

しかし翌日帰宅した次男が靴を脱ぐと……ダメだった。

強烈さは薄らいだが、紛れもなくあの臭いが

するではないか。

あぁ、我が子がラヴィリンをも打ち負かす程の

悪臭の元だなんて。

紛れもなく彼も不幸のドツボに

はまりつつある様な気がする。