昨日の午前中は小学校の、そして午後は中学校の授業参観で、

それぞれPTAの総会や学級懇談会があったので、一日潰れてしまった。

たまにしか会えないお母さん方とおしゃべりできるのは楽しいけど、

う~ん、なんだか勿体無い気も…

 

ところで子供が通う学校は保育所、小学校、中学校と並んで建っている。

田舎の学校なので子供数が情けないくらい少なく、

中1の次男、小5の三男のクラスはそれぞれ15人と19人。中3の長男の学年だけが唯一28人の大所帯(!?)

一般の学校から見たらビックリする位の少なさだけど、

この人数に見慣れた者としては、28人の長男のクラスに行くとものすごく多く感じてしまうから不思議だ。

 

そしてこれだけ小規模な学校でも、勿論PTA活動があるので、

役員に当たる確率はかなりのものだ。

と言うか、子供が在学中に必ず一度は引き受けなければならないので、

子供が三人いると毎年のように役員が回ってくる。

役員になると確かにいろいろと面倒だけど、やれば交友関係も広がり、

いろんなことが自分の実に成ってくる。

私の「実になったこと」、それは“自信”かも知れない。

あがり症で消極的だった私だけど、

総会の司会などをしているうちに、度胸がつき、マイクで喋ることが

結構快感になってきた。

区域のPTA連合会などの研修会などで、200人以上を

前に喋った時など、他の学校の方々に

「アナウンサーだったの?」と聞かれた程よ。

オーホッホッホ。

 

ところで、三男の授業参観は生活の授業。

「家庭の仕事」にはどんなものがあるのか、を発表していたのだ。

そういえば先日「洗濯の手順って?掃除はどうやってするの?」

等としつこく聞いてきたっけ。

そして先生の質問。

「家の仕事をしている時、お母さんはどんな気持ちでやっているのかな?」

(あれ、そんな事質問されたっけ?)

と思っているうちにうちの子が指された。

「面倒くさいなぁ、と思ってやってます。」

それに対して「同じ意見」と答えたのはちょうど私の隣にいたFさんの子だけ。

他の子達の発表を聞くと、

「家族に美味しいものを食べさせたい。」

「皆に喜んでもらいたい。一杯食べてもらいたい。」

等といった理想的なものばかり。

そ、そうか、そんな風に答えれば良かったのか…。

思わずFさんと一緒にコソコソと隠れてしまったワ。

(もう、みんな、ちゃんと本音で答えてよね。)

 

 

 

 

 

美しく咲き誇った桜も、昨日、一昨日の春の嵐に

 

花びらを散らし、あっという間に葉桜となりつつある。

 

「花の命は移りにけりな」だ。

 

 

そして昨日、「うわぁ~、すごい!!」

 

仕事中、病室の窓の外を見て、皆驚嘆の声を上げた。

 

外の視界一杯、まるで風に翻弄されるピンクの雪のように、

 

まるで蝶の大群の乱舞のように

 

桜の花びらが風に巻かれて上へ下へと飛び交っていた。

 

すごい、すごい。こんなに見事なまでの花吹雪は初めて!!

 

待ち望んだ初雪を目にした子供の頃のように

 

その情景は私の心を躍らせた。

 

来年もこんな美しい花吹雪、見ることが出来るだろうか、

 

見る余裕があるんだろうか…

 

「なんで?」と問われても明確な答えはないが、

 

考えてみればここ何年、花見をする、桜の花を愛でる、

 

なんて悠長な事をしていなかった。

 

通勤途中の道すがら、フロントガラス越しに

 

道に張り出した立派な桜の枝に咲き誇る花に季節を感じる、

 

っていうのが精一杯だった。

 

 

でも今年は違う。

 

ここ数日来、満開となった桜に毎日のように目を奪われている。

 

勤め始めた病院の敷地の桜が植えられており、

 

周りをぐるりと取り囲んでいるのだ。

 

立派な枝をピンクの美しい花で飾り立てている、その美しさといったら!!

 

“ニッポンといえばサァクゥラァ”と騒ぐ外国人観光客の気持ち、

 

うん、初めて分かったわ。

 

 

病室によっては窓からの桜が間近に見ることが出来る部屋がある。

 

そこは勿論、私達の病棟の病職員の中でも人気の花見スポットとなっており、

 

用事を見つけては、わざわざその部屋に立ち寄ろうとする人も。

 

 

私「ここの部屋からの桜が一番キレイ。

 

  ○○さん達も部屋から花見が出来て、最高ですよね。」

 

Yさん「それがね、私達の目線からは最高だけど、ベッドに寝たら

 

  窓の外って見えないんだよね。全然。」

 

私「えっ、なんでわかるんですか?」

 

Yさん「実はこの前患者さんたちがいない間にベッドに

  寝てみたんだよね。」

 

私「・・・」

 

 

ゲームのし過ぎでいつも睡眠不足、ちょっととぼけたK君が

 

眠気に負けて患者さんのベッドにもぐりこんだ事がある、とは聞いたけど、

 

ケアの中の真面目な主任であるYさんが?

 

ちょっと驚いた。

 

同居している舅や姑がもし寝付いてしまったら、

やっぱ私がオムツの世話もしなくちゃならないの!?

うぅ~~~ん、私に出来るかなぁ・・・?

 

将来を考えると自己中心的な私は、正直戦々恐々としていた。

 

 

 

 

そんな私が、ぬぁんと

病院勤務の「介護ヘルパーさん」となったのだ。

 

全く介護の経験もなく、今までの仕事(ショッピングセンターのサービスセンターのパート)と180度違う仕事。

か弱い私が、まさかこの仕事につくことになろうとは

……今まで夢にも思っていなかった。

 

 

「介護」という仕事。それは汚れ仕事、力仕事である、

と言う事は覚悟していた。

 

でも実際に仕事についてみるとその内容は想像以上。

私が配属された介護病棟には介護認定を受けた老人が殆どだけど、

そのうちの何人かの姿に衝撃を受けた。 

 

こんな事を言ってはなんだが、正直言って、コワイ。

 

手足が硬縮したその異様な姿。

 人間の身体が、こんなにも細く、硬く変形してしまうなんて!!

目は開けているけれど、言葉も発せず、

ベッドに横たわるだけ(治療やリハビリ、入浴はキチンと行われているが)の彼らに、明確な意識はあるんだろうか。

 “私だったら、こんな姿になって生きていたくはない。”

そんな風に心の中で顔をしかめていた。

でも、仕事についてもう直ぐ二ヶ月、

「彼らは通常の伝達方法が不自由になっただけで、

人間としての意識は勿論保っている。」

と言う事がようやく分かってきた。

そして今日、NHKの福祉関係の番組を観た。

親子でも意思伝達がなかなか難しかった脳性まひの息子が

新しく開発された機器を使って、

「お母さん、産んでくれてありがとう。」

と伝えた事を紹介していた。

一生不自由な身体、そして不自由な生活しかできない若者。

それでも生きていく事を肯定している。

生まれてきた事を感謝している。

なんと言っていいのだろう、胸に響いてきた。

この若者は、身体は不自由だけど、

心は私なんかよりずっと自由なのかも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

検査をしてもなかなか原因が分からず、不安だったが、

「自律神経失調症のようなものかも。」

と、自分の都合が良いように考えていた。

でも病院を変えると、ある病気が疑われた。

その病名告知は私にとってまさにディープインパクト!!

ショックは大津波となって襲い掛かり、

私は一気に海まで流され、水面に漂った。

「まさか。」そして「どうして。」!!

 

大黒柱が傾いてしまったら、

これからの我が家の生活は一体どうなってしまうのか、

三人の子供達にはこれからどんどんお金が必要なのに。

「我が家に生まれついたばかりに、

この子達にはこれからいろんな我慢を

強いる事になってしまう。」

そう思うとただただ子供が不憫で哀れで。

……私は胸に大きな重い鉛を飲み込んだ。

そう、最初のうちは我が身の不幸をひたすら嘆き

「誰かに現状を打ち明ける」なんて事、

とても出来なかった。

自分のちっぽけなプライドが邪魔をして。

でも考えたら、突然の病気になってしまった人、

そして家族に病人を抱える人も世の中には

ゴマンといる。

そして私なんかよりもっと大変な状況の人も。

今までそんな人達の気持ちは分かる気になっていた。

だけど…

自分が当事者となってみて、初めてその心情がホントに、

本当に理解できた。

やっぱ、人間いろんな事を体験しないと駄目だね。

な~んて強がってみても、本当はこんな体験

したくなかったよぉ~。

家族がいて(三人の子供にはとても手がかかるけど)

充分な広さの住居があり(田舎の過疎の村だけど)

パート先ではバカを言い合える友達がいて…

毎日がとても平凡だけど、人並みにシアワセだと思っていた。

そんな私に不幸はヒタヒタとやってきた。

 

はまってしまったのだ、不幸のドツボに。

fukou

 

我が家の大黒柱であるダーリンの身体に徐々に変調が現われたのは2年前。

病院に行っても原因が分からず、民間治療や神頼みにと時間とお金を費やしたのだが・・・

やがてクロス職人としての仕事にも支障をきたすようになり、

そしてとうとう仕事の出来ないカラダになってしまったのだ。

中3になる長男を筆頭に、今年中学に上がった次男と小5になる

三男という子供と、身体のあちこちに問題を抱える舅、姑を抱え、

貯金は底を付きかけ、お先は真っ暗。

どうする私!!

 

 

 

人の不幸は蜜の味、とはよく言ったもの。

可哀想な、悲惨な話を聞き「可哀想に」と涙する事によって

自分が優しい人間だと思い込み、

そして不幸と思っていた自分より

更に酷い不幸話を聞くことによって「私はここまで落ちぶれていない」と

優越感に浸たったりしているのだ、きっと。

……そんな風に思う私はひねくれているのだろうか。

 

私は書いていこうと思う。

日記帳代わりに。

覚えていようと思っても忘れてしまう日常の出来事を、心境を。

後で思い返せる様に。

そして、もしかしたら・・・誰かが私の言葉に目を留め、

もしかしたらコメントが寄せられるかもしれない、

という甘い考えと共に。