遥洋子さんの「介護と恋愛」を読んで、目からウロコ。

異常なほど粗暴で、普通とは程遠かった父親の介護を通し、

大胆な筆致で、介護というものの本質を

よくぞこれだけあ・かるく書いてくれたものだと

感心させられた。


例えばこんな文章が。

ボケた後、脳梗塞になった父親の

言語療法のリハビリに付き添った時、

「はい、まず、アー、と言ってみて下さい。」

との促しに無反応だった時の話…


父はただ女性を見つめていた。もし、このまま父が喋らなければ

30分の言語リハビリを療法士はどうするつもりだろうと心配した。

彼女はやがて手法を変えた。

「そうですか…、じゃあ、アーはやめましょう」

どんな手法があるのか期待して次の言葉を待った。

「じゃあ、イー、ならいかがですか、イー」

椅子から落ちそうになった。これで「ン」まで行くつもりだろうか。

「イーって言ってみてくださーい」

「……」

「イーですよ。今度はイー」

父は喋りそうになかった。たまらず口を挟んだ。

「あの父は痴呆なんですけど」

先生は困った顔を一瞬し、「そうですか」と言った。痴呆だから

言葉がまるっきり分からないとはいえないけれど、父の場合、

かなりそれは進んでいるようで、そのうえ脳梗塞のまでなっ

ちゃったもんだから、どれほどの言葉の理解が可能かと言えば、

かなり低いんじゃないかと、父を見ていて思うのですが、と

説明した。

先生は「わかりました」と口元に力をこめて言った。

「じゃあ、お父さん、アーもイーもやめましょう」

まさか、と思った。神様お願いと手を合わせた。先生は言った。

「………ウーにしましょう」

阿波踊りを踊りたかった。

     略

人間っていつまでも治療できんの?努力すればいつまでも歩けるの?

いつかはダメになっていくもんじゃないの?こういう発想って

ネガティブなの?

     略

腹くくらせてよ、しっかりと。希望なんてたやすいものを売らないで、

前向きの絶望を売ってよ。


万事がこの調子で、初めて兄とおむつ交換に挑んだ日の、

ウンコにまみれた兄妹の阿鼻叫喚の様子であったり、

介護の失敗で父親を落としたら、肋骨を3本折った、との

友人の告白に笑い転げ、彼女は私のヒーローだ、と言い切る。


作者の過激とも取れる本音の数々は、読んでいて快く、

納得してしまうのであった。



今話題になっている事件、

16歳少女による「母親薬殺未遂」はかなり衝撃的だ。

仲の良い母親に対して劇物タリウムを投与し、

しかも母親の症状の変化を淡々と

ブログに書き連ねるとは。

私自身、昨日書いたように、

旦那の病状をブログで公開する事は

躊躇われる、というのに。

どうやらグレアム・ヤングという毒殺魔

に傾倒した末の犯行のようだが、

本当に病んでいるとしか言いようがない。

ワイドショーで伝えられる、

少女の周囲の人達の評価の殆どは、

「いい子でした」「普通の子でした」。

最近、周囲には良い子を装いながら、

その心の闇を、本心をブログにだけ綴り、

犯罪に走る若者が増えているように思う。

(幸い、我が家の子供たちはあまりにも単純で、

幸か不幸か、そんな頭の良さは

持ち合わせていないので安心だが。)

ブログに書くことで精神の安定を

得ているところがあるおばさんとしては、

ホントに、ホント~に悲しい。

32歳ガン漂流 Evolution」

という本を読んでいる。

31歳ガン漂流」は読んでいないのだが)

肺がんで、医者の言うところの余命1年を切った

作者の奥山貴宏さんが、

脳にもガンが転移したというショッキングな診断結果を

そのまま赤裸々に冒頭部分で書き綴っている。

そしてその翌日の日付に書かれた

以下の文にいたく共感した。



「これまでも、いろんな局面を迎えては

いろんな方法で対処してきた訳だけれども、

日記を書くということが精神的な安定を得る

唯一の手段である気すらする。

悲惨な状況も日記を書き続ける事によって、

単なる日常になってくれるような、

単なる日記ネタの一つになってくれるような、

そんな気がするからだ。

日常に起こるいい事も悪い事も

含めた全ての出来事が、

日記と言う表現手段を用いる事で

得体の知れないものからハンドリングしやすい

言語に統合されるような、

そんなイメージだ。」



私自身、旦那の病気という現実を踏まえて

このブログを書いているが、

病気なのはあくまでも旦那。

自分自身のことではないので、

病名や病状を書くことに逡巡し、

まだはっきり書くことが出来ないでいる。


本当は病状の変化を細かに書きとめ、

後の記録となれば、と初めは思っていたのだが、

そんな事は公表しないで

紙に書き留めるべきことなのでろう、きっと。

事実、旦那の病状は進み、先日は医者に

想像していなかったショックな事(今後の可能性)

を告げられたが、

それをここに書くのは、

やっぱり「現実になった時点で」なんだろうな。やっぱり。

中学か、高校の頃のいわゆる思春期、

詩集を手に取っていた頃がある。

その中で、強烈な印象を私に残した詩がある。

この悩ましい肉体を 冷たいものが包む時

ああ 滅びを知らぬ魂は どこへ彷徨うのか。

で始まる、確か「私の身体を冷たいものが包む時」

という題名の四連詩だ。

作者が誰だか思い出せないが、

以前から「死」が全ての終焉、無ではない、

と思っていた私は

「この作者は死後の世界を実際に体験したのでは…」

と思うほど、この詩に現実味を感じた。

20年以上の間、ずっと記憶の底に

沈んでいたこの詩が、

なぜだろう、最近になって

徐々に記憶の底から浮かび上がってきた。

一連目の二行ほどがどうしても思い出せないが、

二連目以降は、確かこんな感じだったと思う。

(もしかしたら私の頭の中で

言葉は変化し、原形から離れているかもしれないが)

永劫の 限りない 朽ちざるもの。

眼に見えぬ思想 しかも眼の如く

地上と天空のあらゆるものを 眺め回しつつ

想い出に耽るであろう。

過ぎていった歳月が ただおぼろげの内に

後を留めるものを。

魂は一望の元に広々と見渡し

たちまち過去の一切はそこに再現する。

その双眸は 混沌の闇を眩き 遡っていき

地に創造の始まった以前に駆けて行き

この魂こそ始原の動向を

未来の破壊と創造とを見詰め

太陽が消える時にも

宇宙が破綻する時にも

自らの永劫の性に縛られ

その眼は全ての行方を打ち眺める。

愛 憎しみ 悲しみ 恐れ…

それらの内に それらの上に

魂は情熱を超えた純粋のままに生き

時代は一年の如く短に流れ

年はただ瞬間の如く漂い

遥かに 遥かに 翼も無く

駆り行く思念は 名もつけがたく

死滅とは何であるかも

忘却させられるであろう。

この詩の作者が誰だったのか、

一連目の抜けた部分はどんなだったか、

最近とても気になっている。

過疎の山間部であるこの地に住むようになってから、

初めてその存在を知った虫、ヘクサンボウ(カメムシ)

それこそ山ほど目にしてきたのだが、

私は昨日はじめて知った。

あれが全てメスの集団だった、ということに。

昨日病院で私は初めて目にした虫、

それがヘクサンボウのオスだと教えられた。

普通目にするずんぐりとした六角形ではなく、

カミキリムシのようなスマートな体型は

全く別物だが、確かにカメムシとしての特徴は備えている。

(なんだかエイリアンの女王を彷彿とさせられた。)

家に帰った私は、家族に

「ヘクサンボウのオスを見たことある?」

と聞いてみた。

ところが、この地で生まれ育った筈の旦那は

「ヘクサンボウのオス?オスとメスと区別なんかあるか!?

と。言っているではないか。

何十年もここに住んでいて、「知らなかった。」だなんて、

正直呆れた。

そしてもう一つ驚いたことは、

子供たちがちゃんとオスの存在を、

そしてその姿を知っていたこと。

子供、答えて曰く、

「何で知らんが?こんなこと常識だよ。教科書にも出てるもん。」

えっ、教科書に?う~ん、それは嘘だな、多分。

先々週の「あるある大辞典」で紹介されていた

有酸素・無酸素運動を組み合わせた三分間ダイエット。

番組内ではあるスーパーの従業員達に業務前に

その運動をやってもらい、二週間の体重の変化を見る、

ということをやっていたが、

それを見る限り、かなり効果が期待された。

私も翌日の朝、私は早速やってみた。

初めはそれほどきつく感じなかったが、

どんどん辛くなり、半分もいかないうちにへたばってきた。

「おかしいわ。この仕事に就いてから

自分でも体力がついたと思ったのに・・・」

と、ハァハァと息を切らしながら、

「おばさん達(私の方がおばさんか)、やるじゃないの・・・!!」

と、自分の敗北を認めた。

(その日は、外は寒かったにも係わらず、

仕事に行った後も暫く汗が引かなかった。)

その後、あの汗が悪かったのか、

風邪をひき、私のダイエットは二日で挫折したのだが、

風邪が治り、行ったヨガ教室でその運動の話題になった。

元々ヨガの「太陽礼拝」のポーズの最初と最後を模したこの運動、

「辛ければもっとカンタンなやり方があるので、

皆でやってみましょう。」と先生の方から言って下さった。

これはラッキー、と習ったのだが、

この時、私は「えっ!?(_?)っと思った。

1つの運動に、1分じゃなくて30秒だけなの?と。

アレアレ???でも確かに1つの運動に1分かけていたら、

かかる時間は合計6分になるか・・・

ど~りで辛い筈だ。そんなことに気が付かなかったなんて

私っておバカさん (*)ゞエヘヘ

30秒ずつだったら楽勝楽勝(?)

この秋スタートしたドラマ1リットルの涙」

[脊髄小脳変性症]という難病に冒された

少女の実話を基にしたこのドラマを観ていると、

胸が詰まり、何度も涙が出てくる。

一生懸命に生きている15歳という少女。

これから青春を謳歌しようという時期に、

身体も動かない、言葉も喋れない、寝たきりになってしまう

という未来しかない、と言う宣告は、

本当に残酷だとしか言いようがない。

実は「脳の難病」という点で、旦那と一緒なので、

ドラマを観ていると本当に身につまされてしまう。

「病気は何故私を選んだの?」という主人公のセリフ、

難病にかかった患者、或いはその家族全てが

頭の中でそう問いかけるだろう。

そして先日放映された、スマップの稲垣くん主演ドラマ、

「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」

昔、原作を読んで泣いたが、今回のドラマでも

涙が止まらなかった。

癌で片足を失った後も患者の事を第一に思う

優しい医者である主人公が、

何故死ななければならないのか。

不条理としか言いようがない。

「人は何故、普通である事の幸せを感謝しないのだろう?

自分の足で歩く事の幸せ。笑うことの幸せ。泣く事の幸せ・・・」

そんな主人公の魂の叫びを、引きこもったりして

今を無為に生きている人達に聞かせたい。

そう思ってしまう。

今日は旦那を病院に送迎する為休みを取ったが、

午後になって気が付いた。

今日が私の誕生日だと言う事に。

ま、今更誕生日なんて嬉しくもなんともないが、

(むしろ悲しいかも)

誕生日と言えばケーキ、やっぱりケーキが食べたい。

幸い、冷蔵庫には生クリーム、そして卵もたっぷりあったので、

久しぶりにシフォンケーキを作った。

帰ってきた子供達は、焼けたケーキを見て

私の誕生日に気が付き、

「ところでお母さん、何歳になったの?」

と聞いてきた。

新聞を読んでいたので黙っていると

次男は28歳くらい?」と聞いた。

深く考えず、「うん、そんなもんかな。」と答えておいた。

勿論子供(次男と三男)は私の歳を知っている。

先日新聞に載った私の投稿記事に、

年齢もしっかり書いてあったのだ。

(選挙の時に初めて投稿し、これで三回掲載されたのだが、

最近になって家族に気付かれてしまった)

実年齢を知っていても、敢えて私に合わせて

28歳オメデトウ!!」と言ってくれたが、

長男だけは分かっておらず、

「えっ、ずっと前も28歳って言ってた筈なのに、おかしい。」

と首を傾げている。

本当におめでたいヤツだ。

夏休みの宿題で長男が描いた

「環境・リサイクル」の公募ポスターが入選

今日、長男と表彰式に行ってきた。


幼少の頃は、同年代の子達と比べると

かなり絵が上手と言われていた長男、

「将来は画家か?」等と淡い期待を抱いてしまったが、

学年が上がるにつれ、その期待は

浅はかな願いだった、と気づかされたものだ。


だもんで、表彰式なるものに出席するのは今回が初めて。

特に今回のポスターは

発想は良いが、かなり雑なものだったので

入賞は尚更、意外だった。


今回の表彰者は中学生部門だけでも20名。

ステージに上がって次々と賞状を受け取るのだが、

賞状を手渡す「環境財団理事長」さんの言葉に

首を傾げてしまった。


一人目以降に賞状を手渡す時に、

「○○○○さん、ど~も。」「×××××君、ど~も。

と言っているのだ。

ん、“ど~も”って一体どういう意味?

普通は「○○○○さん、おめでとう。」ではなかろうか。

良く聞いていると、人によって「ど~も、がんばってね。」

と続けている。まあそれは納得できる。

が、しかし、「ど~も、ありがとう。」と続けられると

“そりゃ、あーた、違うんじゃない!?”

突っ込みを入れてたくなってしまった。

こんな事を気にする私の方がおかしい?

私がこの介護職について八ヶ月。

体力がついた為か、以前に比べて

「あまり風邪をひかなくなった」

と思っていたが、

一昨日急に鼻水ズルズル状態に陥ってしまった。

「いつものように仕事をしていたらいつの間にか治る。」

と高を括っていたのが大間違い。

俯く度に流れ落ちそうになる鼻水の為に

ティッシュが手放せない状態で、

思考能力もかなり滞りがちに。

夕方家に帰る頃には声も変わり、

喉の痛み、そしてダルさまで加わってきたではないか。

「これはきっとかなりの熱に違いない。」

と体温計を取り出したが、

それは37.2度、という数字を表示しているではないか。

これ程ツライというのに、お、おかしい。

感覚としては38度はありそうだってのに。

その日は風邪薬を飲んで、すっぽり布団を被り、

早めに寝たのだが・・・

朝になってみると更に悪化。唾を飲み込む度に喉が痛く、

もう布団から出る気も失せていた。

そして真面目な私、夜勤勤務の時間まで治そう、

と決意し、その日の日中はひたすら寝続けた。

そして夕方、身体の節々の痛みに声を上げつつ、

なんとか出勤した私。

そして気がついた。臭い、というものが全く無い事に。

いつもは無意識に息を止める汚物室も

全くの無臭。

患者さんが失禁したって、全く臭いを感じない、

これって幸だったけど、

臭覚の鈍化により、折角の料理の味があまり分からない

と言う事が、不幸だったかも。