偏屈な親父による「デジタルカメラ」ぶらり日記 -624ページ目

「北海道そば」①芽吹く広大な畑

冬の間、土色だった広大な蕎麦畑が芽吹いていました。蕎麦は、春ソバと秋ソバの年に2回収穫される事が知られています。昨年の秋、「常陸秋そば」収穫の真最中時に、春は「北海道そば」を植えると女主人が自慢気に話していた。

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四月下旬に様子を見に来た時には、かすかに緑の芽が出ていました。蕎麦が花を付けるのは六月のどのあたりだろうか。「常陸秋そば」は、可憐で清楚な純白の花だったが、「北海道そば」は、多分白なのだろうが想像出来ません。
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我が地区で一番気になる場所が此処です。市外に車で出かけた帰りにチョット寄り道して畑を確認していました。晩秋から早春にかけての半年間、広大な畑は無作物状態でした。しかしその半年間、畑に雑草が生えていないのが不思議でした。これが「北海道農業」・「アメリカ農業」と思うと若干不安になります。
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アジサイが名所の水戸「保和苑」

「保和苑」は水戸城の西部、城攻めするならココという場所にあります。元禄時代に、水戸黄門こと水戸徳川家二代藩主光圀が、大悲山保和院桂岸寺の庭園を愛し、保和園と名付けたのが始まり。激動の混沌とした時代である昭和初期に地元有志が、池に築山を配した純日本庭園として整備し、「保和苑」となった。

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紫陽花(アジサイ)が5,500株植えられている名所庭園である。当然ながらアジサイの季節は未だで時間が必要です。
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【回天神社】

幕末の動乱期に殉じた水戸藩の志士を祀っている。安政の大獄、桜田門外の変、天狗党の乱などである。
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【保和院桂岸寺】
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私立茨城高校隣の水戸「祇園寺」

写真には写っていないが、祇園寺」は私立茨城高校の隣りにある。曹洞宗・壽昌山・祇園寺が正式名称です。

●開祖…中国から渡来した東皐心越禅師

■開基…水戸黄門でお馴染みの水戸徳川家二代藩主光圀

江戸中期には末寺三十余を有する総本山祇園寺と称し、京都南禅寺と同格となった時代もあった由緒正しき寺です。

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水戸徳川家領内の寺社仏閣のキーパーソンは、徳川光圀です。
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佐竹氏恩顧の寺社仏閣がどれだけ潰されたか。
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さすがの徳川光圀でも、佐竹氏恩顧ながら歴史の重さに負けて存続を許した寺社仏閣が少なからずあります。
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そんな中で中国かぶれの徳川光圀に認められて創建された「祇園寺」は希有な特異な幸せ者です。
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