もう一度、現状想定されているセルロース系エタノール製造工程を思い出していただきましょう。
前処理(繊維質からリグニンを剥がし、セルロース・ヘミセルロースの高分子を得る)
↓
加水分解(セルロース・ヘミセルロースの高分子を糖分子に分解する)
↓
発酵(糖分子を発酵してエタノール水溶液を得る)
↓
濃縮(エタノール水溶液から水分を取り除く)
前回#325の記事は、「加水分解と発酵の統合」までしか書いていません。梁瀬教授の言う「一貫生産」は「セルロース系原料の分解から」と書いてありますから、まだまだ先は長いですね。
実際、色々報道を読んでいると、「前処理」工程に関する報道はほとんどありません。
バイオエタノールに関する報道の件数はこの1年間で劇的に増えました。生産効率を大幅に向上させ今にも実現するかのような報道がばんばん出てきますね。
しかし、「前処理」で画期的な技術革新が起こりつつある、或いはそれを目指して研究している、という報道はまだ私はほとんど見ていません。
メディア業界も含めてまだ世間が十分に認識していない、ということなのか。
それとも、技術的に高い壁が立ちはだかっているということなのか。
私には両方に思えます。
セルロース系エタノール実用化のために必要な要素技術の研究開発の様子を一つ一つ機会を捉えて追っていこうと思います。
日経産業新聞 2007年4月18日(水) p11
「未来プロジェクト動く バイオ燃料 本格導入へ(下) 生産性高い発酵菌注目」
(Quote) エタノールの生産性をどれだけ高めるか、鳥取大学の梁瀬英司教授は酵母とは異なる新たな発酵菌「ザイモバクター」に着目した。「セルロース系原料の分解から発酵まで、すべての工程をザイモバクターで処理する」。梁瀬教授はエタノール“一貫生産”プロセスの構築を目指している。
米国では、ザイモモナスと呼ばれる発酵菌でエタノールを製造する研究が進む。ザイモモナスは酵母に比べ、三-五倍の発酵速度を持つ。ザイモバクターはザイモモナスよりも発酵速度は劣るが、分解できる糖の種類が多いのが特徴だ。
生産性を上げるためには少しでも多くの糖を利用することが重要。酵母を使う場合は基本的に木くずから得られる糖のうちグルコースだけを発酵させているが、遺伝子操作技術を利用して梁瀬教授が育種したザイモバクターを利用すれば、キシロースやマンノースといった糖もエタノールに転換できるという。
梁瀬教授が次に着手したのが、ザイモバクターにセルロースを糖に分解する能力を加えること。もともとザイモバクターは発酵菌なので、糖に分解する機能は持たない。セルロースを糖に分解する酵素の遺伝子を取り出し、ザイモバクターに組み込んだ。
これにより、セルロースを構成するオリゴ糖をグルコースに分解する能力が加わった。「発酵速度を上げるなど、まだ問題はある」(梁瀬教授)が、ザイモバクターを活用したエタノール一貫生産プロセスは一歩ずつ完成に近付いている。分解・発酵を一つの段階で処理することで、一リットル当たりのエタノール製造コストを四十円以下に抑える算段だ。
...(後略)... (Unquote)
グルコースはブドウ糖のことです。
4月17日のこの記事をまず読んでいただきましょう。
日経産業新聞 2007年4月17日(火) p11
「未来プロジェクト動く バイオ燃料 本格導入へ(上) 発酵の伝統技術を応用」
(Quote) 世界で急速に導入が進むガソリン代替燃料のバイオエタノール。二〇三〇年に六百万キロリットルの生産を計画する日本でも様々な試みが始まっている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は〇一年度に始めた「バイオマスエネルギー高効率転換技術開発」プロジェクトで、エタノール普及のために長期の視野に立った先導的な技術開発に力を入れている。 ...(中略)...
「分解から発酵まで、すべての製造工程をバイオで賄う。余分な副産物などは一切出さない」。神戸大学の近藤昭彦教授はNEDOのプロジェクトの一環として京都大学などと共同で、“ゼロエミッション(ごみゼロ)”のエタノール製造プロセスの開発に挑む。
目をつけたのが、みそや日本酒を造る日本の伝統な発酵技術だ。研究チームには酒造会社の月桂冠も名を連ねる。NEDOのプロジェクトで得られた〇六年度までの成果の目玉と言えるのが「スーパー麹(こうじ)菌」と「スーパー酵母」の作製だ。
みそなどを作るときに使う麹菌は、そのままではセルロースを分解しない。研究チームは遺伝子を操作して特殊な麹菌を作ることに成功した。糖にまで完全に分解するわけではないが、一歩手前のオリゴ糖などに“分断”できる。
次に、セルロースを分解する酵素をまとったスーパー酵母が、オリゴ糖を取り込んで発酵させ、エタノールを作り出す。従来技術で使用していた硫酸などは一切使わず、廃棄物も出さない。セルロースと共に植物を構成するリグニンも、フェノール化合物に分解して医薬品原料などに使用できるという。
固体のまま発酵する点も、製造工程で必要とするエネルギーの削減を図るうえで重要だ。従来は糖にした液体を発酵させていた。水分を含むので、エタノールを取り出す際には余分なエネルギーを消費する欠点があった。スーパー麹菌とスーパー酵母を使って固体のまま発酵すれば、省エネにつながるとみている。 ...(後略)... (Unquote)
この技術はまだ研究段階ですので、実用化するとしてもずっと先です。
しかし、引用した最後の段落は興味深いですね。
1週間ほど前に長々と述べた濃縮工程を全体として不要にしようと狙う技術なわけです。そういう技術的改変を製造プロセスの設計段階でやってしまおうという試みなわけです。
製造工程でのエネルギー節約によるエネルギー収支の改善だけでなく、設備投資も減らせるわけですから、設備製造・建設段階でのエネルギー節約によるエネルギー収支の改善効果も期待できます。
昨年10月3日の#110で、アメリカのエネルギー省が主導している研究開発で、エネルギー収支を改善するために「統合プロセス」が念頭に置かれていることを申しました。
http://ameblo.jp/mattmicky1/entry-10017502170.html#cbox
日本でも、そういう研究がすでに始まっているわけです。
光合成は可視光でなされるのだとばかり思っていましたが、赤外線で光合成できる生物がいるのだそうです。
この機能を高等植物に取り込んで光合成量を増加させられるかもしれません。
日本経済新聞夕刊 2007年4月10日(火) p3
(Quote)
赤外線で光合成 海洋細菌
通常植物より能力5%高く 京大が仕組み解明
京都大学の三室守享受らは目に見えない赤外線を使って海洋細菌が効率よく光合成する仕組みを解明した。二酸化炭素(CO2)と自ら酸素と当を生産する光合成は事実上、明るい可視光でしか起こらないが、この海洋細菌は通常の植物よりも約五%、光合成の能力が高いという。
細菌の遺伝子を植物に組み入れるとCO2の効率的な吸収源開発につながり、温暖化対策に役立つ可能性がある。
効率的な光合成の仕組みを持つ海洋細菌はアカリオクロリス。熱帯地域から南極までの深さ百メートル以下の海中に生息する。「クロロフィルd」と呼ばれる特殊な葉緑素を持つ。
通常の葉緑素は波長三百-七百ナノ(ナノは十億分の一)メートルの可視光線しか使えないが、新たに七百-八百ナノメートルの近赤外線も利用できる。通常の葉緑素よりも五%程度多くの糖や酸素を作り出せる。
海では藻類などの光合成で毎年二十億トン前後のCO2(炭素換算)が吸収される。今回の発見により九州の広さに相当する森林が吸収する約二千万トンが上乗せされ、これまで考えていた以上に海のCO2吸収量が大きい可能性がある。
研究成果は米国科学アカデミー紀要(電子版)に発表した。 (Unquote)
詳しい発表内容は京都大学ウェブサイト上で見ることができます。
↓
http://www.kyoto-u.ac.jp/notice/05_news/documents/070410_11.htm
物質を原子レベルで微細に加工する「ナノテクノロジー」という分野がありますが、これがバイオテクノロジーと融合して「ナノバイオテクノロジー」へと将来は発展するだろう、という見解があります。この記事は私にそういう予感を与えてくれる記事です。
日本経済新聞朝刊 2007年2月26日(月) p19
(Quote)
京大 植物の光合成再現
安価な素材改良 CO2削減に活用
京都大学の研究チームは植物の光合成を人工的に再現し二酸化炭素(CO2)を糖やアルコール類に変える新材料を開発した。乾電池の電極などに使う安価な素材をナノテクノロジー(超微細技術)で改良した。まだ基本的な性能を確認した段階だが、理論的には植物の三百倍の効率で地球温暖化の原因となるCO2を減らすことが可能という。
京大の古屋仲秀樹講師らは独自の焼成技術で高純度な微小粒子からなる二酸化マンガンを作った。粒の大きさは数ナノ(ナノは十億分の一)メートル。植物の葉緑体でもマンガンが重要な働きを担うことが最近の研究から分かってきている。ナノ化で表面積が大きく反応が起きやすくなり、植物の光合成を再現できた。
新素材十グラムを作って実験した。反応を観察するため蛍光灯による弱い光での実験だったが、CO2がなくなることが分かった。太陽光など可視光下だと反応が促進され効率はさらに高まるとみている。
CO2を減らすため光合成を人工的に再現する研究開発は盛ん。これまでにも光のエネルギーを利用してほかの物質に変える素材はいくつか開発されているがいずれも効果で実用化には向いていない。
新材料は一キログラム当たり数百円のマンガンがベースで実用性が高い。自動車や発電所などCO2排出源に取り付けやすい小型装置が実現できると見ている。 (Unquote)
よく読んでくださっている方の一人、プロパンガスさんが人工光合成を推しておられます。こういう記事を読むと希望が湧いてきますが、私の考えでは、「完全に人工的な設備をつくるより、生物に自己増殖させる方が投入するエネルギーが少なくて済むので、エネルギー収支を改善させやすい」ということになります。
検証は将来に待たなければならないでしょう。
いずれにせよ、事実ならバイオテクノロジーの見地からしても非常に面白い研究成果だと思います。ナノサイズで加工したマンガンなどを植物に取り込ませ、光合成を加速することができるのかもしれません。
古屋仲(こやなか)さんのこの光合成に関する研究成果は今のところ京都大学のウェブサイトには載っていません。二酸化マンガンに関する記事はありました。これが出発点になっているのかもしれません。
↓
http://www.kyoto-u.ac.jp/notice/05_news/documents/060828_1.htm
OPECが「年内は原油の生産枠を拡大しない」と発言しました。
日本経済新聞朝刊 2007年5月3日(木) p7
(Quote)
OPEC 生産枠「年内拡大せず」
アジア産消対話会議 ガスのカルテル反対
【リヤド=加賀谷和樹】石油輸出国機構(OPEC)のバドリ事務局長は二日、訪問先のリヤドで記者団に、年内は原油の生産枠を拡大しない方針を表明した。一方、消費国に近い国際エネルギー機関(IEA)のマンディル事務局長は報道陣に「(一バレル六〇ドル台後半の)原油価格は高すぎる」と指摘、強い不快感を示した。
両氏はリヤドで同日開かれた第二回アジア・エネルギー大臣円卓会議(アジア産消対話会議)に出席。会議の共同議長は日本の甘利明経済産業相、サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相が務めた。
会議の閉幕後に発表した共同声明には「競争的で透明性の高い石油・ガス市場を構築、不確実な政治的影響から切り離す」という内容が盛り込まれた。会議に参加しなかったロシアが主唱する天然ガスの国際カルテル構築構想を「明確に拒むメッセージ」(消費国側の参加者)とされる。
生命の主な内容はほかに①原油や天然ガス、石油製品の供給能力拡大②そのために国境を越える投資の促進③エネルギーの消費国だけでなく輸出国も効率改善で省エネに努力--など。
アジア産消対話会議はアジアの石油、天然ガスの生産国と消費国がエネルギーの安定供給をさぐる場で、今回は中国、インド、イランなど計十七カ国、三国際機関が参加している。 (Unquote)
少しづつ動向がはっきりしてきましたね。
前回紹介した超音波醸造所(有)の技術が実用化できるのかどうかはまだわかりませんが、実験段階ではうまく行っているようです。
「エネルギー使用効率が五-十倍に高まる」というのが本当なら、仮に5倍に高まるとすると、とうもろこしからエタノールを製造した場合現在濃縮工程にかかる55%のエネルギーを10%程度にまで削減できる、ということになります。
そうしますと計算上エネルギー収支が、「1:1.25」から「0.55:1.25」となります。「0.55:1.25」は「1:2.27」となります。
大幅な改善ですね。
さて、次の記事を読んでいただきましょう。
日本経済新聞朝刊 2007年4月27日(金) p15
(Quote)
ブラジル産エタノール
エネルギー効率石油・石炭並み
電中研が試算
サトウキビからつくったブラジル産エタノールを日本に輸入した場合のエネルギー利益率(EPR)は六・九四に達し、石油、石炭火力並みであることが電力中央研究所の天野治・定石特別契約研究員の試算でわかった。エタノールはエネルギーの効率利用という観点では有望な代替燃料になりうる。
EPRは一定量のエネルギーを生むのにどれほどのエネルギーを費やすかの収支を示す。六・九四はエタノール製造や輸送に費やすそうエネルギーの約七倍のエネルギーが製品から得られることを意味する。
ブラジルでは肥料や労力、エネルギーをほとんどかけない粗放的な農法でサトウキビを生産、エタノールをつくっている。現地でのEPRは八・三とされる。 (Unquote)
この記事の内容には気になる点がありますが、今はそれはおいておきましょう。「1:6.94」というエネルギー収支が正しい数値だと仮定して考えます。
ブラジルでさとうきびからエタノールを製造するのに濃縮工程でかかるエネルギーが何割なのかよくわかりませんが、とうもろこしで55%だということから考えて仮に40%と仮定すると、「1:8.3」が「0.64:8.3」までエネルギー収支が改善することになります。これは「1:12.96」ということです。
「1:10」を超えるかもしれないわけです。もし本当なら、画期的な話ですね。
超音波マイクロバブルによる分離、期待しましょう。
この会社は、少ないエネルギー消費でエタノールを濃縮する技術を開発したそうです。
日経産業新聞 2007年4月24日(火) p1
(Quote)
バイオエタノール原料 超音波で濃縮
超音波醸造所 エネルギー効率10倍
【豊橋】 超音波機器の本多電子(愛知県豊橋市、本多洋介社長)などが設立した超音波醸造所(徳島県鳴門市)はアビオエタノールの原料を超音波で濃縮する技術を開発した。今週にもプラント・バイオ燃料メーカーと協力して量産用機器の開発を始める。現在主流の蒸溜濃縮方式に比べ、エネルギーの使用効率が五-十倍に高まる。バイオ燃料の量産コスト低減に役立つ見込み。
バイオエタノールは配剤や穀物を発酵させたアルコール濃度が一〇%程度の現役を濃縮して使う。新しい方式は現役のタンクに超音波振動子を入れ、高周波超音波を出す仕組み。
超音波によって駅面からは直径三マイクロ(マイクロは百万分の一)メートルの細かな霧が吹き上がる。この霧は現役に比べアルコール濃度が高くなる。これを集めて濃度を高める作業を複数回繰り返し、濃度を九八-九九%に引き上げる。超音波の周波数は、濃度に応じて二・四メガ(メガは百万)ヘルツと一・六メガヘルツを使い分ける。
これまで主流の蒸留は加熱する必要があるうえ、濃度が高まるほど濃縮が難しくなりエネルギー効率が悪くなる。超音波を利用した場合、蒸溜と同じ加工速度で電力などの消費量が大幅に少なくなる。振動子の形状や表面処理、密閉方法などを改善し、耐久時間が一万時間だったのを三万時間に延ばした。先端につける円すい形のノズルの形も調整し、振動子一個当たりで可能な濃縮量を一時間七百五十ミリリットルと従来の三倍に増やしたことで実用化にメドをつけた。
量産用製品向けは、タンクの中に振動子を多数備え付ける。振動子の改良を進めて寿命をさらに延ばすうえ、濃縮効率も一段と高める。
超音波醸造所は、本多電子と酒造会社の本家松浦酒造場(鳴門市)などが共同出資で設立した研究開発型ベンチャー企業。清酒の醸造、濃縮の研究をしている。
国内のバイオエタノールの生産現場では現在、アルコール濃度を上げるのは蒸留法が中心。ただ生産コスト削減などのため、代替策が求められている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の三浦俊泰主任研究員は「研究開発の主流は膜を使って水分とアルコールを分離する方法だが、課題は多い」と説明する。超音波による濃縮が蒸留の代替策として浮上してきたといえそうだ。 (Unquote)
このことは関係者はわかっているわけです。
先にご紹介した2番目の記事は、そういった関係者が対策を考えた結果の記事です。膜で分離しようとしているわけです。
それでも、エネルギーを3割しか減らせないわけです。55%の3割ですから、全体の16.5%。
元が「1:1.25」のエネルギー収支だとすると、「1:1.5」程度まで向上します。
それでもしれてますね。それに0.25分はもともと家畜飼料としての価値しかない部分ですしね。
ところが、おもしろい技術開発をしている会社が存在します。
蒸溜工程は要するに、「異なる物質の沸点の差を利用して、物質を少しずつ分離する手法」のことです。
水とエタノールとでは、後者の方が沸点が低いので、加熱すると先にエタノールがたくさん蒸発し、水が少ししか蒸発しない状況が生まれます。これを利用し繰り返して濃度を上げるわけです。
ということは加熱しなければいけないわけですね。エネルギーを加えてやらないといけません。
発酵した後の水溶液の濃度をもっと上げられるといいのですが、難しいんですね。
エタノールの濃度が上がると、酵母が耐えられなくなってしまうんですよ。だんだん発酵する機能が落ちてきます。このことは昨年ご紹介した、米エネルギー省のセルロース系エタノールに関する報告書にも書いてあります。
生産されたエタノールが水溶液の濃度を上げ、酵母の発酵する機能を低下させる
負のフィードバック作用ですね。
お酒だってそうですね。何十度もある中国のお酒なんか、何ヶ月も何年も甕に漬け込んでますよね。酵母もたいへんですね。