「化学工学」という学会誌があります。(社)化学工学会が毎月発行しています。

私の場合、勤務先が化学工業と関係深いので、事務所内の資料室に行くとこの学会誌を読むことができます。

昨年8月に発行された「2006年第8号」の33~36ページに、バイオマスコンビナート構想を推進する当事者が書いた論文がありました。

「バイオマスコンビナート構想 -カーボンニュートラルなバイオポリオレフィンの生産-」(北島昌夫博士)

北島博士は、化学技術戦略推進機構のBMC専門部会のアドバイザリー委員をやってらっしゃる方です。

BMC専門部会の「BMC」は、「バイオマスコンビナート」のことです。

まさに当事者ですね。

論文では本プロジェクトの概要と今後の課題について述べられています。次回で大雑把な内容をご紹介しましょう。

前回・前々回ご紹介した記事からすると、石油化学コンビナートで使われている製造技術をかなり応用するように書いてありながら、同時に「アセトン・ブタノール発酵」についても書いてますね。

最初読んだとき、私には違和感・疑問が残りました。

現在石油化学コンビナートで一般に使われている製造技術は、エネルギーをたっぷりつぎ込んで高温・高圧下で(時には触媒の助けを借りて)化学変化を起こさせるものです。

記事に書かれていたアセトン・ブタノール発酵は生物による化学プロセスです。現状ではほとんど実用されていないプロセスです。

おまけに、アセトン・ブタノール発酵についてぽつっと書かれているだけです。アセトン・ブタノール発酵によって糖分子を発酵させ、プロピレンの原料(イソプロパノール)を製造するということでしょうが、コンビナートはそのプロセスだけでできているわけではありません。

ほかのプロセスについてはどれくらい生化学的プロセスを使うつもりなのか?

原料がバイオマスだ、というところだけとりあえず実現しようとしているのか?

「一部に生化学的プロセスを使い、現時点で生化学プロセスで効率よく製造できない物質を製造する工程には当面既存の石油化学系プロセスを使う。生化学的プロセスの全面的な適用や、原料の確保、といった点は将来の課題として、当面原料をバイオマスとする製造業の体系を構築することを優先する」

こういうことなのか、とも思えますが、すっきりしません。

ある論文があったのを思い出し、読み直してみることにしました。

バイオマスコンビナート構想の話をひとまずおきます。

5月20日のプロパンガスさんの投稿 <http://ameblo.jp/propanegas/entry-10034073126.html#cbox > でまたまたご紹介いただきましたが、私はピークオイル論者、それも早期ピークオイル論者です。

国際エネルギー機関などの「権威ある」とされる団体も含め、世界の石油に関する専門家の多くは「2040年くらいまでには世界の石油生産のピークが来る」ということではだいたい一致し始めています。

主な不一致点は、

ASPOのように、「21世紀の最初の10年間に来る」という「早期論者」なのか

それとも

国際エネルギー機関のように「ピークは2030年前後かそれより後、当分時間がある」という態度をとるのか

にあります。

前者は、「ピークが来る。危ない。大変なことになる。下手すりゃ文明の危機だ」という態度をとっています。厳しい見解の持ち主の場合、「現代文明が崩壊し、暗黒時代がやって来る」と主張しています。

後者は、「在来型石油のピークが来ても、深海産・超重質油・石炭液化・バイオ燃料などで比較的スムーズに対処可能だ」という態度をとっていて、危機感を煽るのを嫌います。

細かい論点の差は色々ありますが、大雑把に言うと私は前者です(文明が崩壊する、とまでは思っていませんが)。これから大変なことになるだろうと考えています。

その割にのん気に構えていないかって? 日常的にはまったくそうです。

残念ながら、そうするしかありません。

この問題に一般の個人が個人でできる範囲内で対処するのはほぼ不可能です。家に巨大な倉庫でもあれば、灯油やガソリンや洗剤を意味があるほどの量だけ買い置きしておけるのかもしれませんけどね。

私は、来年あたり次の石油ショックが始まるだろう、と考えています。正確に来年かどうかはわかりませんが、大雑把に来年と思っています。もしかしたら、今年かもしれませんし、再来年かもしれませんし、2010年かもしれません。そこまでは正確にはわかりません。

サウジアラビアとクウェートなど中東諸国の動向を見ていると、「もう、ごくごく近い将来だ」と思えます。

ちなみに、来年やって来るものは「始まり」であって、「危機感が高まったり低くなったりするのを繰り返しながら、次の石油ショックは長々と続く」と私は想定しています。

70年代の石油危機はアメリカで減産が始まったのが原因だったわけですが、その後をサウジアラビアなど中東諸国と北海油田、それにメキシコが埋めてくれました。

今回は後を埋めてくれる存在がありません。大油田の発見は1970年代に入ってからは、ほとんどなくなってしまいました。北海油田はイギリスのEEZ内では2000年に、ノルウェーのEEZ内では2003年にピークをつけました。メキシコはまだピーク年は確定していませんが、メキシコ最大の油田にして世界第2位の油田カンタレルが2004年ピークだったのは確実視されています。


次の焦点は中東諸国がどうなるかです。

サウジアラビアが減退しつつある可能性はこのブログで何度か述べました。

OPECが「今年は生産を拡大しない」と発言したことも、このブログで述べました。

また、以前から一部の人たちの間で言われていた、「OPEC諸国の埋蔵量水増し(油増し?)疑惑」がいよいよ証明されつつあります。

ここの第3段落を見てください。とうとうクウェートが白状しました。990億バレルの確認可採埋蔵量がある、というのがこれまでクウェートがOPECに申告していた数値だったのですが、それが480億バレルしかない、と昨年1月以来同国議会で追求されていた件を認めたのです。

http://www.kuwaittimes.net/read_news.php?newsid=Mjk4NTc3MTEw

80年代に、新規油田発見の報告なしに公称埋蔵量を増加させたのは、UAEもイランもサウジアラビアもベネズエラも、OPECの有力産油国はみな同じです。

クウェートが白状した以上、これから何年もかけて他国についても次第に明るみに出るだろう、と先週私は認識を変えました。

「2030年~2040年ころにピーク」という見解は、「OPEC諸国の公称埋蔵量は正確だ。彼らはたっぷり石油を持っている」という前提に基づいています。公称埋蔵量より大幅に少ないとなれば、楽観シナリオは崩れ、一気に早期ピーク論が現実味を帯びます。

対策ですが、まずは「節約」です。「技術革新で省エネ化を推進して節約」なのか、「生活水準を切り下げて節約」なのか、あるいは「生活様式を変更して節約」なのかは別にして。

その次に、このブログで扱っているような「代替エネルギー」が課題になります。根本的な解決にはこちらが必要だと私は考えています。

もっとも、代替エネルギーをすぐ技術的に実用化できるとしても、実際に社会にインフラを行き渡らせるまでには、10年単位の長い時間がかかります。

上に述べましたように「後を埋めてくれる産油国が無い」ので、「代替物」が行き渡る前に先にショックが来、「節約」局面が来ると私は考えています。楽観論者が言うような「スムーズに代替エネルギー社会に移行する」というのは想定していません。

前回の投稿の続きです。

(Quote) 試算では百万トンのプラスチックを生産すると二酸化炭素(CO2)の削減効果は石油原料に比べて二百八十五万トンに達すると言う。これは京都議定書で日本に課された削減量(約七千四百万トン)の四%になる。

 また合成したプラスチックを廃棄・燃焼せず長年使い続ければCO2の固定につながる。身の周りにある家電製品や自動車などに広く普及すれば、森林のようなCO2の吸収効果が期待される。これまでバイオプラスチックといえば地中に埋めると分解する生分解が主流だった。ところが分解せず長く使うほど環境にやさしい材料になる。

 実現のカギを握るのはバイオマスからエチレンなどを合成する微生物だ。現在、東京工業大学や九大が持つ微生物で実験を進める。九大の吉野貞蔵准教授は「アセトン・ブタノール菌」という酸素がない嫌気性で生活する微生物で研究に取り組む。

 この菌はアセトンを溶液中一リットル当たり最大五グラム生産する能力がある。アセトンを合成する仕組みはほぼ解明されており、吉野准教授は「遺伝子組み換え技術で生産能力を高めたい」と語る。目標は一リットル当たり百グラムだ。

 現在は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究費で実験を続けるが、〇八年度からはさらに大型の国家プロジェクトとして本格的に取り組めるよう準備を進める。

 石油化学の代替として植物由来のプラスチックやバイオ燃料の開発は世界的な流れになっている。英BPやデュポンなど化学メーカーも動き始めた。環境技術で主導権を握りたい日本も競争に負けない取り組みが必要だ。   (竹下敦宣) (Unquote)

では、記事をご紹介しましょう。全文を抜粋します。長いので2回に分けます。

日経産業新聞 2007年5月2日(水) p8
「バイオマスコンビナート構想 植物からプラ大量生産 来年度にも本格始動 産学28者が連携」

(Quote) 石油の代わりに植物を原料にしてプラスチックを生産する--。こんな計画が二〇〇八年度にも本格的に動き出す。三菱化学や出光興産など化学メーカーが中心になり実現に向けた実験を始めた。原油価格の高騰や地球温暖化に対応する新技術として注目される。

 計画は化学メーカーで組織する財団法人・化学技術戦略推進機構が立ち上げた。「バイオマスコンビナート構想」と名付け、化学メーカーに加え、協和発酵、出光興産が参加。得られた植物プラスチックの利用者としてホンダや日立製作所、キヤノンなども名を連ねた。東京大学や九州大学も研究に協力する。十九社、五大学、四つの研究機関が参加した。

 プラスチックを生産する工程は石油を原料とする場合と基本的に同じ。原料が違うだけだ。植物に含まれるセルロースなどを微生物で発酵、まずエタノールを合成する。これを化学反応によってプラスチック原料のエチレンやプロピレンを作る。ポリエチレンなどは自動車の内装材や電線の被覆材、家電製品など幅広い用途が期待される。

 出光興産の杉紀男研究顧問は「百万トン規模でエチレンを生産するのが目標だ」と意気込む。百万トンは国内で消費される量の一割に相当する。計画ではブラジルや東南アジアなどのサトウキビからエチレンを現地で合成する考えだ。

 植物由来のプラスチックのため、環境面での利点が大きい。国内で販売が始まった自動車用燃料バイオエタノールと同じように温暖化ガスの排出を抑制できるからだ。 (Unquote)

次の投稿で、続きを書きます。

「石油化学コンビナート」という言葉は、最近あまり聞かなくなりました。東京近辺で言うと、川崎市や市原市の海岸にある工場群なんかにありますね。

石油を精製し、例えばナフサのような原料を得て、それを加工してエチレンなどの中間原料を得ます。それをさらに加工してポリエチレンのようないわゆる「プラスティック」にするわけです。

そのプラスティックはさらに加工されて、例えば「ビニール袋」になったりします。

そういう製造工程をいくつもいくつも組み合わせた巨大な工場群がコンビナートです。色々な製造工程が複雑に連結されています。

「コンビナート」という言葉を聞かなくなって久しいですが、世の中IT技術に代表される軽薄短小技術に意識が傾斜しているようで、こういう重厚長大産業は敬遠されているんでしょうか。

例え意識に上っていなくても、衣食住は必要です。衣食住が必要である以上、化学工業によって(この場合は主に衣と住の)原料や製品が供給されることは、毎日の生活に必須です。

で、バイオマスを原料にした「コンビナート」を構成することを目指した研究開発が新聞に載りました。

いよいよ、「化石燃料減退時代におけるバイオマス利用の死活的重要性」を意識した研究開発が本格化するようです。

化石燃料は、今のところ「社会の全てを支えている存在」となっています。

食べる食糧

服として着る繊維

住む家を構成する建材

身の周りで手に持ったり座ったり寝たりする家具・雑貨の類

にいたるまで、ありとあらゆるものが化石燃料を原料としています。食糧ですらそうです。窒素肥料が主に天然ガスからつくられることは前述しました。

また、その原料を加工するためのエネルギー源として化石燃料が使われています。

衣食住も含めた全てなわけです。

化石燃料が減退すると、他の原料を探さないといけませんね。

そこで私はバイオマスに着目し、このブログを始めたわけです。

「風力発電や太陽電池のような電気エネルギー源よりバイオマス利用技術の方が優先する」という意識(ドグマ?)を最初から持って、このブログを書いています。

このブログにとって、「バイオマスを原料とする化学工業」はまさに核心部分の一つです。

トウモロコシを葉や茎まで含めて丸ごと燃料作物にしようという研究もなされています。

日経産業新聞 2007年5月9日 p11
「葉や茎もエタノールに」

(Quote) 米ミシガン州立大学は、ガソリン代替燃料であるバイオエタノールの生産に適した新種のトウモロコシの栽培に成功し、特許を取得した。トウモロコシの粒の部分だけでなく、葉や茎からも同様にエタノールが生産できるという。

 葉や茎は繊維のセルロースを糖に分解してエタノールを作り出すのが難しく、コストもかさむため、現在はトウモロコシの粒から生産している。開発した新種は、セルロースなどを糖に分解する酵素を葉の中に含むという。低コストで効率的にエタノールを生産できるようになると期待している。 (Unquote)

これが実用化された場合、収穫後の農地に枯れた茎や葉が残らないことが問題になるかもしれませんね。土壌の腐植が減ってしまいますからね。長期的には問題となり得ると私は思います。

それと、考え過ぎかもしれませんが、葉の中にセルラーゼが生成されるということは、植物が自分で自分を破壊する、ということに思えますが、そうなんでしょうかね? 人間の病気で言うと、「自家中毒」みたいな。

どんな生育状況を見せる作物になるんでしょうか。

トマトですか。意外と身近にネタがあるもんですね。

日経産業新聞 2007年5月2日 p8
「トマトの酵素でバイオ燃料」

(Quote) 米コーネル大学の研究チームは、木くずや雑草を分解する新しい植物酵素を発見した。バイオエタノールを低コストで製造するのにつながるとみている。この新たな酵素はトマトから得られたもので、従来まで利用されてきたセルラーゼと呼ばれる酵素に似た構造だが、より効率的な分解が可能になるという。

...(後略)... (Unquote)

昨年9月16日の#93で、アメリカのエネルギー省主導の研究開発では、"white rot fungus"という菌類を利用して前処理に役立てようとしている、と書きました。

http://ameblo.jp/mattmicky1/entry-10016809079.html#cbox

この"white rot fungus"を利用した前処理工程がようやく日本の新聞で取り上げられました。

日本経済新聞朝刊 2007年5月4日(金) p9
「エタノール原料 キノコで分解 京大など」

(Quote) 京都大学や日清製粉などの研究チームは、バイオエタノールの原料として期待される木くずや雑木をキノコの一種で分解する手法を開発した。機械で破砕する従来法に比べ処理に必要なエネルギーを数十分の一以下に減らせるという。

 研究チームはほかに日本化学機械製造、東洋エンジニアリング。木くずや雑木は繊維のセルロースをリグニンと呼ぶ接着剤のような物質で固めたような構造をしている。セルロースから糖を取り出し発酵させるとエタノールが得られるが、その前にリグニンを分解して取り除く必要がある。

 新手法は国内に生息するキノコから分離した白色腐朽菌を使う。この菌はリグニンだけを選んで分解する。さらにマイクロ波を照射して分解を促進させる。新エネルギー・産業技術総合開発機構のプロジェクトの一環で開発した。

...(後略)... (Unquote)

"White rot fungus"は「白色腐朽菌」と訳してるんですね。

ま、まだまだ研究段階です。実用化するとしても先の話です。