来週の金曜日がディランを観に行くのですが、その日を休む替わりに日曜日が出勤になってしまいました。

本当は余ってる有休を使うはずだったんですけどね。仕事が忙しくて埋め合わせが必要とのことで。休めなくて残念です。


実は今度の日曜日、知り合いの音楽イベントで気になっていたのがあったので、応援に行けたら良いな、とずっと心に秘めてたのですが、仕事が終わってから向かうのは難しいかな。

実のところ、観たいのはやまやま、ちょっと迷ってもいたのです。その観に行く予定だったミュージシャンの一人が、最近悲しいことがあったとかで、少し引っかかることがありまして。どうしたものかなーと思っていたら仕事が入ってしまった次第。


何と言いますか、その方の最近のブログがあまりにも壊れてらっしゃるもので、その連投を読んでいるうちに、《心配だから会って様子が知りたい》と言うよりは逆に《顔を見るのが気まずい》って気分になってしまったのですね。


僕はその方の悩み事には全く無関係ですし、その方の奏でる演奏の素晴らしさになんら疑いを持つものではないのですが、分かっていても近寄り難いものがあります。


第三者のお悩みとかゴシップとか、もともと僕は興味が薄いもので(近しい友人の話なら別ですが)。他人の色恋話とかぶっちゃけどうでもいい。悩み相談とか気の利いたこと何も言えた試しがありません。


ブログで愚痴やら悲しみを延々と吐露し続けるのを読んで、思ったことは


《この人はこんなになりふり構わず苦しんでらっしゃる》


内訳

《自分が苦しんでる姿を誰かに伝えようとしている》

《その為ならみっともない姿を晒すのをいとわない》

というところでしょうか。

悲しみ過ぎて自分の行動のデメリットがわからなくなってしまっている。それが情熱というなら、なんて残酷な空回りでしょう。


こう書いていると、ずいぶん自分が冷めた人間に思えてきますけど、思えば僕も若い頃はかなりの《思い込み過剰勘違い野郎》だったので、昔の自分を見てるようで、恥ずかしくなってくるのです


菊池成孔の本を読みつつ、そんなことを考えてました

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菊池成孔は音楽はよく知りませんが、著書はたいへん面白い。エグいほどの分析と追求はこの人の真骨頂です



マシス
先週の焙煎屋ライブが終わった後、夜から地元のお花見に参加してきたのです

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焙煎屋の片付けを終え、浜松から車を飛ばして、なんとか開始時間に間に合った。花を見るよりは食って飲んでの一夜。お喋りで声がガラガラになりました。


翌日の日曜日、地元遠州森町のイベント【町並みと蔵展】を観てきました

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お昼ご飯にキーマカリーのチキンを挟んだパンを購入

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娘はヤマメの塩焼きにバリバリかぶりついてました

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おいしかったとみえて、二匹食べてました。最近のお嬢さんの食欲はスゴイです。


町並みと蔵展のフリーマーケットの中で、昔のオモチャや漫画雑誌を売ってる店がありまして、僕はこの店が大好き。以前にキカイダーの箱付き超合金を買いそびれてから、ここの商品を物色するのがやみつきになってます。

一冊、衝動買い

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漫画「金魚屋古書店」でお馴染みの名作、「ビリー・パック」の雑誌付録漫画です。「金魚屋」ファンの連れ合いに見せたら“掘り出したわねー”と言ってもらえました。


月曜火曜と、娘の春休みに合わせて有給休暇を取ってあったので、2日間は家族サービス。1日はカラオケと猫カフェ、2日目は地元の遊園地で遊んできました。

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遊園地の春休みイベントで宝探しや立体迷路がありました。娘は大喜びでしたが、この宝探しも迷路もかなり本気のシロモノで、大人が真剣になってもなかなか解けない。足がパンパンになるくらい歩かされました。

帰りに寄った温泉がシミジミと気持ち良かったです。


「BLUE GIANT」の新刊も買いました

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面白かった。この漫画、ページへの視線の滞留時間がやたら短くて、一冊読むのがあっという間なのです。サクサクとページをめくってしまって、もう終わっちゃったー、と毎度思う。次が早くも待ち遠しいです



マシス

ボブ・ディランが来日しております。本日は東京公演の三日目が行われたことと思われます。

僕は15日の名古屋公演に行く予定ですが、菅野ヘッケルさんを始め、たくさんの方の熱いライブレポートの速報を楽しく読んでいる毎日です。

今回の来日、初日のステージで日本側の撮影許可が出たらしく(非常に稀なこととか)、ニュースで公開されてました

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御大、元気そうで何よりです。


昨日までのセットリストを見る限り、前回来日時のライブハウスツアーの時と大きく変わりはないみたい。シナトラのカバーアルバム『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』を出した後なので、そこからのナンバーと、来月発売予定のニューアルバムからの先行シングルが加わった感じでしょうか。
(前々回の来日までは毎日セットリストを変えるのが常で、それが楽しみだったのですけどね)

古い曲が増えてないのがちょっと残念ですね。一番古いナンバーで「風に吹かれて」、その次が「シー・ビロング・トゥ・ミー」、60年代が以上二曲で、70年代が「ブルーにこんがらがって」一曲だけです。

その次になると80年代すっ飛ばして96年の「ラブ・シック」まで来ちゃう。

新しい曲をたくさんやるってのは、現役ミュージシャンとして健全なことなのですけどね。欲を言えば、もっともっとディランの往年の人気曲をたくさん聴きたいところです。

でもマァ今回は『シャドウズ~』からのナンバーを楽しみにしてましょう。



先日CD屋をのぞいた時に、来月発売アルバムからの先行シングル「メランコリー・ムード」を買おうか迷ったのですけど、不思議と気が進まずに結局手を引っ込めました。


その代わりというのか、チープトリックのニューアルバムを買ったのです

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一曲一曲がキラキラ輝いてるみたいな、これぞチープトリックと言いたくなる素晴らしいアルバム。リック・ニールセンのギターがうなりをあげ、ロビン・ザンダーの歌声はますます艶っぽくシャウトしてます。


チープトリックは今年ロックの殿堂に選ばれたけど、大物の貫禄というよりは音楽の軽薄さ&下品なポップス感覚(誉め言葉です)がいまだに瑞々しいってのが奇跡のようなバンドなのです。

今後も音楽史において、チープ・トリックがディランより大物扱いされることはないでしょうけど、チープトリックの今作は絶対買いです!



マシス

土曜日は朝からの職場の棚卸し。それを終えたあとで浜松へ。



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kiyosakuさん主催の焙煎屋ライブに顔を出してまいりました。


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久しぶりにこのログハウスに来ることができました。kiosakuさんはこの日は欠席とか。お声をかけてくれた弾夢弦気さんに感謝です。


いつもお世話になっていて、もっとマメに顔を出せたらよいのですけど、ホント腰が重い輩で、誘われないとなかなか動かない。不義理してます。まこと、スミマセン。


この日は思ったよりも棚卸しがもたつきまして、焙煎屋ライブの開始時間には間に合いませんでした。最初からの何組か聴けなくて残念です。



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皆さん、ご自分の演奏をしっかりと持っている方たちだなぁ、と聴いていて強く感じました。自分に似合う服を自分でちゃんと理解しているかのように、自分に似合う演奏スタイルをしっかり踏まえて演出してらっしゃる。素晴らしいことです。


時に演奏者は分不相応な服、似合わない服をそれと気づかずに着たがるものです。でも、“着てみたい服”と“着て似合う服”は当然ながら同じとは限らない。“好きだからただ歌いたい歌”と“自分の演奏で活きる歌”も然り、なのです。



飛び入り枠にて、僕も歌わせていただきました。


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写真は弾夢弦気さんより。ありがとうございます。


新しい歌のお披露目(練習)ができました。温かいお客様に聴いていただけて嬉しかったです。ありがとうございました。



五月の焙煎屋ライブには、本エントリーで参加させていただきたいと思ってます。よろしくお願いします.。



お客さんの一人に、"今日は奥さん(ラフレシア)はどうした?彼女たちの演奏を聴きたいぞ"とのお言葉をいただきました。ラフレシアもぼとぼちノロノロと動き出すと思います。その際にはまた是非お運びくださいませ





マシス

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今朝、弾夢弦気さんより、今日は焙煎屋ライブだから、良かったら飛び入りにおいでませ、とのメールを頂きました。

ただいま職場の棚卸しの真っ最中ですが、午後2時には終わるかしら。そしたらそんなワケで遊びに行ってこようかと思います。焙煎屋は昨年の11月以来です。どなたが出るやら、楽しみですよ。


今夜は地元の花見に誘われてますので、あまり長居はできませんが、焙煎屋に顔を出しますよ。いらっしゃるお客様、また後でよろしくお願いします




マシス

昨年の一月に書いた日記が、下書きのままで残ってたのを見つけました。おそらくはまだ書き途中で、続きを書くつもりで保存していたのでしょうが、なぜ続きを書かなかったのか、そもそもなんでこんな文章を書いたのか覚えてません。書いた時はそういう気分だったのでしょう。


固い文章ですが、せっかく書いてあるので以下、公開。



基本、モノグサな人間ですので、自己啓発とかにムキになれない僕ですが、モノグサなりに経験値は高い方がいいと思っています。知らない、と知っている、では当然ながら大きな違いがあります。

例えば、僕の聴いたことのない音楽には、いまだ何か自分に影響を与えてくれる魔法がありそうな気がする。

好きになれるかはわからなくても、新しく経験する表現には何かしら面白いものが秘められていてほしい。


これは音楽に限らない話で、一見、自分にとって役に立たないであろうことでも、まァ経験しておいて損はないよな、と思うようにしてます。

つまんないことでも、後で何が利になるかわからないですからね。


昆布をサーッとお湯にくぐらせただけで、ほのかな味が付くように、特に勉強するぞーって思わなくても、自分の身体をくぐった経験は何かしら影響をくれるモノと思ってます。


自分のやりたいこととをする為に、足りないものは沢山あります。

黒子のバスケの黄瀬涼太のように、見たプレイを即座に自分のモノとしてコピー出来るワケもないのですが、とりあえずは経験しておきたい。


自分の中にない表現は、可能な限り皮膚感覚で経験してみたいです。




以上、一年前の絶筆日記でした。真面目か!と突っ込みたくなりますね。


客観的に読んでみますと、どうやらここまではフリの文章なので、おそらくはオチとなる何かが、僕自身が見聞きしたことであったとは思うのです。しかしながら、この文章の続きにどんなことを書くつもりだったのか、まったく覚えていません。何かあったっけな?




余談


3月27日に佐野元春のツアーが最終日を無事迎えましたので、僕が昨年12月に書いたライブツアーの感想日記のアメンバー限定を解除しました。リンクはやり方がよくわからないので張りませんが、興味のある方は面倒ですが探してみてくださいね。


ついでに他にも解除できる日記があったかしら、と過去日記をさかのぼっていたら、上記の書きかけ日記を見つけた次第なのでした。まったくどっちが余談なのか。失敬です






マシス

先日、書店で面白そうな音楽本があったので購入。パラパラと眺めながら、あとでゆっくり読むぞと楽しみにしていたら、いきなりその本が行方不明になった。

家の中のどこかに絶対あるはずなのに、見つからない。全く迂闊な話ですが、ここに置いたと思っていた場所にないのだから、ワケが分かりません。

まださわりしか読んでないのに、口惜しい。悔しいのでもう一冊買い直す気も、本屋で立ち読みする気もおきないのです。

それこそ、ギター弾きの家にはピックやカポを隠すイタズラ妖精がいる、と噂で聞きますけど(よくあるある)、音楽本まで隠されちゃ参っちまいますね。早く返してくれ。


というワケだからでもないけど、別の本で読書三昧してました

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SONGBOOK/ニック・ホーンビィ

ブルース・スプリングスティーンの「サンダーロード」をかれこれ1500回は聴いてきた、と言うイギリスの作家、ニック・ホーンビィが書いた音楽エッセイ。これがすこぶる名調子で、何度読み返しても面白い。本で紹介された音源を片っ端から聴きたくなります。

音楽の感動を第三者に言葉で伝えるのは非常に難しいことです。感動なんてものはパーソナルで曖昧な感情ですから。でも僕はこの著者の言ってることはいちいち腑に落ちるのです。“ポップスを聴いた時の楽しさ”をここまで的確に書いた文章はちょっとないと思う。

訳者、森田義信の名翻訳によるところも大きい。音楽について語るならこんな風に書け、と言いたくなる文章です


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怪物が街にやってくる/今野敏

これは浜松のヤマハ楽器本店で購入。ジャズにまつわる短編小説集で、登場するミュージシャンは実際にモデルがいるそうです。ちょっとジャズに詳しい人なら判るみたいですが、僕には誰のことやらサッパリ。演奏シーンの描写は真に迫ってて迫力でした


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演奏しない軽音部と4枚のCD/高木敦史

いわゆる“学園ミステリー”の連続短編モノ。事件に必ず絡む音楽ネタは、中にはちょっと苦しいモノもあるけど、マァ楽しく読めました



本の話で余談ですが、ドラマ「精霊の守り人」も、蓋を開けてみたらよく出来ていて面白かった。今後も楽しみです



余談2。先日ようやく一色まことのマンガ「ピアノの森の24、25、26(最終)巻を読めまして、マンガ読んでここまで泣くか、ってほど泣かせていただきました






マシス

袋井市の可睡寺にて、人形供養として奉納された雛人形を一挙御披露目する【可睡斉ひなまつり】を見物してきました

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今月いっぱいの御披露目と聞き、この日曜日がラストチャンスかと急いで見てきたのです

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お寺の中をちゃんと歩くのも初めて。中は迷路のように広いです。様々な雛人形が所狭しと飾られてました

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数が多すぎて圧倒されます。時代によって人形の顔付きや衣装が違っていて、見ていて飽きない

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圧巻だったのはこちらの部屋

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3200体以上のお雛様が天井までびっしり飾られていました。
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これ、正面だけでなく写真を撮っている右手の壁にも飾られてるんです。その迫力たるや、凄い。


順路の途中、音楽が聴こえるな、と思ったらなんと、尺八奏者の生演奏が行われていた

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雰囲気があって素敵でしたよ。僕が通った時には「星に願いを」を演奏していました。


可睡斉ひなまつり、僕は今年初めて見ることが出来たけど、なかなか見応えある催しでした。これ、まだ年が浅い催しのようですが、一見の価値あると思います。興味のある方はぜひ



本当は今日、6月に来生たかおが森町に来るというので、チケットの様子を見に行きたかったけど

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ひなまつりで行きそびれました。こちらはまた後日。昔から僕は来生たかおメロディのファンなのです





マシス

先月発売されたエルトン・ジョンの新譜『ワンダフル・クレイジー・ナイト』をようやく聴けました。

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前作「ダイヴィング・ボード」がピアノトリオ編成の密室的な作品でしたが、今作はその反動なのか、元気いっぱいの明るいアルバムです。タイトルが『ワンダフル・クレイジー・ナイト』で、ジャケットがコレですもの。おバカなノリでちょっと笑っちゃいますが、エルトン本人が楽しんで作ったのが伝わってきます。

一聴した時は正直、メロディの起伏が少くて物足りないな、と思ったけど、二回目に聴いた時には楽曲がグイグイ胸に迫ってきた。ポップなのに素っ気無い。エルトン・ジョンの作るメロディは本当に不思議です。

ライナー解説にも、エルトンは昔みたいに一曲にメロディをいくつも詰め込むような曲作りはしなくなった、と書いてありました。一曲にいくつもメロディを詰め込むって、J-POPの定義みたいですね。


メロディの詰め込みすぎに注意!僕がずっと漠然と思っていて自分に言い聞かせてきたことを、エルトンにも言ってもらえたようで、ちょっと嬉しい。心強いです。



稀代のメロディメイカー、エルトン・ジョンは、実は歌詞が先行でメロディを書いていると気づいたのは最近のこと。確かめたワケではないですが、おそらく間違いないと思います
(メロ先にしては譜割りが不自然。しかし「ダニエル」みたいに綺麗なメロディが歌詞先行の後付けなんて、しみじみ凄すぎる)


エルトンの相棒バーニー・トーピンの作る歌詞は、いわゆる“歌のための収まりの良い詞”でなくて、時に映画のプロットを読むかのような複雑な内容、なんとも独特の世界観を描いていて、心理描写、情景描写のためなら、おそらくは歌詞のお約束(譜割りを揃えるとか韻を踏むとか)は二の次なのでしょう。代表曲「Your Song」からして、Aメロ、一番と二番でメロディが違いますものね。

そのいびつさと内容の多層さが、エルトンの美しいメロディと相まって、美しいのにどこかゴツゴツしているエルトン・ジョン唯一無二の歌世界になるのです。



かつてポール・マッカートニーは、自分の音楽の後継者はエルトン・ジョンとギルバート・オサリバンだと言いました。

ビリー・ジョエルは、自分はエルトン・ジョンとギルバート・オサリバンの次を狙ってきたんだ、と言ったとか。


僕はギルバート・オサリバンは死ぬほど好きなのに、エルトン・ジョンは実はそれほどでもなかった。おそらくはその、歌詞先行のゴツゴツ感にしっくりこないものがあったのではないか、と、今思えば納得します。


僕が本当にエルトンにはまったのは1994年。アルバム『メイド・イン・イングランド』からです

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低迷していたエルトンの復活アルバムと呼ばれています。エルトンの声がバリトンがかっていて、その低い声に魅了されて一気にのめり込みました。

聴いていて、自分が洋楽を聴き始めた当初の楽しかった気持ちが蘇ってきた。そうだ、洋楽を聴き始めた頃ってこんな気持ちだった!と思い出させてくれたアルバムです。一時中古CD屋にごそっと並んでましたが、これは手放してはいけません。

どの歌も好きなのですけど、特筆するなら「ペイン」。とにかくご機嫌な歌です(イントロがストーンズみたい)。

この歌は詞がとんでもない。出だしの歌詞がいきなり

what your name?(お名前は?)
MY NAME IS PAIN!(私の名は“痛み”です!)

これですよ。こんな具合に質問と答えがずっと交互に連なってる。こんな詞によくもまぁメロディを付けられたものです。しかも名曲ときてます。

Pain / Elton John




続くアルバム『ビッグ・ピクチャー』は、エルトンが後年に自分の作品のワーストに選んでますが、僕は嫌いじゃない。大名曲「ライク・ホーセズ」が収録されているってだけで買う価値があります。「僕の心に君の太陽」にも迫るくらいの、キャリアの1、2を競う名バラッドだと思う。

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Live Like Horses / Elton John




個人的に一番好きなアルバムはこれ。『ソングス・フロム・ザ・ウエストコースト』

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本当に良く出来たアルバムです。長くキャリアを重ねて浮き沈みも体験して、ここでこんなにも瑞々しい作品を作れるのか、と感動したのを思い出します。

アルバムから一曲挙げるとしたなら、これしかない。「オリジナル・シン」。

Original Sin / Elton John






マシス

僕の思う様式美の意味が、一般的な意味で正しいものか定かではありません。もし見当違いな解釈をしていたらご容赦ください。

(後から補足しようとしたらエライ長文になってしまいました。失礼)



僕は様式とは“型がある芸”のことだと思っています。能、歌舞伎、日舞のように、シッカリ決まった枠の中で、演者はどれだけ個性を出せるか、観るものを感動させられるかが肝だと。

音楽においても、基本、僕は様式美は嫌いじゃない。むしろ好きです。


音楽の様式美、型といえば、例えばジャズなら最初にテーマがあって、ソロを回して、最後テーマに戻って終わる、みたいな構成がソレと言えるでしょう。J-POPならAメロ→Bメロ→サビの構成も一つの様式ですね。

僕は昔のSPレコードのような“三分間のグッドミュージック”が一番良いと信じている人間ですが、あの夢のような三分間こそ、僕がもっとも愛する様式美の一つだと思っています。

例えばバート・バカラックの数々の名曲、キャロル・キング、初期のビートルズやモータウンのヒット曲とか、どれも三分間の中に宇宙がある。あの楽曲のチャーミングなたたずまいに堪らなく憧れるのです。

一聴して忘れられないキャッチーなメロディーは、実はAメロとBメロくらいしかなかったりして、歌詞はシンプルで極めて短い。印象的なリフレインを何度も繰り返し聴かせて耳に焼き付かせる構成がいい。


メロディに安定した美しさがあると、聴くものは安心します。メロディー先行で歌を作る音楽家の作品は、自然と様式に向かう傾向にあるみたいですね。



日本だと、ユーミンしかり山下達郎しかり。布袋寅泰のBOφWY時代の楽曲なんて様式美の極致なんじゃないかしら。フォークと違って歌詞が前に出すぎてない。メロディの良さ、楽曲トータルの良さを伝えることが第一の姿勢を感じることができる。


余談ですが、山下達郎もBOφWYもステージで特別な演出をしません。レコードの音を忠実に再現することが客を興奮させ、納得させる。これも様式美です。



短い歌、ってのは、それだけでおさまりがいい。ダラダラと長い歌に必然性があることもありますが(「ヘイ・ジュード」や「ホテル・カリフォルニア」みたいに)、短い歌で聴き手をシッカリ説得して満足させられるものなら、長い歌より短い歌が絶対にエライと思う。


残念ながら、“三分間の様式美”この手の表現はマンネリズムに陥りやすく、長くキャリアを積んでいく中、コンスタンスに良い歌を創り続けて、なおかつマンネリを回避していくのは至難の業です。スピッツの草野君とか大変だと思う。あれはすごい才能ですよ。



そこで新機軸を打ち出していく手としては、ミスチルみたいに歌詞を重層化させていくか、もしくは枠を壊して曲構成を奇抜に凝り出すか。そうなると三分間の表現では収まらなくなる。


ミスチルのデビュー曲「君といた夏」は、僕の好きな歌の要素てんこ盛りでお気に入りなのですけど、創造者はいつまでも「君といた夏」に留まってはいられない。


様式はそうやって更新され、一曲に込められる情報量がどんどんインフレしていくのです。それは音楽の進化かもしれませんが、短い歌特有の愛嬌、歌本来のかわいらしさみたいなものは必然的に薄れていきます。



様式は自由度の低い音楽、なのかもしれません。様式にこだわらない音楽こそ音楽の未来、なのかもしれません。

時代が進むに連れて音楽は一曲の長さがどんどん長くなり、今では五分、六分のシングルも珍しくない。ラジオでDJにかけてもらうために曲の長さを三分に抑えるなんて、遠い昔の話なのでしょう。



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私事ですが、1994年に僕がユニット【あすとら】でやりたかったことは、まさに“三分間の様式美”でした。あすとらは確信犯で様式を狙ってました。マシスになって歌詞がずいぶん長くなりましたが、短い歌が今でも一番だと思ってます。



やるんなら僕はいつだって様式をやりたいと夢想します。普通と呼ばれるのはつまらないけど、型破りを目指そうとしているワケではない。


一人で弾き語りをやっているとやはり歌詞の情報量が増えがちです。自分の拙曲は大作でなくていい。愛嬌がある可愛らしい歌であってほしい。



オアシスはかつてビートルズが輝いていた数年を永遠にしようとしたバンドでした。あの三分間に永遠に息吹を注ぎつづけることが出来るなら、どんなに良いでしょうね




マシス