昨夜は奇数月第三土曜日。袋井のジャズ喫茶【マムゼル】にてフリーダムフォーク集会の日でしたが、僕は飲み会の予定があったので欠席させていただきました。行けなくて残念。きっと楽しい夜だったと思います。

久し振りにお酒を飲んだ僕は悪酔いしてしまい、今朝起きた時もかなり気分が悪かったのですけど、公会堂の草刈りがあったので頑張って行って、帰ってきた時にはずいぶん復活しました。

二日酔いでも無理して動いて正解。人間、身体は動かした方が良いです。


昨日のフリーダムのために作った瓦版で、アンケートのお題が【偉大なる一発屋ソング】。思い出深いワンヒットオンリーの名(迷)曲を挙げてもらいました。そのおかげで僕も今週ずっと懐かしい歌が頭の中をグルグルと回っていたのです。

“偉大なる”ってのがポイント。ワンヒットオンリーだって馬鹿にしちゃいけない。自分が今でも好きな歌、という基準で僕は選びました。


以下、僕がパッと思いついた思い出の一発屋ソング


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「ネバー・エンディング・ストーリー」/リマール


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「アイ・ライク・ショパン」ガゼボ


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「ファイナル・カウントダウン」/ヨーロッパ


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「ギブ・ミー・アップ」/マイケル・フォーチュニティ


この辺りの歌は世代的に愛着が強くあります。一発屋と呼ばれる歌はたくさんあれど、今聴いても好きなモノは少ないですね。

スキャットマンジョンやマイアヒを今さら聴きたいとは思いませんし、三木道三や青山テルマは歌のタイトルも忘れかけてます。


ちなみに瓦版アンケートではナックの「マイ・シャローナ」と円広志の「夢想花」が票を集めてました。どちらも定番、横綱クラスの一発屋ソングですね



おまけにもう一曲。コレすごく好きだった記憶は確かにあるのに、悲しいかな今聴いたら、いったいどこがそんなに良かったのか?って思ってしまった一曲

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「サイキックマジック」/GIオレンジ


GIオレンジ、覚えてる方いますかね




マシス
今日の深夜、佐野元春が『オトナの!』というTBSのトーク番組にゲストとして出演するそうな。

聞いたことない番組だな早速録画予約しなきゃ、と番組表をチェックしたら、どこにもそんな番組はない。静岡県では放送していないのか。どうりで知らないワケだ。残念。

本日25時31分より放送だそうです。観られる環境の元春ファンはお楽しみに。


テレビといえば、たしか今週くらいからNHKで『精霊の守り人』のドラマが放送されるらしいです。

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上橋菜穂子の『守り人』シリーズは大好きな小説なので、実写ドラマ化は期待と不安が半々。でも気になるところです。

主役のバルサが綾瀬はるかというのがどうなのか。若すぎるとか美人すぎるとか、賛否両論あるようですが、バルサの年齢的にはそんなものかなとも思います。

だってシリーズ全て映像化するってウタってるのだから、何年計画で制作するつもりなのかわからない。終わりの頃には相応の年齢に近づくのではないかな。

旬の女優さんなら、綾瀬はるかより僕は杏の方がまだバルサに見える(と思う)。アクションをしてる姿も、杏ならなんとなく想像できる。

紅白歌合戦の司会の時の綾瀬はるかが凄く痩せていて、バルサ演るから絞ったんだろうね、と家族で話していたのです。綾瀬はるかのアクションシーンが様になってることを願います。



原作の小説にもし興味ある方、『精霊の守り人』だけ読んで“面白いけどこんなものかしら”と思っても、そこで止めずに次作『闇の守り人』までは読んでみてください。ハマると思います。僕はシリーズで『闇』が一番好き。

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『闇』でまだハマらない人は、四作目の『虚空の旅人』まで頑張って読んでほしい。そこまで読んだらシリーズ全て読まずにはいられなくなるでしょう。

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『守り人』シリーズは全10巻。最終巻『天と地の守り人』下巻の最終章でのチャグムのモノローグを読んだ時ほど、小説を読んで感動した瞬間は近年ありません。オススメです



マシス

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日曜日の午後、河合楽器主催の音楽コンテストを観てきました。

娘がお世話になってるピアノの先生が演奏するというので、応援に行きましょうという話になったのです。あと、ウチのピアノの調律をやってくれたお兄ちゃんも出場している、と会場に着いてから知りました。

コンテストといっても、フタを開けてみたらカワイミュージックスクールの生徒さんの発表会みたいなものでした。出演者が皆さんのガチガチな緊張が伝わってきて、観てる側までドキドキしてしまう。子供の発表会と良く似た雰囲気でしたよ。


この竜洋町のホールが(名前は何度か聞きましたが覚えられない)また、すごく素敵なホールでびっくりなのです。娘が発表会で利用する豊田町ゆやホールも綺麗だけど、竜洋にこんな立派なホールがあったなんて知らなかった。

音楽スクールの生徒さんがいきなりこんな大きなステージに立ったら、そりゃ緊張するよと思いましたね。

コンテストですから審査員もいるワケです。これらの微笑ましい演奏に(失礼)いったいどうやって優劣つけるのだろう、と、余計なお世話ですが心配してしまいました。

普通に考えたら、ミスのない安定した演奏が高得点なのでしょう。でも、こういう発表会だと僕は上手すぎる演奏とか眠くなっちゃう。ミスがあっても魅力的な演奏ってあるのです。歌唱力があっても歌が上手いとは限らないように。
(僕の思う歌の上手い人とは、歌で僕をちゃんと説得してくれる人のことです。歌唱力があるなしに関係なく)


この日、大人の演奏者に混じって一人、小学一年生の男の子がカホンを叩いてたのが印象的に残りました。僕は誰がなんと言おうとあの子が一番カッコ良かったと思う。

舞台に物怖じせず堂々としていて、リズム感も良かった。演奏前にカホンの音の位置を確認していたり、手首をクルクルとストレッチしたりと、小さな男の子の仕草がいちいちミュージシャンしていて、思わず“あの子凄ぇ”と連れ合いと囁きあったのです。


審査待ちの休憩時間に、ロビーでそのカホン少年がお婆ちゃんと休憩しているのを見かけて、思わず“こんにちは”と話しかけてしまいました。

“君が一番カッコ良かった”と頭を撫でたら、少年は“ありがとうございます”と笑顔で返事をしました。カッコイイなオイ。

ステージでは顔が良く見えなかったけど、傍で見たらえらく美少年で驚きました。あんな綺麗な男の子っているんですね。何年か後にスターになってるんじゃないかしら。名前聞いておけば良かったな




マシス

人前で歌った後とか、軽い興奮状態になっているせいか、よく鼻歌が口をついて出ます。

まるで何かのスイッチが入ったかのように、知らないメロディーが飛び出してくる。こういう時が新曲を作る好機です。


先日のMUSIC HUG 3.11の帰り道も、車を運転していたら次から次へと鼻歌が口をついて出て、ちょっと興奮しました。

しかし悲しいかな、記憶が追い付きません。頭から最後までツルッと一曲歌い終えて“良い曲が出てきた!”と思った時には、歌い出しを忘れている。そんな感じで三曲くらい消えていきました。

運転中にメモを取るワケにもいかず、消えるがまま。


所詮、忘れてしまうならその程度の曲だ、と負け惜しんで諦めるのですけど、昔はもうちょっと覚えていられた気がする。ここまで片っ端から忘れちゃうことはなかったと思うと、勿体ないわ悲しいわ。


帰宅後も興奮状態は残っていたようで、風呂から出た時にまた鼻歌が出まして、慌ててメモを取りました。

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一曲だけ、なんとか捕まえた。



連れ歩いがネットより、MUSIC HUGの写真を拾ってきてくれました

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僕はこの辺りにいます

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唐突ですが、自分で作った歌をオリジナル曲と呼ぶことに、僕はいささか抵抗があります。

“次の曲はオリジナル曲でーす”って言い方を、周囲の方は普通にしてたりしますけど、オリジナル=自作曲?それって意味が正しいかな?と、細かい事ですが気になってしまって、口にするのが恥ずかしくなるのです。

他の人はそうでもないのかしら。回りくどいですが、僕は人前で歌う際とか“自分で作った歌を歌います”と話すようにしています。

歌を作る、って言い回しすら、近頃はどうも気恥ずかしい。“私は先日新曲を作りました”なんて、なんか自分が偉そうなことをしてるかのようで、気が引けます。


これも余談ですけど、僕みたいに鼻歌のメロディーに後から歌詞を付けるやり方は、作るというより“歌を思いついた”と言うニュアンスの方が近い気がします。どっちでも良いことですけどね



マシス
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僕が14歳の時に佐野元春に夢中になって、驚くことにあれから30年以上経った今でも、夢中にさせ続けてもらってます。我ながら一度好きになったらとことんな所もありますが、夢中にさせ続けてくれている佐野元春こそ実はスゴイ。


誰よりも激しくエネルギッシュに、誰よりも優しく真摯に35年間音楽を体現し続けた佐野元春。歳を重ねてなお、その音楽への情熱は衰えることを知らず、現在進行形で素敵なことをやってるってことが、もっと世間に知られると良いのに。


順風満帆なばかりではなかったでしょう。スランプもあったでしょう。声が出なくて苦しんだこともあったでしょう。それでもなお、佐野元春はまたピークを作ってくれるに違いないを、という予感を僕にくれます。

キャリアを重ねたベテラン勢のほとんどが、丸くなって停滞するか、失速して迷走するか、人知れず消えてしまうかの道を辿る中、今なお新しい音楽を夢中になって追求する佐野元春の姿勢は稀有なものです。この無邪気さを保って35年です。


晩年の立川談志のように、頭は天才的に冴えまくっているのに身体がいうことを利かない姿が、ひょっとして佐野元春の未来にもあるかも、と時々心配になります。加齢と戦うとはそんな一面もあるのだと知っていて、でも佐野元春は上手く年齢を重ねてくれているなと思うのです。


くれぐれも身体だけは大切に。いつまでもいつまでも元気で、これからも元春が楽しいと信じる音楽をし続けてもらいたいものです。

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元春、60歳、誕生日おめでとうございます



マシス
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あらためまして、昨夜のMUSIC HUG、皆さんお疲れ様でした。

たくさんの演奏者が集うとあって、何人かの方には会えた時にご挨拶しとかなきゃなと心に秘めてました。


K-mix(静岡のFMラジオ局)が主催してるコンテストで、今年はRioちゃんがファイナルに選出されたと聞いていたので、会えたらおめでとうを言いたいなと思ってたのです。で、顔を見た開口一番に言いました。“あさって(3/13)が本番なんです”と笑顔で答えてくれました。

僕は出不精なもので、こんな時でないとなかなか会えるものでない。本戦も頑張ってもらいたいものです。


HIRO君からは、昨年出したCDをようやく買わせてもらいました。

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インスト曲が二曲、歌モノ「夏陰」「ICO」と全四曲の入ったマキシシングル。HIRO君の歌とギター、インディアンフルートとオカリナで作られた世界はシンプルなのに暖かく力強い音で、今のHIRO君が詰まってるのだなと思いました。

“CDの売り上げは寄付させていただくので”とHIRO君、CD代金を受け取らずどうぞ募金箱の方へとおっしゃる。いやいや、それはHIRO君の手から入れなきゃ、と受け取ってもらいました。


お客さんとして来てくれたキモトシゲルさん。お仕事で海外が多い中、精力的にご活躍です。お運びありがとうございました。


思えばタケタケさんとか、毎年この場所でしかお会いしてない。

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またどこかでご一緒できたら良いですね、とお話しました。


昔からの仲間、下尾真秀とも再開。なんでも先日k-mixの神谷ゆきえさんのラジオ収録をしてきたとか。一昨年から下尾より“一緒に応募しようぜ”と言われていて、ようやくの運びです。

僕はいまだ応募してませんが、“絶対に応募しなよ!”と念を押されました。うーん


MUSIC HUGの後、連絡道で歌う下尾

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じゃがいも君

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“歌っていきなよ”と僕も誘われ、二曲だけ歌って帰宅しました




マシス
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掛川駅北口のサンクン広場にて、東北復興支援ライブ【MUSIC HUG 3.11】に参加してきました

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寒い中、歌声に足を留めてくれた人達、募金をしてくださった人達に感謝です。本当にたくさんの方が募金してくださって、呼びかけをしていて嬉しい気持ちになりました。

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東北へのメッセージもたくさんの方に書いて頂き、連絡道の壁に掲示されました。僕も書いてきましたよ。


自分が歌っていない時間、僕は募金の呼びかけをしていたので、演奏者の写真はほとんど撮れませんでした。Facebookをやられてるどなたかがきっとネットにあげてくれてると思うので、様子を観たい方はそちらを探してみてくださいね。


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昨夜ちょっと印象的だったこと。募金の呼びかけ中に通行人の一人の方から、“この募金はどこへ寄付するのだ”と質問をされました。


実際に質問を受けたのはRioちゃん親子だったのですけど、“南三陸の何という町にお金が送られるのか”と突っ込まれて、隣にいた僕に町の名前を聞いてきたのです。

“町の名前は失念しましたが、主催者が南三陸町で懇意にしている方がいて、昨年までの募金はミュージシャンが現地へ行って直接手渡してきたのだ”と、しどろもどろ気味に答えたのですが

その後も、“チャリティー基金の関係者に渡したのか?”“渡したお金は何に使われるのだ”と突っ込んだ質問を受け、詳細をとっさに答えられず、少し動揺しました。

この方の質問も決して意地悪でしたのではなく、募金したお金がどこへ行くのかをちゃんと知っておきたい、という率直な気持ちからのものでしょう。去り際に募金をしていってくださいました。ちゃんと即答出来なかった僕も勉強不足。反省です。


僕の今年の演奏曲はレイジー・ルーズ・ブギーの「いつもそこに君がいた」。自分の歌でなくカバー曲ですが、三月のこの時期にぴったりだと思ったからです。後からSHIN君に“大好きな歌で嬉しかった!”と言ってもらえました




マシス
今朝方のテレビニュースで“五人目のビートルズ・・・”と聞こえてきた時、反射的にブライアン・エプスタインの名前が頭に浮かびました(ビートルズを売り出した敏腕マネージャーです)。

しかしブライアンはとうの昔に亡くなってる。朝のニュースで取り上げられるなら、ビートルズの初代ドラマー、ピート・ベストに何かあったか?と、そこまでの思考は一瞬のこと

“ジョージ・マーティンさんが亡くなりました”とニュースが続き、ピート・ベストどころじゃない、とショックを受けたのです。マジか、と。


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背が高くハンサムでナイトの称号も持つ英国紳士。多くのミュージシャンを世に送り出し、多くの人に慕われたジョージ・マーティン。ビートルズとの数々の仕事は音楽の奇跡です。

ジョージ・マーティンの著書『耳こそはすべて』を夢中で読みふけったのがついこの間のことのようです。享年90歳。心より御冥福をお祈りします。



ブライアン・エプスタイン(マネージャー)

ジョージ・マーティン(音楽プロデューサー)

スチュワート・サトクリフ(ビートルズの初代ベーシスト)

ピート・ベスト(初代ドラマー)


かつて“五人目のビートルズ”と呼ばれた上記の人達も、ほとんど鬼籍に入ってしまいました。ブライアン・エプスタインやスチュワート・サトクリフは若くして亡くなっているので、ビートルズ後追い世代の僕には歴史の偉人のように思えます。

残るはデビュー直前にビートルズを解雇されたピート・ベストくらいしかいない。デビューシングル「LOVE ME DO」でドラムを代演したアラン・ホワイトも今年亡くなってます。

そう思うと、ジョージ・マーティンは正に生ける伝説だったのですけどね。悲しいニュースが続くのはやりきれないですよ




マシス

今週の金曜日、3月11日の20時より、掛川駅北口のサンクン広場にて【MUSIC HUG 3.11】に参加します。演奏と募金活動をしてきます。


今回、発起人のユズちゃんより、

《歌う前に東北への想いを話してください》

《付箋紙にメッセージを募って、ノートに貼り付けて寄せ書きにします》

との連絡をもらい、何を話そうかと考えていました。


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写真で見る限り、小さな付箋紙のようです。短く言葉をまとめなきゃいけませんね。



チャリティーについての僕の考え方は、五年前の東日本大震災を期に、それまでの偏屈な僕の想いを覆してずいぶんと変わりました。

五年前にステージでも少し話したことですが、改めてここに書いてみたいと思います。あさってのリハーサルのつもりで。


五年前まで僕は、チャリティーとは“自分の名前を表に出さずコッソリ寄付だけをする行動”こそ正しいと思ってました。いわゆるタイガーマスク、伊達直人的な行動です。

名前を表に出した時点で、どこか別の思惑が入ってしまうんじゃないか、偽善的ではないのかしらと訝しく思う偏屈者でした。


有名なバンドエイドやライブエイドといったチャリティーコンサートについても、音楽イベントとして興味深いものはあっても、それが100%正しいチャリティーのやり方なのか?と考えると、頭をひねってしまいます。


出演タレントに高額のギャラが支払われるチャリティ番組の愛で、はたして地球を救えるのかしらと思う。



そんな具合に、チャリティーに関してはずいぶんと懐疑的な人間でしたが、あの未曽有の震災を受けて、考えを吹っ飛ばされた感があります。そんなこと言ってる場合じゃないぞ、と。



実際、現地の苦労も知らない自分なんかが、チャリティー活動について語ることすら何様のつもりなのか、と気が引けますが、それもこれも全てをひっくるめて、五年前に思ったこと。


《やらないよりはやった方が絶対に良い》


《チャリティーのやり方に正しいも間違いもない》


と言うこと。



搾取したり誰かに迷惑をかけたりするのは論外ですが、そうでない限り、不謹慎と言われようと非効率と言われようと、やらないよりマシ。やった方が良いという考えに尽きると思ったのです。


文句ばかりたれて何もしないより、行動こそ意義がある。


僕は出不精で腰の重く、およそチャリティやボランティアの似合わ人間ですが、ユズちゃんだったり、橋本薫さんだったり、名倉光子さんだったり希空ちゃんだったり、大好きな人たちが僕に声をかけてくれたなら、微力を尽くすのに何の異存がありましょうってなモノです。



五年前の震災の際、静岡にいた僕でさえ“シャレにならねぇ”と、いつ自分の身に襲いかかってくるか知れない災害に恐怖を覚えました。同時に、普通に暮らしている今の生活が、生命が如何にあっけないものか、ありがたいものなのかを思い知りました。



東北の皆さんに一日も早く、普通の当たり前の生活が戻ることを祈るばかりです。



実際、こんなに長々と歌う前にしゃべるワケにはいきません。本番ではごく短い挨拶になるでしょう。


繰り返しになりますが、明日です。掛川駅北口のサンクン広場にて20時より【MUSIC HUG 3.11】に参加してきます。演奏と募金活動をしてきます。お近くの方はどうぞ足を運んでみてくださいね。


【出演者】


橋本 薫
TARK
HIRO
taketake
喜貴&Shin
Rio
今駒 泰之
楽人
下尾 真秀
マシス
秋山正明
PenBro



マシス


追記 ジョージ・マーティンR.I.P

前の日記と同じく日曜日こと、時系列で書くならこちらが先なのですが、JR天竜二俣線の豊岡駅にて開催されたステイションフェアの様子を覗いてきたのです。

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その日の午前中は僕、地元の奉仕活動をしていて、お昼を食べてから急いで出掛けたのですが、そこら辺りから雨が降り出しまして、出店していたであろう板店のたぐいは殆ど終了してました。

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駅のイベントに出演された浦山修司さん、バルンガが小さなテントに身を寄せて談笑してらっしゃいました。

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お二方の演奏にも間に合わずじまいで、何しに来たんだという風情となってしまい、恐縮だったのですが、でもマァご挨拶。聴けなくてゴメンナサイ。お疲れさまでした。


イベントスタッフのカーペンター松井さんは出店でうどん屋さんをしてました

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松井さんともご無沙汰してましたが、顔を合わせるなり、

《マシス、メールと電話頂戴!俺アドレス1000件くらいオシャカになっちゃって》

それは大変、とすぐさまアドレスを貼り付けてメールを送りました。


マシスお茶飲んで!

もうすぐ餅捲きがあるから待ってて!

と、松井さんにあれこれ気を遣って頂いて、本当に何しに来たんだか。


昼飯は食べた後でしたが、せっかくなので僕も松井さんのうどんを一杯注文

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凄くおいしかった。空腹でかっこめたらさぞ良かったんだろうけど、汁も残さず飲んでしまいました。小雨降る肌寒い中、シミジミと身体に染み渡る旨さでした。


餅捲きの餅をゲットして、それをお土産に帰宅したのです。クロールさんが日記で餅目当てに来やがった?風に書いてる輩は僕のことです。何とでも言うがいいサ。ホクホク


何年か前に僕も一度、このステイションフェアに呼んで頂いたことがあるのです。その時も大変気を遣って頂きましたが、また機会があれば呼んで頂きたいものです




マシス