周波数2題
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フォッサマグナを境にして、東日本と西日本の電気の周波数に違いがあるのは知っていました。
ウン十年前に初めて上京する時に、持っていたラジカセがそのまま使えなかった、という体験があったからですが。
ここ20年以上、東西間で引っ越しをしていないので、すっかり忘れていました。そういえば、転勤時には、モーターのついた電気器具は使えるかどうか確認をしていましたね。
それが、今回の計画停電にも影響しているのですね。平時には何とも思っていないものが、非常時に露呈してしまったというわけですか。
東海道新幹線と東北新幹線が、どうして直通運転ができないで不便なのかというのも、今頃納得です。
東海道・山陽新幹線、九州新幹線が60Hz、東北・上越・北陸新幹線は50Hzだそうです。
ところが、北陸新幹線のみ、軽井沢駅東側で60Hzに切り替えになっているようです。
えー。だったら、東海道新幹線と東北新幹線も切り替えができるのでは、と疑問も湧きますが。
言語にも周波数の違いがあるようです。
人間の耳が聞き取れる周波数は約16Hz~1万6000Hzぐらいと言われています。
日本語の周波数は125Hz~1500Hzなのに対し、英語の周波数は2000Hz~12000Hzだそうです。
そのため、日本人にとっては、日本語と周波数帯が交わらない英語は、脳生理学的に雑音だと感じてしまうようです。
日本人が英語の周波数を聞き取れているのは9歳ぐらいまでで、その後は日本語をどんどん習得するに従い、その周波数が聞き取れなくなっていくという話です。
よかった。これで英語ができないことを正当化できる理由ができました。
因みに、ドイツ語は125Hz~3000Hzだそうです。
よしっ、ドイツ語にするか。(無理、ムリ)
瞬間の衝動
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今日は、明日が締め切りのレポート作成に漸く取りかかりましたが、仕上げるまでにあと2~3時間はかかりそうです。
本当に、ぎりぎりにならないと火がつかないのは、永遠の課題かもわかりません。
時間もないので、「だんだん小姑的オッサンになってきたなあ」という、他愛ない話にします。
先日、スーパーの買い物のアッシー君に駆り出されました。
スーパーの店内では、カートを押して、パートナーについていくのが私の役目です。
あちこち脇見をしながら、品薄状態も解消されてきたなあ、と思っていた時です。
ゴトッという音がしたので、そちらを見ると、30歳半ばの婦人が玉ねぎを選っていました。その婦人の足元後方45度ぐらいのところには、3個入りの袋詰めの玉ねぎが転がっていました。
どうするか見ていたら、別の玉ねぎの袋をカゴに入れ、そのまま立ち去ろうとしていました。
私は、いつの頃からか、瞬間の衝動だけは大切にしてきたので、背中から一言声をかけました。
「あなたが落としたんだから、拾いなさい」
すると、彼女はキョロキョロする様子もなく、すっと迷いなく斜め後ろの玉ねぎを拾い上げました。
なんだ、知らない振りをしているだけで、やっぱりちゃんとわかっていたんじゃないか。
ホウレンソウが問題となっていますが、報・連・相の話を
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ホウレンソウを始めとする、食品の放射能汚染も問題となっています。
こういう書き出しで始めましたが、原発の話を書こうとしているわけではありません。東京のメディアにはまず呼ばれない武田邦彦教授のブログ
も、判断基準の一つにしつつ、マスメディア以外の情報収集は継続していますが。
さて、今回は、ほうれん草ならぬ、報・連・相の話題に触れてみたいと思います。
報・連・相はビジネス社会における基本中の基本ですから、新入社員の教育でも、みっちり教え込まれます。
この報・連・相には対義語があったのですね。これも、最近知りました。人生長いことやってきていますが、学ぶことは多いです。
報告・連絡・相談に対し、命令、解説、援助というのだそうです。
部下からの報告・連絡・相談を受けた時に、一方の上司は何をすべきなのか?それが、命令、解説、援助だといいます。
・部下に対して、きちんと「命令」しなければならない。
・命令は、その意図を「解説」しなければならない。
・命令しっぱなしとせずに、「援助」しなければならない。
はあ、なるほど、勉強になりました。これも使えそうです。でも、私は、ちょっぴり違和感があります。
一つ目は、命令、解説、援助=命解援(メイカイエン)と呼ぶそうです。野菜にはなっていませんが、語呂がいいのかも知れません。
ただ、一説によると、日本軍が使っていた頃の用語でしょうから、今様の言葉に置き換えた方がいいのではないでしょうか。(広辞苑が、どう書いているかは調べていませんが)
・指示(指令):報告を受けた次の展開に向け、動機付けを伴った指示や指令を行う
・説明:指示の目的や仕事の意味、意志決定した経緯を説明し(説明責任を果たし)、共有化を図る
・支援:部下の自律を促すために、余計な手出しはせずにしっかりと見守る
うーん、指説支(シセツシ)かあ。語呂がぱっとしませんねえ。
二つ目は、報告・連絡・相談も必ずしも、部下が上司に対して行うものでもないだろうと思います。同時に、命令、解説、援助だけが、上司が部下に行うものでもないと思います。
主婦であり一介の自動車セールスウーマンから、フォルクスワーゲン社長、BMWの社長を歴任し、ダイエーの会長兼CEOを経て、現、横浜市長に林文子さんという方がいらっしゃいます。
林さんは、報・連・相は上司からするもの、という持論をお持ちです。
自分がどんな人間であるか部下に理解してもらっていないような上司に、部下が心を開くはずがない、という信念を持って実践してこられたんですね。
この姿勢に、私はすごく共感を覚えまたし、感動もしました。
年上の部下も当たり前になっているこのご時世。命令、解説、援助だけじゃ部下は動かないと思っとります。
ケイツイショウセイシンケイコンショウ
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ここ1カ月ほど、左腕の二の腕にだるい痛みを覚え、左腕全体が痺れるようになりました。当初は、軽度であったのですが、だんだん我慢が出来なくなり、今日整形外科に行ってきました。
体をあっち向け、こっち向け、脈を見ながら手を上げたり、下げたり、いろいろ反応を見た結果、
「キョウカクデグチショウコウグンの疑いがありますね。この間テレビでもやっていましたが、厳密に言うとあれは肩こりの一種で、キョウカクデグチショウコウグンではないんですね。・・・」などと、懇切丁寧に説明して頂きました。なかなかきっちりと教えてくれる先生です。
でも、私はテレビをあんまり見ないし、そのテレビ番組だって見てないんですが。そもそも、キョウカクデグチショウコウグンの漢字が判りません。
念のために、レントゲンも撮ってみましょう、ということになりました。
レントゲンの写真を見ながら、先生は「うーん」と唸っています。
「もう一つ、ケイツイショウセイシンケイコンショウの症状もありますね。」「ケイツイショウセイシンケイコンショウ?」もうついていけません。
怪訝な顔をしていると、二つともちゃんと漢字で書いていただけました。「胸郭出口症候群」「頚椎症性神経根症」。はあ、こういう字を書くんですね。
同時多発性老化の開始ということでしょうか。
偽作でも、箔がつくと全国区になる「福澤心訓」
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一、世の中で一番楽しく立派な事は一生涯を貫く仕事を持つ事です。
一、世の中で一番みじめな事は人間として教養のない事です。
一、世の中で一番さびしい事はする仕事のない事です。
一、世の中で一番みにくい事は他人の生活をうらやむ事です。
一、世の中で一番尊い事は人の為に奉仕して決して恩に着せない事です。
一、世の中で一番美しい事はすべてのものに愛情をもつ事です。
一、世の中で一番悲しい事はうそをつく事です。
これは、一般的に福沢諭吉の「心訓」と言われています。
実に平易な文章で、含蓄に富んでいます。他の人が言っていたとしても、心に刻んで自らの戒めにしなければと思います。福沢諭吉が言ったとなると、なおさらです。(私は塾生ではありませんので、先生とはお呼びしませんが)
実はこれ、福沢諭吉の言葉ではなかったようです。
慶応義塾のHP
で、はっきりと明言しています。最後のくだりが、なかなか面白いです。
二束三文のものでも、箔がつくと価値のあるものになる典型なのでしょうね。この言葉が、二束三文とは申しませんが。
久しぶりに落語の話で恐縮ですが、私のお気に入りの一つに、桂米朝の「はてなの茶碗」という噺があります。大筋は、こんな感じです。
京都は清水の音羽の滝のほとり。大阪出身の油屋の男が茶屋で休憩していると、京では有名な茶道具屋の金兵衛、通称「茶金」が、茶屋の茶碗のひとつをこねくり回しながら、しきりに「はてな?」と首をかしげていた。
茶金が帰った後、あの茶金が注目するとはさぞかし値打ちのあるものに違いないと、この茶碗を茶店の主人からすったもんだの末二両で買い上げた油屋。それを持ってさっそく茶金の店へ。番頭に「五百両、いや千両の値打ちがある!」と息巻くも、どう見てもただの茶碗、「うちでは取り扱えない」と埒が明かない。
無理やり茶金を呼び出して、事の次第を聞いてみると、ヒビも割れもないのに、どこからともなく水が漏れるので、「はてな」と首をかしげていただけであった。意気消沈し、自らのヤクザな身の上を茶金に語る油屋。しかしそこは通人の茶金。「二両で自分の名前を買ってもらったようなもの」と、その茶碗を油屋から(さらに一両付け加えた)三両で購入することにし、この金を持って親元に帰って孝行するように諭す。
この話が評判となり、関白・鷹司公によって「清水の音羽の滝の 音してや 茶碗もひびに もりの下露」という歌が詠まれる。さらには時の帝によって「はてな」の箱書きが加わる。このように立派な肩書きが付いた茶碗の噂が鴻池善右衛門の耳に入り、とうとう千両で売れてしまった。茶金は油屋を呼び出し、千両の半分の五百両を渡す。大喜びの油屋。
後日、再び茶金の元を訪れ、「十万八千両の大儲け!」と叫ぶ油屋。茶金が問い質すと、
「今度は水瓶の漏るのを持って来ました。」
物の値打ちはどうやって決まるのかよくわかりませんが、この偽作の作者も、福沢諭吉という箔をつけて、千両の値打ちに仕上げたのですね。
因みに、額装されたものが、千両ではなく、4,000円程度で販売されています。福沢諭吉1枚でお釣りがきます。