音楽 楽器 作曲の研究してます

音楽 楽器 作曲の研究してます

大学で先生しています。
作曲・編曲しています。
チェロを弾きます。

これまで音楽にまつわる研究紹介記事を書いてきましたが、どうしても「研究」というと難しいイメージになりがちかなと思います。

じゃあ軽い読み物的な「入門」シリーズを始めてみようかと、思い立って3本目。

西洋音楽、特にこのシリーズではクラシック音楽って何?ということについて理系的に書いてみました。

 もちろん小職がすべて研究した(できる)内容ではないので、諸専門分野の紹介という形です。また、時間がたつにつれて新発見や解釈の移り変わりもあるのでその点はご容赦いただきたいと思います。

 

前回は日本の伝統音楽である邦楽と西洋のクラシック音楽の考え方の違いについて考察しました。西洋音楽は数による支配された整備された音楽ということを書きましたが、それはどういうことなのかをまとめようと思います。

ヨーロッパにおける音楽のルーツは「グレゴリオ聖歌」と書かれた記事がしばし見受けられますが、音楽はそのはるか昔の古代ギリシャ時代からあり、4世紀後半にアンブロシウス聖歌が歌われていました。口伝か文字譜かは謎ですがヨーロッパ各地で伝承された聖歌が整理され、グレゴリオ聖歌は現存する最古の音楽の記録(楽譜)ということがいえます。

そのグレゴリオ聖歌もかつてはグレゴリオ1世による編纂とか記念して名付けられたといわれ7世紀前後のものと思われていましたが、近年ではもっとあとの8世紀後半のフランク王国カロリング朝のものとされているそうです。いずれにせよ、聖歌を正しく広めるために整備されたものであって、今日のように人間の感情の表現や芸術的創作としての音楽ではなかったわけですね。神のための儀式としての音楽でした。
では、庶民の音楽(世俗音楽)はどうだったのか。これについてはどうやら記録がなく不明の様です。確かに、教会や宮廷の音楽ですらやっと記録するために楽譜が開発されたような時代だから、それもしょうがないですよね。どのような楽器が使われていたかは絵として残っていて、吟遊詩人(ドラクエにでてくるあれか!(笑))ジョングルールとかミンストレルと呼ばれる演奏家がいたそうです。
 

1.ピタゴラスの発明
さて、音楽と科学の話に戻りますが、この音楽のルーツとなると

やはり古代ギリシャのピタゴラスがどうしてもからみますね・・・
12のドレミの音階の生成理論はピタゴラスによって発明されたという話は有名で、

いろいろな書籍やサイトでも紹介されてます。
 

例として、ドの音(261.6Hz)を1.5倍(3/2倍)するとソの音(392.4Hz)になります。

これは、ピタゴラスが基準となる音(ここではド)を3倍して2で割った音が、元の音と良く調和して心地よく響くことを発見したという言い伝えによるもの。(この音の調和は完全五度という)

さて、このピタゴラスの5度音程の発見は、身近にある輪ゴムで簡単に体験ができます!
お菓子の箱に輪ゴムを巻きましょう。そして割りばしを1本用意します。
輪ゴムの長さが2:1つまり3等分されるところで、駒のように輪ゴムの下に挟みます。
すると、元の輪ゴムの音より5度高い音がでます。弦の長さに反比例して音の高さが上下する法則があります。つまり長さが2/3に短くなれば、その逆の3/2だけ音が高くなります。
箱に巻いたのは箱が共鳴するために音が聞こえやすくするためです。(弦楽器の原理です)
ちなみに、真ん中に割りばしをおくとオクターブ(弦長が半分になるので周波数が2倍)になります。

 

では、輪ゴムをピンピンはじいてもらって体験していただいたところで!
12の音階に話を進めましょう。

順番に次々と1.5倍していくと、だいたい12回繰り返したら元の音に近くなります。
譜面にすると以下のようになるのですが、隣り合う音程を完全五度(ドレミファソと5音上昇)といいますが、この五度を繰り返していくとほぼほぼ基準のドになります。

これをグルっと円状に配置すると五度圏といいます。

「ほぼほぼ」といったのは、3/2をいくら掛けても2の指数には一致しなく、式で書くと、

(3/2)n2m

このために必ず「ずれ」が生じます。これがいわゆる「ピタゴラスのコンマ」と呼ばれるもので、これがあるために何世紀もの間、ミーントーンだとかヴェルクマイスタだのといった音律が考えられ、いやもっと言ってしまえば、永遠に純正律と平均律の論争が残るわけなのです。解決しないことが数学で証明されているとも言えます。

 

再度、おさらになりますが、ドレミファソラシ…と順に音階を上がっていくとまた高いドになりますね。この下のドから上のドの関係を1オクターブといい、ピッチ差(周波数の差)はちょうど2倍です。

音階を構成する音はド#やミ♭といった半音も含め12あります。前述のように現代ではこれらの音のピッチは1オクターブを12等分された「平均律」が多く用いられます。

 

いま12等分と書きましたが、正確には1オクターブという2倍のピッチ差を「12乗根」で分けます。単純にピッチの差を12等分したのではありません。

半音の音程は12乗して2になる数値で区切るということになります。もちろん筆算では大変なのでパソコンや電卓で計算しましょう。

 

半音のピッチの比aを求めてみましょう。

12回かけて2になるので、a×a×…a = a12 = 2となるaを求めるには、

逆の12乗根を計算すると、a = 12√2 1.0595と約6%周波数がアップします。

半音の違いというのはパーセントで聞くと意外と小さい気がしますね。

全音は半音1.0595の二乗で1.122で約12%アップです。

 

次の図はドから順に各音が何Hzになるかを図にしたものです。少しカーブして指数的に増大していることがよく分かりますね。

 

もう一つ、音程の尺度として良く用いられるセントについても説明しておきます。

セントは半音より細かい周波数比を示すときに使われるものでチューナーなどに表示されています。100セント = 半音と定義され、1オクターブは1200セントです。よって、1セントcはオクターブの周波数比2を1200で等比分割するのでc = 1200√2 = 1.000578となります。よって、約0.06%のピッチ変化ですので耳で識別するのは不可能に等しいです。

 

 

2.ピタゴラス音律×純正律×平均律
電子楽器は平均律ですが、クラシック音楽において弦楽四重奏のようにピッチが自由になる楽器同士の合奏(アンサンブル)では純正律による和音の方が美しく響きます。
 

和音が美しく聞こえるためにはピタゴラスが発見したような2:3の完全5度や完全4度のように、単純な比率であるほうが良いのです。次に比率がシンプルなのは4:5の長3度です。

ピタゴラス音律では長三度は64: 81ですが、これは濁って聞こえます。

そこで、純正律ではエイや!と近い5:4とよりシンプルな比率にすることで、濁りが少なくより調和した響きになります。
 

次の表はピタゴラス音律と純正律の比をまとめたものです。この表から純性律には2種類の全音程があることになります。ドに対してレのピッチは9/8倍ですが、レに対するミのピッチは、5/4÷9/8 = 10/9で計算できます。前者の全音は幅の広い大全音と呼ばれ、後者は幅が狭い小全音と呼ばれます。同様に、半音程では4つの比率があることになります。このように音程が不均一だとピアノやオルガンでは問題が生じます。調性が変わると響きも変わってしまい、ある調性では美しく響いても、別のある調性では美しく響かないことになります。よって、曲の調が変わるごとに調律をしなければいけなくなってしまいます。また、曲の途中で転調もできなくなってしまいますので、作曲上の足かせとなってしまいます。その観点において、音楽の歴史的な発展と共に多様な調変化に対応するためにも、多少の濁りを許容した実用的な平均律が結果的に選択されたと言えます。下の表に純正律と平均律の周波数比の違いの例を挙げておきます。

このピッチの違いを体験できるように音源を用意しました。

音源はリンク先にありますので、聞き比べてみてください。

↓のリンクよりどうぞ

 

 

3.協和度曲線
いよいよ、「音階と数学」の話もレベル3です。
周波数の比がシンプルに2倍となるオクターブや3:2(1.5倍)の完全五度は良く協和します。2つのピッチが同時に鳴った場合、その和音の協和度は周波数の比に依存します。ドイツの物理学者ヘルムホルツ(Helmholtz)によると、2音の不協和感の原因は、和音から感じられるうなりとざらつき感にあるとしています。

人間の聴覚には臨界帯域幅というフィルタがあり、2つの和音のピッチ差が臨界帯域幅以内ですと、うなりやざらつき感を感じます。臨界帯域幅以上の差があると2音のピッチは別のものとして感知されます。そして、このうなりやざらつき感は臨界帯域幅の1/4の周波数差で最大になると言われます。
 

プロンプら(Plomp & Levelt, 1965)の実験及び論文によると純音の不協和度D(x)は次のように表せます。
 D(x)= e^(-ax)-e^(-bx)
xは2つの周波数f1とf2の差、すなわちx = f2 – f1です。また、eはネイピア数(=約2.718)、起伏の大きさを決めるある正の定数aとbを伴った指数関数の差で表されます。

この関数の描く形をパソコンで計算すると、下の図のグラフのようになります。2つの純音の不協和に感じる度合いは赤の太線のように約半音ずれた場合に最も不協和感を感じ、その後は差が広がるにつれてざらつき感もなくなり、やがて2つの分離した音に感じられます。
 

一般的に楽器の音は整数倍音を多く含みますので、楽音の不協和度はこの倍音成分を考慮する必要があります。

つまり、例えばド(C4, 261.3Hz)とミ♭(E♭4, 311.1Hz)の楽音の不協和度は、2倍音まで考慮するのであれば、純音でのC4とE♭4の不協和度に加え、ドの2倍音C5 (522.6Hz)とE♭4の不協和度、さらにC4とE♭5、C5とE♭5の計4つの不協和度を足し合わせたグラフになります。その足し合わせた結果は図の2倍音の線になります。図には、さらに3倍、4倍、6倍の各倍音まで考慮にいれて計算したグラフを載せておきました。
不協和度曲線の落ち込んでいるところが、逆に協和する周波数差を示しています。ドを基準にして協和度の高い音程は、同音とオクターブの他には完全5度であることが分かります。また、ラは平均律で計算すると440Hzであるはずなのですが、この理論値によるとドを基準音にしたときのきれいに調和する長六度のラは436Hz付近になり、平均律と約4Hzもずれていることになります。

(261.63H)に対する不協和度曲線と平均律によるピッチ

 

#音と音楽の科学, 岩宮眞一郎, 技術評論社

# R. Plompand and W. J. M. Levelt, Tonal Consonance and Critical Bandwidth, 1965

 

 

※以上の記事の詳細は、下記の書籍にて販売してます。

今月(2026年5月です)、25日にトロンボーンの村田厚生氏によるエレクトロニクスとAIによるコンサートがあります。

 

コンサートの詳細はこちらのブログにて↓

 

それで、うまくシステムが動くかどうかの実験を兼ねてデモ動画を作りました。

MAXMSPでパッチを作って、トロンボーンの音をフォルマント合成にしてスピーカから出力しています。

完成したらパッチや楽譜は公開しようかと思っています。

 

 

もう一つ

エフェクトとしてもつかえるかなと。

 

ご来場お待ちしてます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

これまで音楽にまつわる研究紹介シリーズの記事を書いてきたものの、

やはり「研究」というと難しいイメージになりがちかなと思いまして、

じゃあ軽い読み物的な「入門」シリーズを始めてみようかと・・・

 

で、始めました。今回は2本目。

 

※もちろん小職がすべて研究した(できる)内容ではないので、諸専門分野の紹介という形です。また、時間がたつにつれて新発見や解釈の移り変わりもあるのでその点はご容赦いただきたいと思います。

 

さて、東洋音楽(本文では日本に限っておきます)は西洋音楽といろいろな点で異なります。

その特徴的な点をいくつかピックアップしてみました。

 

音律(音階)やリズムが大きく異なることが挙げられます。

 

1.音階とハーモニー

日本の伝統音楽(たとえば雅楽)はやはり諸外国からの影響が大きく、とくに中国大陸や朝鮮半島、琉球諸国といった経路からはいってきました。それ以前の日本独自の国風歌舞とまざり、雅楽という宮廷音楽ができました。(→文化庁HP

旋律は5つの音で構成され、律と呂という2種類の音程と12の音名があります。

「壱越、断金、平調、勝絶、下無、双調、鳧鐘、黄鐘、鸞鏡、盤渉、神仙、上無」

※音律についてはまた日をあらためて・・・

 

ただ、現代のピアノやバイオリンのラの音が440Hzというように、絶対的なピッチ(音の高さ、1秒に何回振動するか、単位:Hz)は決まっていなかったようで、雅楽は今は430Hzが基準となっています。このピッチが定められたのはかなり最近で、昭和時代(笑)の1973年(なんと私の生まれた年!)だそうです。当時の雅楽会の会長さんが雅楽の普及促進のためと決めたそうです。(→和鳴会ブログ)

その点で言えば、クラシックのラの音が440Hzになったのも1939年の国際会議でエイや!と決めたので、それまでは世界各地で「勝手なラ」が鳴り響いていたことになります。

それ以前の昔は、鐘の音とか楽師のだれそれの音に合わせたり、偉いお坊さんが発した声の高さでみんなが合わせてお経を唱えたり、といった感じだったのでしょう。

 

声明(いわゆるお経、仏教声楽)では、何人ものお坊さんが読経する時は、先に発声したお坊さんのピッチに他のお坊さんや参列者も合わせるといった読み方をします。

西洋の教会で歌われる讃美歌のようにハーモニーで歌うことはありませんね! (あったらウケるかも)

ここが、東西の旋律に対する感性の違いとも言えます。

西洋音楽以外では多くの民族音楽が「斉唱」というスタイルをとっています。

斉唱とは1つの旋律を全員で歌う様式を指します。

みなさんの校歌もほとんどがハモることなく、卒業式や運動会では「校歌斉唱!」と号令がかかりますね。(でも最近作られた校歌や新しい学校ではハモりありの校歌が登場しているようです)

 

西洋の合唱曲のようにソプラノやテノールといったようにパートが分かれてハーモニーで歌う概念がもともとなかったのです。

子供のころに歌った民謡や童謡を思い浮かべてみてください。

滝廉太郎の「花」は2声部で歌われますが、だいたいは単旋律です。

 

ただし、校歌や童謡は基本的に西洋音楽なのです。懐メロや演歌も西洋音楽のスタイルです。(意外かもしれませんが)
伴奏には西洋的な和音が使われ、拍子も4分の4といったように明確な数で決まっています。

日本の庶民の音楽がこうなった経緯ですが、明治時代に富国強兵政策の一環で西洋的音楽によって国民の音楽教育が行われたことが発端です。

明治5年に最初の近代的教育制度である学制が始まります。以降、急速に西洋音楽化がすすみ、音楽教育も画一化が進み、明治23年の教育勅語を経て教科書の国定化、明治44年に最初の音楽教科書である尋常小学唱歌が発行されました。また作曲家(岡野貞一、山田耕筰、橋本國彦など)が多く西洋に渡りその手法を学びました。
このようにして日本全国統一的に音楽教育の高度化とその教育システムの確立が図られました。しかし、一方で皮肉にもこの音楽教育システムは太平洋戦争中には軍歌の布武という形で軍国主義的思想の浸透にもつながってしまいました。

 

ちなみに、実は西洋音楽も、かつて中世のグレゴリオ聖歌のころは斉唱という形式でした。しかし、日本と違うところは、やがて時代と共にハーモニーが使われるようになり多声による音楽へと発展していったことです。

※この辺りは中世の音楽の解説をご参照ください。

 

もちろん、雅楽にもハーモニーという和音の概念はあります。たとえば、笙(しょう)のように複数の竹管を組み合わせ、和音を奏する楽器があります。背景のサウンドのようにも聞こえますが、篳篥(ひちりき)や龍笛のメロディに呼応しているので、いわゆるクラシック音楽やポップスの旋律vs伴奏の意味合いとは少々異なります。(→笙の合竹のサウンド)

もう少し詳しくいうと、邦楽と呼ばれる日本の伝統音楽などは、旋律を斉唱するというよりは、少しずれたり、装飾音が入ったりと、楽器の特性をいかした「アドリブ」が入ります。校歌のようにぴったり同じように歌ってないのです。

下の楽譜を見ていただくと、だいたい同じですが各パートで違いがありますね。

これをヘテロホニーといっていて、雅楽や追分のような邦楽によく見られる基本的な特徴です。クラシック音楽でもありますがややオプションといいますか作曲家が意図的に効果をねらった使い方といいますか、意図がちょっと違うと筆者は思います。

 

 五線譜による雅楽総譜(芝、カワイ出版より)

全4巻!買いました・・・たいへん重要な参考文献。

 

 

2.リズム

西洋における音楽は数学的といえます。

日本の音楽やアジアの民族音楽にも一定で規則的なリズムやピッチのルールがありますが、西洋音楽のように数学が基礎となった音楽理論ではありません。

西洋音楽のルーツはキリスト教の教会音楽であり、三位一体(神、イエス、聖霊)の3という数字が神聖なものであるため3拍子が中心的な音楽でした。2は俗世の数字とされます。→中世の記譜法を参照
よって、リズムは3や2の組み合わせで考えられていました。

 12世紀後半ノートルダム楽派の時代の6つのリズム

 

一方、日本の文化においては、「阿吽(あうん)の呼吸」という言葉に表せられるように、独特で絶妙な間というものがあります。

例えば、大相撲や火の用心で拍子木でたたかれる「カン、カン」という音の間(ま)などは、4分休符でも2分休符でもない特有で自然な間があり、「火のよーじん!」という抑揚もドレミでは書けない音程で唱えられます。

他にも、手拍子をだんだん速く叩き、細かくなったところで叩くのを止め、最後にパン!と1つ叩く動作を思い起こしてください。「パン、パン、…(だんだん速く叩く)…音が消えて、呼吸を合わせて、パン!」です。この叩く間隔をだんだん短くしていくのも、最後の締めの音の前にある間も、日本人なら一度はどこかで聞いていて自然に身についているかと思います。


この徐々に速くなるリズムは「加速度的リズム」とも呼ばれていますが、例えばスーパーボールやピンポン玉を床に落とすと、ボールが床とぶつかる時間間隔がだんだん短くなりますね。このポン、ポンポン…という音の間隔をイメージしていただければ良いかと思います。
これの加速度的リズムを五線譜に書くと下図のようになります。


図の左は3連符(1拍に3つの音を入れる)をつかってだんだん叩く音を速くすることを表現したものです。

ただ、こう書くと西洋人の演奏家はきっちり8分音符と3連8分音符を2対3の速さで叩き分けようとします。

より日本的な連続的に加速するように「だんだん速くする」を演奏してもらおうとすると、図の右の書き方になります。

これは現代音楽で使われる書き方ですが(見慣れない方には衝撃的!?)、このようなグラデーションをもたせた記譜をするとようやく加速度的リズムの感じをわかってもらえます。

それでも、最後の音の前に書かれた休符の間の取り方を理解してもらうには難しく、とりあえず一般的にフェルマータ(長く伸ばす)記号を休符に書いたりします。(フェルマータ:音符の時間が約2倍に伸びることを意味します)

でも、我々日本人の場合はこの加速度的リズムや最後の一呼吸入れてパン!と手をたたくタイミングはたいてい分かります。

恐らく育ってきた環境のなかでこの手拍子のやり方をどこかで聞いているため、自然とこの間の長さをお互いに共有できていて、いい塩梅のタイミングでそろえることができます。

 

3.ノイズも音楽
もう一つ、西洋のクラシック音楽と日本古来の音楽の考え方や感性の違いを紹介します。
西洋のクラシック音楽は、対位法やソナタ形式に代表されるように均整のとれた形式で作られることを良しとし、また、音律やリズムにおいても理論的に完全であることを良しとして、古代ギリシャから中世を経て長い年月をかけて体系化されてきた音楽様式です。

また、演奏についても音程が正確でテンポやリズムが整然として、そして何よりもノイズが入らない、つまり音色が澄んでいて純なものであることを良しとしてきました。

クラシック音楽のコンサートでは静かに聞いていなければいけませんよね。これは静かにしていないと聞こえない繊細な音があることもそうですが、クラシック音楽が教会と宮廷で演奏されるセレモニーのための音楽として培われてきたことと考えられます。
 ヨーロッパでは音楽は静かに聞くもの・・・


一方、日本の音楽にはこの均整がとれていることや音程が正しい、音色が純粋とは全くの逆の発想です。

尺八や三味線を思い浮かべてください。ヒュッと吹く息のかすれた音が尺八の持ち味ですよね。

三味線のベンベンという「さわり」とよばれるノイズ音がなければ三味線を聞いている気がしません。

また、水琴窟(すいきんくつ)というかめの中に落ちる水滴の音や、カッコーン!という鹿威し(ししおどし)を聞いて自然の音と風情を楽しむ文化も日本ならではです。

そういったノイズや自然の音が日本古来の音楽らしさの重要な要素の一つになっています。

また、詩吟(しぎん)や追分節(おいわけぶし)のように音の伸ばしやこぶしの付け方、前述の休符の間合い等も奏者のその時の気分次第で、どこにも数学的なところはありません。

 

このように西洋音楽と日本古来の音楽では全く逆の発想が随所にみられることが分かります。

参考文献
#石澤眞紀夫、21世紀の音楽入門vol.2リズム

#竹下秋雄,  雅楽における笙の「合竹」の機能について, 芸術工学会誌 

#藤井知昭, 音楽以前, NHKブックス, 1978
#クルト・ザックス, リズムとテンポ, 音楽之友社、1979

 

※以上の記事の詳細は、下記の書籍にて販売してます。

 

これまで音楽にまつわる研究紹介シリーズの記事をいくつかアップしてきましたが、

なんとなく、「研究」というと難しいイメージになりがちかなと思いまして、

軽い読み物的な「入門」シリーズを始めてみようかと。

 

というのも、小職は大学でセンセイ業をやっていますが、理系学生だけでなく文系学生や音大生にどうやって音楽の仕組み(科学)を知ってもらおうかと考えております。

 

で、まずは、

「そもそも音楽って何よ?」

から記事にしていこうかなと考えました。

※もちろん小職がすべて研究した(できる)内容ではないので、諸専門分野の紹介という形です。また、時間がたつにつれて新発見や解釈の移り変わりもあるのでその点はご容赦いただきたいと思います。

 

1.音楽ってなに?~生きていくために音楽があった?
 

しょっぱなんから、疑問!難問!!

 

音楽とはいったい何なのでしょうか。

そして、いつ頃、どのようにして始まり、何を目的としたものなのでしょうか。

今のところ記録に残っている世界最古の楽器として、

約3万~3万7000年前に作られたシロエリハゲワシの翼の骨とマンモスの牙でできたフルート

ドイツ南部(Geißenklösterle)の洞窟で見つかっています。

※さらに現在では4万年前にさかのぼっています(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/1358/

 

また、フランス南西部のレ・トロワ=フレール洞窟に描かれた壁画には、楽弓(?鼻笛?と書いているページも)のような絵が見つかっています。これらの発見によると、旧石器時代には宗教的な儀式の中で音楽的な行為がすでになされていたと言えます。

 

なぜ音楽が生まれたのかについては諸説ありまして、「社会契約論」のフランスの思想家ジャン-ジャック・ルソー(1712-78)は、音楽は話し言葉から生まれたとしています。また、「種の起源」で知られるイギリスの自然科学者のチャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、鳥が異性を誘うために鳴くのと同様に音楽は種の保存の一手段であるとした性衝動説を提唱しています。ドイツの経済学者カール・ビュッヒャー(1847-1930)は、人間の共同生活と労働の統率のために音楽(リズム)が発生したとしました。

これらの説からすると、生きるための音楽というと少々大げさかもしれませんが、太古から人類が集団生活の中で行動したり帰属意識を維持したり、宗教的な儀式や祭典における意識高揚、集団におけるコミュニケーションの手段として生まれ、発展したのだと考えられます。

 

2.音楽の三要素
音楽に関する教科書を広げると、一般的に音楽を構成する要素は、

「ハーモニー、リズム、メロディ」

の3つとされています。

これらの3つの要素からなる音の集合が音楽であるとされています。

しかし、必ずしも3つすべてがそろわなくても良いです。
 

そして、音楽が生活音や騒音と違うのは、音楽にはピッチ差(音程)や音の重なり(和音)に何らかの規則性があること、音のタイミングに何らかの規則性があること、などと説明されています。

(しかし、現代音楽や世界諸国の民族音楽ではこの解釈が議論の争点となります)

 

この音楽の3要素について少し理系的な表現に置き換えると、

ハーモニーは音楽における垂直方向の要素で、リズムは水平方向の要素で、メロディは両方の要素からなる、ということができます。

この垂直と水平の指す意味について、↑の図(楽譜)でのようになるのですが、

縦方向は上に行くほど周波数が高くなる音の高さ(ピッチ、音高)を表し、

ハーモニーは縦方向(ピッチ方向)にいくつかのピッチの音が重なったものと表現できます。

一方、リズムは楽譜上の左から右へ水平方向に、すなわち時間方向に規則的なタイミングで並んだ音ということができます。

そして、メロディはその縦のピッチ方向と横の時間方向の2次元空間上をさまよう流れのようなもの、と捉えられます。

総じて、音楽はこの両軸による2次元空間上の点や線の集合であり、とあるルールでもって音が配置されている様子となります。
 

なお、クラシック音楽におけるルールの一つに楽典があります。音の高さや長さ、さらに和音などの音楽の理論をまとめたもので、作曲や演奏するための規範でありガイドラインです。ただし、あくまでも楽典は西洋音楽のクラシック音楽におけるルールの一つですので、他の音楽のジャンルはこの掟(おきて)に従っているとは限りません。日本古来の音楽である雅楽や追分節などのように、この楽典に当てはまらない音楽は、世界的に見ればむしろ多いと言えます。(この件はまた後日書きます)
 

3.音楽は人類にとって何なのか?
これも、議論の尽きないところかと思います。

音楽は人類にとって何なのか? 必要なものなのか?


そんな世間に物議をかもした認知科学者スティーブン・ピンカーの主張があります。(「心の仕組み」)
 

「音楽は聴覚のチーズケーキである」

 

確かに、美味しいチーズケーキがあると嬉しいですが、無くても生きていけます。

しかし、音楽のみならず芸術を軽視する言い回しであり、さらに麻薬にまで例えたことで、この言葉は当時大論争を巻き起こしました。

 

ピンカーの言うように人類の進化の過程に音楽は意味がなかったという主張が正しいとすると、音楽がこの世に存在しなくても人間は今日のような豊かな社会生活を営める生物となれたのか、という議論が展開されています。

しかし、素人ながらにも普通に考えると、音楽があるからこそ豊かな人間社会があり、そのような芸術的創作活動が人間の頭脳をより高度にしたのでは?と想像に難くないと思います。(以上、賛否の議論の詳細はフィリップ・ボールの著書に良くまとまっています)。
ただ、フィリップ・ボールも指摘しているように、この議論は科学的に証明不能であると言えます。

なぜなら、人類300万年の進化の過程を再現して立証するには、音楽を聴いて進化した人間と聴かないで進化した人間の遺伝子を同じく300万年かけて調べる実験をするのに等しく、これは不可能であるからです。
 

もうひとつ、音楽の必要論で言うと、音楽療法という医療・認知科学・心理学からの有用性が議論されます。

これについては多くの臨床試験や論文で脳の再生が証明されてきています。まだまだ発展と将来性が期待されますが、近年の機能的MRIやPETやSPECTといった先端技術がこの研究では欠かせないものとなっています。

音楽は右脳で処理される(らしい)という脳機能の局在論や(ガル、ブローカ、ウェルニッケなどから始まったそうです)、失語症ならぬ「失音楽症」という症状に対して脳科学の研究があり、音楽刺激を与えたときに脳がどのように反応するかの検証がなされているようです。

筆者としてはこれらの医学的・臨床的な実験は専門外でもあり環境的にできないのですが、脳と音楽に関する研究は大変興味のあるところです。また機会を見つけて紹介できればと思います。

 

ここまで、かいつまんで音楽とは何という議論の紹介をしてきましたが、もう少し書き足していこうかと思います。

 

 

参考文献

#Nature Online, Ice-age musicians fashioned ivory flute, 2004
#新西洋音楽史(上), グラウト/パリスカ, 音楽の友社
#音楽の科学, フィリップ・ボール, 河出書房新社, 2011

#奥村歩, 音楽で脳はここまで再生する, 人間と歴史社, 2008

#石井賢二, 画像診断 (MRI, SPECT, PET), 日本内科学会雑誌, 2011

 

 

※以上の記事の詳細は、下記の書籍にて販売してます。

 

2026年5月25日にトロンボーンの村田厚生氏と共にコンサートを企画しています。
「ミュータント・エーアイ・トロンボーン」

 

村田氏とは草津音楽祭で知り合って10年以上はたつ、音楽仲間であり先輩でもあります。
なかなか面白いコンサートを毎回企画もされていて、今回は氏のコンサートに初参加!

楽しみでございます。

 

そして、先端芸術音楽創作学会の仲間の松村先生、井藤先生も一緒に巻き込んで、、、

 

で、さて?どんな作品を上演する?

 

汗うさぎ

 

実はまだ決まってないのです!

クラシックのコンサートなのに楽譜がない??

 

まあ、先日集まったオヤジ達(作曲家と村田氏、PAの佐原氏)で

どんな感じの作品をするかの相談会(単なる飲み会)。

 

つまり・・・

現代音楽のイチ・ジャンルなのですが、即興というもの。

さすがにマイクやらスピーカなどPAシステムは決めとかないと、

当日、音が出ない!なんてことになるので困りますが。

だいたいこんな音楽で、という決め事をしてあとはその場。

そんなジャズライブみたいなコンサートも現代クラシックではありうることなのです。

もしご興味がわいてきましたら、ぜひ会場に遊びに来てみてくださいスター


公演:ミューライト・AI・トロンボーン
エレクトロニクスを主役としたプログラミング・セッション
制作・出演:
池田 拓実、井藤 雄一、佐原 洸、松村 誠一郎、村田 厚生、横山 真男
日時:2026年5月25日
場所:スペースDo (東京・新宿)
チケット:前売り4000円、当日4500円

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チラシ画像