これまで音楽にまつわる研究紹介シリーズの記事を書いてきたものの、
やはり「研究」というと難しいイメージになりがちかなと思いまして、
じゃあ軽い読み物的な「入門」シリーズを始めてみようかと・・・
で、始めました。今回は2本目。
※もちろん小職がすべて研究した(できる)内容ではないので、諸専門分野の紹介という形です。また、時間がたつにつれて新発見や解釈の移り変わりもあるのでその点はご容赦いただきたいと思います。
さて、東洋音楽(本文では日本に限っておきます)は西洋音楽といろいろな点で異なります。
その特徴的な点をいくつかピックアップしてみました。
音律(音階)やリズムが大きく異なることが挙げられます。
1.音階とハーモニー
日本の伝統音楽(たとえば雅楽)はやはり諸外国からの影響が大きく、とくに中国大陸や朝鮮半島、琉球諸国といった経路からはいってきました。それ以前の日本独自の国風歌舞とまざり、雅楽という宮廷音楽ができました。(→文化庁HP)
旋律は5つの音で構成され、律と呂という2種類の音程と12の音名があります。
「壱越、断金、平調、勝絶、下無、双調、鳧鐘、黄鐘、鸞鏡、盤渉、神仙、上無」
※音律についてはまた日をあらためて・・・
ただ、現代のピアノやバイオリンのラの音が440Hzというように、絶対的なピッチ(音の高さ、1秒に何回振動するか、単位:Hz)は決まっていなかったようで、雅楽は今は430Hzが基準となっています。このピッチが定められたのはかなり最近で、昭和時代(笑)の1973年(なんと私の生まれた年!)だそうです。当時の雅楽会の会長さんが雅楽の普及促進のためと決めたそうです。(→和鳴会ブログ)
その点で言えば、クラシックのラの音が440Hzになったのも1939年の国際会議でエイや!と決めたので、それまでは世界各地で「勝手なラ」が鳴り響いていたことになります。
それ以前の昔は、鐘の音とか楽師のだれそれの音に合わせたり、偉いお坊さんが発した声の高さでみんなが合わせてお経を唱えたり、といった感じだったのでしょう。
声明(いわゆるお経、仏教声楽)では、何人ものお坊さんが読経する時は、先に発声したお坊さんのピッチに他のお坊さんや参列者も合わせるといった読み方をします。
西洋の教会で歌われる讃美歌のようにハーモニーで歌うことはありませんね! (あったらウケるかも)
ここが、東西の旋律に対する感性の違いとも言えます。
西洋音楽以外では多くの民族音楽が「斉唱」というスタイルをとっています。
斉唱とは1つの旋律を全員で歌う様式を指します。
みなさんの校歌もほとんどがハモることなく、卒業式や運動会では「校歌斉唱!」と号令がかかりますね。(でも最近作られた校歌や新しい学校ではハモりありの校歌が登場しているようです)
西洋の合唱曲のようにソプラノやテノールといったようにパートが分かれてハーモニーで歌う概念がもともとなかったのです。
子供のころに歌った民謡や童謡を思い浮かべてみてください。
滝廉太郎の「花」は2声部で歌われますが、だいたいは単旋律です。
ただし、校歌や童謡は基本的に西洋音楽なのです。懐メロや演歌も西洋音楽のスタイルです。(意外かもしれませんが)
伴奏には西洋的な和音が使われ、拍子も4分の4といったように明確な数で決まっています。
日本の庶民の音楽がこうなった経緯ですが、明治時代に富国強兵政策の一環で西洋的音楽によって国民の音楽教育が行われたことが発端です。
明治5年に最初の近代的教育制度である学制が始まります。以降、急速に西洋音楽化がすすみ、音楽教育も画一化が進み、明治23年の教育勅語を経て教科書の国定化、明治44年に最初の音楽教科書である尋常小学唱歌が発行されました。また作曲家(岡野貞一、山田耕筰、橋本國彦など)が多く西洋に渡りその手法を学びました。
このようにして日本全国統一的に音楽教育の高度化とその教育システムの確立が図られました。しかし、一方で皮肉にもこの音楽教育システムは太平洋戦争中には軍歌の布武という形で軍国主義的思想の浸透にもつながってしまいました。
ちなみに、実は西洋音楽も、かつて中世のグレゴリオ聖歌のころは斉唱という形式でした。しかし、日本と違うところは、やがて時代と共にハーモニーが使われるようになり多声による音楽へと発展していったことです。
※この辺りは中世の音楽の解説をご参照ください。
もちろん、雅楽にもハーモニーという和音の概念はあります。たとえば、笙(しょう)のように複数の竹管を組み合わせ、和音を奏する楽器があります。背景のサウンドのようにも聞こえますが、篳篥(ひちりき)や龍笛のメロディに呼応しているので、いわゆるクラシック音楽やポップスの旋律vs伴奏の意味合いとは少々異なります。(→笙の合竹のサウンド)
もう少し詳しくいうと、邦楽と呼ばれる日本の伝統音楽などは、旋律を斉唱するというよりは、少しずれたり、装飾音が入ったりと、楽器の特性をいかした「アドリブ」が入ります。校歌のようにぴったり同じように歌ってないのです。
下の楽譜を見ていただくと、だいたい同じですが各パートで違いがありますね。
これをヘテロホニーといっていて、雅楽や追分のような邦楽によく見られる基本的な特徴です。クラシック音楽でもありますがややオプションといいますか作曲家が意図的に効果をねらった使い方といいますか、意図がちょっと違うと筆者は思います。
五線譜による雅楽総譜(芝、カワイ出版より)
全4巻!買いました・・・たいへん重要な参考文献。
2.リズム
西洋における音楽は数学的といえます。
日本の音楽やアジアの民族音楽にも一定で規則的なリズムやピッチのルールがありますが、西洋音楽のように数学が基礎となった音楽理論ではありません。
西洋音楽のルーツはキリスト教の教会音楽であり、三位一体(神、イエス、聖霊)の3という数字が神聖なものであるため3拍子が中心的な音楽でした。2は俗世の数字とされます。→中世の記譜法を参照
よって、リズムは3や2の組み合わせで考えられていました。
一方、日本の文化においては、「阿吽(あうん)の呼吸」という言葉に表せられるように、独特で絶妙な間というものがあります。
例えば、大相撲や火の用心で拍子木でたたかれる「カン、カン」という音の間(ま)などは、4分休符でも2分休符でもない特有で自然な間があり、「火のよーじん!」という抑揚もドレミでは書けない音程で唱えられます。
他にも、手拍子をだんだん速く叩き、細かくなったところで叩くのを止め、最後にパン!と1つ叩く動作を思い起こしてください。「パン、パン、…(だんだん速く叩く)…音が消えて、呼吸を合わせて、パン!」です。この叩く間隔をだんだん短くしていくのも、最後の締めの音の前にある間も、日本人なら一度はどこかで聞いていて自然に身についているかと思います。
この徐々に速くなるリズムは「加速度的リズム」とも呼ばれていますが、例えばスーパーボールやピンポン玉を床に落とすと、ボールが床とぶつかる時間間隔がだんだん短くなりますね。このポン、ポンポン…という音の間隔をイメージしていただければ良いかと思います。
これの加速度的リズムを五線譜に書くと下図のようになります。
図の左は3連符(1拍に3つの音を入れる)をつかってだんだん叩く音を速くすることを表現したものです。
ただ、こう書くと西洋人の演奏家はきっちり8分音符と3連8分音符を2対3の速さで叩き分けようとします。
より日本的な連続的に加速するように「だんだん速くする」を演奏してもらおうとすると、図の右の書き方になります。
これは現代音楽で使われる書き方ですが(見慣れない方には衝撃的!?)、このようなグラデーションをもたせた記譜をするとようやく加速度的リズムの感じをわかってもらえます。
それでも、最後の音の前に書かれた休符の間の取り方を理解してもらうには難しく、とりあえず一般的にフェルマータ(長く伸ばす)記号を休符に書いたりします。(フェルマータ:音符の時間が約2倍に伸びることを意味します)
でも、我々日本人の場合はこの加速度的リズムや最後の一呼吸入れてパン!と手をたたくタイミングはたいてい分かります。
恐らく育ってきた環境のなかでこの手拍子のやり方をどこかで聞いているため、自然とこの間の長さをお互いに共有できていて、いい塩梅のタイミングでそろえることができます。
3.ノイズも音楽
もう一つ、西洋のクラシック音楽と日本古来の音楽の考え方や感性の違いを紹介します。
西洋のクラシック音楽は、対位法やソナタ形式に代表されるように均整のとれた形式で作られることを良しとし、また、音律やリズムにおいても理論的に完全であることを良しとして、古代ギリシャから中世を経て長い年月をかけて体系化されてきた音楽様式です。
また、演奏についても音程が正確でテンポやリズムが整然として、そして何よりもノイズが入らない、つまり音色が澄んでいて純なものであることを良しとしてきました。
クラシック音楽のコンサートでは静かに聞いていなければいけませんよね。これは静かにしていないと聞こえない繊細な音があることもそうですが、クラシック音楽が教会と宮廷で演奏されるセレモニーのための音楽として培われてきたことと考えられます。

ヨーロッパでは音楽は静かに聞くもの・・・
一方、日本の音楽にはこの均整がとれていることや音程が正しい、音色が純粋とは全くの逆の発想です。
尺八や三味線を思い浮かべてください。ヒュッと吹く息のかすれた音が尺八の持ち味ですよね。
三味線のベンベンという「さわり」とよばれるノイズ音がなければ三味線を聞いている気がしません。
また、水琴窟(すいきんくつ)というかめの中に落ちる水滴の音や、カッコーン!という鹿威し(ししおどし)を聞いて自然の音と風情を楽しむ文化も日本ならではです。
そういったノイズや自然の音が日本古来の音楽らしさの重要な要素の一つになっています。
また、詩吟(しぎん)や追分節(おいわけぶし)のように音の伸ばしやこぶしの付け方、前述の休符の間合い等も奏者のその時の気分次第で、どこにも数学的なところはありません。
このように西洋音楽と日本古来の音楽では全く逆の発想が随所にみられることが分かります。
参考文献
#石澤眞紀夫、21世紀の音楽入門vol.2リズム
#竹下秋雄, 雅楽における笙の「合竹」の機能について, 芸術工学会誌
#藤井知昭, 音楽以前, NHKブックス, 1978
#クルト・ザックス, リズムとテンポ, 音楽之友社、1979
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