1612年8月12日に亡くなった古楽の音楽家ジョバンニ・ガブリエル(Giovanni Gabrieli)(1554年または1557年頃生)は、イタリア・ヴェネツィア楽派を代表するルネサンス末期からバロック初期の作曲家・オルガニストです。楽譜に「ピアノ(p)」や「フォルテ(f)」という強弱記号を世界で初めて明記した作曲家です。1597年に、その名も『ピアノとフォルテのソナタ(Sonata pian e forte)』という楽曲を発表しました。これが、楽譜上に演奏の音量を指定する記号が書き込まれた歴史上最初の例とされています。それでは、 フォルテッシモ(ff)、メゾフォルテ(mf)やピアニッシモ(pp)などが楽譜に明記されたのはいつ頃だろうか?という疑問が生じた。さらに詳しく調べることにした。

楽譜における強弱記号(ダイナミクス)の発展の歴史で、これらの記号を最初期に明記した、あるいは体系的に使い始めた代表的な作曲家として以下の通りです。

1. フォルテッシモ(ff)の登場

18世紀のバロック時代から古典派の過渡期にかけて、より激しい感情表現や音量の対比を求める中で登場しました。

初の使用者:ヨハン・セバスチャン・バッハ(J.S.Bach)(1685.3.21-1750.7.28)やゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(G.F.Händel)等バロック期の作曲家たちが、特定の楽曲でff(フォルテッシモ)やpp(ピアニッシモ)を自己流の記号としてごく稀に書き込み始めました。

体系化と一般化(18世紀後半): 楽譜に(pp)から(ff)までの6段階( pp - p - mp - mf - f - ff )をしっかりと明記し、作品全体で本格的に活用・定着させたのは、古典派を代表するフランツ・ヨーゼフ・ハイドンやヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトだと言われている。

2. メゾフォルテ(mf)の登場

音量を細分化する「メゾ(やや、中くらいの)」という概念は、18世紀後半マンハイム楽派(ヨハン・シュターミッツなど)や、古典派(ハイドン、モーツァルト)の時代にオーケストラの表現力が向上したことで、楽譜に頻繁に明記されるようになった。

というわけで、ジョバンニ・ガブリエリの「ピアノとフォルテのソナタ」(ジョンエリオット・ガーディナー指揮ザ・フィリップジョーンズ・ブラスアンサンブル)、モーツァルトの「交響曲第25番ト短調」(ネヴィルマリナー指揮・アカデミー室内管弦楽団)を音量の幅や表現の変化を聴いてみた。

 

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群馬ヴィオールコンソート第50回例会(練習会)の報告をいたします。

日 時 8月9日(日)13:00~17:00

場 所 高崎芸術劇場スタジオ33

参加者 3名(高橋、針谷、白石)

なんと今回の例会(練習会)が記念すべき50回目に当たることをすっかり忘れていた。(この例会の報告を書いていて50回目の例会であることに気が付く)。各自音合わせをしたのちに直ぐに合奏に突入する。

最初の練習曲は、前回の時に好評であった①サイモン・アイヴスの「パバン」(Pavan)をおよそ1時間以上を費やし、じっくりと練習する。

次に②ウイリアム・バードの「ノン・ノビス・ドミネ」Non nobis Domine (主よ私たちにではなく)による3パート(3声)カノン。③トーマス・モーリーの「ラ・ヴォルタ」La Volta(ルネサンス期の宮廷舞踏曲)を練習し、④トーマス・フォードの「I am so weary of this ling'ring grief」(私はこの長引く悲しみに、本当に疲れ果ててしまった)ルネサンス期のカノン「カノン3インワン」からの美しい3声にアレンジされた曲を最後に演奏した。

50回目の例会は16時40分に終わり、後片付けをして閉会となる。

 

<今回練習した曲>