はじめに
こんにちは、まるこです
今日は両親と一緒に片道小一時間かけてコンサートと美術館へお出かけしてきました
桐生市文化会館大ホール(通称シルクホール)にてランチタイムワンコインコンサート(ジャズ&クラシック)と、その近くにある大川美術館へ行ってきました
どちらで過ごした時間も楽しくて興味深くて発見がたくさんあったので、その記録を残しておきたくて記事にしました
興味ある方、どうぞお付き合いくださいませ
ジャズ&クラシックコンサートinシルクホール
今日行ったコンサートのチラシはこちら
ジャズベーシスト(楽器はコントラバス)の井上陽介さんとクラシックピアニストの山田武彦さんお二人によるジャズ×クラシックのコンサートでした
演奏された曲はこちら
クラシック曲でも即興的にアレンジが加えられ、ファジーでフレキシブルな演奏にすっかり世界に誘い込まれましたよ
お二人は年に一度くらいしかセッションしないらしいのですが、相手の演奏を感じながら自身の演奏を変化させていくのがすごいな~って思いました。即興×協調ってお互いを知り尽くしていないと難しいですよね
トルコマーチで行進
トルコマーチでは、ピアニストの山田さんが「お客さんの顔が見たい」からと鍵盤ハーモニカを取り出し、吹きながら客席を歩いて一周してステージに戻っていきました演奏後、ベースの井上さんが「トルコ行進曲で自分で弾きながら行進するピアニスト初めて見た」とおっしゃってましたが…私も初めて見たわ
で、結局お客さんの顔は見れなかったそうです…そりゃそうだ
「動物の謝肉祭」より「ぞう」
この曲は数少ない”コントラバスのための曲”なんだそうですなぜ”コントラバスのための”なのかは、大きなコントラバスを弓を使って引く際に、腕を大きく動かす様子が”ゾウが鼻を左右に振っている”ように見えるからだそうですおもしろい
井上さんはジャズの曲を弾くときには弓を使わずに指ではじいて演奏されていて、クラシック曲では弓を使われていました。どちらのときも体を大きく使って全身で音を出しているようでした。表情も大変豊かで手元よりも顔見てたかも多分顔で弾いてるんだと思うな無表情で弾いてくださいって言ったら演奏変わりそうだし、CDで音だけで楽しんだら聞こえてくる音が変わりそうです
I got rhythm
ミュージカルファン&浅田真央ちゃんファンとしては I got rhythmは嬉しかったです
この曲はベースの井上さんのソロでしたコントラバスの激しいソロって初めて見ましためっちゃ動いてて楽しそうでした演奏後は「取り組み終わりくらい息が切れた」とゼーゼーされてました
与作のジャズアレンジ
プログラムを見た時からめっちゃ気になってたんですよ与作をどうアレンジしてくるのかと
これはほんと楽しかったですね~
めっちゃ軽快なジャズアレンジでね、とっても身軽な与作が木を切ってるのを想像してニヤニヤしちゃいましたキャップ被ってチェーンソーでストンプ的なパフォーマンスしてるイメージかなりアレンジが入るので、音感の無い私は聞いてて主メロディを見失って迷子になる瞬間があるんですけど、しばらくするとまた与作が戻ってきてちゃんと木を切るんですよ
もはや耳で楽しむコンサートではなく、パフォーマンスショーを観ているような感覚にさえなりました
コンサートの感想
楽しかったです
お二人は普段から一緒にお仕事されるわけではないので、MCの時に微妙に噛み合ってない感じとかちょっとドキドキしましたが…その距離感に慣れてくると絶妙で、お客さんたちは皆トークに笑ってました
今回はジャズ要素が強かったのでアレンジが多かったのですが、「楽譜通りじゃなくてもいい」「練習通りじゃなくてもいい」「楽しければいい」「楽しんでもらえればいい」って感じの価値観に出会えた気がします
大川美術館
続いて、大川美術館での発見や感じたことを脈絡なく放出していきます
大川美術館とは
創設者・前館長の大川さんが集めた作品約1200点をベースに1989年開館。
現在の収蔵作品は約7300点。
JR桐生駅から徒歩15分らしいですが…近くまで行くと急に山になるし、昼間でもちょっと薄暗く感じる瞬間もあったので車で行かれることを強くお勧めします
(行く途中にガチの服装でサイクリングしてるお姉さんが、あまりの急な坂を眼前にして一人で笑ってるのを見かけましたそれくらい急な山)
今回観た展示
明治から昭和を生きた日本人画家を中心に、大川美術館のベストコレクションな展示になっていたようです。日本人画家は特に松本峻介と野田英夫が中心でした。私が知っていたところでは…藤田嗣治、岸田劉生、イサム・ノグチ、ピカソ、ルオー、ジャコメッティ、アンディ・ウォーホルらの作品がありました
特に私が心動かされた点を中心に感じたことを書いていきますね
”捕らわれ”の強迫に包まれる香月泰男
香月は第二次世界大戦にて出兵しましたが、終戦時ソ連に抑留され、帰国は(確か)終戦から1年半後でした。帰国してからも”まだ捕らわれている”という感覚は消えず、”常に自分は何かしらに捕らわれている捕らわれ人”であると感じていたそうです。自身をモデルに磔刑像のような立体作品も残しました。しかし、彼は”その意識を失えば描くものがなくなる”とも言ったそうです。
…その言葉がすごく興味深いと感じました。自身の精神が自身を締め上げ苦しめるけど、その感覚を失ったらアイデンティティが崩壊するような感じですかね。その苦しみが自分の本体であって、それこそが創作の源として認めている彼の強さと脆さに惹かれました。
居心地の悪さには訳がある
ある絵の前に立った時に、強烈な違和感を感じました。
その絵は外国の街の(パリだったかな?)ある通りを描いたものだったのですが、ある種の気持ち悪さを与えてくる絵だと感じました。(作者は忘れたよ)
乗り物酔いする人は気分悪くなりそうだから気を付けて
終戦直後、家族にあてた松本峻介の絵はがき
今回の展示の中で最も私の足を止めたのが松本峻介の絵はがき・手紙でした。
展示された絵はがきは4枚あり、日付が1945年9月17~23日でした。終戦直後ですね。島根に疎開している家族宛てに松本が東京から書いたものです。
はがきの他にも何点かイラスト付きの手紙が展示されていました。
奥さん宛てには平仮名と漢字で、子供宛てにはすべてカタカナで書かれているようでした。
文章の一部をご紹介します。
(正確にメモして来なかったので文章変わっちゃってるとこあると思います。ご了承くだされ。)
「エハキヘイシャヲカイタ。 シカシソコニウマハイナイ。… カレラハミナジドウシャニノッテアルク。(絵は騎兵舎を書いた。しかしそこに馬はいない。… 彼らは皆自動車に乗って歩く。)」
「ニホンハアメリカニマケタ。カンボ(息子の名前…かん坊?)シッカリシテオオキクナッテアメリカニカッテクレ。(日本はアメリカに負けた。カンボしっかりして大きくなってアメリカに勝ってくれ。)」
「アメリカノヘイタイハ クロンボ ニホンジン シナジン エイコクジン ドイツジン イタリアジン ロシアジン ミンナイル ソレガアメリカジンダ。(アメリカの兵隊は クロンボ、日本人、シナ人、英国人、ドイツ人、イタリア人、ロシア人みんないる。それがアメリカ人だ。)」
この文が書かれた手紙にはいろんな人種の兵士の顔が描かれていました。
中央に大きく全身姿で描かれた兵士の横には「ニッポンジンノアメリカヘイタイ(日本人のアメリカ兵隊)」と添えられていました。
「…アメリカ人は概して紳士的だ…」
「…水道は細工をしたら使用がどうやら出来る。…すぐに使えるようになるだろう。」
私がメモをしてきたのはこれくらいです。
終戦直後のこの時期に東京-島根間の手紙がきちんと届いているということに私はすごく驚きました。都市部はもちろん地方ですら空襲に合い、町が町でなくなっていたであろうその頃に、敗戦国内の郵便システムが機能していて、民間人の通信が自由だったなんて今まで想像したことありませんでした。
また、息子へ「アメリカに勝ってくれ」とか、妻へ「水道は細工すれば使えそうだ」とか…そんな内容のはがきが墨も塗られずに届くことにも驚きました。そのレベルの通信には検閲がなかったのか、緩かったのか…どちらにしても、進駐軍が見たら黙ってなさそうな内容ですが、そのまま届いてるみたいなんですよね。
あと、びっくりするくらい「どうでもよくね」という内容の文もあったりして、それはそれで驚きました。それを伝えるためにどれだけの郵便配達の人の手をかけるのかを考えたらバランスおかしいっていうか割に合わないっていうか
でも、それこそが一市民の当時の暮らしであり、彼らが見た進駐軍のイメージそのものであり、民間レベルから見た戦争・戦後なのかなとも思えました。
そして特に興味深いなと思ったのは、彼の米軍への視線でした。
日本は戦争に負け、米軍が日本へやってきて複雑な思いで進駐軍を眺めるのですが、「米軍の連中も中にはボロボロの靴を履いているやつもいるし、我々と変わらない」と言っていたり、何だかんだ言っても「アメリカ人は概して紳士的だ」と敵意を感じない部分があったり…
なんだか直視しながらも達観しているような。。。
私が想像していた戦後の日本人の思考とはちょっとイメージ違ったっていうか…
民間人の戦争・戦後の暮らしや考え方に興味があるので、なんかまたばあちゃんに戦争の話を聞きたくなりました。
展示全体の感想
私は西洋絵画好きだと公言してはいますが、いつも観劇で都内に出た際、余った数時間を使って上野あたりの大きな美術館の企画展に行くくらいなので、世界的に有名な画家の・世界的に価値のある(とされる)作品を見ることが多いのですが、今回訪れたこうした”地域の美術館”はそれとはまた違った良さがあったと思います。
大川美術館は近現代の日本人の作品が多かったので、いつもより深い見方が出来た気がしました。
というのは、画家の生年や作品を描いた年を見ると、大体その頃日本はどんな感じだったか歴史背景が思い浮かべられるので、彼らの心中により近づきながら鑑賞できたような気がします。
特に、戦中・戦後の作品や画家のエピソードには足が止まりました。
戦後、何も信じられなくなったある画家は”空の蒼さまでもが信じられない”と感じ、”信じられるのは家族だけ”だと家族ばかりをモデルに描いていました。
私としては、戦時中や終戦直後の大変な時期でも絵描きは絵を描いていたということが驚きだったのですが、そうした非常時だからこそ自身の心を守るための防衛手段として表現をしていたのかもしれませんね。
まとめ的なあいさつ
今日は普段行き慣れないジャズ&クラシックのコンサートと、普段見ないタイプの美術館を訪れましたが、どちらも多くの発見があり、感じるものがありました
本当に充実した一日でした
長くなってしまいましたが、最後までお読みくださりありがとうございました