こんにちは
まーにゃですニコ

今日は
江戸の教育期間の「寺子屋」について。

寺子屋は
幕府や藩の援助や介入のない
独立運営だったそうです。


歌川国貞/稚六芸の内 書数


寺子屋の数は
江戸末期には江戸府内でなんと4000カ所
日本全国では15,000~20,000程あったそうです。

更に驚くのが、江戸時代の就学率
諸説ありますが、70~86%(1850年頃:農村を含めた江戸府内)と言われています。

イギリスの大工業都市で20~25%(1837年)
フランスでは1.4%(1793年)
モスクワで20%(1920年)だったそうです。

幕末の成人男性の識字率70%を超えていたそうで
同じ時期、ロンドンの識字率は20%
パリでは10%未満…
ダントツの職字率だったんですねびっくりキラキラ

ピンク薔薇


歌川国芳 幼童席書会

お師匠様たちも、大変に教育熱意で
江戸時代に作られた教科書は

実物が残っているものだけも
7千種類以上もあるそうです‼️

内容は
商売人、大工、農民の専門用語を教える教科書
地方独自の地理や物産
生活習慣を教える教科書など

いろいろ工夫をこらした
独創的なものが作られていました。


寺子屋に義務教育の制度はなく
任意でしたので

生徒の年齢には広がりがあったようで、
子供だけでなく
大人が入ることもあったそうですウインク

午前中は手習いで個別指導。
午後は読書・算術・礼法などの選択科目で一斉授業。

小さらい・大さらいという
今でいう中間・期末テストのようなものもあり、

さらに
夏に朝稽古
冬は午後10時~午前2時の寒稽古もあったそうです❄️

子供たちが心身共に鍛えられ
言葉遣いや読み書きそろばんも身に付き
社会人としての礼儀作法も覚えて 
親にとっても社会にとっても
貴重で有難い場所ですね爆笑




ピンク薔薇

生活に貧しい農民が
月謝を支払うのは大変なのでは…
と心配にもなりますが、

事情によってはお金の代わりに
物で支払うなどが認められていたそうです。
安心しました照れ


藩校
各藩が藩に仕える武士
藩士を教育するための施設でした。

寺子屋が庶民の教育機関であり
藩校は藩士の教育機関です。

会津藩日新館、庄内藩致道館
水戸藩弘道館、松代藩文武学校
岡山藩花畠教場、萩藩明倫館
などが有名ですね。


これだけ教育に熱心に力を入れられ
時間をかけられたのは
長く続いた平和があったからこそですねラブキラキラ




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こんにちは

まーにゃですニコ

今日も「竹」のお話です。
①②はこちらです↓↓↓

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竹が支える江戸文化③

籠・虫籠

江戸時代初期の参勤交代の際に

地方の諸大名の目に留まったのが

駿河竹千筋細工だったそうです。

駿河竹千筋細工は

苦竹孟宗竹を主に使っており、

細く丸く削られた竹ひごをしなやかに曲げて、

輪に組み込んでいく技法から

色々な形のものか作られています。

駿河地区に住む武士たちは

内職として駿河竹千筋細工を作るようになり
「駿河の府中、竹籠の名物あり。
その細工よし。
 関東の人は、駿河籠を賞翫する也」
と、賞賛され人気の品だったそうです。

「籠」や「虫籠」「ランプシェード」など、
繊細で素敵な商品がたくさんありますラブ


ピンク薔薇

和傘
武士の内職といえば
浪人の傘貼りを思い出しますが

傘張りは浪人ばかりではなく
藩に仕官している武士もしていました。

藩から貰う扶持だけで暮らすのは
大変だったようです。

北斎/江戸百態(部分)

和傘とは
竹、木、糸といった天然素材を使用した骨組に
和紙を貼って作った傘の総称となります。

北斎漫画
様々な和傘が描かれています。

開いて傘、閉じて竹。 
傘をたたんだ時に一本の竹の姿に見えることが
和傘の美しさの一つと言われていて
日本人の美意識が伺えます。


【辻倉】さんの商品。
創業元禄三年1690年日本最古の和傘屋
歴史と文化を守り続けています。
洋傘にはない雅がありますねラブ





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こんにちは
まーにゃですニコ

 竹が支える日本文化②

①③はこちらです↓↓↓

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今日は竹と茶道の関わりについて。

江戸時代前期までの茶の湯人口は
主に大名・豪商などが中心の
ごく限られた人のものでしたが

江戸中期に
町人階級に富裕層が増えるとともに
飛躍的に広がったそうです。

国芳「婦人手わざ鏡 茶の湯」


日本の伝統文化の茶道は
竹と深い関わりがあります。

抹茶を点てるための茶筅(ちゃせん)
抹茶を取り出す茶杓 (ちゃしゃく) 
茶入れ
花入れ
花籠
柄杓 (ひしゃく) 
蓋置き
とあらゆる茶道具に用いられています。

周延「徳川時代 貴婦人の図 茶の湯」/

周延/徳川時代 貴婦人の図 茶の湯 

素朴で侘びた風情を持つ竹工品に
千利休は自身の美意識を投影したとされ
特に竹花入園城寺」は有名。

  ↓↓↓

東京国立博物館蔵

ピンク薔薇


茶道に必要不可欠な道具のひとつ
茶杓(ちゃしゃく)」。

抹茶をすくって茶碗に入れる
スプーンのような機能を持っています。

一見すると
何の変哲もない道具と思われがちですが
茶人の価値観を反映させた
「銘(めい)」と呼ばれる固有の名前がつくほど
重宝されるものもあるそうです。



茶筅(ちゃせん)は
使うと閉じられた穂先が開いてしまうため
一度しか使えない消耗品とされるそうです。

茶道は一度きりの機会に情熱を傾け
入念な美しさを求めるため

茶人らは
竹の種類や穂先の本数、色や形など
各自こだわりを持って茶筅を選ぶそうです。


ピンク薔薇


掛花籠については
こちらのブログが素敵でしたのでご紹介イエローハーツ
↓↓↓


ピンク薔薇

私は
茶道を習ったことがないの
詳しくないのですが

茶道の精神を表すのに
竹の性質と趣は
大切な存在なのですね🎋✨


ピンク薔薇


明治時代には
カゴやザル類、食器や掃除道具などの生活用具から
スキー板やスケートの刃といったスポーツ用具まで
数え切れないほどの道具の素材に
竹が使われていたそうです。

1960年代にマダケが
数十年に一度の開花時期を迎えたことで枯れてしまい
竹工品が生産できない状態になり
それをきっかけとして多くの竹工品は
当時急速に発達してきたプラスチック製品に
換わっていったそうです。


現在
プラスチックによる
環境汚染が問題になっていますね🥲

環境に優しく
優れた工芸品である竹細工に
日用品として復活してほいです❣️



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