こんにちは

まーにゃですニコ


お正月や祝い事に欠かせないお餅


稲作が伝来し

蒸す技術が普及してきた弥生時代頃より

造られるようになりました。


平安時代に入ると年間の行事が決まり

餅は各行事のお祝いの食べ物として

天皇や貴族の間で食べるようになりました。


普通の人たちが

餅を食べるようになったのは

江戸時代中期頃といわれています。


稲作が広がり安定したこともあり

餅や餅菓子が発達して

庶民の間でも親しまれるようになりました。


ピンク薔薇


江戸の年末の風物詩である餅つきの

情景を描いた絵です。▼

三代歌川豊国「甲子春黄金若餅」


軒先で餅をつき

それを屋内でちぎって筵(むしろ)に並べたり

辛味餅用に大根をおろしたり

様々に働く人たちが描かれ

賑やかで活気ある様子がわかりますね♫


三代歌川豊国/十二月之内 師走 餅つき

左下には大根とおろし金がありすね。


江戸では

1215日から大みそかまで

餅つきで賑やかだったそうです。

お餅の用意の仕方は

四つの方法がありました。


①使用人が餅をつく

武士や寺社、豪商などでは

使用人が餅をついて用意しました。


引きずり餅

餅をついて回る職人がいて

餅米を蒸したり

餅をつく臼や杵などの

道具一式を持参して

家の前でついてくれる方法です。


賃餅ちんもち

菓子屋に注文して

餅をついてもらう方法です。


「引きずり餅」も「賃餅」も

注文が殺到するので

注文は1215日をで締め切ったそうです。


正月用品などを売る「歳の市

歳の市で餅を買う方法です。

これが一番安上がりだったそうです。  


歌川広重「六十余州名所図会 江戸 浅草市」部分

賑やかな歳の市の様子。



ピンク薔薇



こちらの絵の餅が

とても柔らかそうで

ずっしりと重そうで

ツヤツヤで美味しそうで

たくさんある餅つきの浮世絵の中で

お餅が主役の一枚だと思いますラブ


▲前北斎為一/餅つきの図 


「前北斎為一」は

葛飾北斎が60代始めから70代半ばに

使っていた画号です。


餅の絡んだ杵を振り上げ、

限界に極まった瞬間のようで

周りの3人の楽しそうな表情がみごとですね♫


お餅の絵はどれもみんな楽しそうで

ハレの日」の活気が感じられます爆笑



















こんにちは
まーにゃですニコ

大寒波が来ていますねあせる
みなさま
暖かくしてお過ごしくださいね🧣🧤


12月22日は冬至です。


冬至というと

かぼちゃを食べて

ゆず湯に入るのが一般的な習慣ですね♨️



「冬至」とは二十四節気の一つで

「日短きこと至(きわま)る」という意味です


1年で太陽が出ている時間が最も短い日

次の日からは

だんだん太陽の出ている時間が長くなり

太陽の力が強まっていきます。


冬至は太陽の力が再び甦る日

陰の気から陽の気に転じて

運気が上昇する日とされ

一陽来復」とも呼ばれました。



柚子


そんな冬至の日に

ゆず湯に入るのは

江戸時代の銭湯からの習慣だそうです。


柚子湯(極楽湯)


柚子の木は

寿命が長く病気にも強く

そんな柚子をお風呂に入れて

無病息災を祈るようになったとも

言われています。(諸説あります)


ゆずは香りが強く

邪気を払う効果があるとされ


お風呂に入って

身を清めるのとあわせて

「禊」の意味もあるそうです。



冬の七草

冬の七草は冬至の七種とも呼ばれていて

「ん」が2つ付いていて

「たくさんのが呼び込める」

と言われています爆笑


お正月の後にお粥としていただく

春の七草は有名ですが

冬至にも

冬の七種(ななくさ)」があるんですね!

 

《冬の七種(ななくさ)》

「南京 なんきん(かぼちゃ)」

「蓮根 れんこん」

「人参 にんじん」

「銀杏 ぎんなん」

「金柑 きんかん」

「寒天 かんてん」

「饂飩 うんどん(うどん)」


れんこん

ビタミンCが豊富です。

蓮根のでんぷん質がビタミンCを

熱から守るので、

加熱してもビタミンCが減りにくいです。


にんじん

βカロテンがたっぷり!

粘膜を正常に保ち、免疫力を高め

また、強い抗酸化力があります。


かぼちゃ

βカロチン、ビタミンEも多く含まれていて

抗酸化作用もあり

血行促進や血管の老化防止

ホルモンバランスを整えるなど

嬉しい効果たっぷり。


こんにゃく

身体に溜まった砂(=体にとって害のあるもの)

を体の外に出す働きがあります。


▼白滝を麺に使ったメニューがたくさん^ ^

冬至はこんにゃくで「砂払い」!しらたきを麺料理にアレンジするアイデア | なべやき屋キンレイ | 鍋焼うどん・冷凍麺はキンレイ冬至にこんにゃくを食べると、一年の煩悩の砂を洗い流せるといわれています。こんにゃくには玉こんにゃくやさしみこんにゃくなどさまざまな種類がありますが、しらたきや糸こんにゃくは麺のように料理に使えるため、ダイエット食としても有能です。リンクwww.kinrei.com



小豆

冬至の時に

かぼちゃに小豆を入れて食べる地域もありす。


小豆に限らず

赤色には呪力があると考えられていて

魔除け・厄除けの色となっています。


▼いとこ煮



ピンク薔薇

「冬至の火焚き」として

冬至に戸口や炉で

火を焚く習慣の地域もあるそうです🔥✨


冬至は

厄を払い

運を向上させる節目

大切な日なんですね。


しっかり厄払い、邪気払いをして

栄養をつけて

清々しい気持ちで

新しい年に備えたいですねウインクキラキラ




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こんにちは
まーにゃですニコ


昨日、12月15日から
年賀状の受付が始まりましたね。

今日は年賀状のお話です。

ピンク薔薇

江戸時代から明治の初めにかけて
年始状」と「年賀状」とは
使い分けられていだそうです。

普通の新年のあいさつ状は「年始状」。 

ご高齢の方に宛てて出す新年のあいさつ状を
年賀状」と呼び
長寿を祝うという意味がありました。

寛政2年(1790年)姫路城主酒井忠以公が在勤の江戸から、松江藩主:松平不昧公(未央)他に宛てた年始状


 郵便制度が整うまでは
飛脚による配達でしたので

料金も高かったことから
武家や商家が主に利用していて

一般庶民が賀状を出すことは希だったそうです。

江戸時代の年賀状

日本で「年賀の書状」が
交わされるようになったのは
7世紀後半以降だったとのことで
賀状の歴史は古いのですね!


ピンク薔薇


北斎/富嶽百景 暁ノ不二    
2人組の飛脚の絵です。

江戸時代に入ると
街道の整備とともに
飛脚制度」が充実していきます。

江戸中期に
町人文化が繁栄したことで
飛脚の需要は
遠隔地への配達はもちろん
江戸市中での配達を主とする
町飛脚」も増えました。

町飛脚が増えた要因として
武士階級だけでなく
庶民でも手紙を出すことが
一般的になったことがあるようです。

ピンク薔薇

当時の日本は
世界一の就学率、識字率の高さを
誇っていましたキラキラ

当時の「寺子屋」では
「よみ・かき・そろばん」が行われ
読本や習字の手本には
往来物と呼ばれる書物が使われていました。

江戸時代の寺子屋の様子

「よみ・かき」に関しては
主に
手紙の読み方・書き方を学んでいたのですね。

そのような条件が揃い
江戸時代にはすでに「年賀の書状」が
身近なことだったと考えられています。
参考:フタバコ

ピンク薔薇

様々な背景や条件が揃い
「年賀状」を書く文化が生まれ
現代まで続いてきました。

メールやSNSでのご挨拶もうれしいですが

直筆のお手紙やハガキは
別格のうれしさがありますねラブ

鈴木春信 / 鶴上の遊女


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