こんにちは
まーにゃですニコ


江戸の人々にとっての

嗜好品といえば

まずは煙草だったそうです。


桃山時代に

ポルトガル人から伝わり

ポルトガル語の「tabaco」から

「タバコ」になりました。


江戸初期には煙草屋もたくさん出来て

またたく間に広がったそうです。


刻み煙草を

キセルで吸うのが当時の吸い方で

老若男女問わず

気軽に吹かしていたそうです。


喜多川歌麿/月見をしながら一服(『絵本四季花』より 


幕府としては

火事予防の意味から

たびたび禁令を発令しましたが

効果はなかったようです。



ピンク薔薇



現在「煙草」といえば

紙巻煙草が主流ですが


江戸時代の「煙草」は

煙管(きせる)で吸う「刻み煙草」のみ。


当時の海外では

紙巻煙草やパイプや葉巻など

さまざまな喫煙スタイルがありましたが

260年以上も続いた江戸時代に、

喫煙スタイルが変わることはなかったそうです。


刻んだ葉煙草を煙管で吸うのは

アジア諸国でも見られるのですが


日本では刻み煙草の加工方法が

【とにかく刻み方が細かい】

という点で他の国にはない

独特の進化だったようです。


最初は荒かった刻み方も

細く刻めば刻むほど

味わいがマイルドになるとわかり

日本の職人魂に火がつきました爆笑


最終的に「こすり」と呼ばれる

毛髪レベルの

ものすごく細かい細刻みタバコが登場しました。

▲元が「葉」とは思えない細さですね!



手刻みは

葉たばこの葉脈を取り

数種類の葉を組み合わせて重ね

四ッ折りにした巻き葉を押え板で押えながら

たばこ包丁で刻むという方法でした。


なんか蕎麦を切る時の作業に

にていますね!


はじめは荒く刻んでいましたが

だんだんと髪の毛ほどの細さに

刻むようになりました。


写真/JT


ピンク薔薇


産地によって銘柄があり

江戸で人気があったのは

大隅(現・鹿児島県)の「国分(こくぶ)」

摂津(現・大阪府北中部と兵庫県南部)の「服部」

越後(現・新潟県)の「大鹿」

甲州(現・山梨県)の「生坂(いくさか)」などなど。


特に国分煙草は最高級品として

人気だったそうです。


タバコの産地を当てる「利き煙草」

という遊びもあったそうです。

春木南溟 /国分煙草七種の評并讃



ピンク薔薇


喜多川歌麿/北廓全盛競 大文字屋内一墨


煙草文化は

刻み方だけでなく、


キセルや煙草入れ、煙草盆なども

一流の職人の作品が作られたり

日本独自の発展があり


またまた江戸の職人たちが

活躍したようです♫


詳しくは、また次回にウインク




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こんにちは
まーにゃですニコ

12月22日〜25日は
七十二候の
「乃東生」(なつかれくさしょうず)です。



「乃東」(なつかれくさ)は
「靫草」(うつぼぐさ)のことで
冬枯れの寂れた野に
靫草だけが芽を出し始めます。

花の形が
矢を入れる「靫」(うつぼ)に似ていることから、「うつぼぐさ」と名付けられました。

シソ科の多年草で
日当たりのよい草地に見られ
6〜8月頃に小さな紫色の花をつけます。

そして、
夏の盛りの頃には枯れゆくことから
”なつかれくさ”とも言われています。

夏は植物たちがその命を謳歌し
いちばんの成長期として
野も山も万緑に満たされる季節。

そんな盛夏に逆らうように
枯れてしまうのが「ウツボグサ」です。



漢名は
夏に枯れることから「夏枯草(かごそう)」
といいます。

中国の最古の医学書
『神農本草経』(250~280年ころ)にも
「夏枯草」の名で乗っていて
非常に古い生薬なのだそうです。

生薬「夏枯草」は
漢方や和方の重要な薬として知られていて

利尿や消炎、水腫
淋病や口内炎、扁桃炎、結膜炎
などに効果があるそうですキラキラ

学名はPrunella vulgarisで
花言葉は「優しく癒す」です。

素敵な花言葉ですね照れ

ピンク薔薇

「靭`(うつぼ)」ってどんなものだろう?と
興味が湧き、調べてみました。

こんな形をしていて
こんなふうに使うようです▼
この装束が
素敵ですよね‼️ラブ

で、この装束について
いろいろ見ていたら
「流鏑馬やぶさめ」に辿り着きました♫

人馬一体となり
的を射抜く迫力が美しいですし
その装飾の美しさにも感動ですキラキラキラキラ

いつか、ぜひぜひ
見に行きたいと思いましたラブ

鎌倉の流鏑馬は
今年は中止だったようです。

来年は開催されますように🙏🙏✨



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こんにちは
まーにゃですニコ

今日は冬至ですね。

気温がグッと下がり
東京も寒い日が続いていますが
大雪の地域もあり
いよいよ冬本番ですねチューあせる

江戸時代中期頃も非常に寒かったそうで
1773年、1774年、1812年に
隅田川が凍ったという記録もありますびっくり
現在より数度はひくかったんですね❗️

広重/「江戸名所日本橋雪景色」 
とても寒そうですが美しい風景ですね❄️

現代のようにエアコンや
床暖房がなく
ダウンコートもなく
隙間風の吹き込む木造家屋で
江戸の人たちはどうやって
寒さをしのいでいたのでしょう?☃️



火鉢


菊川英山 /青楼十二時 夜 子の刻
火鉢にかけた鍋を囲む江戸時代の女性たち。

火鉢は
湯を沸かし燗をつけたり
五徳(ごとく)を入れて鉄瓶をかけたり
暖をとる以外にも使われていました。

江戸庶民にもっとも使われた暖房具は 
「長火鉢」だったそうです。

長火鉢は、最初、武士が使っていて
やがて江戸時代の寛政年間(1789~1801)ごろから
一般にも急速に普及したそうです。

炭は長時間火力を保てて
火が出る薪に比べると
広く使われていたそうです。



湯たんぽ 


日光輪王寺に徳川家光(綱吉という説も)
が使ったとされる
犬型銅製の湯たんぽが収められています。
▼湯たんぽに見えないですね!かわいい♫

海外からの渡来品または
献上品と考えられています。

江戸時代の湯たんぽは
錆びない銅を使っていて
庶民には難しく
身分の高い人がつかっていたそうです。

幕末には陶製の湯たんぽも登場しました▼
陶製の湯たんぽは遠赤効果が高く
最近見直されているそうです‼️

▼現代版、可愛いうさぎの湯たんぽ🐰♫

行火あんか

歴史は古く

室町時代からあり
江戸時代中期に広く使われるように。

木製の囲いのなかに土製の火入れを置き
炭火を起こして暖を取るもので
手軽に持ち運びできる暖房器具として
重宝されたそうです。

布団をかけて
コタツのようにしても使ったそうです。
▼こんな感じ。


この男性は江戸時代中期に
人気を博した歌舞伎役者
三代目沢村宗十郎だそうです。

そう思って見ると
行火にかけた布が高級そうですウインク


温石



平安時代末頃から江戸時代にかけて
石を火やお湯で温めて真綿や布などでくるみ
懐に入れて使われていたそうです。

温かい石、気持ちよさそうですね❤️

塩、または塩と糠を混ぜたものを
炒って布に包んだ
塩温石も同様に使用されていたようです。


炬燵

日本の冬に欠かせない炬燵照れ

こんなふうに炭火を入れて
布団をかぶせて暖をとっていました。

▼鈴木春信/「水仙花」炬燵で向き合う男女
猫も気持ち良さそうですラブ
タイトルもステキです❤︎


ピンク薔薇

都市部以外の郊外や農村では
囲炉裏が暖房のメインだったそうです。

江戸市中では
火事にならないよう「火」を使わない
暖房方法が発達したのでしょうね。

陶器製の湯たんぽや
温石などは
現代で使っても気持ちよさそうですね♫


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