まーにゃですニコ

現代よりも気温が低かった江戸時代
家屋は、基本的に木と紙でできていたので
現代より気密性も低く
室内の気温も格段に低かったはず。

歌川広重 /東都雪見八景』「霞ヶ関の雪上り」
画像右に門松が見えますので、お正月のようです。江戸時代のお正月は旧暦ですので、現代だと2月の初旬くらい。武士や使用人や女性やいろんな人が描かれています。


どてら


江戸時代の暖房器具といえば火鉢やこたつ
とても部屋全体を温めることはできません。

そこで冬の部屋着として大活躍したのが
「どてら」です。
漢字で書くと「褞袍」。
「丹前(たんぜん)」ともいいます。


▲歌川豊国/『今様三十二相 さむ相』
綿の入った「どてら」を羽織り火種にあたっている女性。
本当にさむそうですね😅

「どてら」は派手な縞模様が多いのも特徴で
着物よりひと回り大きなサイズで
全体に綿がたくさん入っています。
身分に関係なく愛用されていたようです。

他にも半纏(はんてん)や
「ちゃんちゃんこ」と呼ばれた
袖のない綿入り羽織も
冬の部屋着として愛用されました。

コタツの周りに集まる江戸時代の女性たち(『絵本四季花 下』喜多川歌麿 画)
喜多川歌麿/絵本四季花 下左のキセルを持った女性が袖なし羽織を羽織っています



子供用


子ども用の防寒着として
「亀ノ子半天」という半纏の一種で
亀の甲羅に似ていることが名前の由来。

冬の子守には「ねんねこ半天(半纏)」
というものが防寒着として幕末に大流行しました。


雪の中、裸足で遊ぶ子供達。
元気ですね!

▼画像中央に赤ちゃんをおんぶした女の子が
着ているのが「ねんねこ半天」です。
昭和の頃まで使われていました。


袷羽織と半纏(はんてん)

外出時は
男性は袷羽織という裏地付きの羽織
女性は半纏という丈の短い羽織
を着ていました。

歌川国貞/『隅田川雪の情景』梅幸.瀬川路考.市川三舛という人気役者の服装。それぞれにステキな羽織がおしゃれ♪羽織だけじゃなく頭巾や手拭いも使っています。


頭巾と手拭い

布をフード状にした頭巾や真綿で作った帽子は
主に女性が使っていました。
手拭いを頭に被ったり首に巻くことも
あったそうです。
歌川豊国 /うゑ野の暮雪

 女性がかぶっているのは
御高祖頭巾(おこそずきん)」という
女性専用の頭巾です。
その上から手拭いを首に巻いていますね。

だいぶ寒いみたいで
着物を5〜6枚くらい重ねています!

▼他にも
蓑(みの)や傘や合羽など
さまざまな防寒着の人が描かれていますね。

次回は
合羽や高下駄などの防寒具について
載せたいと思いますウインク

ピンク薔薇

寒さが一段と厳しくなる時期です。
皆さまも、暖かくしてお過ごし下さいね🧡


















こんにちは

まーにゃですニコ


江戸時代にも

年末ジャンボのような宝くじがありました。


富くじ」です。


箱に入れた木札を

大きなキリで突いて

当たりくじを抽選することから

「富突とみつき」「突富つきとみ」

または「富」と呼ばれていました。



富くじの発祥は

16世紀後半、摂津国箕面の瀧安寺で

くじの当選者に「お守り」を渡していたそうです。


龍安寺の宝くじは「富会(とみえ)」

と呼ばれた新年の縁起物で

ギャンブル性はありませんでしたが


宝くじの賞品が金銭と結びつくようになると

人気爆発、ギャンブル性も高まり

幕府が何度も禁止令を出すほどでした。


いくら禁止しても

こっそり富くじを行う者が絶えないほど

人気だったそうです。


江戸時代中期の1730年(享保15年)

暴れん坊将軍”こと

8代将軍・徳川吉宗の時

なんと!“幕府公認”にしました!


御免富」として

社寺の修復費用を集める目的に限って

富くじの興行が許可されました。


財政が逼迫していた幕府にとって

社寺への資金援助は大きな負担でした。


幕府としては

大きな資金を集められ

ギャンブルを社寺の境内に限定できて


社寺側にしても

効率よく修復資金を集められて


幕府にも社寺にも

大きなメリットがありました。


さすが暴れん坊将軍!名案でしたね爆笑



最盛期には

江戸だけで1ヶ月に

30ヶ所以上で富くじ興行が行われました。


中でも

谷中感応寺山、湯島天神、目黒不動尊は

江戸の三富と呼ばれ

とても賑わっていたそうです。


ピンク薔薇


富くじは「富札屋」と呼ばれる販売所で

誰でも買うことが出来ました。

立てて並べてある富くじを

自由に選べたそうです。


當世名物鹿子神社佛閣の一乃富/渓斎英泉

富くじいろいろ


ピンク薔薇



当時の三富の最高当選額は100両❣️

長屋暮らしの庶民は

1両小判を手にすることもなかったので

万が一当選したら一攫千金の夢物語ですね


ただ

富くじは現在の金額で

一枚1〜3万円

だいぶ高額ですね


正規の富くじが買えない貧困層では

当選番号を当てる賭博として「影富」があり

安く買えたそうです。



いつの時代も

「くじ」で夢を見ることは

変わらない楽しみなのですねラブラブラブ








12月26日〜30日は
七十二候の「麋角解」(さわしかつのおつる
です。

麋角解
雄のシカの角が取れ落ちる頃とされ
ますます冬が深まる頃です。


(さわしか・び)」は大型の鹿のことで
「なれしか」とも読まれていて
一般的にはヘラジカやトナカイの仲間を指しています。

「麋」は見慣れない漢字ですね。

この「麋」(び/さわしか)とは
どんな動物をしめしているのでしょう?

ピンク薔薇

ニホンシカ

奈良公園で有名な日本の鹿は
角が落ちるのは春先で
年末のこの時期ではないそうです。

興福寺の鹿の角切り行事も10月
雄同士が角で傷つけあうのを予防するために
発情の前に角切りが行われます。

「麋」は「ニホンシカ」ではないですね。

ピンク薔薇

もともと七十二候は
古代中国で考案された季節を表す方式で
日本に渡来してからは
日本の気候に合わせた内容になりました。

「麋」は
中国に生息している動物のようです。

中国に住んでいて
普通の鹿より大きく
冬至の時期に角を落とす鹿
という条件にあてはまる
フシゾウ」という動物がいます。
 写真:Wikipediaより
シフゾウは
鹿のような角を持ち
牛のような蹄を持ち
馬のような顔をして
ロバのような尾を持ちながら
その四つの動物とは異なることに
四不像」という名がついたそうです。

中国の沼沢地にすんでいましたが
乱獲によって19世紀末には野生状態では絶滅
20世紀には中国から姿を消してしまいます。

ヨーロッパ人の尽力により
欧州での繁殖が進み中国にも復帰し
今では世界各国の動物園で見ることができます。

日本の動物園にもいます。

王子動物園

ピンク薔薇

日本にはいなかった動物が
七十二候になっているのは不思議にも思います。

未知の動物に対しての神秘性や
日本の気候のみに固執せず
そういう動物もいるのだと柔軟に受け入れたのか
真意は分かりませんが

「四不像」が
絶滅せずに今も存在していることは
本当に嬉しいことですね✨✨