お江戸の華の三職
大工、鳶ときて
残るひとつは「左官」です。
左官
左官職人とは
建物の壁や塀などを
こてを使って塗り上げる
土を使い分ける人たちのことです。
歌川国輝/衣喰住之内家職幼絵解之図
左官の起源は古く
縄文時代にまで遡るそうです。
縄文時代の竪穴式住居
その壁の材料となる土を積み上げて
土塀を作っていたことが
左官の始まりとされているそうです。
飛鳥時代では
石灰を使用した白塗りの壁や
細木を使用して壁を作る技術などが
発展しました。
安土・桃山時代には
左官は茶室の建築に貢献
江戸時代には
漆喰仕上げが左官によって開発されました。
漆喰は火事の抑制にも貢献し
デザイン性でも向上
商人の土蔵や
町家の装飾施工など
左官の技術は芸術的にも高く評価されており
文明開化後に広まった
洋風の建築物の装飾にも携わっているそうです。
歌川国輝/衣喰住之内家職幼絵解之図
![]()
大工,左官,鍛冶屋,畳屋などの
建築関係の職人たちが集まり
結束を図るために
「太子講」と呼ばれる行事があります。
「太子講」は
寺院建築史上大きな存在であった聖徳太子を
建築、木工の守護神として崇め
建築関係の職人が集まり
太子様を祭ることを太子講というそうです。
大工神としての聖徳太子の掛け軸
柄香炉を持たずに「曲尺」を持っている
「聖徳太子の掛け軸」を掛けて
ご祈祷やお供えをして
食事をしたり、賃金の相談をしたり
相談したり、様々な申し合わせをした
職人仲間の運営にとって大切な日になります。
![]()
江戸時代になると
漆喰で壁全体を覆う工法が広まります。
漆喰は
建物の耐火性を強化し
殺菌作用もあり
二酸化炭素を吸収し室内環境を快適にします。
デザイン的にも白く美しく
城や蔵に使われました。
白鷺城と呼ばれる姫路城
漆喰の白さが眩しいですね✨
漆喰彫刻と呼ばれる
装飾的な施工も行われるようにもなり
左官技術は芸術性においても
さまざまに発展しました。
こてを使い
漆喰を塗ったり盛ったり削ったりする
「こて絵」も江戸時代に流行したそうです。
すごいですね!
環境にも良く見た目も美しく
江戸の発展に大きく貢献していたのですね❗️
鍬形蕙斎/職人尽絵詞 左官
![]()
江戸時代の左官親方は
土蔵造りを背景に地域の有力者であり
その数も多かったそうです。
幕府は1699年(元禄12)に
有力左官親方3人を幕府壁方棟梁として
神田白壁街を拝領地とさせたそうで
その近くには多くの左官が住んでいて
特に山城河岸(現銀座6丁目)に住む左官は
大名の海鼠壁を独占的に請け負い
技も長けていたそうです。
江戸の下町では運河網が発達し
河岸蔵もたくさん建設されました。
この運河蔵が火災の延焼防止になり
幕府も積極的に奨励したそうです。
当時、土蔵建築を背景に
前途有望な職業とされていたとのことです![]()
現代でも
調湿性や耐火性、抗菌作用など
漆喰の良さが見直されて
住宅の壁に使用されていますね。
![]()
大工、鳶、左官と
江戸の華の三職について調べてみると
ほんっっとうに
江戸の安全と安心と発展に
大きく深く
関わっていた職人さんたちなんだ!と
改めて尊敬の念が湧きました![]()
![]()
✨関連記事✨




















