まれすけのギター日記 -165ページ目

まれすけのギター日記

ボツボツと趣味でやっているギター。それにまつわる話や、大好きな映画、読書の話、なーんの関係もない話などをいろいろと書き連ねてみようと思っています。

私のギターコレクションは切りが良いところで、いちおう№10までと考えていますが、ここでちょっと休憩ということで、はっきりいいまして、私の自慢話です。ごめんなさい。
私が19歳の時、M君というボーカルとフォークデュオを組んでいた。ライブハウスでも人気があり、地方のラジオなどにも出させていただいていた。
しかし、音楽性の不一致で解散。私はソロに、M君はまたグループを組んだ。でもM君とはつながっていて、私はそのグループに曲を書いていた。
で、そのグループは飛ぶ鳥を落とす勢いで、コンテストでは、地方大会で何度か優勝した。全国大会も2度出場した。(3位、8位)
この写真のメダルはポプコンの時のもの。地方大会に優勝して、西日本ブロック大会に出場した。曲に自信はあったし、M君のボーカルもすごく良かった。ここで優勝か準優勝すれば、プロへの道を一気に歩めると思った。しかし、結果は3位であった。
その時にはわからなかったが、数年後、あらためて表彰式の時の写真を見てあきらめがついた。出場したメンバーの組み合わせが悪かったのだ。
この西日本ブロック大会の2位はチャゲ&飛鳥
1979年(昭和54年)5月6日 第17回 ポピュラーソングコンテスト「ひとり咲き」入賞、1位はクリスタルキング1979年(昭和54年)10月7日 第18回 ポピュラーソングコンテスト「大都会」グランプリであった。

ポプコン関連CD

こっしいの強いススメに背中を押され、ついに、TASCAMの「POCKETSTUDIO 5」を購入!
しかし、2万円を切る値段で、MTRが手に入るとは・・・。すごい時代になったもんだ。
マニュアルがPDFファイルなのと、直感的操作がしづらいというか使い方にクセがあるので、まだ録音するところまでは行ってない(ギターの練習不足っちゅうのが本音か・・・)が、今週平日の晩にしっかり使い方をマスターして、次の日曜日あたりには録音を・・・。そして、音声ファイルと画像ファイルのアップできる掲示板を、ここのブログにぶら下げる予定。
掲示板の方は、サイトの混雑が解消され次第(さっきから10回くらい蹴られてる)設置するつもり。
さあ、楽しくなってきたぞ。
「GIBSON Everly Brothers model」

このギターは1996年生。購入したのは2003年。しかも新品。このモデルは、Y楽器が日本のみでオーダーした、ポール・マッカートニーモデル。
エバリーのオリジナルは黒にでっかいピッグガード、アジャスタブルサドルですが、1960年代の終わりには、モデルチェンジされ、ナチュラルでこのおひげさんのようなピックガードのモデルが作られました。
ポールはこのタイプの黒となりますが、当然特注ですから、他には存在しません。しかし、このポールがこのモデルでイエスタデイを唄う姿にあこがれ、欲しいなあと思っていました。
1996年に発売されたときは、衝撃でしたが、お金が無く(今もないが)見送りました。
そして、2003年、たまたま大阪のD楽器さんで、ストック品があり、(ピックガードにカバーがかっている新品)それを見た瞬間、後先を考えず、即電話でホールド。
納品があった時、J-200と同じ大きさだと思っていましたから、一回り小さいのは意外でしたが、うれしかったですね。
しかし、音は予想とおり、アジャスタブルサドルと、恐ろしいほど分厚いダブルピックガードで、独特な音でした。初期のオリジナルをキャット・スティーブンスが弾いていまして、ライブビデオを何度となく聞いてましたので、音の違和感はありませんでした。
ところで、実は、ポールモデルといいますが、本当は仕様が違います。ポールのモデルはブリッジの形は同じですが、エンドピンがあるのです。その他、ポジションマークの★のうちのひとつが逆になっている。など(サドルもソリッドではないかと思っています。)細かいところはかなり違います。
おまけに、私のは、ペグがグローバーではないのです。
うーん、ギブソンってけっこうええかげん。そこがいいのかもしれませんが。
いずれにしましても、このモデルはもう作らない(売れないもんね)でしょう。でもポールが好きな私にはどうでもいいんです。大切なギターに変わりはありません。
※この写真は私の大切な友人「かっちぁん」からいただきました。








朝のウォーキング。
妻と子供たちの笑顔。
通勤電車で聴く音楽と読む本。
職場での同僚との雑談と仕事に関する議論。
たまーに仕事帰りに飲む1杯のビール。
家で動かぬ指に鞭打ちながら練習するギター。
その合間に豆を手挽きして入れる1杯のコーヒー。
気の会う仲間と一緒にやるライブ!

なんでもかんでも自分に都合のいいように解釈してしまうのか、こうやって考えるとなんでもかんでも「ゲンキのミナモト」やなー。

前向き前向き。
できる・できないじゃない、やるかやらないかだ。
倒れるときは前のめり。
いろんな人にいろんなアドバイスをもらったんやなー。いつの間にか自分が言うたかのように遣うてるけど、これのおかげでポジティブでいられるんやろなぁ・・・。ありがたいことです。
「YAMAHA Paul Simon model」

1970年中頃、高校3年生でギブソンJ-45を購入した私は、とにかく毎日弾きまくった。しかし、DOVEへの思いは残る。19歳のこと。やはり、DOVEを買おうとY楽器に行く。そこで衝撃を受けた。YAMAHAがテリー中本氏を製作者に、カスタム(特注)モデルを販売しているではないか。
DOVEは先にして、今はこれしかないと思った。更に、このテリー氏は、来日した時に、あのサイモン&ガーファンクルの、ポール・サイモンの特注をうけていたと聞いた。確かに、アルバム「時の流れに」のデモでTV出演したサイモンは、黒のYAMAHAを持っていた。
サイモンは、このYAMAHAの第一号モデルの数年後、改良を続け、同モデルは現在数本持っている。
とりあえず、制作に入った。テリーさんとは電話で何度かやりとりして、約半年かかってなんと私の誕生日の日に完成した。ポール第1号機と同じモデルである。やったー。
完成したときの喜びは格別であった。それこそ、一緒に布団に入り、風呂にも入った。(笑)
同時期、YAMAHAの担当者から、「あなたのような、後先を考えない(笑)人がこのモデルを発注してまして、多分日本に7~8本あると思いますよ。」やはり、私のようなポール狂がいたのだ。
ピッチは完璧、チューニングは楽だった。ボディが小さいので音量はないが、メイプルのすばらしい音がした。サドルはチューン0マチックだが、ソリッドと変わらない中音も出る。夢のギターだった。
このギターでたくさん曲を書き、コンサート、ライブも多く出た。
おまけの話だが、このギター、収入もない学生がローンで買ったのはいいが、支払いが出来ず、父親が肩代わりした。オヤジはその時「おまえの20歳の誕生日のプレゼントじゃ。」と笑ってくれた。
今は、弾き語りであるが、年をとって、入れ歯になり、頭もつるハゲになって、唄うことが許されなく(笑)なったら、このギターで押尾コータローばりのギターを弾きたいと思っている。
行って来ましたBAHO(馬呆)ライブ。
関東のトップ・ギタリスト「CHARこと竹中尚人」と、関西のトップ・ギタリスト「いしやんこと石田長生」のギターユニット。場所はあの中之島中央公会堂。由緒正しきレトロなる建物だが、CHARによれば「(内装が)金ピカで関西らしい。卒業式みたい。」とのこと。

場所は前から13列目のほぼ中央。ベストポジション。

いやー、マジ楽しかったわ~。
禁じられた遊びの掛け合いから始まり、笑いを交えながらの2時間40分。おなかいっぱい。

ロックの有名な曲のジャズアレンジバージョンやらGSメドレーやらベンチャーズやら、はたまた、場所にちなんで「雨の御堂筋」(欧陽菲菲)を飛び入り風に大西ユカリがそれらしく歌ったり、上を向いて歩こう(坂本九)を歌詞の漢字パートとひらがなパートに分けて会場も一緒になって歌ったり、いしやんがスタンディングで会場をノリノリにさせたり・・・。編成はエレアコ2本(オベーションアダマス中心。いしやんのアダマスはなんと阪神タイガースカラー!)とパーカッションにもかかわらず、やっていることはバリバリのロック。

最近、フィンガーピッキングにハマッている私にとっては、まさに目からウロコ状態。ほぼ全編フラットピッキングによる演奏に「ひぇー、かっちょエエ!」と思う場面もしばしば。
二人の息のあった掛け合い、パフォーマンスはスゴイの一言。スピード感ありすぎ。
あと、大西ユカリ、おばはんかと思ってましたが、けっこう若いしかわいいかも・・・と見直したしだい。歌、めちゃくちゃウマくて、鳥肌モンやったなぁ。「あんたらギターウマイなぁ~」には爆笑やったけど。


※画像はCHARの公式ページの背景を借りてます。最近、こればっかり言うてますが、問題あればご指摘ください。
「Martin D-45 1979」

私が19歳学生の時アマチュアでライブハウスなどに出ていたとき、1977年製のマーチンD-45を、某楽器店で初めて弾かせて頂いた。
高校の時は、モーリスのD-45コピーモデルがオリジナルだと思っていた。(笑)「モーリスってすごいギターつくるんだなーって。」
で、本物の45の感想はイマイチだった。弦が古かったのだ。(笑)
その頃、同じライブハウスの先輩である村下孝蔵さん(が、D-45を所有していた。これはいい音だと思った。でも一生手には入れられないだろうとあきらめていた。村下さんと最後に会ったのは、CBSソニーのオーディションだった。彼は優勝した。私は落選した。(笑)
それから時は流れ、30歳の時、長男が生まれる記念にと(笑)ギブソンのDOVEを買うことにした。行きつけの店に注文すると、担当者が、D-45の出物があるという。出物と言ってもDOVEから比べると高い。
嫁に泣きついて何とか手に入れた。
うれしくて、弾かずに毎日眺めてはビールを飲んでいた。当時のD-45は、素人が弾くギターではないと聞いてはいたが、本当だった。
あれから17年、ようやく弾ける?ようになったような気がする。
シリアルNO.からかろうじて1979年製造であることがわかった。いわゆる70年代である。(ちょっといい気分)
私の目標は、このD-45の1969年ハカランダモデルを手に入れることであります。いつか、きっと。
偶然は必然である。
よく聞く言葉だが、昨夜はそれを体感した。

後輩のむかぴーが自分のお姉さん(加古川で美容室を経営)から聞いた話。
「お客さんの女性が三宮に新しくできたライブができるお店につとめているらしい」

先輩のスーパーギタリスト「こっしい」から聞いた話。
「通勤途中で気になるチラシをもらった。三宮にライブカフェが新しくできたらしいんでいっぺん行かなあかんな」

で、昨日、たまたまこの3人が三宮で会う機会があったので、ちょっと行ってみる?ってな感じでチラシを頼りにそのお店へ。

お店の名前は「ROOT」。
むかぴーがオーダーを聞きにきた女性に「○○さんですか?」と声をかけたところ、大変驚いたご様子。
そこから、ここへ来ることになった経緯やら自分たちもギターを弾いていることなどを説明。別のお客と話していたオーナーを紹介いただいた。

本業がデザイナーでオーナーでもある坂本さんは、趣味が高じて、いろんなアマチュアミュージシャンが気軽に集まって気軽に演奏交流ができるようにというコンセプトでこのお店をはじめられたそうで、随所にこだわりを感じる店づくり。デザインも全部ご自分で手がけられたとのこと。また、非常にダンディで気さくでカッコイイ方で、自らもやさしく包容力のある声で弾き語りをされ、オリジナル曲も30数曲を数えるとのこと。1曲聴かせていただいたが、松山千春ばりの素晴らしい曲だった。

その後で、早速、お店のギター(これらのギターに関してはおいおい紹介していきます)を借りて何曲かやらせていただき、さらには店の壁のガラスケースに入れてあったお宝ギター(GODINやOvation)まで弾かせていただいた。

さらには、先ほどの別のお客「つかさ」さんたちと音楽談義&ギター・ドラムでのセッション。

また、通わなくてはならないお店(ミナミの「Stand Arena」・西宮の「BEAR」に加えて)が増え、うれしい悲鳴である。あつかましくも定期的にライブをやらせていただけるようお願いしてあるので、今後がほんとに楽しみだ。

というわけで、一つ一つの偶然が重なり合うことも偶然といえるのであろうが、今回のように能動的に気になるお店に情報をもった関係者が「行く」という行為がなければ、昨夜の素晴らしい出会い(坂本さんはこれが縁なんですよとおっしゃってました)はなかったわけで、そういう意味で「偶然は必然」と感じた夜だった。

ところで、写真で擬似熱唱している私が持っているのはOvationなんですが、ちょっと見たことないモデルなんで、どなたかわかる方いらっしゃいましたら情報をお寄せください。
京都・宮津のミュージシャン「いっちゃん」より所有ギターの写真と記事を寄せていただきましたので、掲載させていただきます。いっちゃん、ありがとう!


「Burny BJ-60」

1970年代中盤、フェンダーのコピーで成功を収めたフェルナンデスが、アコギを作った。その名はBurny(バーニー)。制作者は、後に名器ヘッドウェイの制作者で知られる百瀬氏。彼のギター制作の基本は、本物をばらばらに分解して、研究すること。このBJシリーズは、1960年代のギブソンJ-45のフルコピー。価格6万円。
当時、高校生の私は、このBJが欲しくてしかたがなかったが、買えなかった。
2002年1月、兄が私の誕生日のプレゼントだと、いきなり持参してきた。実は、某ディスカウントストアに、なんと、当時のタグ付きで無傷状態で売られていたのだ。しかし、サドルとペグが壊れていた為8000円也。
勿論、ペグはグローバーに、サドルは象牙で完全復旧。
この後、本家J-45を購入するが、Burnyのほうが音が良い。
理由は、BJはロングスケール。多分、DOVEのコピーモデル、BJ-80などとのネックの共有が原因かと思うが、すばらしい音がする。
参考までに、BJ-60はサイドが合板、兄貴分のBJ-80はサイドが単板。今では、中古市場でもなかなか出てきません。


ギターには、みんなそれにまつわるいろんな思い出やドラマがあるのですねー。ここを読んでいただいているみなさん、俺の私のギターを見てくれい!というのがありましたら、是非、画像&音声掲示板まで、画像とコメントをお寄せください


アーティスト: 石川鷹彦
タイトル: WORDS 3.5
ソロギター(インストゥルメンタル)

その昔、フォークソング全盛の時代。吉田拓郎、かぐや姫、風などフォークソングを代表するアーティストたちのアコースティックギターアレンジの大半を手がけたと言っても過言ではない「石川鷹彦 」。知る人ぞ知るギターマンの一人だ。「22才の別れ 」などは若い人でも一度は聴いたことがあるだろう。何曲手がけたかは本人にもわからないらしい。グーグルで「編曲 石川鷹彦」で検索してみた ら、有名な曲がゾロゾロ出てくる出てくる。

私が石川鷹彦を知ったのは、高校生のころ聴いた長渕剛のライブアルバム であった。長渕が「石川鷹彦大先生!!」と叫ぶところがやたらと印象深い。

さて、本作。
本人も初(信じられないがホンマ)の「ソロギターアルバム」。フォークソングファンには涙ものであることは間違いなく、そうでない人にもギターインストの入門編として是非聴いて欲しい。ギターを弾く人間にとっては、お手本となるプレイがぎっしり。
11曲収録されているが、全部ちがうギターで演奏されている。
8曲目「イーハトーブの朝」は、まるで長渕剛の「夏祭り」のイントロのようだ。これならいけるぞと、早速ギターを手にするのであったが・・・。