ヒマジンノ国 -27ページ目

 ヒマジンノ国

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どうやらワクチンで集団免疫を作るという話はダメになってきているようです。

 

 

 

英国で、75パーセント以上の人が接種してダメだったそうです。80パーセント以上打たせろ、というような声も出ているとか。尾身会長も集団免疫は幻想、などといっているようですが。

 

アイスランドの学者も。

 

 

また国立感染研究所がやや怒り気味に述べていた、「ブレイクスルー感染しない」という情報も必ずしも当てはまらない状況のようです。

 

 

国内でもワクチン接種者のクラスターが出ています。

 

ワクチン接種者のADEも疑ってかかる時期に来ているのでは・・・?後遺症が出ている方も、本人の免疫に異常が発生している場合が多いと聞きました。ADEが発生している可能性もぬぐい切れないと思うのですが。仮にADEが本当であれば、ファイザーの元副社長、マイケル・イードン氏がいっていたように、変異株が嘘だという話にも繋がりかねません。

 

やはりワクチン接種はもっと慎重にすべきでは・・・?ワクチン推進者が当初いっていた、感染予防になります、重傷者予防になります、という話もかなり怪しくなってきています。せめて子供には打つべきではないと思います。

 

問題が本当にデルタ株だけが原因で感染拡大しているのか、よく調べてほしいものです。

 

 

自宅療養が増える中、テレビで「イベルメクチン」について触れた医者がいて話題になりました。長尾和弘という方です。彼は今コロナが置かれている感染症の分類を2類から5類へ変更したらどうか、ということも述べています。2類ではコロナを見れる病院が決まっていて、どうしても病床が逼迫するので、インフルエンザなどと同じ5類にすることで、コロナ治療に当たる病院も増やすことができるということらしいです。この話はずいぶん前から、保守系の論客などがしきりに述べていた話です。

 

「イベルメクチン」についての発言が出てから、ネットでは論争が続いています。専門家も「効果はない」、「効果がある」、「効果が分からない」と意見が割れており、結論を一本化することは当分無理そうです。北里大学が治験をしているといいますけどね。来年6月ぐらいに結果が出るという話を聞きましたが、どうなのでしょうか。効果あれば当然ベストだと思います。

 

結局、ワクチンの有効性、安全性、あるいはイベルメクチンなどの治療薬の効果なども、時間がたたないと分からないことばかり、ということでしょうかね。

 

しかしネットでは「今」それが「正しいか、正しくないか」という議論ばかりですね。

 

 

そして片方では新規感染者はワクチン接種者が少ない地域に多いなどというデータも出てはいますね(国内)。しかし外国のデータを見ると接種者が多くても、感染は拡大しているように見えます。

 

 

 

 

ただまあ、国を挙げてワクチンを打たせてきたという理由の1つが、集団免疫を得るということだったと思いますが、これは難しいということです(今後この結果が引っ繰り返る可能性もあるかもしれないですが)。

 

なんだかんだ同調圧力で、ワクチン接種が「準強制」というような雰囲気が出来つつありますが、結局感染者も広がり、一応現在までの効果としては重症化しないということだけで(接種以後の死者と重篤者がかなり出ているので個人的には必ずしも良いとは思えません、またイスラエルでは接種者の重傷者が増えてきています)、だとすればやはり個々人が「打つ、打たない」を決める程度の話になると思います。

 

 

 

「ロックダウン」の話が出て来ています。菅首相はやらないといっているようです。自分はこうした話題は、ワクチンパスポートなどと同じ様に、「私権」の問題と合わせて、考えてみるべきだと思います。

 

 

人によっては、憲法改正の論議なんかに持っていきたいんでしょうけど。穿ってみれば、その地ならしともいえなくもないです。

 

 

小池さんなんかね、いい加減な対応をしてきて今更それはないですよ、という感慨しかありません。失業者も増えていますが、そうなると国に頼らざるえなくなるわけでね。

 

自分なんか意地が悪い見方ですが、コロナ感染が広がり、「わざと」病床を逼迫させ、危機感をあおったうえで、「私権の制限」をしてやろうとしている、という風に見えて仕方ないんですけどね。

 

ちょっといい過ぎなんでしょうけど。

 

しかし、私権制限の政治を支持する人も沢山います(ツイッターではすでに私権の問題を嬉しそうに論じている人たちが現れています)。経済を論じている、一応「保守?」みたいな人達に多いような気がします。何でも効率で考えたがる、とでもいえばよいのでしょうか。彼らは問題を単純化しすぎると思います。

 

私権制限の法律が絶対いらないとはいいませんが、いいだしている人たちを見ると、少しゾっとします。

 

今までの政府や東京都の対応は、ちょいちょいおかしかったと感じています。ちぐはぐでした。せめてその辺り正してからでしょう。今の感じだと信用できないと思います。

 

ワクチン・パスポートを導入したフランスでは、外食するにもパスポートを提示しないといけないとか。そしてそれを警察などが見回りに来るようです。

 

まるで、共産主義国家のようです。あるいは黙示録でしょうか。こんなの666の「獣の刻印」と同じですよね。

 

 

フランスはパスポートなしでは学校には通えなくなるそうです。イタリアもこれに習う、ということ。ポルトガルでも同様の動きが出て来ています。ヨーロッパの没落の始まりでしょうか(ワクチン証明を導入するヨーロッパ各国によって、少しづつ温度差はあるようです)。

 

当面河野大臣は、世界的なワクチンパスポートについては、否定的な見解ではあります。ただ世界的に広がってくれば何といい出すかは分かりません。

 

しかしもっと先を読むのなら、結局、旧ソヴィエト、現中国共産党のような政治に誘導されているだけでは?とも思うわけで。

 

国内でも野党は反日、与党は媚中、せいぜい与党の方が少しだけ寿命が長いだけで、やっていることは同じです。どちらも全体主義に向かう、ということにしか見えません。

 

憲法改正についても、日本の自民党の改憲案も相当に問題ありだと考えたほうが良いと考えています。改憲案で「基本的人権」は守る、というようなことも書いてありますが、各条文で人権の意味を今よりちょっとづつ書きかえてきています。つまり、この草案を書いた人たちにとって、都合よい「基本的人権」に書き換えられている、ということです。自分は憲法改正することについてはもとより反対ではありません。しかし自民党案はアウトだと思うんですよね。野党なんかも「護憲」だけでなく、もうちょい無党派なんかに気に入られる代替案なんか出さないと、結局危ないままだと思うんですが、やっていることがひどすぎます。

 

 

保守系の櫻井よしこ女史が、韓国の諜報機関と関係を持っていたことが、韓国側から暴露されました。一体彼女(彼ら)は何をしていたのか?

 

 

↑、いわゆる、イルミナティやメーソンの「ハンドサイン」というやつじゃないかと思います。櫻井よしこ以外にも保守の論客の姿も見えます。

 

 

この手の日本の保守ったって、環境活動家のグレタ・トゥーンベリちゃんと変わらないわけですよ。あることないこと、適当に織り交ぜながら、世間を自分のやりたい方へ誘導するだけです。

 

当然、今となっては日本、韓国、中国なんかが仲良くなるのは無理なんでしょうけど。ただ長期的に見れば中東なんかと同じで、特定地域(我々だと極東)にまとまった力を持たせないように、各国に分断するために使われてきた「駒」みたないなものだと思うんですけどね。もう過去の話なんでしょうけど。荒らされた後で、後の祭りです。

 

中国がこれほどひどい国になるなら、もとより無理な話であったかもしれませんが・・・ですが、一部、日本人の「愛国心」というのを利用している、というのは事実だと考えています。

 

しかしこういう人たちが政治やマスコミ周辺にどれぐらいいるか、予想が付きません。おそらく相当数に上ると思われます(自分の勝手な推測です)。

 

1人ひとりが自分で考え、調べて、理解していかないといけない時代になっていると思います。帰属意識とか、仲間意識で徒党を組む時代は終わってきていると思うんだけどな。そういうことをやっていると、最後は自分の意見と違う人を弾圧するしかなくなってしまうだけではないのでしょうか。

国内の感染者が増え続けているのですが、なぜ増えつつづけているのか、その理由が分かっていません。

 

急に増えはじめましたが、これに対するちゃんとした回答がないようです。一応はデルタ株のせい、というようなことでしょうか?

 

 

ワクチンを打ち始めたころのモンゴルなどがそうでしたが(中国製ワクチン)、接種者が増えるにつれて陽性者が拡大したようです。英国についても、ピーク時の異常な数字とは比べ物にならないとはいえ、少し増えだしています(モンゴルについては中国製であることが原因だという話もあります)。イスラエルにしても、ワクチン接種者も同じように感染を続けているとといいます。

 

 

いくつか情報が錯綜しているので、何が本当の話かが分かりません。最近では「ワクチン接種をしてない人」の方が感染を広げている可能性がある、という報告もあります。

 

 

片や、変異株にかかる人や死亡した人の多くがワクチン接種者である、という情報もあり、ほぼ真逆のことをいっています。

 

後者の場合、ワクチン接種者がおこす、ADEと呼ばれている現象ではないかという話もあります。

 

<抗体依存性免疫増強(antibody-dependent enhancement:ADE)とは、本来ウイルスなどから身体を守るべき抗体が、ウイルスの標的細胞への感染をさせやすくしてしまうことで、免疫システムが異常を起こし、ウイルスを増殖させたり病気の重症化を引き起こす現象のことです。>

 

 

ワクチン推進者は前者を広め、ワクチン否定派は後者を広め、ということでしょうか。おそらく数が多いのは当然前者ですが、事実がどちらかは、それを支持する者の、「数が多い少ない」では決められないし、おそらく「今の世相」だと、どちらかに結論を出すことは不可能な気がします。

 

片やオリンピックを開催したから増えたのか、はたまた、一般人の気持ちのゆるみから増えたのか、それも分かりません。ただ増え方が異常なので何か特殊なケースなのかもしれません。

 

状況がはっきりしないまま、どうやら日本でもブースター接種とかいう3度目のワクチン接種をやらせるつもりのようです。

 

 

自分は繰り返しますが、今までワクチンを打ってきた人も、次は様子見にした方が良いのではないかと思いますけどね。あくまで提案としてですが、このブログを読まれた方にはそのように進言します。当然、ワクチンを打たないなら、その分自分で防衛する必要があります。そういう努力も含めてになりますけども。

 

こういう書き方は問題あるのは分かっているのですが、やはり人体実験みたいな感じになって来てるんじゃないかと、そう感じています。

 
さて、ADEについて警告を発していたのは、ウィルス学の権威でノーベル賞受賞者でもあるR・モンタニエ博士です。この博士のことは色々いわれていて、問題発言が多いともされています(オカルト博士ともいわれているようです)。しかし、元々中国の武漢からウィルスが流出した、ということをいっていた人物でもあります(当初、米国などは武漢からのウィルスではないといっていたのですが、最近の米国ではまた武漢流出説に傾いています。)
 
ワクチンを打った方々が多い中、怖がらせるために書くわけでもないのですが、一応次のようなことをモンタニエ博士がいっていたということです。あるインタビューの切り抜きです。
 
 
<モンタニエは、注射に含まれる成分とその作用を徹底的に研究した結果、「注射を受けた人は、いずれ抗体依存性増強(ADE)によって死亡する」という結論に達しました。

「言えるのは、それだけです」と、彼は付け加えました。

モンタニエは、HIVを最初に発見した人物として知られており、昨年の春、武漢フルーには自己免疫疾患を引き起こすウイルスのDNAを人工的に継ぎ足したものが含まれていると警告しました。今では、中国ウイルスの「ワクチン」でも同じような変化が見られるようになり、人々の体を突然の死へと向かわせているようです。

モンタニエはまた昨年、「コロナウイルスのゲノムにHIVやマラリアの病原菌の要素が含まれていることは非常に疑わしく、ウイルスの特徴が自然に生じたものであるはずがない」と述べていました。

武漢フルー注射は、時間を遅らせた死により、大衆を「ゆっくり殺す」ように設計されていた。

遺伝子組み換えウイルスが意図的に放出されたことと、パンデミックと言われる時期に医療機関が遺伝子組み換えウイルス用の注射を導入したことは、全く別の問題です。

モンタニエの見解では、このアプローチはせいぜい「受け入れがたい過ち」であり、中国ウイルスの「亜種」をさらに広め、より多くの人々を殺すことにしかならないからです。これは最初から計画されていたことのようです。>
 
現在の混乱はもしかしたら、ワクチンによるADEの可能性があるということでしょうか。モンタニエ博士は極端に「ワクチンを打った人が、数年内に死ぬだろう」(ファイザーの元副社長、マイケル・イードン氏も似たようなことをいっています。ドイツのボッシュ博士などは、コロナウィルスは抑えるが、今度は人間の自然免疫が効かなくなるとも)といっていたようですが、その点に関しての真偽は、現在不明です。現状では重症化は起きているわけでもありません(ただ、こうした発言を完全に無視するのも危険だと思います)。
 
この場合、ワクチン接種者が再び感染する、ブレイクスルー感染ということでしょうか。
 
この問題に関しても、日本の国立感染研究所はブレイクスルー感染は極めてまれ、としていますが、アメリカのCDCなどは別の結果も出してきています。
 
 
 
とりあえずブレイクスルー感染についても何が本当か分かりませんが、一応日本から情報が出てきたのは良いのかもしれません。しかし、やはり現状接種後900人以上が亡くなっているというワクチン接種に対しては、何故かちゃんとした因果関係を調査した、報告を出してきていません。ワクチン接種に対しポジティヴな情報はやたら早く出してきますが、そうでない情報は無視というので、中々個人的にこの手の情報は、簡単に鵜呑みにできないきらいがあります。
 
先日も、中日の木下投手がワクチン接種後に倒れ、その後に亡くなりましたが、これも因果関係不明とされています。さすがにこれはおかしいのではないのでしょうか。因果関係を調べようと思えばできるはずです。ヤフーニュースはタイトルまで変更する始末。
 
 
韓国では20代の軍人がワクチン後死亡したとして、因果関係を認めています。
 
 
確かにこれを認めると900人以上の死亡者について、さらに調査をする羽目になるんでしょうが、それをしない方がおかしいわけで、おそらく「わざと」調査していないのか、あるいは、知っていて発表しないのか、いずれかではないのかと勘ぐってしまします。
 
ワクチン接種をさせよう、という傾向はワクチン接種が始まって以来ずっと続いています。やはり不信感は出ますね。
 
さて、感染拡大について話を戻しますが、ブレイクスルーでないなら、どんな理由があって感染者が増えているのでしょうか?こういうこともはっきりさせないと、どんな手を打っていいかも分からないと思いますけどね。
 
ワクチンについて、他にもまだ書かなければならないことがあるのですが、今回はここまでにします。

 

ワクチン・パスポートについて世界各国で反対のデモがあったそうです。フランスではいち早くマクロン大統領がワクチン・パスポート導入を決めたためにかなり過激な抗議運動になったようです。

 

他にもギリシア、オーストラリアで抗議運動があったとか。イタリアも議会で相当に揉めているようです。

 

そして、日本では緊急事態宣言の法制化の動きが出始めています。

 

世界同時進行で「私権制限」の動きが出始めてるということです。「私権の制限」については、ある程度まで、為政者たちは織り込みずみなんだろうと思われます。

 

計算ずくとはいえ、古典的なやり方ではありますが・・・。

 

仮にコロナが収まったとしても、政治家たちは手に入れた権利を簡単には手放さないと思いますけどね。

 

自分もワクチン・パスポートには反対ですね。非常事態宣言とか、ワクチン・パスポートみたいな全体主義的な発想は、「やり始め」はかなりうまくいくと思うんですが、時間がたてばたつほどに、世の中から自由を奪っていくものだと思います。私権の制限など、本来当たり前のことではないわけで。非常事態の演出がされればされるほどに、人は強いものの庇護を求めます。法律でそれを固めてしまえば、やりようによってはどんどん利用できるんですよね。

 

また、今の我々自体の在り方そのものも、利用されているんですよ。試されている、ともいえますが・・・。東京都の陽性者が過去最高だとかいってますけどね。

 

ドストエフスキーのところで書きましたけど、人間の多くは放っておけば楽な方へ流れて、自分たちから自由を放棄することになることが多いと思います。

 

管理されたい欲望があるというのかな・・・。はじめはちょっとづつでも、気が付けば自分たちで自分の首を絞める、ということになってしまうと思うんですね。こういう部分は気を付けないといけないと思います。

 

そういう意味で反対運動が出る、ということ自体は「歴史から学ぶ人も多い」ということでしょうか。

 

さて、今あるワクチンでは接種者の死亡率は下がっている、ということはいわれているようです。しかし相変わらず接種後に死んだ人などの因果関係不明、などどいうこともいっていますね。

 

そして、ワクチン接種の先進国であるイスラエル、英国などでは再び感染者は増えました。今は感染者が減り始め、重傷者が増えているといいますが・・・。イスラエルは3回目のワクチンを打たせています。

 

一部に、ワクチン接種国ほど感染者が増えているのではないか、という話があるのですね。

 

最近日本でまた感染者が増えてきているということと、関係性はないのでしょうか?オリンピックのせいで陽性者が増えているのか、ワクチン接種者が増えたせいで・・・感染者も増えているのか。

 

以前も書きましたが、こういうことを一々後追いして調べるべきなんですよね。

 

多分・・・そのうち、国はまた、「繰り返しワクチンを打て」、といいだすと思うんですが、個々の細かい状況が分からないのにどんどん打たせていくとは、これ如何に?ということになりますよ。

 

放っておけば、どんどん「不明」なことが多い「理解不能」な状況に一般市民は追い込まれていくと思います。

 

だからせめてワクチンは5年は治験せよ、という話にはなると思うんですけどね。常識的に考えて、これは普通に「倫理」の問題でもあるはずなんだけども。国が主導してやることではないです。

 

今国がやっていることは「博打」なんですよ。歴史上最大の薬害になってもおかしくない可能性が未だあるんですよね。ちょっと狂ってると思います。

東京オリンピックが始まったようです。仕事で疲れ切っていて、開会式は見る暇がありませんでした。

 

個人の生意気な意見をいわせてもらうのなら、開催にこぎつけたこと自体は評価されるべきかと思います。特に裏方の人たちの努力というものを考えると、そう思いますね。何事もなく、つつがなく終われれば良いですね。

 

ただ、そういうこととは関係なく、現代のオリンピックの在り方そのものは問題だと思います。あまりに政治的だし、お金がかかりすぎます。また、国内だとオリンピックの是非を問う時、保守かそうでないか、とか、反対するのは反日だリベラルだ、とかそういう話にもなるので、もううんざりです。そういう人たちは「死ぬまでやってるんだろうな」としか思えません。

 

原点に返るべきですよね。政治性やお金をかけないような配慮を、すべきでしょう。当然完全には無理ですが、そういう努力の跡なんかがあると、次の時代につながると思うんですよね。

 

 

アメコミ・ヒーロー、アヴェンジャーズの一員、ナターシャ・ロマノフの活躍を描く「ブラック・ウィドウ」を観てきました。

 

かなり良かったです。個人的にはアメコミ・ヒーロー映画を観ることはありますが、アメコミ・ヒーロー自体はそんなに好みではありません。「エイジ・オブウ・ウルトロン」とか「ワンダー・ウーマン」はそこそこも面白かった記憶はあります。

 

しかし、アヴェンジャーズ・シリーズは全く追っていなくて、「エンドゲーム」も観ていません。ですのでアヴェンジャーズの時系列など良く分かっておりません。

 

この作品はナターシャ・ロマノフを掘り下げて描いている映画です。彼女の少女時代から、その家族などが描かれます。アヴェンジャーズを良く知らない自分がいうのも何ですが、ストーリーは、まあこんなものかな、という内容でした。

 

 

映画の映像とか、雰囲気がかなり好みでした。それらはあくまで個人的な見解ですけども。

 

ヒーローもののアクション映画で、当然CGも全開です。極端なことをいえばそういう、アクションシーンやCGの部分さえ描いておけば、成り立つ映画の部類でしょう。

 

しかし自分はそういう派手な箇所以外、映像から伝わってくる人間の感情とか、場面の雰囲気とかに非常に惹かれるものがありました。

 

映画を観てから調べたのですが、監督はまだ駆け出しの女性監督だそうです。

 

人物の顔の接写や、角度を利かした映像が多いのですが、そこから出てくる感触が好きです。昔の監督は映画の画面は引きで、何が起きているか分かりやすいように映像化していましたが、最近の映像作家はドキュメンタリー風というか、よりリアルでその場の感触が残るように映像化することも多いです。

 

今回も場面場面の生の空気感などが、画面から伝わってくる気がして、リアリティがありました。

 

それぞれ細かいシーンなんですけども。

 

ナターシャとエレーナの姉妹が2人、車に乗ってハイウェイを走るシーン。米国のネオン輝く夜の雰囲気など良かったし、殺し屋で女子力ゼロのエレーナが、ダサいジャケットを姉のナターシャの見せびらかすシーンなど、エレーナ役のフローレンス・ピューの無頼な感じなども演技が上手く、イカしてます。

 

あるいは場末の飲み屋、屋外で、姉妹2人の過去を語るシーンなんかも、ナターシャを演じるスカーレット・ヨハンソン、ローレンス・ピュー共に本当の姉妹が自然に語りあっているように見え、日暮れの空気感も匂う様・・・。観ながら、「ああ、そういうのだよ」とか勝手に自分は感じ入る始末。

 

「日常」という空間が感じられるシーンなど、そういう部分が特に好きでした。人物の気持ちと画面の絵が一緒になっている。

 

おかげで途中から随分気持ちよくなって、非常に良い陶酔感で観ていました。

 

ああいう感じはテレビのモニターで観ているときは、出ませんよね。

 

映画は画面が大きく、顔のアップとなると大きすぎて怖いぐらいですが、うまくはまると、実際その場で、自分がその物語の現場で、観えているぐらいの丁度良い大きさの映像になります。

 

別のいい方をすれば「等身大の大きさで画面が観える」わけです。本物が目の前にあるように見えるわけです。そのような場面がちょいちょい挟まれると、観ている方はその世界にトリップするわけです。

 

海外旅行に行った人など良く分かるかもしれないですが、写真で見ていたものを実際にその場にいって、その世界が自分を覆った時の感じというか。そういうものが今回は初めからずっと続いていました。だからこういう映画でいつも下らないと思えるような、ちょっとしたドラマのシーンがすごく良くって好きでした。

 

この女性監督の特性なんでしょうか。

 

アメリカ、ノルウェイ、チェコなどと場面も変わったりしますが、空気とか匂いが伝わって来るようでした。

 

アクション・シーンも悪くないですけどね。アクション・シーンは標準的な気もしましたね。

 

まあでも映画館に観に行って、本当に良かったかな。

 

自分にとっては非常に満足度の高い映画でした。

 

しばらく休暇をとっていました。調子が落ちていたので、休みを取りたいと思っていました。
 
 
先日は長崎県の世界遺産、五島列島に。
コロナ過で自粛を、という話もありますが、自分は最近、ほとんど気にもせず・・・。
 
自分は全く社会不適合者ですね。
 
 
今回滞在中はほぼ曇り空でしたので、良い写真が撮れませんでした。一応旅行に行くとフォトジェニックな所を探して行くことが多いんですけど、今回は残念でした。
 
五島列島には昔のキリシタンの教会が複数残っているということです。世界遺産になっている理由です。海も美しいそうで、1度行ってみたいと思っていました。
 
自分は1番大きい福江島というところに滞在したのですが、そこからフェリーで片道1時間かけて、別の島の桐教会というところへ行きました。
 
周辺は小さな漁村で、緑色の透明感あふれる海の中に教会は立っていました。
 
 
空が曇っていたせいでもう一つ透明感が出ませんでした。
 
 
最終日は行きたいビーチがありましたが、天気予報で昼過ぎから90パーセント以上の雨の予報で諦めて、近場のビーチに行きました。
 
海は非常に綺麗です。沖縄を思わせるものがあります。
 
 
旅先で出会った人たちに良くしていただきました。ホテルの方々、タクシーの運転手、レストランの人、ANAのCAさんなど、皆さん本当に感じが良くって感謝しています。
 
今回は旅先で、行きたいところに行けない、という状況が多かったです。楽しいという感じではありませんでした。しかしながら、帰って来てかなり満足していることに気づきました。時間をゆっくり使って滞在できたし、何より会った人々に良くしてもらったのが1番だったかと思います。感謝です。

 

 

預言書「日月神示」に有名な一文があります。磐戸の巻、 第一六帖のものです。

 

「子(ね)の歳真中にして前後十年が正念場、世の立替は水と火ざぞ。」

 

これは世の立替が、本格的になる年月を表しているといわれています。2020年が子歳でした。コロナも流行って、この年が真中の年という意見があります。だとすると正念場は2030年までです。また片方で、立て替えの終わりが辛酉で終わるので、真中の年は2032年という意見もあります。そうなると正念場の始まりは2022年になります。

 

神示の中にもあまり数字にこだわるなという文言もあるので、議論しても仕方ないのかもしれないです。正直どっちかは分からないという話です。

 

しかし両説、共に2022年ぐらいから、2030年ぐらいまでは重なるので、今後のおよそ10年は長らくいわれてきた、「世の立替」といわれるのもが本格化する可能性があるということでしょうか。

 

個人的に「真中の年」は、2032年ぐらいだろう、と思い、とりあえず2022年ぐらいをめどに、行きたいところに行く、やりたいことをやる、とかそういうことをしてきました。

 

現在、「大日月神示」を下ろしている方は、今年の秋か冬ぐらいから大変になるかもという話をしていらっしゃるようです。

 

とりあえず2022年から2030年前後まで世界がどうなるか、世情を見たいと思います。

 

最新の「大日月地神示」によると「目の前に顕れておる苦は、小難に変わりた神世の始まりぞ。」とあります。ですので、実際起こることはそれほど恐れるようなことではないのかもしれません。

 

しかし、かつては「世の立替」は非常に厳しいものになると伝えられていました。

 

艮の金神の神示で有名なのは「日月神示」ですが、他にもいくつかあります。その1つに「火水伝文(ヒミツのつたえフミ)」(1991年の神示)があります。

 

艮の金神は<日月(神示)は「経綸の計画書」じゃ。火水(伝文)は「経綸のワケ」じゃ。>とおっしゃっているそうです。

 

さて、その火水伝文、冒頭に次のようにあります。

 

「時いよいよ現れ来たりたぞ。これより先、新しき世に至るまで暫しの年月、辛抱肝心ぞ。 人民様、程度の差こそあれ業火の死、遂げる者。生き残り塗炭の苦しみ、受くる者。 二つに一つになりたぞよ。人ごとでないぞ、汝も同じぞ。悪人、善人らちもない。 


死に行かれる者も、残し置かれる者も聞くのざぞ。 
この度は地球最後の転生の時、天意転換の時ぞ。それ由の厳しさぞ。 
全人類、己が囚われ積みしケガレ、一点の曇り無きまで払い清めせなならんから、 数多の民、死ぬる者も残りし者も相等しく、阿鼻叫喚の地獄の如き洗礼をその身に受けねばならんのぞ。女、子供辛きこと哀れであるが、一人とてこれ避けること出来んから、 早よう魂磨きてくれよと申してきたであろうが。 


遅し。神、既に動きたぞ。 


浮かれ暮らす人民様、この度のこと取り違えおれば末期の不覚となりぬるぞ。 しっかと世情見ていて下されよ。 
現界の荒らぶる現象いよいよ混乱狂気となりておろうが。 

 

正邪、背徳、驕奢の膿、様々なる形なさして世に噴出させておろうが。これ予兆ぞ。 既に世界はウラにて一つになりたぞよ。真中を過ぎし不測の時、世界の悪勢一挙に入り来たり全土を一つと七つに分け占めて修羅の地獄と化さしめん。 
 

これ、こたび始めの神仕組なり。これ日本の事ぞ、マコトぞ。 仕組ありて、真先に日本払い清めせなならんからぞ。 国、土台から破壊され、ケガレし権力潰えしも外なるケガレ逆巻きて 内なるケガレ払うのぞ。 


私有財産壊滅し、衣食住にも窮迫し、国民同士の戦ある。

 
人と獣との分かれ目ぞ。ケガレしものの消ゆるまで、三歳苦難の道行きぞ。 
こは神仕組み神ハタラキなれど、汝等人民様の招きしことなるぞ。 
汝の欲心甘やかし来たりたであろうが。しただけのことは拒めぬぞ。 
神恨むでないぞ。しかあれ、人民様の苦しき死。残り苦しむ様。 
神、望みてないぞ。既に遅けれど、 このワケ、縁ある者に伝え置く。この度死ぬる者はこのワケ聞いて肚に入れ、 生き戻れるように死んで下されよ。死んでも頑張りて下されよ。残されし者も同じぞ。 


死に急ぎなさるなよ。よくよく頑張りて下されよ。よいな、三年の間ぞ。 
三年の間、汝等の心魂、修羅場と化せしその地にて耐え難きを耐え魂磨くのぞ。 死して逃れんと欲っせしも、異界にて万倍の地獄飲まなならんのぞ。 
神、頼むぞ。

 
汝蒔いた種なればこらえにこらえて三真釣り持ち行け。 


聞く耳出来たか。 


神、急ぐのぞ。仕組み始まる前に聞いて下されよ。ここ数年の事ぞ。 仕組み始まりたれば三年の間、神一切手出しせぬのざから。 このフミも手に入らんようになるのざから。 イノチある内に聞いて下され『そは何ゆえなりや…と』。汝、初めて真理問うのぞ。 」

 

これを読むと「大難」というイメージになります。しかし、「小難」になったということらしいですが、一体それは、どのようなことかは、残念ながら考えても分かりません。

 

艮の金神は日本の国土そのものが御神体とされ、それ故、日本には特に厳しい神示が降りているといえます。以下も「火水伝文」からです。

 

「《快欲》の仕組みは、外すは適わぬ大事な仕組みでござるが、一旦《囚わ》るれば、快欲の響きより自ら放るるは、末代出来ん事にてござるのぞ。なれど汝等が快欲に囚われたままにありては、末は滅ぶしか無うなる由、快欲に囚われた汝の乱れを、二つの仕組みで真釣るミロクへ誘うため、大神様はこ度、地への王の王の王になられる、正神真神の直のご霊統にあらせられるご一柱を地へのご守護に、もうお一人方のご一柱を天のご守護に構え置きなされ、囚われをほどき、 真釣りに組み結ぶ尊き仕組みを守り成す、重き御役をお与えなされたのじゃ。 


一つは汝等の囚われを壊し行く仕組みであるぞ。情けの仕組みであるぞ。タテカエ行く仕組みであるぞ。今一つはタテカエを、真釣りに結ぶ仕組みであるぞ。 花の仕組みであるぞ。タテナオシの仕組みであるぞ。情けと花の両輪でござるよ。 一つは情けに結ぶ『魔釣りの経論』。今一つは花に結ぶ【真釣りの経論】。元は一つに繋がり居れど、逆様のハタラキをなさる仕組みを、構えられたいうことであるぞ。その様に致さねば、汝等が滅ぶもうしたであろうがな。元つ仕組みに 魔釣りの経論があるは、悪には悪を持ちて当たらねば、ご苦労のない善のミタマでは適わぬ事でござろうが。しかあれ、元つ仕組みに悪は影さえ入りては居らぬのぞ、情けあるだけを知りて下されよ。取り違い致すでないぞ。神成る身の汝等 が《快欲》の響きに《囚われて》悪を出さずば必要無き仕組みにてあるは道理で ござろうが。囚われ出くれば、悪現れい出来て情けに結び、タテカエにて壊し知 らせるが『魔釣りの経緯』の裏の基でござるのぞ。少しは解かりて下されたか。 

 

しかあれ、『魔釣りの経綸』申すはそのままにありては、【真釣りの経論】の全くの逆ザマのハタラキにござるから、共にあるは適わぬ事にござりたのじゃ。 そうであるが由のご苦労でありたのぞ。この構えをお創りに成るには、魔釣る響きをお産みに成るには、艱難辛苦の裏舞台がござりたのじゃ。そは辛苦の極みを持ちて、死を持ちてこれに応えられたからであるぞ。元つ大神様のご妻神、神サラレルを持ちて、汝等皆々に情けの仕組みを残し置かれたのじゃ。汝等を思う至誠至愛ある由の、イノチを賭しての尊き響きにあらせられるのぞ。解かりたか。 


 ご妻神の死申すは、元つマコトの神真釣りを閉めた申す事でもあるぞ。こが大事な一度目の岩戸閉めじゃ申すこと、知りて忘れて下さるなよ。 

 汝等の知り居る古紀申すは、裏で『魔釣りの経綸』を操る者共に、都合の良き様に改ざんされあるを知りて下されよ。このヒノモトは万世一系じゃ等と申して、 安心致し居るマコトの解からぬ者は、よくよく気を付けなされよ。そは人皇の世の事にてあろうが。ヒノモトのマコトの真釣り申すは、そんなことではござらぬ ぞ。ヒノモト申すは神幽現、三千世界を統べ真釣る、尊き御座の座すところ、ミロクを現ずる真中なり。

 

こ度ミロクを現ずるに、逆さと成りてる神界を、先ずにタテカエナオしたは、神鳴る響きが現成るに、真釣る正しき順序にて、成さねば現の過ちが、直らぬ道理であるからぞ。神が逆さに過ち居りて、いかで汝等現界 が、正しき姿申すのぞ。神が逆さでありたなら、人皇含め汝等も、真釣るが逆さは道理でござろう。過ちに気付きてス直に直せば、それで良いのじゃが。いつまでも古き教えのお仕組みに、囚われ居りては末代の恥となりぬるぞ。悪き世にありては、それなりのお仕組みが必要でありたなれど、悪き世は既に滅びて居るの じゃぞ。」 

 

万世一系は日本の文化を、国土を守るものとして伝えられてきましたが、現在は日本の永続性のために必要という話しか出ません。そこに「神学」はありません。「永続性」さえあれば国が、「善」であろうが「悪」であろうが良いのでしょうか?そこに真正の「神」の魂がなければ意味をなさないでしょう。

 

「しかあれ皆々真釣りて無きが由、皆々段々衰えて参りて、先行き不安となりたところで、体(地球)の栄養を一人受け居る、結構なハラ (日本)が悪いとアタマが仕組み煽りて、四体を巻き込みハラを弱らせ攻め入りて、 何としても真中のハラを我が物と致して、胴を奪いて五体(世界)の魔コトの王にならんと画策致し居るが解からんか。日本の上を預かる者どもは、これより訪れ参る外圧に、好い加減なところで妥協せんとなされるが、そは適わぬ事と知り置かれよ。この方が許さぬなり。そが時、汝等マコトの者は世間より悪く悪し様になされる由、今今よりシカリ、心鍛えてマコト護持出くる様、気張りて下されよ。 


 アタマが何をなさろうが、ハラがマコト真釣りを少しでも致して居れば、如何様にも持ち直す事は出来たのであるぞ。今の世の酷き有様はハラにマコトが無い由に、アタマのやり方を善き様に吹き込まれ、思い込まされ、身欲に走りて信じ込み、行に結びたが終わりの始めとなりたのじゃ。今今になりても、世の識者呼ばれる者共や宗教家申す者共は、マコト耳に入れども聞きもせず、見せども見えぬあき盲ばかりでござるから、日本はだまされて居りたのじゃから、日本ばかり責めいで下され等と物知り顔で申すなれど、 そは今今に至りても尚、 ヒノモトの真姿の見えぬ大ウツケの申し様でござるぞ。 」

 

今の政府は、外圧や資本の圧力に負けた政治家ばかりになっている、といって良いでしょう。

 

本質的に「日本人はもっとしっかりとできる」、ということが神示の本心だと思って良いと思います。そしてそれができないのならば、いずれは「火水伝文」の冒頭に書いて得る様なことも起こりうる、ということだと思います。つまり「悪」を用いて「悪」を払う、ということです。日本政府(日本人)が変わらねば、他国からの侵略でもって、それを払う、ということです。

 

日本人は変わらねばならい、ということだと思います。



来週はブログをお休みします。

 

久しぶりに映画館に行ってきました。「ゴジラ対コング」と「ピーターラビット」の続編を見ました。

 

「ゴジラ対コング」は思っていたより面白かったです。内容はマンガですが、小難しい物語を期待するようなものではないと思います。ドラマは薄いですが、映像の迫力はすごかったです。映画館で観たほうが楽しいと思います。

 

あらすじは書きすぎるとネタバレになるので止めます。

 

全然違う話なんですが、この映画を観る前の午前中に地球に住む「地底人」の話を書いている方がアメブロにいて、それを読んでいました。その後、何も考えずこの映画を観ていたら、地底人は出てこないものの、その「地底世界」が描かれていたので少し驚きました。

 

昔から「地底空洞説」といって、19世紀ぐらいにヨーロッパなどで語られた「地球には地下世界が存在する」という話です。入口がアジアのどこかか、または南極のどこかに存在するといわれ、今回はそういう舞台設定がありました。その辺も面白かったです。

 

昔からハリウッドの映画が、一部の「高度な機密情報」を意図的に開示する手段として使われているという話があります。月面の裏側に文明の遺跡がある、とか、南極には古代文明の秘密がある、というような内容がマイケル・ベイ監督の「トランスフォーマー」で描かれていましたが、それらは真実が元になっているのではないか、という話です。エドワード・スノーデンは地球の内部に、我々地球表面上の人類よりも高度な技術を持つ種族が住んでいるといっています(最近ではジェイク・アンジェリーの暴露なども)。

 

ドイツのナチスはチベットや南極に遠征隊を派遣しました。「シャンバラ」や「アガルタ」と呼ばれた地底世界が本当に存在すると考えていたようです。興味深い話です。

 

 

映画の話ではないんですが、「スタートレック・ディスカバリー」の第2シーズンを観ています。

 

ジョナサン・アーチャー船長を描いたエンタープライズ2は人気がなく、第4シーズンで打ち切りでした。それが、「宇宙大作戦」から30年以上も続いてきたドラマシリーズの終焉でした。

 

ところが12年ぶり新作「ディスカバリー」が始まって楽しみに観ています。

 

ファースト・シーズンはかなり凝ったストーリーで、平行宇宙を行き来する、複雑な物語でした。今回の第2シーズンはまだ初期の部分しか観ていないので、ちょっと良く分からないですが、今までの「スタートレック」にないような斬新な内容を期待したいです。

 

しかし、上のディスカバリーのポスターは「いかにも」なポスターです。

 

 

↑、全てを見通す「プロビデンスの眼」です。秘密結社イルミナティの公式マークです。通常は左目です。三角が下向きになると「右目」になるということかな。

 

このスタートレックの原作のG・ロッテンベリーやスティーヴン・スピルバーグなどは「宇宙人の存在」や「宇宙人とのコンタクト」を知らされていた、といわれています。彼らの主張は問題があるという人もいますが、個人的には興味のあるものは、何でも観ることにしています。

 

「ゴジラ対コング」にもイルミナティの話題は出てきますし、それを模したマークも登場していました。

 

最近はこういう話と少しだけ縁が深まっている気がして、気になっています。

コロナワクチンについては、医者たちの意見は2つに割れています。「打つべきである」、「打つべきでない」という2つの意見です。

 

個人的には「危ないのではないか」という意見です。こういうのは「反ワクチン派」ということでしょうか。

 

 

先日、河野太郎ワクチン担当大臣が公式に、「反ワクチン」について完全否定を行いました。ネットでその文書を見ることができます。

 

彼はその中で、ワクチンの動物実験に猫は使っていない、といっています。この話の出元は確か、ファイザーの元副社長のSNS上での暴露だったと思います。暴露であることは、公式の公表と異なるのは当たり前で、大臣のいうこととファイザーの元副社長のいうことを秤にかけてみる必要があります。

 

 

↑、ファイザーの元副社長のマイケル・イードン氏。今回のワクチンによる、女性の無期限の不妊症などの話を広めたのは彼です。ネット上で動画が残っています。河野大臣の意見などと合わせて、比較参照してみるべきだと思います。猫によるワクチンの生物実験は、失敗したということもいっています。

 

また、長期的な安全性については、河野太郎氏は次のように書いています。

 

「mRNAは半日から数日で分解され、ワクチンにより作られるスパイク蛋白も約2週間以内でほとんどがなくなります。

mRNAワクチンが遺伝子に組み込まれることはありません。

mRNAワクチンでもアナフィラキシーが起きることがありますが、症状が出るのは接種してから2日以内に限られます。

これまでのワクチンでも、ほとんどの副反応が6-8週間以内に起きることが知られています。

以上のことから、コロナワクチンの長期的な安全性について特段の不安があるということはありません。」

 

最後に一文、「長期的な安全性について特段の不安があるということはありません。」と作文の感想文のような文言がありますが、その原因の経緯である上の説明を読んでも、数年後の副作用についての説明は一言もありません。書いてあるのは、アナフィラキシーや短期間での副反応のことだけです。5年以上の治験をやっていれば、このことにも、もっとしっかりした反論ができたはずです。

 

治験が終わっていないので安全性が確認されていない、ということに対しては次のようにいっています。

 

「mRNAワクチンは、基礎研究、動物実験、治験が省略されることなく実施され、リスクを上回る臨床的に意味のある有効性が確認されています。

その上で、いつまで効果が持続するかという長期の有効性を確認するための治験が継続して行われています。」

 

治験は続けている、ということになります。ですので、これは今までの我々が不安に感じていることの「要点」の1つである、「治験がまだ終わっていない」という理由を単になぞっているだけです。長期的不安がない、という意見と矛盾します。どんなに初期的な治験が終わったといっても、開発した時間以上の結果は、「時間がそれ以上」に経ってみないと、分からないのでは?

 

6月24日に、450人の医師が「ワクチン接種の反対」を望んで、嘆願書を厚生労働省に出しました。大手新聞ではこれを無視しました。発起人の高橋徳医師はSNSに次のように書いていました。

 

 

このことについては色々といわれていますが、ワクチンに不安のある人が抱く内容としては、上の文章はそれほどおかしなことは書いていないと思っています。彼らはワクチンは5年は様子見した方が良いといっていますが、個人的には全く同意見です。

 

彼らの記者会見は映像になって、YOUTUBEでもアップされましたが、すぐに削除されてしまいました。これも不自然です。最近はアメブロでもワクチン記事について注意喚起がされ始めていますね。

 

こうなってくると一般市民の我々は、自分たちの経験や肌感覚で判断するしかありません。そんな中、厚生労働省は次のような発表をしたようです。

 

厚生労働省発表
令和元年 新型インフルエンザワクチン
5,649万回 6人死亡

6月18日まで コロナワクチン
2,966万回 356人死亡

 

インフルエンザワクチンでは9415000人に1人が死亡ですが、コロナワクチンについては83314人に1人が死亡しています(インフルエンザワクチンと比べると、単純に100倍以上の死亡率の差です。死亡理由の内訳をみると単純な比較はできないという方もいます)。

 

さらにSNS上では接種後、1週間、2週間後に死亡した人がいるが、因果関係は不明のため、ワクチンが原因がどうか分からない、という経験をした方々が多くの投稿をしています(身内が亡くなった、という方々です)。

 

この点についても国は徹底した調査をすべきだと思います。356人死亡が氷山の一角ではないかという意見が出ているのですから、実際どうなっているかを、国が責任を持って、ちゃんと後追いして調べないといけないのだと思います(そいうレベルになっていると思います)。こういうことを何時もしませんが、それがどんどん問題を大きくする原因だと思います。そしてそういうことをいつも「許す」こと自体が、本来おかしいことです。

 

現状のままでは、ワクチンに対する不安は決してぬぐえないと思います。「お題目」は「公式」に声高らかに語れますが、「真実」は常に「小声」でささやかれ続けています。ちゃんとした後追いの確認や、治験に対する不安を、余程納得する形で提示しない限り、一定数必ず「不安」を持つ人が出てくるのは当然です。そしてこういう人々を「多数」で押し切りだせば、これは「全体主義」の前触れなのは間違がなく、現状はそこに一歩近づいています。

 

ワクチンパスポートなどが導入されれば、全体主義的な傾向がより高まっていくでしょう。世界中でロックダウンや、公権力の乱用が始まっていると思います。こういうことを固定化させてしまえば、後戻りはできなくなります。

 

厄災や大きな事件、あるいは戦争などが起きれば、それを理由に「自分たちの好きなように、社会を作り替えようとする人たち」がいるということではないでしょうか。気をつけねばいけないと思うのですが。かなり危ない線に来ていると思います。

 

エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688-1772)の「星界報告」(高橋和夫訳)。

 

最近はSNSで宇宙人の話題が良く出るようになりました。彼らによると「良い宇宙人(プレアデス星人など)」と「悪い宇宙人(レプティリアン、オリオン星人など)」がいるという話です。

 

しかし我々のほとんどは宇宙人を見たことがありません。

 

このスウェーデンボルグの著作はそんな「宇宙人」について述べた、古典的書物(18世紀に書かれた)で、太陽系惑星にはそれぞれ住人がいることを述べています。しかし今日、人類は宇宙に進出しましたが、太陽系の惑星に宇宙人が存在する兆しはありません。

 

スウェーデンボルグによると、人間は誰しも「靈の内側(魂、とかハイヤーセルフとかいわれるもの)」が開発されれば宇宙人と語ることができるようになると述べています。

 

自分は昔ある靈能者の本を読んでいたことがありますが、その本には次のように書いてありました(神様が人に語る、という体裁です)。

 

「お前たち人間は、この大宇宙の中に、宇宙人がいるかどうか知りたいじゃろう。お前たちは、宇宙人はUFOにのって遥々宇宙の彼方からやって来ると思うか。何万光年の彼方から、なんでわざわざやって来て、何の挨拶もなく帰ってしまうのか。そんな上等な惑星間飛行が出来るなら、当然、お前たち人間よりも、全てにおいて水準が高いのだから、堂々と出て来てもなんの恐れもないはずじゃろう。

 

答えはおのずとわかるはずじゃ。

 

しかし、ワシは宇宙人はいないと言っているのではない。お前たちの考えているような者はいない、と言っているのじゃ。わざわざ、遠い所から、小さくて変な乗り物に乗って来るなんて、お前たちでも、馬鹿々々しいと思わんか。

お前たちが違う星に行く時、コソコソとコソ泥みたいになるか。そんなことはないじゃろう。

 

・・・<中略>・・・

 

いいか、宇宙人というものはおらん。

 

お前たちのような体を持った生物は、他の惑星にはおらんのだ。ほかの惑星にいる生命は、お前たちより高度な知性を持っているのは確かじゃが、物質ではなく、純粋な魂の活動をしておるのじゃ。お前たちとは、波長が違いすぎているので、直接交信するのは今のところ難しいじゃろう。

 

UFOと呼ばれるのもは、宇宙人の乗り物ではなく、ヤツらそのものじゃ。ヤツらはもうそろそろお前たちが同じ水準になるよう、わざわざ、自分たちの姿を見せたり、知らせたりすることをいろいろやっているんじゃ。自分の姿を一生懸命発光させて、空を飛び回っているのじゃから、会った時は手でも振ってやらないかんぞ。きっと喜んでよく来てくれるようになるかもしれんぞ(赤く光るものは邪気があるそうです)。」

 

要は他の星の存在は「魂」とか「靈」という状態で存在しているのもがほとんどで、「波長」が合わない限り存在を確認できないということらしいです。

 

ただ上の文章はかなり古いものなので、最近の情報と比較しないと色々と混乱はしそうです(金属の空飛ぶUFOもいて、それらはおそらく人類が作ったものではないかということ、また、他星の存在が必ずしも我々より秀でているかは分からないということ。また、何らかの形で物質的な体を持っているものもいるかもしれないという話も聞きます。そして本物?の宇宙人にも母船があるケースもあるとか・・・。ただ一応、大筋で上に書いた文章の内容が本質的な宇宙人の存在と我々の存在との差である、という考えに則て、今回は見ていきたいと思います)。

 

スウェーデンボルグは基本的に「死者」と語ることができるという能力の持ち主でした。それが「宇宙人」と語れる、ということは、「死者」と同じような状態に「宇宙人」がいるということなのかと思います(純粋な魂の状態、ということでしょうか?)。

 

過去記事です。スウェーデンボルグについてです↓。

 

神の概念の一側面 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

昔から「死者」とか「靈」と話が出来たり、姿が見えたりするのは「波長」が合うからだといいます。たまに幽靈が見える人がいるといいますが、実はそれは必ずしも良いことではないそうです(靈性の開発がなされていないのに見える場合)。「幽靈」は成仏できていない不浄の靈だったりすることが多く、それが見えたり話が出来たりするというのは、本人も「幽靈」同様魂が低い波長にある可能性があるらしいです(もとから体質的に見えたりする人もいるらしく、そういう場合は違うとは思います)。

 

特に肉食(四つ足)などを好んで行うと魂は波長を下げて、不浄の靈や動物靈などが見えるようになりやすいと聞きます。結局殺された動物の肉は、どうしても「恨み」などの負のエネルギーを宿しやすく、「肉食」はそれを自分に取り込んでしまうことになるからです。

 

逆に「神」とか「天使」みたいな存在と語れたり、姿が見えたりするのは魂のレベルが高い人でないと無理だといわれているようです。

 

 

↑、悪い宇宙人のレプティリアンの想像図。人類の支配者層には彼らの手下になっている人ばかりである、という主張をしたのはデイビット・アイクという人物です。昔「V(ビジター)」という米国のテレビドラマがありました(自分は1983年の方しか観ていません)。人類に人型の宇宙人が訪れますが、実は一皮むくと爬虫類型の宇宙人で、人類を食料にしようと目論んでいた、というお話です。それを現実にしたような存在ですかね?

 

 

↑、プレアデス人の想像図。聡明で賢い理想の種族みたいな感じで、いかにも良い宇宙人という印象です。人類にも友好的だという話です。銀河系にはちゃんと法律があってそれも守っています。悪い宇宙人はそれを無視しようとします。

 

過去記事です。「ラー」という存在も良い存在ということらしいです。ここでは他にも「輪廻転生」についても書いています↓。

 

ラー文書 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

スウェーデンボルグの場合は悪魔から天使まで話ができる様子で、それは彼自身の魂が開かれた、としています。この本のプロローグには次のようにあります。

 

<主の神秘的な慈悲によって私の靈の内部が開かれたので、私は靈や天使たちと語りあうことができた。靈や天使たちは私たちの地球の傍らにいるだけでなく、ほかの地球(人間が住む惑星)の周囲にもいる。ほかにいくつの地球があるのか、その地球はどんな様子なのか、またそこの居住者の性質はどんななのかを知りたいと思ったので、主は私に、ほかの地球から来た靈や天使たちと語りあうことを許された(ここでいう、地球とは人が住んでいる他の惑星一般を指しています)。>

 

つまりこれらの記述によると、我々人類は他星の人と交流できるほど靈性が開発されておらず、全く「万物の靈長」ともいえない可能性があるということになります。

 

さてこのスウェーデンボルグの著作なんですが、ここに書かれている内容がそれほど面白いかといえば、必ずしもそうではないと思います(個人的に)。スウェーデンボルグは淡々とした口調で、水星、木星、火星、土星、金星、月を訪れていきます。そこここで彼が見聞きすることは我々には良く分からないことばかりです。

 

「私は水星の人間がどんな顔や体つきをしており、彼らが私たちの地球上の人間に似ているのかどうか知りたいと思った。すると私の眼前に、水星の婦人に酷使したひとりの婦人が現れた(原文のママ)。彼女は美しい顔をしていた。しかしその顔は私たちの地球の婦人の顔よりも小さかった。彼女の体も、もっとほっそりしていたが、背丈は(地球の婦人と)同じくらいだった。彼女は頭に亜麻布の帽子をかぶっていた。帽子には技巧をこらさないでかぶられていたが、よく似合っていた。ひとりの男も視野に入ったが、彼は私たちの地球の男よりもっとほっそりとした体つきをしていた。」

 

こういう話を読まされても、初めは唐突で中々意味が分からないものです。しかし、この本の内容はずっとこんな感じです。

 

さらにスウェーデンボルグは太陽系を抜けて太陽系外の星へも旅をしていきます。そこでは壮麗で巨大な樹木の神殿を見たりするのでした。

 

そして、宇宙を旅する水星の靈たちは次のようにいったそうです。

 

「宇宙には人類の居住する非常に多くの地球があります。全能の神の天界が一つの地球出身の靈や天使だけで成り立つなどと、どうして考えられているのか不思議です。そういう考えをする人びとを、私たちはほとんど判断力がない人間と呼びます。一つの地球から来る靈や天使は相対的にごくわずかであって、神の全能に照らせば、たとえ巨万の世界や巨万の宇宙があったとしても、それらはほとんど物の数ではありません。

 

宇宙には数十万かそれ以上の数に達する地球が存在することを私たちは知っています。これだけ多く存在したとしても、無限である神にとってこれがなんでありましょうか。」

 

要は映画にある「エイリアン」や「プレデター」みたいな、凶暴で3次元的な宇宙人はいないということかな、とは思いますがね(;^ω^)。面白おかしく、ああいうのを想像すると宇宙人の真実からは離れる、ということでしょうか・・・?ではレプティリアンは?と問われても良く分かりませんけど。もっとよく調べると色々出てくるのかもしれません。

 

しかし、スウェーデンボルグの、このような本が18世紀に書かれていたこと自体が驚きです。

 

最後に過去記事です、科学的に見た、宇宙の話です↓。宇宙はとても広くて、星の数は地球上の砂の数よりも多いとか。そこに宇宙人がいるとしたら?ものすごい数になる・・・?

 

宇宙1 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

宇宙2 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

映画を観た感想を書きます。

 

 

「シャレード」(1963、米)。

 

ケーリー・グラントとオードリー・ヘップバーンの出演する映画です。ラブロマンスとサスペンスを主体にした映画ですが、コメディタッチで、演出も洒落ていました。特にヘップバーンが、有名ファッションメーカーのジバンシイの衣装を着て、人形のような出で立ちで駆け回るのが魅力的な映画でした。

 

 

一見血なまぐさい殺人事件が起きるな、と思って観ていても、かなりコミカルな感じで話を進めるので観ていても怖くありません。エンターテインメントに徹している映画だと思います。

 

楽しい映画でした。

 

 

富豪の妻、オードリー演じるレジーナが離婚を決意し、パリの自宅へ戻ってみると、自宅は家具が一切なくなっており、もぬけの殻。しかも夫は電車から何者かに突き落とされて、彼女の知らないうちに死亡しており、レジーナも驚く外ありません。そこへ援助を申し出る、ケーリー・グラント演じるピーター。

 

2人は事件の真相を確かめるべく行動を開始します。

 

舞台はパリです。積極的にピーターにせまるレジーナ、遊覧船の幻想的な雰囲気、怪しい3人組・・・など面白いところが沢山ありました。込み入った内容ですけど、楽しいかなと思います。しかし、これぐらいの内容だと、犯人は途中で分かってしまいますがね・・・。

 

当時としては相当洒落ていた映画だったのかなという感じです。

 

 

↑、この川でジーン・ケリーが踊ったのよね、みたいなセリフがオードリーにあるんですが、監督は「巴里のアメリカ人」と同じ、スタンリー・ドーネンです。

 

 

「恐怖の報酬」(1953、仏)。

 

これはお洒落な「シャレード」と打って変わって、ガテン系の映画です。

 

南米ベネズエラで仕事もなくぶらつく、貧しい移民たち。そんな彼らに高額の報酬が出る仕事が舞い込みます。油田で起きた火事を消すために、ニトログリセリンが必要だというのです。しかし油田は500キロ先にあり、そこに行くまでは悪路しかありません。しかもニトログリセリンはわずかな振動で大爆発を起こすという危ない物質。

 

高額の報酬が出るので多くの人がその仕事にありつきたいのですが、仕事を受けられるのはたった4人だけです。

 

そして、選ばれたその4人で、大型トラック2台分のニトロを無事に油田に届けるのが、そのミッションです。

 

 

初め、ベネズエラの場末の街のシーンがずいぶん長く続くのですが、それぞれ人物のキャラクターが細かく描かれていて、この映画の監督は、人間の描写に拘りのあるタイプなのかと思いました。ここでの人間関係が、ニトログリセリンを運ぶ段になると、変化したりして面白いです。

 

主人公のマリオ(イヴ・モンタン)は年上のジョーと仲良くなります。はじめはジョーの方が大人で、男らしい人間かと思って観ていましたが、ニトロを運ぶことになると、ジョーはどんどん臆病になっていって、マリオと立場が逆転してしまいます。

 

挙句の果てに油田管が破裂し、油の池を通らなければならない時、ジョーが油の池の中で足を取られているのに、トラックを優先し発進させるマリオ。ジョーは油の池の中のごみを除去して、トラックの行く道を確保しようとしていたのでした。

 

しかし、急がないとトラックは沈んでしまいます。逆に急げばジョーを轢いてしまいます。

 

ですが、マリオは、どうなるか良く分かっているのに、あえてトラックを発進させ、彼を轢いてしまうのでした。怖いね(;^ω^)。

 

人間性のリアルな描写があります。皆、高額の報酬ともなると目の色を変えてしまうのでした。

 

また現代ではCGを使って表現するような場面でも、本物のトラックや爆弾を使って表現しています。撮影とはいえ1つ間違うと事故になるんじゃないか、みたいなシーンもありました。大人しい感じの映画ですが、スリルがあります。

 

 

↑、足を轢かれたジョーを、轢いた張本人であるマリオが助けます。友人ではあるわけです。非常時の人間関係の複雑さなんかが、リアルに描かれていましたね。人間て怖いな、と思わせます。

 

印象に残る映画でした。