旅行記第三弾です。

路上のフルーツを売っているお店。

korean fruits


見事にフルーツだけ扱っていて分かりやすかったのでこの写真から クイズです。
日本で「野菜」だけど韓国で「フルーツ」なものって何でしょう?

・・正解はプチサイズのが写真の中、(中央下部!) にも!





・・・そう、実はトマトトマトです。

フルーツジュースも
「オレンジ」ニンジンジュース、「キウイ」スタバ、「トマト」トマトジュースの3種類、 なんていうセレクションになっているくらい
赤いフルーツとして定着しているみたい。 (←ちなみにトマトジュースは甘いんだって)

確かに甘みもフレッシュさもあるけど、日本では「野菜」ですよね。


考えてみると、英語ではfruitsは必ずしも果実、っていうイメージではなくて

トマトも、パプリカパプリカ 赤パプリカ 黄も、「実(み)」という時に「fruits」という単語を使うなぁ、と。

キムチをはじめ、辛ウマ文化の国なだけに、
赤い物=美味しい!っていう潜在意識が日本よりも強いのかな。


ところでこのイシキ、しっかりケーキにも反映されているようで。


今回はイチゴの季節だったからあちこちで「ストロベリーフェア」やってたけど

2年ほど前&季節以外の時には

「ショートケーキにプチトマトミニトマトがデコレーションされてる!」

っていう衝撃の風景が見られたとのこと。

 その日本ではあり得ないケーキを見るたびに
韓国に赴任したばかりのKはカルチャーショック?望郷の念?(大げさ) を感じてたみたい。





韓国の食文化のコンセプトは
K曰く、とにかく 「混ぜ混ぜ」&

同席するみんなで(一つのメニューを)シェア

・・・ということで

コリアン・デザートも例外じゃないようです。


チェーン店展開するという、気軽な感じのソフトクリーム&フローズンアイスのお店。

メニューは普通そうですが・・・。


3人前のパフェとして出てきたのは


giant parfait 2


パフェx 3 ではなく

「3倍の大きさ」のパフェ。


まるで洗面器かと思われるほどの容器に


かき氷→ キューブ状に刻んだ各種フルーツ(キウイ、ピーチ、ナタデココ、スイカ, バナナなど) →巨大なフローズンアイスの塔

というもので、

これを 豪快、ビビンパ風に 「混ぜ混ぜ」 してから

いただくのが現地派らしいです。


何人もでつつくから、スプーンの杖が長いんじゃないかと思ったよ・・。


これが、4人になっても一つのパフェ、ということで、
giant parfait


「夏に、男性集団4人が肩を寄せ合って一つのパフェをたべている風景は
・・・失礼ながら、・・けっこうむさ苦しそうな感じ。」 に見えたそうです。。

先週、妹と韓国の釜山に行っておりました。

宿泊先はロッテホテル。


久々にホテルで使ってみたモーニングコール設定。

あらかじめ設定した時間に電話がかかってきて、録音の音声が流れる、あのタイプです。

日本人宿泊の方も多いらしく、日本語対応の設定があったのでそちらにしてみました。



翌朝。


朝一番のモーニングコールはこんな感じでした。

ベルベルベル


桜青空 鳥鳥 (環境音楽)


(つづいて、少しかしこまった女性スタッフの声で)



 おひゃようございましゅ。 

 (おはようございます)。

 おめじゃめの おじかんでしゅ。
 (お目覚めの  お時間です。)


    ベルベルベル


そう、韓国語って、サ行がないみたいで、さ行の発音がちょっぴりかわいらしくなっちゃうのよね・・。

思わず、かわいぃーと、何度も聞いてしまいました。


けど、改めてモーニングコールの目的を考えてみると・・・

「和やかな寝起き」には案外ぴったりかも!?!








tulip hanataba

じぶんの仕事に関わっているとき
ワクワクしたり、ゾクゾクしたり
そういう瞬間があるのって とってもしあわせな事だと思う。

考え方や行動が良循環に入ることの醍醐味、みたいな感覚。

それが、趣味やボランティアでも、勉強や研究でも、家事や子育てでも
何かに進んで夢中になれたり、  
  無心に集中出来る瞬間を持てるとき
人として
 それが いちばんのご褒美なんじゃないかと感じる。

    花花花  

PCの前に座り続けているのも良くないと思いながら
 「あともうちょっと」と作業を続けれたり、
  「明日までに」と夜起きていることが、ときどきある。

コツコツやるタイプじゃないから、
といわれれば それまでなんだけど
でも、いざというときにもう ひと頑張りできるのは

心のどこかに  自分への挑戦だったり 
自分に合ったことをやらせてもらっている
感謝だったり  という気持ちがあるからなんだろうと思う。
今日は10年、20年ぶりの再会。
小学校時代の友人とランチをしてきました。
海外の日本語学校に通っていたときのクラスメートです。

カジュアルな雰囲気のフレンチレストランで
小学校当時の面影を頭の中に浮かべながら
クラスメートの近況や思い出話にも花が咲いた午後。

お互いのおぼろげな記憶を組み合わせていくのは、
まるでパズルの欠けたピースを探し出して
一つの思い出の絵を紡ぎ出していくみたい。

気づけば20年以上も前に初めて出逢った「小学校の頃」
が基盤になった話だから 
「その後の近況」も 大学時代の同窓会で再会した「既に10年前」の情報だったりして・・・
我ながら「10年ひと昔ってこの事!?」とびっくり。

思い出話と同時に、突然近況のお話をしても、
まるで先月以来の近況報告を聞いているくらい
身近に感じられるのも嬉しい距離感。
「友達」であることが確認出来る瞬間です。

お互い、信頼出来る「素の部分」は変わらないからかな。

小学校の頃、一緒に遊び、異文化に触れ、
生活の知恵をシェアしてきた仲間は
その後、クラスを離れても、同志みたいなところもあるのです。

ひとり一人がいつかの時点で「帰国子女」と呼ばれる時代を経たことも、
「帰国子女」だから英語が始めからしゃべれたわけでも、「海外にいたから」「英語がペラペラ、というわけじゃない!」と感じたとことも
日本に帰国してから、ヘンに目立つことのないように親が気を遣ってくれた経験も、とても似ているから。

私の住んでいたのは北米シカゴエリア。
当時は放課後に離れた地域に住む友人宅に遊びに行くのも 親にお願いして、片道一時間ほどの距離を 車で迎えに来てもらわなくてはいけないので家族の協力をもらう一大イベントでした。

・・迎えに行ったり、日本語の本や雑誌を貸し借りしたり、生活情報を交換したりとと、家族ぐるみでのおつきあいがうまれる機会もありました。

そんな間柄だったからこそ、20年後の今になっても 「お母さんもお元気?」とか「弟さんは今どうしてる?」とか いう話題が自然に出てくる。
そういうところも 自分のルーツを知っていてくれる気がして ちょっとホッとできる理由なんだろうと思います。



帰り道。

スクールバスから見える風景や、バスの揺れ。バスのシートに座ったときに感じる、ガソリンとバスのビニールシートが混ざったあの臭い。 日本人の味覚には素直に美味しい、とは感じにくかった少し合成感のあるアメリカンチェリー味のお菓子の味。
教室でハムスターを飼っていたことや、極寒の季節に防寒具をつけずに休み時間外で遊んで注意されたこと。
掃除や用務員としてのお仕事(janitor)をなさっていたおじさんのこと、限られた「話せる言葉」を駆使して習い事や買い物をしていたこと・・・
今まで段ボールに入れて、記憶の奥底にしまい込んでいた記憶が、どんどん思い起こされてきた。
大きなイベントも、ささいな記憶も順不同に。 

家族がいて、お互いの協力があって、新しいコミュニティーに馴染んだ生活ができるようにと新しい体験を重ねていた日々。
当時のクラスメートが子育てを始めている話を聞く年代になった今になって当時を思い出せば、見えないところで時間を使ってもらいながら育ってきたんだという 当時は見えていなかった一面も見えてくる。


タイムカプセルを開けたような時間でした。

あのときの自分の延長線が、今の自分。
思い出のタイプカプセル、これからも大切にとっておきます。
今度開けるときに、小学生の時の私が、
将来に対してワクワク出来るような
目指していけるような  大人で居ることができるように、
と思いを込めて。
商談をするときにも
声をかけてものごとを始める場合にも
モノや企画商品を作り出していく場合にも
仕事の流れを考えると納得されられる言葉があります。

「コミュニケーションとは
知覚であり、期待であり 要求である  情報ではない」
(P.F.ドラッカー)

一瞬 え? って思うかも知れないけど、お仕事現場を考えてみると
そんな言葉によって物事が前に進んでいるような気が・・しませんか?



お仕事をしているとき
自分の伝えたいことを自分の理解しているものの見方や世界観を
同じ重要度で共感してもらえることほど嬉しいことはないと思います。
けど、同時に、自分の能力で背伸びをしてそれをやってしまうと、
周りが見えなくなってしまうことが、多い。
一握りの客観性をいつでも持てるようになっていけるといいなぁ。



 軸はあるけど、相手側の意向や状況に乗ったり合わせたりできる対応力を持つためにも
ちょっと肩の力を抜いたくらいが、心地よいスピード感で
ちょうどいいんだなぁ、と思います。

今日はそんなしなやかさを感じることが出来た1日。

ブレインストーミングをしながらのミーティングは、
体動かしてスッキリしたのと似たようなリフレッシュ感を感じます。

アスリートが、ベストなパフォーマンスが出来る条件とも似てるのかな。。


画材道具のお話の通訳に行ってきました。

仕上がりの質感にこだわった日本のメーカーさんと
取り扱いを始めたいという北米画材やさんとのお話です。
charcoal


今回は素描などに使われる絵画用木炭に注目する機会を頂きました。
絵画はもっぱら 完成品を鑑賞 私にとっては、
こういったものを起点に世界を見る機会を頂く機会。
絵画に息吹が吹き込まれるまでの工程に
思いを馳せたりしてしまいます。


通訳は、気を遣うこともそれなりに多いけれど
普段の私の生活では触れることのない分野のお話に
関わらせて頂くことが出来るのが
やっぱり今でも続けてられている楽しみの一つ。

画材道具屋さん、実は
ご自身もモダンアートの画家、
世界各国の美術館などでも展示会をなさっていらっしゃるとのことで
作品集も見せて頂きました。。
http://www.benwoolfitt.com/


今日の方は、アーティストとして感覚的・独創的な側面を持ちつつも
今後の方針や市場規模から見た現実的な数字の捉え方を押さえていらっしゃり、異文化の人にも とーっても分かりやすく
(・・もっと言えば通訳がいなくても理解し合えるくらいに!)

そのコンセプトを伝えるスキルをお持ちの方でした。
こういうのがビジネスマンとしての一面、ということなのね、としみじみ。



終わった後に、「また今度も、よろしく」
と声をかけていただいたときに初めて
合格サインを頂いた気がしています。


玄関先の梅。幼稚園の時に最初に入ったのが
紅梅「うめ組」だったので
それにちなんで祖母が選んでくれた木です。
気がつけば、この数日ですっかり満開の季節!


ume
heart



バレンタインデーに こんな画像を海外の知人から頂きました。

今月売り場に並んでいた 
数々のおしゃれなチョコレートボックスに比べると シンプルだけど、

それだけに見る人の心を休ませてくれるような写真です。




green


優しさを持って勝つことができるから「優勝」。

高校の体育祭のとき、
 「悲願の優勝」と必死になっていたときにもらった
 
ホッと初心に返らせてくれるようなスローガンだった。


中高一貫の6学年が
容赦なしに学年対抗で競うものだったから
運動能力や技術力の並ぶ高校2年生と3年生は
毎年競り合う。 
練習に全力使うことの出来る高校2年生が
時々高校3年生の「花道」を奪ってしまうこともあって。

「有終の美」を飾りたい、、という一心で
いかに相手を出し抜くか、という見方をしたり
「自己ベスト」より「相手を負けさせる」
ことが主眼になって周りが見なくなりかけた私たちに
「一歩大人になってね」という気持ちを込めて
与えてもらったスローガンだった、と思う。


そんな時代から、気がつけば十数年経った今


卒業をしたひとり一人が、それぞれの分野で、生活で、
「よりよい毎日」や「しあわせな時間」を目指している。


携帯電話もメールもなかった時代を思い出してみれば
ちょっとずつ、ちょっとずつ
せわしない、忙しい世の中になってきたんじゃないかとも思う。
競っているつもりはなくても、比べたり、比べられたり。


自分の持てていない勢いに焦らされたり、
なんとか相手を出し抜かなくちゃ行けない状況があったり
本意じゃなくても頑張りの見せ所はラットレースだけだったり。

「いいひと」だけじゃやっていけなかったり
「理想」では食べていけなかったりもする。


けど、そんな世の中で
おおきなしあわせを手にすることが出来るのは、

優しく勝つから「優勝」

なんて言うことの出来る、
人を包み込める考え方を持っているひと
じゃないかな。

一生懸命になると、
見落としてしまいがちなことだから
ちょっとゆとりがあるときにこそ 
覚えておきたい。


気持ちよい陽射しに誘われて
ガラス越しに ひなたぼっこ。


人って、実は自分の意識的・無意識的な
「選択」
から出来ているんだなぁ、と思います。

身近な例では

お買い物の時に何を選ぶか
(→どんな物に囲まれて過ごすか)

どこに行くか、 そして
行くか、行かないか
(→行動パターン)


どんな物を食べるか、食べないか
(→好み)

何を着るか、いつ、どう着るか
(→外見の印象)      など。 

もう少し広く見てみると

休日の1日をどうやって過ごすか

今後5年のうちに何をするか

いつのタイミングで決めるか、 も

日々の(ほぼ無意識の)小さな選択、
目的を持った大きな選択、で作られていくのね。


すっごく当たり前のことかも知れないけど、
「選択」を意識することで

なりたい自分、に
ちょっと近道して近づけるような気がする。


今日の東京はとてもよいお天気。
一段明るい
春の陽射しになってきたなぁと感じます。

春は、もう、すぐそこまで。

clear sky