今日は10年、20年ぶりの再会。
小学校時代の友人とランチをしてきました。
海外の日本語学校に通っていたときのクラスメートです。

カジュアルな雰囲気のフレンチレストランで
小学校当時の面影を頭の中に浮かべながら
クラスメートの近況や思い出話にも花が咲いた午後。

お互いのおぼろげな記憶を組み合わせていくのは、
まるでパズルの欠けたピースを探し出して
一つの思い出の絵を紡ぎ出していくみたい。

気づけば20年以上も前に初めて出逢った「小学校の頃」
が基盤になった話だから 
「その後の近況」も 大学時代の同窓会で再会した「既に10年前」の情報だったりして・・・
我ながら「10年ひと昔ってこの事!?」とびっくり。

思い出話と同時に、突然近況のお話をしても、
まるで先月以来の近況報告を聞いているくらい
身近に感じられるのも嬉しい距離感。
「友達」であることが確認出来る瞬間です。

お互い、信頼出来る「素の部分」は変わらないからかな。

小学校の頃、一緒に遊び、異文化に触れ、
生活の知恵をシェアしてきた仲間は
その後、クラスを離れても、同志みたいなところもあるのです。

ひとり一人がいつかの時点で「帰国子女」と呼ばれる時代を経たことも、
「帰国子女」だから英語が始めからしゃべれたわけでも、「海外にいたから」「英語がペラペラ、というわけじゃない!」と感じたとことも
日本に帰国してから、ヘンに目立つことのないように親が気を遣ってくれた経験も、とても似ているから。

私の住んでいたのは北米シカゴエリア。
当時は放課後に離れた地域に住む友人宅に遊びに行くのも 親にお願いして、片道一時間ほどの距離を 車で迎えに来てもらわなくてはいけないので家族の協力をもらう一大イベントでした。

・・迎えに行ったり、日本語の本や雑誌を貸し借りしたり、生活情報を交換したりとと、家族ぐるみでのおつきあいがうまれる機会もありました。

そんな間柄だったからこそ、20年後の今になっても 「お母さんもお元気?」とか「弟さんは今どうしてる?」とか いう話題が自然に出てくる。
そういうところも 自分のルーツを知っていてくれる気がして ちょっとホッとできる理由なんだろうと思います。



帰り道。

スクールバスから見える風景や、バスの揺れ。バスのシートに座ったときに感じる、ガソリンとバスのビニールシートが混ざったあの臭い。 日本人の味覚には素直に美味しい、とは感じにくかった少し合成感のあるアメリカンチェリー味のお菓子の味。
教室でハムスターを飼っていたことや、極寒の季節に防寒具をつけずに休み時間外で遊んで注意されたこと。
掃除や用務員としてのお仕事(janitor)をなさっていたおじさんのこと、限られた「話せる言葉」を駆使して習い事や買い物をしていたこと・・・
今まで段ボールに入れて、記憶の奥底にしまい込んでいた記憶が、どんどん思い起こされてきた。
大きなイベントも、ささいな記憶も順不同に。 

家族がいて、お互いの協力があって、新しいコミュニティーに馴染んだ生活ができるようにと新しい体験を重ねていた日々。
当時のクラスメートが子育てを始めている話を聞く年代になった今になって当時を思い出せば、見えないところで時間を使ってもらいながら育ってきたんだという 当時は見えていなかった一面も見えてくる。


タイムカプセルを開けたような時間でした。

あのときの自分の延長線が、今の自分。
思い出のタイプカプセル、これからも大切にとっておきます。
今度開けるときに、小学生の時の私が、
将来に対してワクワク出来るような
目指していけるような  大人で居ることができるように、
と思いを込めて。