夢のなかでは聞えぬを嘆くわれならねゆめみる男朝はめざめよ   橋本喜典

 

 

屋上にピーマンつくり蜜蜂をやしなふ人あり銀座の村は   篠 弘

 

 

やむをえぬおとろえならめしかししかしいましばらくはこうして泳ぐ   小林峯夫

 

 

イヌガラシ ムラサキカタバミ オオバコと呼びつつ抜けば供養の如し   大下一真

 

 

枕もとに来てゐる誰か寝ねぎはをおののきながら安らがむとす   島田修三

 

 

Qちゃんで飯を食ひける下宿の朝友よデモにも行つたりしたな   柳宣弘

 

 

楽譜つき音楽辞典の立ちてゐる娘の部屋に春の日だまり   井野佐登

 

 

ぐずぐずと尿意に耐へてゐる夜も北上しつつあらむ空母は   中根誠

 

 

蒲公英の綿毛ふはりとまろみつつ飛び立つまへのゆとり見せたり   柴田典昭

 

 

言の葉が人間のものであるうちに死のうねという夫婦の会話   今井恵子

 

 

夜の雨にいかに潤う木々ならん晴れたる朝のしずくに光る   圭木令子

 

 

目薬のほろ苦さ口にもどりきて若葉のようなる朝の感情   中里茉莉子

 

 

パイル地の子狸ノンタン肱に当て菜種梅雨なるこよひを眠る   高野暁子

 

 

病室に届きし花に話しかけ今朝は一さじお粥をすする   中嶋千恵子

 

 

ゆうやみの底いに沈むぎしぎしと蓬の土手の仏壇工場   曽我玲子

 

 

長生きはしたくないわと言いながら自分の方が残ると眼が言う   北村千代子

 

 

一列の竿の雨粒ちかちかと光りはじめる微かな風に   佐藤智子

 

 

誕生日にいっせいに咲くチューリップ娘の霊のこもりいるがに   岩井寛子

 

 

逝くな逝くな一人にしないで叫びつつ午睡の夢のやんはり終はる   大野景子

 

 

野の道にたんぽぽの花むれ咲きて笑ひ上手に過ごす妻かな   大林明彦

 

 

みかん科のからたちなれば揚羽蝶まつわる初夏を思い描きぬ   金子芙美子

 

 

食後のむ薬を娘は卓上に北斗七星の形にならぶる   関まち子

 

 

熊ん蜂に集中力とかスピードとかうるさく言われ叱られている   西 一村

 

 

 

 

 

がんですか 生きし日々問う声やまず梅の古木の瘤腐りゆく   仲沢照美

 

 

雪囲い外して窓を開け放ち空と部屋とをひとつに繋ぐ   上野昭男

 

 

病名があったらなーと金網を掴んで空と絡まっていた   左巻理奈子

 

 

永遠に重ねしままのモナリザの左手首にタトゥーのあるや   山家節

 

 

ゆっくりと都会が自然へとけてゆく神社の社へ続く坂道   杉本聡子

 

 

春先の雪のむら消え眺めおりこんな景色が一番好きだと   林敬子

 

 

土に還る空へと還る前にいまは家に帰りて眠りいる父   おのめぐみ

 

 

子育ての予算取りにまで声あぐる母の若さよただ羨まし   小嶋喜久代

 

 

HAIKUなるレストランある港町ケープタウンの夏おとろへず   庭野治男

 

 

香水をこぼしたような一階のまぶしい売場をすばやく歩く   池田郁里

 

 

春の日のひたぶるに寂し就職の娘(こ)の上京の日の近づけば   髙志真理子

 

 

日赤病院(につせき)が院内調剤止めたれば五つ建ちたり門前薬局   坂井好郎

 

 

今しがた見てゐた夢のあらかたは目覚め促す声に消えゆく   浜元さざ波

 

 

ひとしきり苦労話は盛り上がり年金うちあけ辻褄合はす   石井みつほ

 

 

一瞬の睡魔に目を閉づそのときに祭りばやしのきこゆるは夢   荒岡恵子

 

 

うわごとに「あっちへ行け」と父の言う怒っているらし死神のこと   宮内淑人

 

 

ゆきつけの店にてたまたまイクラ購うわれの楽しみ今日これくらゐ   田邊百合香

 

 

男ならこうあらねばのねばねばにもがきあがけばからめとられる   高木啓

 

 

終電へ駆け込んでくる少年の息の青さがどこかなつかし   大橋龍有

 

 

ぎつしりとなぜ詰め込むかと思ふなりゆるめがよろし本棚の本   松崎健一郎

 

 

八頭のパンダの内の三頭はずっと食べてて残りは寝てる   山田ゆき

 

 

張り詰めし鼓膜を破るわたくしは光だと言つたら笑ふか彼は   塚田千束

 

 

そんなこと今言うんかい君の顔じっと見る我阿呆のごとく   北村由成

 

 

 

 

植ゑし場所忘れてゐしがクロツカスここですここです 黄の花ひらく   秋元夏子

 

 

何ゆゑに捨てられたるや包まれて紅きリボンに結ばれし花   門間徹子

 

 

消え失せる浪江の里を映しをり握れば逃ぐる砂の手触り   久下沼滿男

 

 

解決のひとつ道すぢ示したれば額のあたりほおつと明るむ   森暁香

 

 

パソコンの回線を弊社に替へるなら#/” * ;@何のことやら   伊藤宗弘

 

 

庭先の猫の交尾を見てゐたるひとりの吾を笑ふわれをり   袖山昌子

 

 

三センチ程の鉛筆物言わず相撲の星取りつぎつぎ潰す   熊谷郁子

 

 

「人生」と語る側から取り落す楊枝で食べる林檎のひと切れ   矢澤保

 

 

どうしても眠れぬ夜は音消して見入るテレビのモンゴル平原   牧野和枝

 

 

宵っ張りを諭すごとくにホー寝(い)ねよホーホー寝ねよと鳴き声がくる   野田秀子

 

 

雪道を誰が歩みしか足跡にわが足重ねゆく朝の坂   稲村光子

 

 

当り前に座り立つこと歩くこと訓練中なり外は大雨   香川芙紗子

 

 

さざ波の寄する浜辺にわれひとり小船にゆれゐし夢なつかしき   竹内類子

 

 

竿秤にて甘藷一キロはかるとき手は覚えていて一度にてすむ   里見絹枝

 

 

六年生の先生の顔浮かびくる「みかんの花咲く丘」を歌えば   塙紀子

 

 

ユーチューブの春の小川をききながらお彼岸明けに降る雪見てゐる   藤森悦子

 

 

銭湯が閉店らしいの噂出てぽつりぽつりと桃の花咲く   佐伯悦子

 

 

擦れちがふ幼稚園児がわれの掌にひとりが触れれば皆ふれていく   横川操

 

 

福寿草一輪のみの静けさにゆうるり続くきさらぎの昼   宇佐美玲子

 

 

 

 

 

鳥の愛はその嘴のその奥のふるえる舌からまっすぐの声   宮田知子

 

 

秘書さんとマリオネットの真似をしたむくいが二日間腰にくる   山川藍

 

 

血液の溜まりいること誰も知らず駆けて生きいる父の脳(なずき)に   浅井美也子

 

 

どこからかひかり差し込み昨晩のモーゼルワインのみどりを照らす   伊藤いずみ

 

 

デパートの光の中に入り行けど一つとしてなしいま欲しきもの   大谷宥秀

 

 

青空を駆けたるミサイル揚げたてのポテトコロッケの下敷きとせり   小原和

 

 

不吉なること思いながら手洗えば鏡の奥を母は右へ行く   加藤陽平

 

 

福寿草は金貨のように輝けり なんか、私設の祠?のそばに   北山あさひ

 

 

声あらば美しく泣かん毎年の桜流しに耐える花びら   木部海帆

 

 

夜桜の写真ばかりを護符のごと撮り溜めてゆく小さき画面に   後藤由紀恵

 

 

これまでの嘘の世界を抜け出して今の気分は青という次女   小瀬川喜井

 

 

いくまいも花びらをのせ深い沼のようにしずもる黒いボンネット   佐藤華保理

 

 

おいしくて掻つ込んでをりあいちやんと呼ばるる人の麻婆豆腐   染野太朗

 

 

マネキンは腕を外して脱がされるその生ぬるき春の体温   立花開

 

 

うす雲の奥にあるのか昼の月薄き給与の明細照らす   田村ふみ乃

 

 

ふくしまに花見山ありグーをしてパッと開いたような春きて   富田睦子

 

 

るなぱあくにつぽんいちなつかしいゆうえんち もくば一回10円なり   広沢流

 

 

 

 

 

電脳は無数の銀河に連ならず地平に寒く人とつながる   加藤孝男

 

 

若き日の蒸したご飯の湯気のよう畑のしらうめ野放図に咲く   市川正子

 

 

おおははの機織る音がきこえます春雪ほんのり窓明るめて   滝田倫子

 

 

巣箱の内湿りてをらむ今朝の雪三月といふに勢ひありて   小野昌子

 

 

有縁(うえん)なるや無なるやは知らず丈高き同姓の墓が磨かれ並ぶ   寺田陽子

 

 

肩書も仕事もなくて樹によれば雨降るやうにさくらはそそぐ   麻生由美

 

 

まだ少し、やつぱり生きてゐたいです痛みの去りし人の呟き   升田隆雄

 

 

ようように平穏戻る如月か梅香りくるわが小田原は   齊藤貴美子

 

 

船名を読まんと双眼鏡にみる舳先の小旗が千切れむばかり   松浦美智子

 

 

金策の尽きたることを自嘲せる口調も軽しこの弟の   高橋啓介

 

 

コーヒーのスプーンを持つ手が怯む昨夜(ゆうべ)に爪を切らず眠りき   久我久美子

 

 

亡き夫のなせしごとくに休み日を息子は幼とボール蹴りあふ   庄野史子

 

 

この赤児のやはきお腹に二百万卵(らん)のあるとふ会ひたしその児   柴田仁美

 

 

出雲国風土記に出でし名に惹かれ「鬼の舌震(したぶるい)」の谷に入り行く   中道善幸

 

 

参道の千古の杉に抱かれてうつし身はいま古代に還る   西川直子

 

 

機動隊はた警察に囲まれて高江を守ると立ち上がる人   小栗三江子

 

 

歌会の席にてわれら黙祷す六年目の今日は三月十一日   岡本弘子

 

 

脈をとるナースのうしろの窓のそと大きくうねる暗き海見ゆ   岡部克彦

 

 

目に追えば先の見えなき道のあり木立のむこう日の落ちてゆく   吾孫子隆

 

 

 

皿のうへに皿をかさねてゆく音のきこえるといふよろこび 儚(はかな)   橋本喜典

 

 

木ぬれより萌ゆる欅の通り道さはさはと鳴る水吸ひあげて   篠 弘

 

 

ジェットコースターのようなる日々を楽しむと子のメールよむ楽しくあらず   小林峯夫

 

 

千両も万両も食みヒヨドリの仁左衛門いつか姿を消しぬ   大下一真

 

 

如月も弥生も卯月も蕎麦すすり飽きざる俺の莫迦ならなくに   島田修三

 

 

小上がりの店の奥よりもれ聞こゆ「よさないかい」と男のこゑは   柳宣弘

 

 

毛糸帽頭にのせて外に出る名も忘れたる風情なるべし   中根誠

 

 

春雨をタータンチェックの雨傘に歩めば交はる彼の日けふの日   柴田典昭

 

 

彼も彼も善き人なれば明るすぎて誰を信じてよいかわからず   今井恵子

 

 

蝿とり蜘蛛障子に全き点となる寒の戻りのいのちを丸く   松浦ヤス子

 

 

淋しいと百回言はば楽しさに逢ふかも知れず空を見上げつ   伊東福子

 

 

ろうそくを求め歩きて買えぬ日の闇の深さに雪明りあり   中里茉莉子

 

 

遠くより雨中をひびく猫の声に耳たてて聞くわが窓の猫   都田艶子

 

 

とつぜんに弱まる視力を語りやまぬ昂る友に何の兆すや   平田久美子

 

 

久留米より来りし列車は人おらぬ野の踏切に汽笛を鳴らす   曽我玲子

 

 

魅力度の最下位県に春が来て偕楽園の梅華やぎぬ   大平勇次

 

 

電線に懸(かか)れる凧の夜もすがら尾を振りてをり風のやさしさ   大林明彦

 

 

 

 

 

 

年齢は演じなければならぬらしい道化のように三十と言う   池田郁里

 

 

人間の写らぬ故に日曜の『自然百景』これだけは視る   上野昭男

 

 

電子レンジで酒を沸かせば三歳児は告げに来るなりお水焼けたと   松崎健一郎

 

 

遠山に雲のかかりて久びさの風の荒ぶる夕べとなりぬ   奈良英子

 

 

さっきまで赤の他人の女医さんに鼻から針を突き刺されたり   高木啓

 

 

さようなら歌にならずに過ぎた人 煮出し紅茶に牛乳を入れ   左巻理奈子

 

 

ハム太郎小さきちひさき頭(づ)の中にわれの居場所を作りたるらし   栗本るみ

 

 

母とわれ声に出して読む一首一首喉潤して身に浸みゆけり   八木絹

 

 

除染とは移染に過ぎず未来をば奪い続ける原発事故は   中澤正夫

 

 

光つたとたん耳をつんざく雷鳴に卵落しぬおでんのたまご   岡野哉子

 

 

遊ぶ子のいないブランコゆらゆらと光を反し風をかへして   杉山やす子

 

 

腕はずし着せかえられるマネキンのシホンのシャツの胸のふくらみ   菊池和子

 

 

夫の待つ歌声喫茶に急ぐみち夢ゆゑゆけどもゆけども着かず   谷蕗子

 

 

針に糸通せばとほる嬉しさに解れ繕ふ釦をつける   佐藤信子

 

 

金曜の未明に帰宅 木曜の深夜に着いたことにして眠る   山田ゆき

 

 

冷たさは身体の茎を知らしめるもたげた首で朝を受けとめ   塚田千束

 

 

 

涸れがれて川すぢ細くなりにけり凝縮されし二月のひかり   森暁香

 

 

やはらかな日差しに芹摘む老夫婦ふはりと匂ふ籠のさみどり   袖山昌子

 

 

美容室出れば淡雪ひらひらり変身したてのわれに寄り来る   佐伯悦子

 

 

をさな児に森のくまさん歌ひつつ熊に似てきし君が頬を撫づ   門間徹子

 

 

屋根雪の折おり落つる音のして節分近き夜を毛糸編む   加藤悦子

 

 

えびのごと布団の中にまるまりて温まるまでのわが体勢は   大山祐子

 

 

隣席の若きがずーんと寄りかかり新宿駅まで鼾をかけり   飯田世津子

 

 

くちびるを噛みて佇む相撲取り負けて憤怒の貌うつくしき   稲村光子

 

 

「目の中のごみを取って」と夫に告げあえなく夢より覚めてしまいぬ   井上成子

 

 

冬の日のつれづれなるまま古毛糸集めて編めば母のたちくる   福井詳子

 

 

横浜のシュウマイの味よみがえりスーパーの棚にしばし見ており   東島光子

 

 

春風に旗なびかせる円形の侍塚は三つ並べり   苔野一郎

 

 

陽に落つるつららの雫光りつつ春のリズムとなりて落ちくる   横川操

 

 

痛む膝を引きて歩みぬ八十年支えてくれし取り替えもなく   齋藤淑子

 

 

手術傷を心中未遂と言い募り時々我は夫(つま)を笑はす   坂田千枝

 

 

去年(こぞ)逝きし友の多かり寒中の見舞ひをみれば老い慌し   阿部清

 

 

あまおうとう大き苺のうまかりきこの満つる世に父母のなき   里見絹枝

 

 

痛くない背中さすらるる繊き手をふり払ひたし傲慢なれど   貴志光代

 

 

 

 

回想の草津宿    曽我玲子

 

新撰組の泊まらはった本陣の壁に張りつきかくれんぼする

枕元に母の手縫いのスカートが畳まれてあり遠足の朝

商店街に吹きゆく風は母の声さあもうお帰りだあれもいてへん

 

 

 

雪の抽出し   佐藤鳥見子

 

また今日に立ち向かわんか昨日より少し進みし老いを携え

字合わせのパズルの答えは「ありがとう」解き終えて悲し誰の一生(ひとよ)も

婚に破れし大伯母と共に帰りたる雛この家に百年を生く

 

 

能登めぐり   佐藤智子

 

赤松の明るき樹皮に日のさして樹齢わすれし根上り松は

千里浜(ちりはま)に白きうねりが埋めつくしほそぼそ枝はる松のみどりが

強風に千切られ飛ばされ波の花 海岸線に広がりてゆく

 

 

猫の隣人   大野景子

 

病む夫を残して戻る隣り家の猫の影の薄きに怯ゆ

人間は簡単に死ねると思ふとき白粥に刺す朝のひかり

自販機にコーヒー牛乳買ふ医師に延命医療はせぬと告げたり

 

 

除染の丘より   高橋和弘

 

ダフニスの夜明けの楽に陽は覗く唸るロールベラー枯草を捲く

薔薇園の双葉の町に在りしとふ主なき今荒野と化すや

満ち足りて憩ふ日はいつ福島の除染業務は果てなきトンネル

 

 

脚を信じて   伊東恵美子

 

クッキーを作る人から本を書く人へと未来を変えてゆく子よ

ぬばたまのストッキングを貼りつかせ脚を信じて行くしかあらず

断捨離をした後のような青空だふうっと大きな息一つ吐く

 

 

待合室   矢澤保

 

白銀の壁に囲まれ病院は呼吸するごと蒸気吐き出す

名を呼ばれ高く手を上げ返事する破顔の看護婦西日を浴びて

帰り道山から戻りし杣のごと極彩色のネオン眺める

 

 

それは多分   宇佐美玲子

 

夜明け前の窓に繊月は動かざり拒まれし古き思想のように

それは多分みずがね色の神結びあなたが私の娘であること

鬼瓦を車の屋根に乗せて走る夢想たのしき通院の朝

 

 

歌会へ行く   秋元夏子

 

池水のひかり間なくし踊るゆゑ水鳥のかげ浮かみては消ゆ

室内にストーブは燃え窓の外に栗鼠鳴く声す二月の歌会

待たるるを苦しと思ひし日もありき待たれぬといふは寂しきものを

 

 

 

雪解けに「ウライウライ」とこだまする駐車場への誘導聞こゆ   広沢流

 

 

間違いの結果としての泥酔を咎める人もなくて 満月   宮田知子

 

 

「一人でもチェコに行くのはなぜですか」景色と言うと皆ほっとする   山川藍

 

 

平井堅かなしく歌う夕まぐれ頭なでるように茶碗をあらう   浅井美也子

 

 

モミの木の怒り狂って迫り来るような洗車機のブラシのおばけ   荒川梢

 

 

春の夜にカーテンを引く狭き部屋なに守ろうと膝を抱える   伊藤いずみ

 

 

俺の目は野生だろうかエクレアの在庫をすべて籠に入れたり   小原和

 

 

妻のいぬ卓に太郎は鳩の歌一拍遅れる手拍子打ちて   大谷宥秀

 

 

父が切り忘れし電気ひざかけの目盛り4と5の間のぬくみ   加藤陽平

 

 

北山様、北山様と呼ぶ声に痴れてゆくなりChinzanso Tokyo   北山あさひ

 

 

正義感ふりかざしていたあの頃の私はおらず水仙香る   木部海帆

 

 

鍵盤の描かれし日傘 戸口にて昨夏吸いたる音を奏でる   小瀬川喜井

 

 

旧かなのような告白に戸惑いし夢より醒めてしばし動けず   後藤由紀恵

 

 

要塞のごと立つ水屋箪笥から祖母はいつでも蕎麦ぼうろを出す   佐藤華保理

 

 

思ひ出は人を弱くもするけれど(雨だ)たまには浸(ひた)つてもいい   染野太朗

 

 

膜ありて春の内側見たくなりつぷりと裂けば蝋梅咲きぬ   立花開

 

 

落花せるひと処より湧きあがる陰口ビニールシートがめくれて   田村ふみ乃

 

 

おひとりで着たはりますのん、と雛に見られつつ襟芯いれる   富田睦子