回想の草津宿 曽我玲子
新撰組の泊まらはった本陣の壁に張りつきかくれんぼする
枕元に母の手縫いのスカートが畳まれてあり遠足の朝
商店街に吹きゆく風は母の声さあもうお帰りだあれもいてへん
雪の抽出し 佐藤鳥見子
また今日に立ち向かわんか昨日より少し進みし老いを携え
字合わせのパズルの答えは「ありがとう」解き終えて悲し誰の一生(ひとよ)も
婚に破れし大伯母と共に帰りたる雛この家に百年を生く
能登めぐり 佐藤智子
赤松の明るき樹皮に日のさして樹齢わすれし根上り松は
千里浜(ちりはま)に白きうねりが埋めつくしほそぼそ枝はる松のみどりが
強風に千切られ飛ばされ波の花 海岸線に広がりてゆく
猫の隣人 大野景子
病む夫を残して戻る隣り家の猫の影の薄きに怯ゆ
人間は簡単に死ねると思ふとき白粥に刺す朝のひかり
自販機にコーヒー牛乳買ふ医師に延命医療はせぬと告げたり
除染の丘より 高橋和弘
ダフニスの夜明けの楽に陽は覗く唸るロールベラー枯草を捲く
薔薇園の双葉の町に在りしとふ主なき今荒野と化すや
満ち足りて憩ふ日はいつ福島の除染業務は果てなきトンネル
脚を信じて 伊東恵美子
クッキーを作る人から本を書く人へと未来を変えてゆく子よ
ぬばたまのストッキングを貼りつかせ脚を信じて行くしかあらず
断捨離をした後のような青空だふうっと大きな息一つ吐く
待合室 矢澤保
白銀の壁に囲まれ病院は呼吸するごと蒸気吐き出す
名を呼ばれ高く手を上げ返事する破顔の看護婦西日を浴びて
帰り道山から戻りし杣のごと極彩色のネオン眺める
それは多分 宇佐美玲子
夜明け前の窓に繊月は動かざり拒まれし古き思想のように
それは多分みずがね色の神結びあなたが私の娘であること
鬼瓦を車の屋根に乗せて走る夢想たのしき通院の朝
歌会へ行く 秋元夏子
池水のひかり間なくし踊るゆゑ水鳥のかげ浮かみては消ゆ
室内にストーブは燃え窓の外に栗鼠鳴く声す二月の歌会
待たるるを苦しと思ひし日もありき待たれぬといふは寂しきものを