がんですか 生きし日々問う声やまず梅の古木の瘤腐りゆく 仲沢照美
雪囲い外して窓を開け放ち空と部屋とをひとつに繋ぐ 上野昭男
病名があったらなーと金網を掴んで空と絡まっていた 左巻理奈子
永遠に重ねしままのモナリザの左手首にタトゥーのあるや 山家節
ゆっくりと都会が自然へとけてゆく神社の社へ続く坂道 杉本聡子
春先の雪のむら消え眺めおりこんな景色が一番好きだと 林敬子
土に還る空へと還る前にいまは家に帰りて眠りいる父 おのめぐみ
子育ての予算取りにまで声あぐる母の若さよただ羨まし 小嶋喜久代
HAIKUなるレストランある港町ケープタウンの夏おとろへず 庭野治男
香水をこぼしたような一階のまぶしい売場をすばやく歩く 池田郁里
春の日のひたぶるに寂し就職の娘(こ)の上京の日の近づけば 髙志真理子
日赤病院(につせき)が院内調剤止めたれば五つ建ちたり門前薬局 坂井好郎
今しがた見てゐた夢のあらかたは目覚め促す声に消えゆく 浜元さざ波
ひとしきり苦労話は盛り上がり年金うちあけ辻褄合はす 石井みつほ
一瞬の睡魔に目を閉づそのときに祭りばやしのきこゆるは夢 荒岡恵子
うわごとに「あっちへ行け」と父の言う怒っているらし死神のこと 宮内淑人
ゆきつけの店にてたまたまイクラ購うわれの楽しみ今日これくらゐ 田邊百合香
男ならこうあらねばのねばねばにもがきあがけばからめとられる 高木啓
終電へ駆け込んでくる少年の息の青さがどこかなつかし 大橋龍有
ぎつしりとなぜ詰め込むかと思ふなりゆるめがよろし本棚の本 松崎健一郎
八頭のパンダの内の三頭はずっと食べてて残りは寝てる 山田ゆき
張り詰めし鼓膜を破るわたくしは光だと言つたら笑ふか彼は 塚田千束
そんなこと今言うんかい君の顔じっと見る我阿呆のごとく 北村由成