皿のうへに皿をかさねてゆく音のきこえるといふよろこび 儚(はかな) 橋本喜典
木ぬれより萌ゆる欅の通り道さはさはと鳴る水吸ひあげて 篠 弘
ジェットコースターのようなる日々を楽しむと子のメールよむ楽しくあらず 小林峯夫
千両も万両も食みヒヨドリの仁左衛門いつか姿を消しぬ 大下一真
如月も弥生も卯月も蕎麦すすり飽きざる俺の莫迦ならなくに 島田修三
小上がりの店の奥よりもれ聞こゆ「よさないかい」と男のこゑは 柳宣弘
毛糸帽頭にのせて外に出る名も忘れたる風情なるべし 中根誠
春雨をタータンチェックの雨傘に歩めば交はる彼の日けふの日 柴田典昭
彼も彼も善き人なれば明るすぎて誰を信じてよいかわからず 今井恵子
蝿とり蜘蛛障子に全き点となる寒の戻りのいのちを丸く 松浦ヤス子
淋しいと百回言はば楽しさに逢ふかも知れず空を見上げつ 伊東福子
ろうそくを求め歩きて買えぬ日の闇の深さに雪明りあり 中里茉莉子
遠くより雨中をひびく猫の声に耳たてて聞くわが窓の猫 都田艶子
とつぜんに弱まる視力を語りやまぬ昂る友に何の兆すや 平田久美子
久留米より来りし列車は人おらぬ野の踏切に汽笛を鳴らす 曽我玲子
魅力度の最下位県に春が来て偕楽園の梅華やぎぬ 大平勇次
電線に懸(かか)れる凧の夜もすがら尾を振りてをり風のやさしさ 大林明彦