音楽と競馬、思ったことを書いて行きます -11ページ目

 

11月11日のリサイタルを聴きに伺えないので、この日のライヴを聴きに伺いました。

この日演奏された曲目は、11日に弾かれる曲でした。

彼女の演奏は、何が起こるかわからない、スリルに満ちている、そんな感じですが、そんな中にも「キラリ」と光る「何か」をお持ちの、とても個性的で不思議な方なんですよね。もう少し腰を据えて、落ち着いて取り組まれれば、更に彼女の良さが出て来るようにも思います。

この日弾かれた曲目の、選曲の意図が良くわかりませんでしたので、お聞きしましたら、明快なお答えが返って来た一方で、まあ、それもプログラムとして組まれるひとつの理由でしょうけれど、それはそれとして、個人的には、周りの意見や影響よりも、これからは、本当にご自身が弾きたいと思うような曲を勉強され、それをご自分のものとして行って頂きたい、そんな気持ちもあります。

演奏の良し悪しには様々な理由や要因はあるものの、プロとして、一旦舞台に上がれば、聴く側にとっては、それらは関係ないんですよね。結果がすべての世界です。

 

里紗さん、11日のリサイタルのご盛会を、心より願っています。そして、更に個性的・「大きな」ピアニストとしてご活躍されますよう、期待しています。

10/30

先週末、お二人のピアニストの演奏を聴かせて頂いて、いろいろ考えさせられました。

 

吉本さんのヴァイオリンですが、現時点での彼女の素晴らしい点は、音楽への前向きで真摯な取り組み、若々しい推進力のある音楽作り、弓使いの素晴らしさ(弓先から弓元まで、見事に神経が行き届いている)、そして、事前に準備していたであろうご自身がやりたいと思ったままの演奏が、実演でほぼ具現化されている、そんな感じでしょうか。

一方で、「音楽表現」と言う点ではまだまだ未完成ですし、残念ながら「一本調子」のように感じます。音色面でも全般的に画一的で、どの曲をお聴きしても、同じように聴こえてしまうのは、それが大きな要因のように思います。曲の趣きによって、嵌る曲とそうで無い曲がはっきりしてしまうんですよね。例えば、クライスラー。「中国の太鼓」は大変素晴らしいのですが、「愛の喜び」では音楽的に全く物足りない(作り物のような感じ・・・)。

音楽から感じられる「味わい」「行間」と言うものは、楽器から発せられる音そのものと、楽器から発せられる「音と音の間にある「時間」(=発音していない「時間」)」と言う2つの要素の相乗効果で得られるものだと思いますが、今の彼女には、後者の要素がまだ不足しているように感じるんですよね。(先週末にお聴きした、戸田 恵さん、鯛中 卓也さんと言うお二人の先輩音楽家には、それらが間違いなく存在していました。そのような音楽を「芸術」と言うのでしょうし、それを成し遂げて行かれる方を「芸術家」と呼ぶのでしょう。) でも、それはこれから若い彼女自身が、音楽的・人間的に成長・熟成して行かれることによって、どのようにでもなることであって、決して慌てるようなことでもありません。行く行くそれが遂げられるのであれば、多くの聴衆から支持されて行くのでしょうし、逆に、それが行き詰ってしまうのであれば、過去「大器」と言われただけの「並みの奏者」となってしまうのでしょう。少し前にお聴きした、ヴァイオリニストの落合 真子さんにも同じようなことが言えるのですが、今の彼女はその分岐点に立っている、そんなように思います。ただひとつ言えることは、彼女は間違いなく「何か」をお持ちだと言うことです。その「何か」がぐんぐん伸びて行くのか、摘まれてしまうのか・・・。

「シャコンヌ」での、普段ではあまり聴かれないような弾き方は、どう考えれば良いのでしょうか。あれが、ご自分の思いでそうされているのか、それとも、教えられたままそのように弾かれているのか、それはあまりに怖い質問でしたので、直接はお聞きできませんでした。いつか、また同じ曲をお聴き出来た時に、その答えを知ることが出来ると思うと、怖くもあり、そして非常に楽しみでもあるんですけれど。

 

 

10/22

間違いなく、近い将来、日本を背負って立つはずの、素晴らしいヴァイオリニストの演奏を聴きに伺いました。

演奏の全てにおいて満足出来た訳ではありません、が、それを超える「何か」を、間違いなく持っている、凄いヴァイオリニスト・・・。驚きまし

た。

気が向けばですが、数日のうちに、この日の演奏について詳しく書かせて頂きます。あくまでも、気が向けば、ですが。

繰り返しますが、彼女は間違いなく、相当な「大器」です。

 

鯛中さん、そしてお母様にお誘い頂き、聴きに伺いました。

 

それにしましても、この会場で行われる無料公演でさえも座席が一杯に埋まることは稀なのに、有料公演のこの日は「満席」、驚きました。

ペダルの動きの良く見える場所で聴かせて頂きましたが、彼のピアノから聴こえて来る独特な響き・特徴の一端を、彼のペダル操作によって、ほんの少しですが、垣間見させて頂きました。

この日弾かれた曲目の解説、そして選曲の意図などを、ご自身の言葉で以ってプログラムの中で表明される姿勢は大変素晴らしく、この公演に対する真剣さを、より感じました。

詳細はまた近々書かせて頂くつもりですが、「精緻さ・緻密さの中に潜む、豊かなロマン性」を感じた公演でした。

 

卓也さん、今日はご盛会、おめでとうございました。

また、お疲れのところ、楽譜にサインを頂戴したり、お話して下さり、ありがとうございました。またお誘い下さいね。

仲良くして頂いている、ピアニスト・戸田 恵さんの公演を聴きに伺いました。ご自身はどのように思われておられるのかわかりませんが、とても充実した公演だったのではないでしょうか。

 

彼女のピアノですが、温かいお人柄がストレートに反映され、音色の豊さ、タッチの美しさに由来する透き通った響きなど、とても個性が際立っていたように感じました。選曲もとても良く、ご自身の良点を十分に熟知された上、それを見事に発揮され切ったと言っても過言ではないでしょう。「曲者・ベーゼンドルファー97鍵」も弾き慣れておられるのでしょうか、全く気にされるような素振りも見せられず、全体的にとても安定していました。

バッハで聴かせた品の良さ・趣味の良さは格別でしたし、リストではスケールの大きさはそれ程感じませんでしたが、一方で、彼女独特の曲全体を俯瞰して初めて出て来るような見通しの良さがとても良く表現されていました。また、ラヴェルでの透徹した美しさも、大変印象的でした。メインの「展覧会の絵」ですが、力づくで運んで行くような場面は皆無、常に足元を確かめながらの着実な歩みがとても印象的でした。ライヴでは残念な演奏を聴くことの多い「バーバヤガーの小屋」でも、常に冷静で、含蓄のある音楽が展開され続けて行きましたし、それ以外のそれぞれの曲の描き方も大変良く考え抜かれていて、例えば、比較的地味な曲の「古城」で聴かせた音色の多彩さ・陰影の深さ、また、「ブィドロ」では単なる遠近感の表現のみならず、独自の視点でこの曲を見つめ、再構築されておられたのも、私にとっては新たな体験でした。曲を通して常に繊細で美しい演奏で、この曲の持つ異なる側面を観ることが出来、とても貴重な体験をさせて頂いた、そんな気持ちです。アンコールでの目を見張るような素晴らしいテクニックにも、驚かされました。

 

 

恵さん、今日は素晴らしい演奏を聴かせて頂き、ありがとうございました。あのコンクールの時の演奏は、一体何だったんだろう・・。

また、お誘い下さいね。

 

会場で、もうすぐ始まる「ジュネーヴ国際音楽コンクール・ピアノ部門」に出場される、辰野 翼さんのお母様から声をかけて頂きました。予選の抽選・演奏順決定がそろそろと言うような段階のようで、良い成績をあげられるよう、遠い日本から願っています。

昨年の第9回神戸国際フルートコンクールで第4位となられた、秋元 万由子さんの公演を聴きに伺いました。

 

コンクール時に感じた、彼女のフルートについては、

一次予選 https://ameblo.jp/magic1963/entry-12305106354.html

二次予選 https://ameblo.jp/magic1963/entry-12305113509.html

三次予選 https://ameblo.jp/magic1963/entry-12305114279.html

本選 https://ameblo.jp/magic1963/entry-12305114798.html

これらで書かせて頂きました。

 

この日の演奏は、コンクール時にお聴きした印象とそれ程大きく変わったようには思いませんが、もともとの彼女の持ち味・個性でもある、品が良く端正、あるいは、少し冷たいような肌触り(音色面でも、音楽的な面でも)により表出される、音楽への客観性や、曲そのものが持つ良さを引き出す、そんな特徴に加え、時が経過したことによる奏者としての熟成や、コンクールでの結果からの「自信」からか、「審査」と言う場とは異なり、聴衆との距離感が近いことを奏者も十分に認識されておられるのでしょうか、吹かれる音楽の表情に柔和さや親密度が増し、曲によっては、音楽に対する自由度や柔軟性が更に聴かれたように感じました。

モーツァルトは、聴衆が入った客席の響きを確認しながらと言うこともあったでしょうか、少し音楽的な表情が硬いような印象もありましたが、その一方で、表現的には古典派の曲としてはルバート・抑揚をつけるような場面が多く見られ、個人的にはもう少しストレートな表現や奏法でお聴きしたかったと思う反面、今彼女が吹きたい「モーツァルト像」が、良く見えるような演奏でもありました。

シューベルトは、数日前に東京でも吹かれた曲と言うこともあり、リラックスしながら伸び伸びとした余裕が感じられ、技巧面でも大変見事な演奏でした。

休憩後の2曲、昨年のコンクールの時にも感じた、手垢の付きやすい古い曲よりは、彼女なりの独自の視点がより生きる近・現代曲の方が、より彼女に合っている、そんな思いが間違っていなかったと思わせるような、大変に素晴らしい音楽を聴かせて頂きました。

「ヴォイス」における鋭さと見事な間の取り方、そして高い読譜力・洞察力。プロコフィエフにおける安定した技巧の上に成り立つ、この曲の持つ独特な音列を、単なる「音」の羅列では無く、それらを有機的に結び付けながら「音楽」として見事に聴かせられる彼女の高い音楽性。この2曲は、東京の1回のみならず、この神戸でももう一度吹いておきたいと言う思いが詰まっていたように感じ、決して楽には聴かせては頂けないけれど、彼女なりに「攻めた」厳しい音楽を聴かせて頂き、「秋元 万由子の今」を、十二分に堪能させて頂きました。

 

アンコールは、彼女が在籍する「ユンゲ・ドイチェ・フィル」がお得意にするマーラーつながりで選曲されたように思いましたが、この愛らしい曲を選ばれた別の意味がおありになるらしい・・・、でも、私にはわかりませんでした。この趣味の良い曲・演奏により、この日の公演がとても良い「収まり」になりました。

ピアノでサポートされたのは、クリスティアン・シャモレルさん。この日は「ザウター」が置かれていましたが、楽器の選択は、彼の要望か、あるいは備え付けなのかは確認していません。ピアノの屋根は半開、このホールの器に見合うような幾分小ぶりで澄んだ音色は、万由子さんのフルートと良くマッチしており、より繊細さが求められるこの日のプログラムに見合った音量・タッチで応えられるなど、余分な自己主張をされるタイプのピアニストでは無く、場を弁えた見事なアンサンブルを聴かせて下さいました。

 

数日前に行われた紀尾井ホールでの東京公演は満席と言うことでしたが、この日の会場は2/3程度の埋まり方。主催者には、もう少し集客に頑張って欲しかったでしょうか。昨年のコンクール本選は、満席で開演時刻がだいぶ遅れたと言うのに、それがこのような関連事業の集客には結び付かない。これでは「フルートの街・神戸」の名が泣きます・・・。

 

お疲れのところ、持参した譜面などにサインを頂きました。ありがとうございました。