10/30
先週末、お二人のピアニストの演奏を聴かせて頂いて、いろいろ考えさせられました。
吉本さんのヴァイオリンですが、現時点での彼女の素晴らしい点は、音楽への前向きで真摯な取り組み、若々しい推進力のある音楽作り、弓使いの素晴らしさ(弓先から弓元まで、見事に神経が行き届いている)、そして、事前に準備していたであろうご自身がやりたいと思ったままの演奏が、実演でほぼ具現化されている、そんな感じでしょうか。
一方で、「音楽表現」と言う点ではまだまだ未完成ですし、残念ながら「一本調子」のように感じます。音色面でも全般的に画一的で、どの曲をお聴きしても、同じように聴こえてしまうのは、それが大きな要因のように思います。曲の趣きによって、嵌る曲とそうで無い曲がはっきりしてしまうんですよね。例えば、クライスラー。「中国の太鼓」は大変素晴らしいのですが、「愛の喜び」では音楽的に全く物足りない(作り物のような感じ・・・)。
音楽から感じられる「味わい」「行間」と言うものは、楽器から発せられる音そのものと、楽器から発せられる「音と音の間にある「時間」(=発音していない「時間」)」と言う2つの要素の相乗効果で得られるものだと思いますが、今の彼女には、後者の要素がまだ不足しているように感じるんですよね。(先週末にお聴きした、戸田 恵さん、鯛中 卓也さんと言うお二人の先輩音楽家には、それらが間違いなく存在していました。そのような音楽を「芸術」と言うのでしょうし、それを成し遂げて行かれる方を「芸術家」と呼ぶのでしょう。) でも、それはこれから若い彼女自身が、音楽的・人間的に成長・熟成して行かれることによって、どのようにでもなることであって、決して慌てるようなことでもありません。行く行くそれが遂げられるのであれば、多くの聴衆から支持されて行くのでしょうし、逆に、それが行き詰ってしまうのであれば、過去「大器」と言われただけの「並みの奏者」となってしまうのでしょう。少し前にお聴きした、ヴァイオリニストの落合 真子さんにも同じようなことが言えるのですが、今の彼女はその分岐点に立っている、そんなように思います。ただひとつ言えることは、彼女は間違いなく「何か」をお持ちだと言うことです。その「何か」がぐんぐん伸びて行くのか、摘まれてしまうのか・・・。
「シャコンヌ」での、普段ではあまり聴かれないような弾き方は、どう考えれば良いのでしょうか。あれが、ご自分の思いでそうされているのか、それとも、教えられたままそのように弾かれているのか、それはあまりに怖い質問でしたので、直接はお聞きできませんでした。いつか、また同じ曲をお聴き出来た時に、その答えを知ることが出来ると思うと、怖くもあり、そして非常に楽しみでもあるんですけれど。
10/22
間違いなく、近い将来、日本を背負って立つはずの、素晴らしいヴァイオリニストの演奏を聴きに伺いました。
演奏の全てにおいて満足出来た訳ではありません、が、それを超える「何か」を、間違いなく持っている、凄いヴァイオリニスト・・・。驚きまし
た。
気が向けばですが、数日のうちに、この日の演奏について詳しく書かせて頂きます。あくまでも、気が向けば、ですが。
繰り返しますが、彼女は間違いなく、相当な「大器」です。




