新世界77-無職の暇人 17
2013。
新しい年の朝にいる。
空は青々と晴れ渡り、世界は新しい夜明けを待っている。
いや、新しい夜明けを待っているのは僕に限った事かもしれない。
いつまでも仕事のない日々を繰り返すわけにはいかない。
僕は仕事をしなくてはならない。
世の中の他の誰かが、新しい夜明けを待っていたのか、僕には知る由もない。
とりあえず、僕は音楽を掛ける。
最近は『低人類』という曲に嵌っている。
誰も知らないだろうが、僕は何かのきっかけでこのCDを手に入れた。唄っているのはホポケマスというバンドだ。意味はまるで不明である。
て~じんるい
て~じんるい
世の中狂わす て~じんるい
あなたはバナナをかじりたい!
甘くておいしいあのバナナ
わたしは猿です 猿人類
そしてさもにゃきゃ 軽分類
あっちがたたなきゃ こっちがたつぞ
こっちがたたなきゃ そっちがたつぞ
そんな! われらは! て~~~ じんんんん るいいいいい~
て~じんるい
て~じんるい
世の中狂わす て~じんるい
明日も上品にい・き・ら・れ・る かなあ??
という歌である。
ホポケマスが唄う『低人類』とは一体どんな人類の事を指すのだろう?
僕にはその事がまるでわからない。なんとなく駄目な人間の事だとは感じる。
僕もまた低人類なのかを考える。何がどう低人類なのか、はたまた高人類という存在があるのか?僕は気になる事ばかりだ。
本当はそんな事をしている暇はない。来週は年明け早々面接がある。その対策を練っておかなければならないのだ。
しかし。低人類が気になる。僕はその事に耽る。
んんんん、最低な、一年の始まりだ。
新世界76-夢世界 22-6
(つづき)
僕は追い込まれていた。背中はもう壁だ。仏陀は怒ったような笑みを浮かべる。その表情だけで、僕はぞっとする。
口がカパリと開く。
『やばい』
僕はとっさに左に走り出す。
予想通り、仏陀の口から炎が飛び出し、後ろの壁を焼け焦がしてゆく。
僕は間一髪で逃げ続ける。
炎は五秒で切れる。
一端切れて、またにやりとして、口が開き、僕は逃げる。
仏陀の首は炎を吐いているときは動かない。体の動きも鈍くなる。だから炎は最初の一瞬交わせば逃げ切れる。やつの炎はそうランダムに飛んでくるわけではない。僕を狙う。その瞬間を避けきれば、後は逃げ切れる。
少しずつ仏陀の動きが見えてくる。
炎を吐く瞬間の口の動きも単調だ。そう思うと恐い事はない。
しかし持久力は少しずつ奪われてゆく。僕の体は少しずつ硬直し出す。放たれた炎は触れなくても熱く、僕はその熱に少しずつ体力を奪われてゆく。
仏陀はいつまで炎を吐き続ける事が可能なのだろう?
持久戦を考える。しかし相手の炎が切れる事を考えていたら、恐らく僕の方が先につぶれてしまうだろう。
僕は仏陀の炎を避けながら、じりじりと距離を詰めていっている。危険なことはわかっている。しかしこれ以上、炎をよけ、逃げてもらちがあかない。
少しずつ、じりじりと、炎を吐く瞬間、左に走り回り、じりじりと近づく。
『次だ!』
僕は感じた。
口が開く。炎が飛んでくる。僕は左にかわす。炎が停まる。瞬間、奴の懐に飛び込む。まだ炎を出す準備態勢は整っていない。
仏陀はしまったという顔をしている。僕は腹部に強烈なボディーブローを食らわせる。
「ぐへえええ」
生身の体のような柔らかい腹にパンチは入った。
体は丈夫そうじゃない。
仏陀は後ろに倒れこんだ。
僕はすぐにその体に馬乗りになる。
仏陀は口を開き炎を開く態勢になる。僕は瞬時に右ポケットに入っていた麻酔入りの玉をその口に突っ込んだ。
右手は熱い。燃えそうなほど熱い。いや実際に燃やされている。しかし燃えているのは仏陀の口の中、燃えているのは仏陀の口。
仏陀は口から燃えてゆく。燃え出して、火が付いて、燃え出している。
僕はそれに気づき、馬乗りになっていた体を起こし、仏陀から離れる。
仏陀は燃えてゆく。
ゆっくりと、まるでただの人形のゴミのように燃えてゆく。
「はああ、はああ」
僕は大きく息を切らせていた。気づかなかったが、疲れきっていたようだ。
次の瞬間、出口の扉が開いた。
ゲームクリアか?と思ったが、そういうわけでなく、そこには左の男が立っていた。
僕は燃える仏陀を離れ、そっちに向った。
扉は一度閉まってしまったが、またすぐに開いた。
そして通路側に出る。
「あんたはやっぱすげえな」と左の男が僕を褒めた。
「そうでもない。なんとかだよ」と、僕は答えた。それから、右の男の事を聞いた。
彼は金を持って、すでにここから脱出したそうだ。
僕らもゆっくりと歩いてゆく。
僕らは通路を抜けたが、他には敵がいなかった。温雅兼はあの炎のやつに相当期待していたのだろう。他には何一つトラップを持っていなかったようだ。
地上に戻るとそこは来たときと全く同じ空間が広がっていた。あの地下の出来事が嘘のようだった。
しかしあの出来事は嘘ではない。僕の右手は酷いやけどを負っている。そして右の男は金のびっしり詰まった袋を持って、僕らの事を待っていた。
任務は終了だ。
これがボスのいう試練だったのか、確かに今回は本当にてこずった。危険な戦いだった事は確かのようだが。
新世界75-夢世界 22-5
〈つづき〉
僕は光の中、目を開いた。天には仏陀が輝いている。
仏陀は光の中で輝いていた。
しかし徐々に仏陀は光を失ってゆく。光は剥がれ落ちるようにぺりぺり捲り始め、その中にどす黒い地肌が覗かれている。
やがて全ての光がなくなり、仏陀はどす黒い姿を現す。そして仏陀は中央に大きなひび割れを起こす。
数秒後、仏陀は二つに割れた。
割れた中から、光り輝く小さな仏陀が現れる。実物に近い。まるで本物の人間のようだ。
「何やってんだ!」
遠くで声が響いた。ずっと遠く、左の男の声がした。
それでも僕はその声の方を向くことはなかった。今、光輝く小さな仏陀から目を離したら、僕はすぐにでも殺されてしまいそうな気がした。
僕は自然と戦闘態勢を取っていた。
仏陀は徐々に高い場所から地へと降りてくる。
辺りの光は全てその仏陀が急襲してしまった。
僕の目の前には光輝く実物の仏陀、いや実物に近い仏陀が存在する。
「大丈夫。これは夢だ」
僕は小さな声でそう呟いた。
僕は少しずつ横へ動き、仏陀の背を目指す。
仏陀は恐い笑みを浮かべている。何かを企んでいるようだ。
一分近く、緊迫した状況が続いた。僕は仏陀の後ろに回った。
このまま後ずさりして出口を目指す。
「ぐああああああ」
仏陀の首が180度くるりと回る。その顔は恐ろしく、大きく口を開いている。
次の瞬間何かが僕の傍に飛んできた。僕は反射神経でその何かを交わした。
『やばい』
僕はとっさに後ろへ逃げてゆく。
仏陀は口から炎を放っていた。
なんてこった。これはホントに恐ろしい夢だ。
仏陀は体の方を180度反転させ、僕の方に走り追ってくる。
僕は後ろを向きながら、出口へ走り逃げてゆく。
また炎を飛んでくる。僕は瞬時にそれをかわす。我ながら素晴らしい運動神経だ。そう感じると不思議と心はうきうきしていた。
しかし出口の扉はしまっていた。
どうにもならない。簡単には空きそうにない。右の男も左の男も危機を感じて逃げ去ってしまったようだ。ここに出口はない。
戦うしかないのだ。
〈つづく〉
新世界74-夢世界 22-4
〈つづき〉
温雅兼(おんまさかね)の立体映像はじっと僕を見つめている。
僕は何も言わず、じっと突っ立ったまま落ち着いて、下に下りていった左の男と右の男を待つ。
「君だけが残るか?」と、温雅兼の声をしたスピーカーは僕に尋ねる。
僕は答えない。下手な回答は彼を図に乗らせる事になる。何となく気に入らないおっさんだ。どことなく上から見下ろす様な態度をしている。
「君は心からの強盗ではない。私はわかる。君は今の現状を望んでいない。それが君の生き方ではないだろう。考えを改め、私たちの教えを学ばないか?」
僕は彼の言葉に答えない。答える事は負けに値する。
「君はお金の事を気にしている。今のままなら十分な儲けがある。いつまでも続くとは思っていないが、現状を失いたくはない。でもそんな意地は早めに捨てたほうがいい。大切な物はお金ではない。幸せを作るためには他に大切な物がある」
僕は軽く目を閉じる。温雅兼の声は僕の気持ちに訴えかけてくる。その声に負けてはいけない。
「わたしがお金を集めていると、思っているのかもしれないが、それは勘違いだ。わたしはただ彼らから財を離れ、本当の幸せに対して必要なものを与えているだけだ。財があれば人はその財を気にする。生きるために必要なものしかなければ、財は不要だ。そしてその意識は失われ、別の幸せに気づく。君の傍にいる人、美しい景色、心地よい香り、今まで気づかなかった様々な物が君に幸せを与えてくれるだろう」
声は広い部屋の中に響き渡る。僕はあちらこちらから反響してやってくるその声を何重にも聞き続ける。
『金が欲しいとは言わない。別に金のためだけに生きているわけではない。だからと言って、こいつのいう事を聞く事が正しいとは感じない』
僕は自己の意識を高め、自分の正しさを探す。
「君は孤独だ。世界は君を孤独にしてゆく。なぜ君はそれほど寂しい世の中を生きようとするのだろう。恥ずかしがり、恐がり、怯え、君は一人になった。一人なら恥はかかない。君に被害を及ぼす者もいない。君は自由に生きられる空間に出た。でも君は誰にも相手にされなくなった。そして孤独になった。孤独から脱却する術を失ってしまった。心はずっと孤独だ。私たちは共に祈りを捧げ、一つの教えを信じている。そこには強い共感があり、同じ未来を目指す明らかな道がある。君もその一員にならないか?今ならまだ間に合う。人生はいくらでもやり直す事ができる」
僕は首を左右に振る。気にしてはいけない。僕は孤独なんかじゃない。僕は皆一緒にいる。
「君は誰の何の心がわかると言う?誰かが君を心から理解してくれるか?君は誰の心の中も見れないし、君の心は誰にも見ることができない。私たちの教えを感じれば、君は私たちと同じ感覚を得ることできる。共に感じ、共に理解し合える。わかっているはずだ。その方がずっと幸せだという事を」
『違う。そうじゃない。僕は僕だ。僕は僕の考えを持つ僕という人間だ』
僕は僕にそう言い聞かす。
「共同理解が君を失うことではない。ただ私たちはある一点において、一緒の意識を持つというだけだ。その事が大事だ。我々は決して君が思うような悪い者ではない。君は君の仲間に騙されている。さあ、こちらに来るがいい。君はまだやり直せる」
僕は再び目を開く。温雅兼の映像は揺れている。実体ではない。僕は生身の今を信じたい。たとえ考え方が違っても、性格が違っても、僕はここにある実体を信じる。実体のわからない神など信じない。たとえ神を敵に回そうと、僕は身の回りにいる我ら人間を信じたい。
「無駄だ。無駄な事を君はしようとしている。君は間違っている」
声は爆発的なでかい音で響き渡る。耳がいかれてしまいそうだ。
「逃げるぞ!」
そこから左の男の声が響いてきた。
僕はそっちに目を移す。
地面の下に通じる穴から左の男が現れ、僕と同じ平面の上へと上がってきた。右の男もついですぐに上がってきた。
「安っぽい人間どもめ!おまえらのような人間を生かして帰すわけには行かぬ」
スピーカーからは何者かわからなくなってしまった温雅兼の揺れる声が響き渡る。映像も歪み、ディスコライトのように辺りを様々な色で照らし出す。
「走れ!」
僕らは右の男の声で、一斉に入口の方へと走り出す。
中央が輝く。僕らは光に覆われて目が眩む。僕には右の男も左の男も見ることができない。まばゆい光だ。僕はその場へ立ち止まった。もう何もする事ができなかった。
〈つづく〉
新世界73-夢世界 22-3
〈つづき〉
右の男はサングラスをして、辺りを見回す。
ただのサングラスではない。赤外線やら紫外線やら、色々なレーザーが見えるサングラスだ。
「何か見えるか?」と左の男が右の男に尋ねる。
「いや、何もないな」と右の男が答える。
「しいて言うなら、部屋の中央付近に何かカメラのようなものがあるみたいだが」
と、サングラスをしていない左の男が言う。
「それだけか」と、右の男は答えて頷く。
「駆けるぞ」
左の男のその掛け声で、僕らは広い部屋の向こう岸まで駆け渡ってゆく。中央を少し避け、反対側まで全力疾走をする。
「はあ、はあ」
僕は軽く息を切らす。走るのは苦手だ。
反対側には下に扉がある。キッチンにある冷暗所みたいなドアだ。
右の男はそれを開ける。
辺りの電気がパッと消えた。そして暗闇が覆う。
「やられたか?」と、右の男が言う。
広い部屋の中央に明かりが見える。青白い光だ。
そして、すっと黒服の男がそこに現れる。
僕は戦闘態勢を取る。
「焦るな。あれは立体映像だ」と、左の男が僕に言う。
光はゆっくりと僕らの方へと迫ってくる。その光と共に、黒服の男の姿が僕らの方へとすぅーっと近づいてくる。
「何者かね?」
と、黒服の男が言う。だがその声はどこかのスピーカーから発せられている。
「あんたは創設者の温雅兼(おんまさかね)だな」と、右の男が尋ねる。
「わたしがそうとして、君たちは何者か?と、わたしは尋ねている」
左の男が答える。
「俺らはただの強盗だ。だがあんたの事は十分に調べている。あんたが信者から大量の寄付金を得ている事、無駄な金を遣わないように施設職員は最小に抑えている事。この先に信者から集めた多額の金が詰まっている金庫があるって事もな」
「そうか。よくぞここに来られた」
右の男は言う。
「申し訳ないが、金は頂いてゆく。警察に届け出れば、あんたが法外の寄付金を集めている事を知られる事になるだろうよ。だからあんたは届出はしない」
「そうか。そうだとして、あなた方が金を得られるとは限らないが」
左の男は答える。
「俺たちを嘗めないほうがいい。俺らはどんな頑丈な金庫でもこじ開けてみせるさ」
「ふふ、まあ、そのような物があったとして、そしてそれが出来たとして、あなた方がここから出られるかはわからない。今ならまだ引き返してもらってかまわない。わたしは宗教法人の創設者。罪人をただ簡単に警察に預けるような真似はしない。今なら見逃してあげよう」
温雅兼はそう言って、にやりと微笑んだ。
髪はオールバックで、艶やか、髭を伸ばしていて、恰幅はいい。中国の人民服のような格好をしている。そんな男だ。
僕は何も言わずに、二人の回答を待つ。
「捕まえられるなら、捕まえてみるがいいさ」
左の男はそう言い、扉の下へと消えていった。
右の男も続いて降りてゆく。
僕も降りようと後へ継ぐ、が、付き返された。
「おっと、カズさんはここで待っといてくれ、そのおっさんの様子を窺っててくれよ」
『やれやれ、ここで実体のない男を相手にお話か』と、嫌な気分になるが仕方ない。
ボスは僕に試練を与えると言っていた。これがボスの言う試練なのだろうか?僕にはまだ何の事なのか、全てが飲み込めていない。
わかった事は、ここが宗教団体の本部で、大量の寄付金が眠っているという事。そして目の前にいる立体映像の男がその創設者で、僕はそいつと向き合っていなければならないという事だけだ。
〈つづく〉