小説と未来 -82ページ目

新世界72-夢世界 22-2

〈つづき〉


少しずつ通路の奥へ進むにつれて、僕の体はうずき出している。体がそろそろ誰かを投げ飛ばすんだっていう準備を始めている。


ポケットの中に入っている睡眠薬の液の染み付いたハンカチに手を触れる。

『こいつが必要になってくる』

僕の心にその予感は増してゆく。


手前を歩く二人の男が悪だのなんだのとは言えない。僕自身、彼らと同じ心を持ち始めている。

『やってやる』って感情は増してゆく。


僕らは左右にあるいくつかの部屋を無視して、奥の部屋へと足を歩ませてゆく。通路はやがて、右に曲がり、さらにその通路をずっと奥へと進んでゆく。左右には何もない。


とてつもない静けさを感じる。誰もいない。

僕は持っていた予感を解き、少し緊張して強張った体を和らげる。


さらに通路は右へと折れている。その先もまた右に折れている。


数分間歩いた先に、僕らは扉の前に辿り着いた。



『ここはどこだろう?』

ふと予感を感じて後ろを振り向くが、そこには誰もいない。


右の男は力づくに横開きのその自動ドアをこじ開けようとする。

しかし扉は全くびくともしない。ガンもグも言わない。まるでそのまま壁のように強情なまま動こうとしない。


左の男はあたりを見回していた。そして、扉の右下の壁にある扉を見つける。コンセントか何か、そういった物があるだけのような小さな扉だ。


そんな小さな扉に鍵が付いている。左の男は着ていたコートのポケットから細い針金のようなものが付いたドライバーのような形をした工具を取り出す。そして針金の部分をその錠穴の中に差し込む。

しばらく格闘し、鍵は開いた。


中には指紋認証システムのような黒いプレートが現れた。左の男は胸の内ポケットからリモコンのような計算機のような装置を取り出す。そしてそいつをピコピコやって、先にあるレザーの出る部分を黒いプレートに当てる。計算機のような液晶画面にたくさんのアルファベットが羅列し出す。何かの計算をしているようだ。その計算はしばらく続いた。


最後に、液晶画面にはOKの文字が映し出される。

「数秒しか開かない。開いたらすぐに飛び込め」と左の男は言う。


僕は言われたとおり、扉のすぐ傍にスタンバイする。


左の男はリモコンのどこかを押した。

『グィイィィィーン』と言って、ドアは開く。

僕と右の男は扉の奥へ入り込む。


扉はすぐに閉まる方向へ向う。

左の男は閉まりそうな扉をかいくぐり、部屋の中へと入ってきた。


部屋の中はだだっ広い空間だった。体育館くらいの広さがあるようだ。ただし天井はアパートの一室のように低い。


〈つづく〉

新世界71-夢世界 22

2022年がやってきていた。


僕は凍てつく肌寒い真冬の一日の夜道を歩いていた。


散歩前を背の高い右の男と左の男が歩いている。


どれだけ時が経っても、この仕事が慣れることはない。やればやるほど今回こそはうまくいかないのではないかという恐れに駆られる。脳を締め付けるような恐れを感じながら、僕は前を歩く二人に付いてゆく。昔飛行機に何度か乗ったことがあるが、今度こそ落ちるんじゃないかと感じる恐れ、それに似ている。でも僕の乗った飛行機が落ちた事はない。そしてこの仕事が失敗に終わった事はない。



大通りを脇に入ると、大きな寺のような建物がある。

いつもながら、僕はここがどこなのか、わからない。


「さて、今日は?どうすればいいんだ?」

僕は寺の前に立ち止まった二人を見て、そう尋ねる。


「今日は一緒に付いて来てもらう」と、頬のこけた左の男が言う。


かつてないパターンだ。


そして僕らは正面玄関から、堂々と寺の中に入ってゆく。寺といってもお墓も何もない。新しいお寺だ。


新しい寺?って何だ?


「おいおい、正面から、いいのか?こんなに堂々と」


頬の張った右の男はにやりと笑う。

「今日の相手は少し違う。ここにはセキュリティーはない。誰でも入ることができる」


「???」である。


ここは最近有名な新興宗教団体の本部だ。誰でも入る事ができる。だがやがて彼らは多額の寄付金を求めてくるようになる。一度のめり込めばどこまでもこいつらは金を吸い取ってゆく。生かさず殺さず、こいつらはそういった集団だ」

と、右の男が説明をしきる。


「そして、ここには多額の寄付金が眠っている」と、左の男は言う。


「なるほどね」



正面には大寺院がある。黄金の屋根に大理石の柱、なんとも立派な建物だ。

どこかの老人が入口から出てくる。そして僕らの右手を通過して去ってゆく。なるほど、確かに出入りは自由のようだ。

かといって、多額の資金が眠る場所へは自由に出入りできないだろう。


寺院の中に入ると、大聖堂のような大きなホールに出る。

そこにも多くの人がいて、正面に大きな釈迦像が輝いている。人々はそれぞれがそれぞれに祈りを捧げている。『本当にここは悪の新興宗教集団なのだろうか?』


右の男は左脇にある扉の向こうへと入ってゆく。僕らもその後を追ってゆく。

ストレートの階段は下まで続いている。ずっと僕らはその階段を降りてゆく。

薄暗い通路の真ん中には関係者以外通行禁止の看板が立っている。右に曲がることはでき、その先には事務所か何かがあるようである。

でも僕らは関係者以外通行禁止の方へと足を進めてゆく。

僕は少し驚き、左の男の顔を見る。少し強張っている。変装も何もしない姿で進んでゆく。


前から一人の女が歩いてきた。40前後の女だ。体は細く、40前後ではあるが、十分に魅力を感じる女性だ。

女はちらっと僕らの方に目を移す。僕らは気にせず、進もうとしたが呼び止められた。

「どちらへ行かれるのですか?」


僕らは足を止める。

左の男はにやりと微笑み、女に近づく。

そして、『ビリビリビリ』

女は一瞬にして気絶した。スタンガンだ。


「おいおい、ちょっとやりすぎじゃないか?」と、僕は倒れた女性を少しかばう。


「戦争だ。金の奪い合う戦争なんだよ。のん気な事は言ってられないんだ」

と、左の男は言って微笑んだ。


そう、こいつらはまともな人間じゃない。銃をぶっ放す可能性もあるんだ。それに比べたらずっとましって事かもしれない。僕はまともじゃないこいつらに付いてゆかなくてはないらない。

そういう場所にいるのだ。その事を理解しないとならない。


〈つづく〉

新世界 目次 其の2

新世界70-孤島の物語 14

3日間、家の中に閉じこもっていた。


ずっと雨が降っていたし、寒かったし、ちょっとだけ止んだ時間もあったんだけど、寒かったから、家の中で過ごす。


4日目は晴れていた。


「ハナ、久々の晴れだね。外は気持ちのいい日光が地面を照らしているから、散歩にでも出かけようか?」

と、誰かが言ってくれれば、ハナは家の外に出かけたろう。


だけど、誰もいない。ユーカイスも荒れた海を渡っては来ないだろう。



わたしは一人、いつも一人、自由だけど、自由が何だって言うんだろう。


同じような愚痴をこぼすのはコリゴリだけど、それでも同じ愚痴しかこぼせない。


だから今日も寝ていたい。


寒い日は寝ていたい。


暖かい日も寝ていたい。


貴方が訪れる時まで、姫様は眠っているんです。



なんて言ってても、退屈だね。


夕暮れ前の、午後4時過ぎ、まだ日は照っていたんだ。


ずっと暖かい空気がハナを誘っていたんだ。


不恰好で、頭も梳かしていない。化粧なんてずっとしていない。


それでもいいから家の外に出てごらん。



ハナは玄関の扉を開ける。


すすき野のざわめき、太陽はその向こうに輝いている。


ふと駆け出したい衝動に駆られた。


ハナは小さく走って、海辺の崖の上を目指した。


そこから太陽を眺めたいと思ったんだ。


体は弾んでいた。呼吸は弾んでいた。3日何もしなくても、体はしっかり動くものだね。


崖の手前の小さな石段を登ってゆく。


冷たくも、心地よい風が西の先から吹いてくる。


そして輝く夕陽色の太陽がお目見えする。



夕陽だっていいじゃん。沈む前でも太陽は輝き続けている。


ずっと輝いていられる。


そういう出逢いが大切なんだ。



明日を信じよう。また未来を信じよう。今年も、来年も、同じ輝きの先にある幸せを信じよう。


何の事だかわからないけれど、ハナは少しだけ、元気付いて、また今日を同じ島で過ごしている。


新世界69-夢世界 21

2021年、冬が近づいていた。


僕は右の男に呼び寄せられて、ボスの住むマンションへと来た。



真っ暗な部屋の中に通された。


ボスはサイドボードの上にあるスタンドライトの明かりの中で、煙草をふかしていた。


僕の存在に気づくと、ボスは僕と対面のソファーに僕を座らせた。


「君の仕事については何度か聞いている。なかなかの力を持っているそうじゃないか?」


暗闇の中で、ボスの皺の深い顔が覗ける。

相変わらず鋭い眼光をしていて、僕はその瞳に恐れを感じる。


「大した事じゃない」と、僕は答える。


「ふふふふふ」と不気味な笑い声を、ボスは浮かべる。

そうだな。君は大した事をしていない。君は大した事が出来ていない。俺もそう思うよ」


やばい雰囲気だ。このまま僕は何者かに囲まれ、役立たずの汚名を着せられて、殺されてしまうのかもしれない。

僕の体は硬直する。


「恐れる事はない。俺は君の味方だ。ただ、君は思うように力を発揮できていないようだね」


「どうすればいい?」と、僕はボスに尋ねる。


「そうだな。俺は君に一つの試練を与えようと思う」


『試練?』


「まあ、それはそれとして、酒でも飲まないか?」

ボスがそう言うと、影に隠れていた静かな男がワインボトルとワイングラスを持ってくる。そしてグラスにワインを注いだ。一人分、僕の分だけだ。


「俺は、体が悪い。酒は飲めないんだ。まあ、好きなだけ飲むがいい」


僕は一口口を付ける。独特の深みのある味がするワイン。ワインの事はよくわからないがきっと相当お高いワインであるに違いない。


ボスはワインの替わりにワイングラスに注がれた水に口を付ける。

「俺は、この時代をぶっ潰す時が来たと、君に言った事を覚えているか?」


「確か」と、僕は答える。


「俺にとってはその事だけが目的だ。他には何もない」


「なぜ、そこまでその事にこだわる?」

僕は自然とそんな事を聞いていた。


「そうだな。そこに特別な理由はない。ただ、俺はそれだけで生きてきた。深い理由なんて忘れてしまった。俺はそのためだけに生きる」


僕は黙っていた。何も答える事ができなかった。


「君は何のために生きる?その理由はあるか?」


僕には何もない。ただ生きるために流されているだけだ。

「何もない。ただ生きている」


「ふふ、そうだな。君はただ生きている。だが、それももう終わるだろう。君は理由を持つ。そしてそれに向って生きてゆく。俺と共に」


僕は否定も肯定もしなかった。

ただワインを味わっていた。この先にある試練の事など忘れて。