新世界74-夢世界 22-4
〈つづき〉
温雅兼(おんまさかね)の立体映像はじっと僕を見つめている。
僕は何も言わず、じっと突っ立ったまま落ち着いて、下に下りていった左の男と右の男を待つ。
「君だけが残るか?」と、温雅兼の声をしたスピーカーは僕に尋ねる。
僕は答えない。下手な回答は彼を図に乗らせる事になる。何となく気に入らないおっさんだ。どことなく上から見下ろす様な態度をしている。
「君は心からの強盗ではない。私はわかる。君は今の現状を望んでいない。それが君の生き方ではないだろう。考えを改め、私たちの教えを学ばないか?」
僕は彼の言葉に答えない。答える事は負けに値する。
「君はお金の事を気にしている。今のままなら十分な儲けがある。いつまでも続くとは思っていないが、現状を失いたくはない。でもそんな意地は早めに捨てたほうがいい。大切な物はお金ではない。幸せを作るためには他に大切な物がある」
僕は軽く目を閉じる。温雅兼の声は僕の気持ちに訴えかけてくる。その声に負けてはいけない。
「わたしがお金を集めていると、思っているのかもしれないが、それは勘違いだ。わたしはただ彼らから財を離れ、本当の幸せに対して必要なものを与えているだけだ。財があれば人はその財を気にする。生きるために必要なものしかなければ、財は不要だ。そしてその意識は失われ、別の幸せに気づく。君の傍にいる人、美しい景色、心地よい香り、今まで気づかなかった様々な物が君に幸せを与えてくれるだろう」
声は広い部屋の中に響き渡る。僕はあちらこちらから反響してやってくるその声を何重にも聞き続ける。
『金が欲しいとは言わない。別に金のためだけに生きているわけではない。だからと言って、こいつのいう事を聞く事が正しいとは感じない』
僕は自己の意識を高め、自分の正しさを探す。
「君は孤独だ。世界は君を孤独にしてゆく。なぜ君はそれほど寂しい世の中を生きようとするのだろう。恥ずかしがり、恐がり、怯え、君は一人になった。一人なら恥はかかない。君に被害を及ぼす者もいない。君は自由に生きられる空間に出た。でも君は誰にも相手にされなくなった。そして孤独になった。孤独から脱却する術を失ってしまった。心はずっと孤独だ。私たちは共に祈りを捧げ、一つの教えを信じている。そこには強い共感があり、同じ未来を目指す明らかな道がある。君もその一員にならないか?今ならまだ間に合う。人生はいくらでもやり直す事ができる」
僕は首を左右に振る。気にしてはいけない。僕は孤独なんかじゃない。僕は皆一緒にいる。
「君は誰の何の心がわかると言う?誰かが君を心から理解してくれるか?君は誰の心の中も見れないし、君の心は誰にも見ることができない。私たちの教えを感じれば、君は私たちと同じ感覚を得ることできる。共に感じ、共に理解し合える。わかっているはずだ。その方がずっと幸せだという事を」
『違う。そうじゃない。僕は僕だ。僕は僕の考えを持つ僕という人間だ』
僕は僕にそう言い聞かす。
「共同理解が君を失うことではない。ただ私たちはある一点において、一緒の意識を持つというだけだ。その事が大事だ。我々は決して君が思うような悪い者ではない。君は君の仲間に騙されている。さあ、こちらに来るがいい。君はまだやり直せる」
僕は再び目を開く。温雅兼の映像は揺れている。実体ではない。僕は生身の今を信じたい。たとえ考え方が違っても、性格が違っても、僕はここにある実体を信じる。実体のわからない神など信じない。たとえ神を敵に回そうと、僕は身の回りにいる我ら人間を信じたい。
「無駄だ。無駄な事を君はしようとしている。君は間違っている」
声は爆発的なでかい音で響き渡る。耳がいかれてしまいそうだ。
「逃げるぞ!」
そこから左の男の声が響いてきた。
僕はそっちに目を移す。
地面の下に通じる穴から左の男が現れ、僕と同じ平面の上へと上がってきた。右の男もついですぐに上がってきた。
「安っぽい人間どもめ!おまえらのような人間を生かして帰すわけには行かぬ」
スピーカーからは何者かわからなくなってしまった温雅兼の揺れる声が響き渡る。映像も歪み、ディスコライトのように辺りを様々な色で照らし出す。
「走れ!」
僕らは右の男の声で、一斉に入口の方へと走り出す。
中央が輝く。僕らは光に覆われて目が眩む。僕には右の男も左の男も見ることができない。まばゆい光だ。僕はその場へ立ち止まった。もう何もする事ができなかった。
〈つづく〉