“神ライダー” ケニー・ロバーツ チャンピオンバイクYZRにサイン Sound of ENGIN
SUZUKA Sound of ENGINE2015にゲストとして招かれたKING。
「KING」と言っても南斗聖拳の使い手でもなければサッカー選手でもない。“世界的に”KINGと呼ばれているレジェンド・ライダー、ケニー・ロバーツ氏だ。
2年連続ワールドチャンピオンを獲得していたバリー・シーン選手との激戦を制し、ルーキーにしてワールドチャンピオンを奪取した'78年。
以後、バリー選手はもちろんのこと、マルコ・ルッキネリ選手や片山敬済選手ら幾多の強豪に勝利して3年連続世界王者として君臨した。
さらには現在のモーターサイクルのコーナーリングとしては“当たり前”となっている技術「ハングオン」の完成者としても歴史に残るライダーだ。
引退後、’85年の鈴鹿8耐で復帰。「伝説」でしか知らなかったキングの走りを初めて目にした。
この時のインパクトが強く、ドルフィンの中ではレーシングライダーの頂点・神ライダーとし存在している。
トークショーでのキング。太っていようが歳とっていようがカッコイイもんはカッコイイ!
今回観戦の最大の目的がケニー・ロバーツ氏にサインを頂く事だった。
土曜日の朝、かなり時間を費やしたものの入り待ち出待ちに失敗。不調な出足に不安がよぎった。
2輪走行プログラム「Sound of ’89GP」で姿を見せた時にようやくチャンピオンバイク・ヤマハYZR500にサインを入れてもらう事に成功した。
猛烈に感動しているッ!!
タイムスケジュールに「Sound of KING Kenny」とあって「何するの?」と疑問だった。GPステージのトークショーではなくレーシングコースでのイベントなのだ。
無料配布されるイベントガイドには「グリッド&ピットウォーク中」「YZR500とともに登場」とあった。「そんな事したらファンにもみくちゃにされないの?」とますます訳が分からなかった。
コース&ピットウォークが始まってしばらくすると、クローズドされていたコース上にステージが組まれた。そこにヤマハYZR500が運び込まれた。ステージの周りにポールで仕切りが作られたので、早めに陣取り。
周囲をファンに囲まれて歩くのも困難―という事もなく係員に案内されてすんなりキング・ケニー氏が登場。イベント開始までファンのサインや記念撮影に応じたりと気軽なケニー氏。陣取った場所を離れてその場に行きたかった!
2日目に「Sound of KING Kenny」の写真にサインを入れて頂いた
往年のレーシングスーツをイメージさせるツナを着ての登場。
一昨年の鈴鹿8耐にゲストで招かれた時は分からないが、鈴鹿50thの時はTECH21のツナギだったので、このイベントのために新調したのかもしれない。
GP広場のイベントステージと違ってサーキットコース上のステージはなかなか雰囲気があって良かった。
段が高い分、見易さもある。ドルフィンは列の前だったので、後ろの方に配慮して座って観ていた。
エンジン始動するもケニー氏がレーサーにまたがったのは一瞬。あとは横に立ってアクセルを開ける(お腹がキツかったのか?)。ステージの下で進行チェックしていた係員が焦って「またがって!」と通訳の方にカンペを出すも通じず。
終了時間が迫り、カンペの文字も「またがれ!」に(笑)。
結局、再びレーサーにまたがる事無く時間切れとなった。
2日目のトークショー&YZR500エンジン始動
日曜日のGP広場特設ステージでレジェンドライダー3名のトークショー&YZR500のエンジン始動イベントではマシンにまたがってアクセルを開けてくれた。
35年経ってもいい音を響かせるYZR500。「映画『汚れた英雄』のオープニングでもこの音が響いていたなー」などと感慨にふける。
この場で重大発表が行われた。
「Sound of GP500」でヤマハワークスのケニー氏がかつてコーク・バリントン選手が駆ったカワサキ KR500をライディングするというのだ。
「乗った後でインプレッションを聞かせて」とヤマハスタッフからもOKが(笑)。
カワサキKR500をライディングするケニー・ロバーツ氏
日曜日のプログラムも終盤にさしかかっていた頃、ぶらりとパドックを歩くケニー氏を発見。
後を追うとパドック駐車場の「TIME TRAVEL Parking」会場に向かった。「うわっ! ケニー・ロバーツだ!!」ケニー氏のサプライズに驚く人々。そりゃそうだ。
鈴鹿50thアニバーサリーデーでもエディー・ローソン氏と「TIME TRAVEL Parking」を見て回っていたケニー氏。今回も必ず見に来るだろうと思っていた。
TIME TRAVEL Parkingの旧車を見入るケニー氏
ピットで出番が終わったベネトンB190の写真を撮っていたら、ここにもケニー氏がふらりと現れた。
根っから車やバイクが好きな方なんだな。
ケニー氏とベネトンB190
キング・ケニーは永遠に不滅です!
また来日して頂きたいものだ。
大興奮の「SUZUKA Sound of ENGINE 2015」共感できる世代
4輪FEATURING MACHINE フェラーリF187
「往年のレーシングカー、レーシングバイクを走らせるイベントを開催する」と発表したのは昨年の鈴鹿ファン感謝デーだった。
数多くの名車を集めた鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーが大好評だったため有料単独イベントとして企画された。
1年を経て開催された「SUZUKA Sound of ENGINE 2015」。
鈴鹿50thデーを観てしまうと「思ったよりマシンが集まらなかったな…」と感じてしまう。
半面、「日本にあるF1を集めてくるのだろう」と思っていたが、海外からF1やレーシングバイクを呼んだところは凄い。
楽しみにしていたジェームス・ハント選手のマクラーレンM23をはじめ、中野信治選手のミナルディM198のようにマシンの不調で直前キャンセルになってしまったのは残念だった。
前売りチケットが2日間通しで2,000円と格安だったので、ドルフィンとしては何年振りかで2日連続で観に行くことにした。
土曜日は晴れ時々曇り。日曜日は雨の予報だったが、開けてみればピーカンの好天気。「前日までの雨予報はどこ行ったの?」という驚きの変化。それでも汗だくの暑さではなく、陽の暑さはあるものの爽やかな空気で汗が流れ出る事は無かった。
2日間通し観戦を決意させたのが、 ケニー・ロバーツ氏、エディー・ローソン氏、ケビン・シュワンツ氏らレジェンドライダーのゲスト参加だ。
「4輪のニキ・ラウダ、2輪のケニー・ロバーツ」はドルフィンの中で『神』として頂点に君臨する選手なのだから。
左からケビン・シュワンツ氏、エディー・ローソン氏、そしてキング:ケニー・ロバーツ氏 トークショーで
ファン感謝デーとは違い有料イベントにどこまでお客さんが集まるのか全く分からない。しかも岡山ではスーパー・フォーミュラが開催さている。
それでも2日間あればレジェンド・ライダーにサインをもらうチャンスは大いにあるはず。可能なら初日に撮影した写真にサインを頂きたい。
もうワクワクして3~4日前から寝られないほどだった(←ガキか!)。
2輪FEATURING MACHINE スズキRGV-γ500
蓋を開けてみれば朝から車で埋まってゆくサーキットの駐車場。ゲートオープン前には長蛇の列が。
さすがにレース開催日とは比べようもないが、そこそこお客さんが集まっている。しかもオッチャン、オバチャンが多い(笑)。通常レース日より年齢層が高い! このイベントの特徴だろう。
ファン感謝デーの時はサインをもらいに行くファンがまばら(失礼)だった寺田陽次郎氏など、姿をチラと見せるだけで囲まれる囲まれる! これも活躍を知っている世代が集まっている証拠だろう。(逆に安田選手はスルーが多かったような…)
自分と共感できる世代が集まっているイベントなので嬉しくて自然にテンションも上がる。
、
左から寺田陽次郎氏、中野信治選手、安田裕信選手
寺田氏はマツダ787B-JSPCを、安田選手はデイトナ優勝のニッサンR91CPをデモラン。
中野選手はフェラーリF187とホンダRA301をドライブした。
日曜日のフェラーリF187は事前アナウンスされていなかった飯田章氏がステアリングを握ってLEGEND Formula1 DemoRaceを走行した。飯田氏のフォーミュラ走行を観るのはフォーミュラ・ニッポン以来だ。
ホンダF1復活祭となった今年のファン感謝デーではレーシングシアター展示だったホンダRA301が走行。
エンジン始動では鼓膜を針で刺すような高音域と体の芯から振動する低音域が混じり合うホンダV12の見事なサウンドを披露。やっぱりF1のエンジン音はこうでなくては!
中野選手がドライブするホンダRA301
2日間は2コーナーイン側の激感エリアが解放された。
逆バンクで行くのは遠かったので、午後から日ごろ入れない激感エリアでマシン走行の撮影に行く。
ファン感謝デーよりも人が少なくて助かった。
旧車、スーパーカーも集まり観るところだらけ。トークショーもあるのでパドック~GP広場~激感エリアを歩きまくり。
夜はスーパー銭湯に行って疲れを癒したのだが、さすがに2日目は足が重かった。昔のように無理できないオッチャンになってしまった。
グランプリスクエアにはヒストリックカーからスーパーカーまでが並ぶ
「CONCOURS d’ ELEGANCE」では貴重な新旧の名車10台を人気投票。
投票し日曜日にも来場する方の中から抽選でレジェンドライダー3人との写真撮影、F1ドライバーサイン入りグッズ、スーパーカーの助手席に乗ってイベント最後の「Finale Parade」に参加できる権利のいずれかが当たる。
クジ運が悪いドルフィンだが、なんと「Finale Parade」参加権が当選! 最後の最後まで楽しめた。
2輪・4輪の旧車が集まったパドック駐車場の「TIME TRAVEL Parking」
来年も規模をUPさせて是非とも開催して欲しい。
できればゲストはニキ・ラウダ氏で!
鈴鹿サーキットの「伊賀牛焼肉バーガーBOX」
鈴鹿サーキットで食べた伊賀牛焼肉バーガーBOX(800円)。
「伊賀ブランド牛」100%の焼肉が挟まれたバーガーとオニオン&フライドポテトが付く。
サーキットのHPに掲載されている写真や看板の写真ではレタスタップリだが、実際は「どこにあるの?」程度。鈴鹿サーキットにリベートをとられるにしても、あまり写真と大きな差がでるような商品にして欲しくないものだ。
バーガーは美味しいが「これが伊賀牛か!」と、一般牛と違いが分かるほどではなかった。
上本町・なかたに亭のチョコレートケーキ
友人のペンギンさんから、大阪・上本町で30年営業しているスイーツの名店「なかたに亭」のCake au chocolatを頂いた。
切り分けて少しだけレンジで温めて食べることにした。
チョコの脂分が溶けて柔らかくなり香りも立った。カリブ諸島のカカオを使用しているそうだ。
チョコレート大好きドルフィン夫婦は大喜びです。
'80年代二輪ワールドGPは胸高鳴る『世界グランプリがいちばん熱かった時代』
ブログ仲間のシーポンさんから最近発行されたムック『世界グランプリがいちばん熱かった時代』を頂いた。
'60年代後半から活躍したジャコモ・アゴスチーニ選手(ちなみに「チャンピオンバイク・コレクション」はディアゴスティーニ社なのでお間違いなく)、バリー・シーン選手から’87年のワイン・ガードナー選手まで網羅している。
ドルフィンとしてはケニー・ロバーツ選手からマイケル・ドゥーハン選手くらいまでもうちょっと時代を後ろにズラしてもらいたかったところがある。
バリー・シーン選手は主演した映画『ザ・ライダー』を観たのが始めで、フランコ・ウンチーニ選手は映画『ウイニングラン』で若きワイン・ガードナー選手に撥ねられるシーンや名前のインパクトが強烈だった。
「ザ・ライダー」は隣町の映画館までドルフィンがMVX250、友人がRZ350に乗って観に行った。
’80年代は映画『汚れた英雄』や漫画『バリバリ伝説』『ふたり鷹』『あいつとララバイ』『ペリカンロード』が公開されて空前のバイクブームだった。
子供の頃、実家の裏にバイク暴走族の溜まり場があったり、暴走族問題でFISCOが閉鎖寸前まで追い込まれていたので、バイクは好きではなかった。
ところが、高校卒業後に“足”として友人から50㏄バイクを借りてみると「こんなに面白い乗り物だったのか!」と目覚めてしまった。
彼が帰省している1週間、バイクを借りていたのだが、毎日バイクに乗るのが楽しかった。夜、寝る前は翌日にバイクに乗ることが楽しみで寝付けないほどだった。
2輪レースは高校の終わりにTBCロードレースのTV放送を偶然に観てしまい、その迫力に魅了されたのがきっかけだった。
バイクレースは転倒や接近戦などで4輪よりも迫力があった。
『世界グランプリがいちばん熱かった時代』のページをめくると日々バイクを楽しみ、ロードレースのTV放送やビデオを夢中になっていた胸の高鳴りが蘇ってくる。
土曜日、日曜日と鈴鹿サーキットでモータースポーツのヒストリックイベント「SUZUKA Sound of ENGINE2015」が開催される。
ゲストは2輪レースの神的存在(ドルフィン内で)ケニー・ロバーツ氏とエディー・ローソン氏、ケビン・シュワンツ氏なのだから行くしかない!
爽やかで美しいアースカラー/ホンダRA108 ファン感謝デー~伝説の物語12
前年のマシン全体が「宇宙に浮かぶ地球」―というアースカラーから一転、白いボディにラインと丸、earth dreamsのロゴの中に地球が描かれる新アースカラーに変貌したホンダRA108。
RA107のアースカラーの方が直接的でデザイン的にも美しく好きだった。
だが、見慣れいくとRA108のアースカラーには爽やかさがあった。
Honda RA108 2008年
ミニチャンプス1/43ミニカーはジェンソン・バトン車を購入。
“やっちまった感”のある奇妙奇天烈なエアロパーツ類が再現されていて、デカール貼りとともに「作るのが大変だっただろうな」と感じる。
RA107とともに成績はどうあれ手元に置いておきたい美しいカラーリングのミニカーだ。
2009年大阪オートメッセのNGKブースにアースカラーのホンダF1が展示されていた。
「やった! 実車を見られた」と喜んだものの、ミニカーと見比べてみると何か違う。どうやら新アースカラーを施した旧型のようだった。鈴鹿サーキットに常時展示されているBAR時代のマシンを新アースカラーにした車体とは異なる。
今年の鈴鹿サーキット ファン感謝デーのHonda F1展示 ~伝説の物語~でようやくRA108の実車を見ることができた。
加えて大阪オートメッセで撮影した写真は記録媒体に保存する前にパソコンのハードディスクが破損。残っているのはブログに掲載した写真のみになっていた。
今回、デジタル撮影し保存できて良かった。
エアロパーツのゴテゴテ感がハンパじゃない。
かつてXウイング付けたりチョンマゲウイング付けたりしたマシンがあったが、そこまでしてもどうにもならなかったのと同じだ。
「リーマンショックによる財政悪化」を理由に突然F1から撤退を表明。立つ鳥跡を濁しっぱなしでFIAから大ひんしゅくを買ったホンダ。そのため新アースドリーム使用を禁じられたという話も聞く。後になって「新アースカラーのステッカーを買っておけばよかった…」と悔しい思いをした。
第四期F1参戦を開始したホンダ。苦しい成績ではあるが前回のような幕の引き方はしてほしくないものだ。
勝てるエンジンとなってF1を盛り上げてから時期を表明して休止するくらいの事を望んでいる。
にほんブログ村
にほんブログ村
「ナイトライダー」DVDを観た!
友人から「ナイトライダー」のDVDを借りた。
'80年代の本放送当時、一大ブームを築いた車好きアメリカのドラマだ。
TVシリーズ放送に先駆けて『日曜洋画劇場』で放送された『誕生編』を見落としてしまったため、DVDで初めてマイケル・ナイト誕生エピソードを知ることができた。
他にも悪のナイト2000K.A.R.R.の登場するエピソードも見逃していたので、今回初めてK.A.R.R.を見た。
するとK.A.R.R.の車体はナイト2000K.I.T.T.と同じ全黒で、キャラウイールのミニカーで持っていたK.A.R.R.と色が異なるではないか。「何故?」と思い調べてみると、K.A.R.R.はもう1回登場していて、その後半に車体下部がシルバーのツートーンになると判明した。
- ナイトライダー シーズン 1 バリューパック [DVD]/ジェネオン・ユニバーサル
- ¥5,122
- Amazon.co.jp

大阪・日本橋で目撃したナイト2000のレプリカ カッチョエエ~!
DVDの日本語吹き替えはTVと同じ。昔、よく佐々木功さんの声を真似て「キット、ジャンプだ!」とかやっていた。
TV放送がスタートした時、エイプリルが最初のナイト2000メカニック担当だったのだが、DVDでは後から出てきたボニーが第1シーズンから出ていた。エイプリルの吹き替えをしていた潘恵子さんの声が好きだったので楽しみだったのになぁ。
追悼 元レーシングドライバー松本恵二氏
昨晩、ネットニュースで知った。
元レーシングドライバーの松本恵二氏が17日に亡くなっていた。
F2とGCという全日本の2大カテゴリーでタイトルを獲得した。
星野一義選手、萩原光選手と組んだ'85年WECinJAPANで優勝。
松本氏と言えば、キャビンスピリットのキャラクター。日本のタバコ会社が「キャビン・レーシング」と銘打ってモータースポーツのスポンサードを展開した。
日本人離れした顔だちとスリムで長身のスタイルがカッコ良かった。
ドルフィンが初めて鈴鹿サーキットでF2レースを観戦した'83年JPSトロフィーレースで星野一義選手、中嶋悟選手、高橋徹選手を抑えて優勝した。
その年秋に開催されるJAFGPの練習日に初めてサインを頂いた。
松本恵二に初めてサインを頂いた色紙
現役引退後、童夢が開発してきたF1マシンをドライブ。「アル中にならんで良かった」と述べた感想が印象的だった。
松本選手もドライブした童夢F1 '95年東京モーターショーで
F1も来ず、日本のレースが全てだった時代、レースを面白くしてくれた松本選手。
松本恵二氏のご冥福をお祈りします。
京商1/64では無かったMINI WRCワークス マジョレット
約50年ぶりにMINIとして世界ラリー選手権に復帰したミニ・ジョン・クーパー ワークスWRC。
BMW傘下となって発売された背の高くて大きな“ミニ”のカントリーマンをベースに、イギリスのレーシングカーコンストラクターのプロドライブが車両製作した。
ワークス活動は早々に切り上げてしまい、プライベーターへのマシン提供する形で茶を濁した。
2014年の大阪オートメッセで見たMINI WRCのレプリカ
京商1/64ミニカー「BMW&MINI ミニカーコレクション」ではラインナップに加わらなかったWRC仕様車
だが、ラリーカーを多くライナップに加えてくれているマジョレットで登場した。
大手スーパーの菓子売り場で発見し「WRCのロゴもデカデカと入っている事だし買っておこう」と、マジョレット1個を手にとって混雑するレジに向かった。
チェックのカラーが細かく、ボンネットのエアアウトレットのスリットもデカールではなく塗料の厚みで凹凸が表現されている。
ノーズとテールにMINIのロゴが入りエキパイも銀着色。
リアウイングとボディの間は埋まっているものの形状は良く再現されている。菓子付き玩具でありながら、マジョレットなかなかやるな。
「大柄になったMINIのラリー車はどうか…?」と思っていたが、2014年の大阪オートメッセでレプリカ車を見たら意外に格好良かった。
にほんブログ村
にほんブログ村
「ありがとう中嶋悟」タイレル020/ホンダ ファン感謝デー~伝説の物語11
フォードの市販エンジンでも速かったタイレル019にホンダV10が乗れば「優勝も手が届く」―誰もがそう思った。
1991年のF1開幕戦でタイレル020/ホンダで5位入賞した中嶋選手。「表彰台は確実」メディアの煽りにファンの期待は高まった。
―が、中嶋選手の入賞はそれが最後になってしまった。
日本にF1ブームをもたらした中嶋悟選手のラストランとなった日本GPでは「ありがとう中嶋悟」が横断幕や応援旗に書かれサーキットを埋め尽くした。
その後「ありがとう○○」は「ありがとう岡山」とか「ありがとう鈴鹿」とかにも使用される“合言葉”となってしまった。
地元表彰台に期待がかかった日本GPはS字でドン。それは日本のF1ブームが頂点を過ぎた事を知らせる音だったのかもしれない。
当時のメディアが報じた内容ではタイレル020は「チームから中嶋選手個人にプレゼントされた」らしい(―という設定か?)。
シーズン終了後に鈴鹿ファン感謝デーで行われた中嶋悟引退式。この時にタイレル020を走らせたのを最後にマシンは走行していないのではないだろうか?
近年になってホンダコレクションホール外での展示に出て来るようにはなった。デモランされてもよさそうなものだが、走らせていないところをみると走行可能状態ではないのかもしれない。
日本人にとってタイレル020は、2位入賞したモデナ選手よりも中嶋悟選手のイメージしかない。
にほんブログ村
にほんブログ村

























