「ありがとう中嶋悟」タイレル020/ホンダ ファン感謝デー~伝説の物語11
日本人初のレギュラーF1ドライバー・中嶋悟選手の引退の花道にとチーム・タイレルに前年のチャンピオン・エンジンであるホンダV10が供給された。
フォードの市販エンジンでも速かったタイレル019にホンダV10が乗れば「優勝も手が届く」―誰もがそう思った。
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フォードの市販エンジンでも速かったタイレル019にホンダV10が乗れば「優勝も手が届く」―誰もがそう思った。
1991年のF1開幕戦でタイレル020/ホンダで5位入賞した中嶋選手。「表彰台は確実」メディアの煽りにファンの期待は高まった。
―が、中嶋選手の入賞はそれが最後になってしまった。
日本にF1ブームをもたらした中嶋悟選手のラストランとなった日本GPでは「ありがとう中嶋悟」が横断幕や応援旗に書かれサーキットを埋め尽くした。
その後「ありがとう○○」は「ありがとう岡山」とか「ありがとう鈴鹿」とかにも使用される“合言葉”となってしまった。
地元表彰台に期待がかかった日本GPはS字でドン。それは日本のF1ブームが頂点を過ぎた事を知らせる音だったのかもしれない。
当時のメディアが報じた内容ではタイレル020は「チームから中嶋選手個人にプレゼントされた」らしい(―という設定か?)。
シーズン終了後に鈴鹿ファン感謝デーで行われた中嶋悟引退式。この時にタイレル020を走らせたのを最後にマシンは走行していないのではないだろうか?
近年になってホンダコレクションホール外での展示に出て来るようにはなった。デモランされてもよさそうなものだが、走らせていないところをみると走行可能状態ではないのかもしれない。
日本人にとってタイレル020は、2位入賞したモデナ選手よりも中嶋悟選手のイメージしかない。
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